福島から世界へ。「拡大ではなく増殖する」クラフトサケ醸造所 - 福島県・haccoba

2025.12

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福島から世界へ。「拡大ではなく増殖する」クラフトサケ醸造所 - 福島県・haccoba

木村 咲貴  |  酒蔵情報

「拡大ではなく、増殖する」──浪江と小高という福島県の二つの町に三つの醸造所を持つクラフトサケ醸造所・haccoba(ハッコウバ)。クラフトビールを思わせる自由度の高いレシピに、約50のアーティストやアパレルブランドとのコラボレーションで常に話題を集め続ける彼らがいま、さらなる拠点を県外、そして国外に増やそうと動いています。

創業者の佐藤太亮(さとう・たいすけ)さんは、福島ではなく埼玉県の出身。彼が案内してくれた道をたどりながら、創業6年目を迎えようとする同醸造所と福島、クラフトサケの現在地を探ります。

※1 クラフトサケ:日本酒の製造方法をベースに、発酵段階で副原料を加える新しいジャンル。酒税法では清酒(日本酒)ではなく「その他の醸造酒」に該当する。

浪江と小高。まちの垣根を越える酒造り

「道の駅なみえ」にて「磐城壽」を醸す鈴木酒造店の浪江蔵へ立ち寄り、丘の上のhaccoba浪江醸造所へ。小高駅舎と町なかの二つの醸造所のあいだには、2024年にオープンしたクラフトサケ醸造所・ぷくぷく醸造所が佇んでいました。

2011年3月11日に発生した東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所事故によって、避難指示区域に指定されていた浪江・小高地域。14年の時を経て、そこは”サケのまち”への歩みを着実に進めています。

その開拓者ともいえるのが、haccoba代表の佐藤さんです。都内の大学を卒業後、楽天、WantedlyというIT業界での経験を経て酒造りの道に入ることを決意し、新潟県の阿部酒造で修行。2021年2月、1号蔵となるhaccoba 小高醸造所をオープンしました。

2年後の2023年7月には、2拠点目となる浪江醸造所をオープン。 小高と浪江は同じ福島第一原子力発電所事故の被災地域であり、 「醸造所をつくることで、二つの町に人の流れを生み出したかった」と佐藤さんは話します。

「福島県の自治体の区分って、震災前の人口を前提にしているんですよ。いまの人口は、浪江がそのころの10分の1、小高は3分の1ほど。そうなると、“町の中で暮らしが完結する”という感覚自体が現実的じゃなくて、仕事も友人関係も町をまたいで関わるのがあたりまえになっていきます

「文化や暮らしが実態としてつながっていけば、いずれ行政の仕組みも変わっていくはず」という想いから、二つの町に拠点を設けたhaccoba。今年(2025年)10月には地元のあぶくま信用金庫と協働し、小高産の米と浪江の梨を掛け合わせたクラフトサケ「おこめのペリー」をリリース。「二つの町をつなぐ酒として仕込んだ」と語るとおり、お披露目会には、南相馬市長と浪江町長がそろって参加しました。

さらに、2024年2月には、小高駅舎に、醸造所とパブリックスペースを併設した小高駅舎醸造所&PUBLIC MARKETをオープン。2018年にJR常磐線が全線再開したタイミングで、小高駅が無人駅になったことがきっかけとなり立ち上げたショップ&コミュニティスペース併設の醸造所です。

「もともとはJRの施設だったんですが、2020年ごろに市の管轄になった結果、管理費の予算が取れなくなり、無人駅になることが決まりました。そこで、僕たちがJRからこの場所を借りて、醸造所兼パブリックマーケットとして運営することにしたんです。正直、ここで運営しても儲けにつながるわけではありません。 テナント料を払いながらでも運営を引き受けたのは、町のあかりを消さないためなんです

「いずれはここでお酒も仕込みたい」と考えつつ、駅舎の利用は地元の学生や高齢者が中心となるため、現在は欧米でポピュラーな発酵飲料であるノンアルコールのコンブチャを造っています。

haccobaの現在の従業員は総勢8名。蔵ごとの担当は特に決めておらず、実験的な造りは小高醸造所、定番商品やロットの大きな造りは浪江醸造所と、商品や稼働量に応じてスタッフを配置しているそうです。

民俗的な酒造りを現代に再現する

「拡大ではなく、増殖する」をスローガンに、既存の醸造所のリノベーションではなく、小規模な醸造所を各地へ増やすのがhaccobaスタイル。「規模感が大きすぎない場のほうが造る喜びを感じられやすい」 という佐藤さんの言葉は、クラフトへのこだわりとともに、彼の酒造りの原点である 『諸国ドブロク法典』(貝原浩編著・農文協)の世界観へのリスペクトを感じさせます。

全国各地に伝わるどぶろくのレシピを造り手とともに紹介する『諸国ドブロク宝典』。この書籍に影響を受け、「民俗的な酒造りを現代に再現したい」と考えていた佐藤さんは、haccobaの定番酒を造るにあたり、東北地方のどぶろくで用いられていた「花酛(はなもと)」という製法に着目。唐花草(からはなそう)と呼ばれるホップの近縁種を用いた造りをモデルに、日本酒の製法を掛け合わせることで、伝統的なサケらしさとクラフトビールのような新しさを感じさせる看板商品「はなうたホップス」を生み出しました。

創業当初から掲げるこの「民俗的な酒造り」をさらなるかたちで実現したのが、2024年末にスタートした「zairai(在来)」というシリーズです。春と秋の年2回、福島の山で採れた在来植物を原料にしてクラフトサケを造るというもので、これまでに2024年秋・2025年春の商品がリリースされました。

zairaiは、地元のおじいちゃんやおばあちゃんたちが、”そこにあるもの”を使ってどぶろくを仕込んでいた感覚を再現したお酒です。文化人類学者のレヴィ=ストロースが『野生の思考』で提唱している『ブリコラージュ』の概念ですね。エンジニアリングが”最初に設計図を描いて、そこから逆算して最適な素材を集める”という手法だとしたら、ブリコラージュは”自分たちの手の届く素材から組み立てていく”というやり方です。

いまの時代、全国どこにいても良い素材が手に入りますよね。でも、その『良い素材を使って完成度の高いものをつくる』というアプローチの先には、『みんなが同じ方向にそろっていく』現象があると思っていて。もちろんそれは尊いことだし、造り手としての探究のおもしろさがあるのはわかります。でも、僕たちがしたいのは、もう少し手触りを感じられる酒造りなんです

zairaiと同時期にリリースされた「kasu」シリーズは、haccobaとつながりのある生産者が商品をつくる過程で生まれた”粕”を原料としたクラフトサケ。これまで50を超えるコラボレーション商品を生み出してきたhaccobaにとって、人とのつながりの中からしか生まれない酒という偶然性が、モチベーションになっているといいます。

お酒は、僕たちにとって”伝える手段”でもあります。その人たちの活動や考え方を、お酒を通して広めたいし、逆に、そういう人たちと一緒にものをつくることで、彼らをフォローしている価値観の近い人たちにも、僕らのお酒が届くかもしれない。そう思って、共感できる世界観や価値観を持っている人たちとコラボするようにしています」

その一例となるのが、障害のある作家のアートを発信するクリエイティブカンパニー「ヘラルボニー」。haccoba 浪江醸造所には、ヘラルボニーの作家が浪江にかつてあった秋の風物詩「十日市祭」を描いたのれんが掲げられています。

「ヘラルボニーは、障害者の福祉活動という社会的メッセージを持ちつつ、作品がシンプルにかっこいいという点で評価されています。モノとしてしっかり価値を持たせ、そのうえで意味を宿らせる。いい商品だと思って手に取った人が、背景を知って『これってそういう意味もあるんだ』と気づくようなスタイルがhaccobaにとっての理想です」

2022年には、故・坂本龍一氏とASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文氏らが立ち上げた東日本大震災10年目のプロジェクト「D2021」とコラボレーションし、クラフトサケと音楽のイベントを東京・神田スクエアホールで開催しました。

「後藤さんが浪江の蔵まで来てくれて、蔵の前の空き地を見ながら『ここで祭りができたらいいね』と言ってくれたんです。十日市祭を蘇らせようという想いから、『Yoi Yoi』というお祭りが生まれました」

haccobaが主催する美食と音楽のフェス「Yoi Yoi」は2024年に浪江で初めて開催され、後藤さんらアーティストもゲストで登場。2025年には小高・浪江のふたつのエリアをまたぐ規模まで拡大しました。

増殖する醸造所。クラフトサケの持続可能性を探る

すでに福島県内に3つの拠点を持つhaccoba。「浪江の醸造所を立ち上げてから、製造規模が最初の4〜5倍になったんですよ。製造業としてはとんでもないスピードで拡大してしまった」と苦笑いする佐藤さんですが、現在、東京とベルギーにさらなる醸造所の立ち上げを計画しています。

創業時に想像していたより、クラフトサケの市場ってまだ大きくなっていないんですよね。haccobaとしては伸びていますが、ジャンル自体がもっと成長しないと、これから参入してくる小さなプレイヤーたちが続かなくなってしまう。だからこそ、早めに次のマーケットを作りに行かないといけないと思っています」

東京では、台湾のバー「DRAFT LAND」に始まり香港でもブームとなった「カクテル・オン・タップ」に着想を得たスタイルに挑戦。プロが作ったカクテルをサーバーから注ぎ、立ち飲みスタイルで気軽に楽しめるバーで、日本の法律ではリキュールやその他の醸造酒の製造免許が必要となるため、まだ参入がほとんどないジャンルです。

「最近、haccobaのクラフトサケに中村酒造場の芋焼酎と、新宿ゴールデン街のバー『OPENBOOK』のレモンサワーを組み合わせた『醸蒸サワー』という商品を出したんですが、これからはもっと、カクテルやサワーのカルチャーと接続していきたいと思っています。特に最近の日本は気候変動で亜熱帯化してきていますし、これからの都市の飲酒シーンって、どんどんそういう方向に進む気がしてるんです」

目指すのは、スタイルはカジュアルでありながら、質を確保したカクテル&サワーの製造所兼タップルーム。さらに、首都である東京という立地を活かしたアイデアも膨らみます。

「東京は海外の旅行者が多いので、彼らが参加できる酒造り体験を組み込んだ観光・カルチャープログラムを作りたいと思っています。正直、酒造業って本当に儲からない。いまのままでは、志を持って働く人がちゃんと稼げる構造になっていません。だから、ツーリズムやサービス業を組み合わせた都市型の新しいモデルを生み出すことで、クラフトサケを文化的にも経済的にも持続可能にしていきたいと思っています」

ベルギーへの進出は創業当初からの計画で、すでに現地での協力者は決まっている状態。ブレタノマイセスという野生酵母を用いた商品「hanamoto bretta」は、現地での展開を見据えてデザインした商品だといいます。

多様性を受け止めたまま成熟しているベルギービールの文化にリスペクトがあり、ランビックビールをイメージして造っています。最初のロットは酸味も強くてワイルドで、自分たちとしては最高の出来だったんですが、日本ではあまりウケませんでした(笑)。でも、オランダのインポーターさんがすごく気に入ってくれて、現地で流通もしています。

日本ではマスには永遠にならないタイプです。でも、刺さる人には刺さる。量は出ないけど、作り続ける価値があるタイプの商品だと思っています」

福島が「普通のまち」になるまで

3月11日に生まれ、東日本大震災の発生時は19歳の誕生日パーティーの最中だったという佐藤さん。埼玉県で生まれ、首都圏近郊で育った佐藤さんが、醸造所の第一のロケーションとして福島第一原子力発電所事故の被災地を選んだのは、「忘れないようにするため」だといいます。

「普通に生活していると、いつのまにか忘れてしまうんですよね。人間って、日常の中で忘れることでバランスを取っている部分もあるので、東京にいると、あの出来事がどこか遠い話になっていってしまう。僕はそんなに意識高いとか、真面目に『復興に貢献したい』みたいなタイプではないんですけど、どこかで『なかったことにしたくない』という気持ちはありました」

あの日気づいたのは、自分たちが暮らしていた都市の生活は、経済的にも環境的にも問題を外部化することで成り立っていたということ。それなのに、事故が起きたら「福島の問題」として切り離されてしまう──その構造を変えるためには、福島の中で自立した経済をつくることが必要だと佐藤さんは話します。

「小高でまちづくりをしているOWB株式会社の和田智行さんの言葉なんですが、大企業を誘致して『1000人雇用できる会社を東京から呼んできました』ではなく、『1人を雇える会社が100社あるまち』のほうがいい。そういう価値観で、僕たちもまちづくりを進めています。

これからの福島は、いかに普通の地域と一緒になっていけるかが重要です。被災地を支援しに行くのではなく、面白そうな地域だから行く。震災に関心がなくても、日常の中で自然と接点がある場所にしていく。理想は、haccobaを通じて、いつのまにか被災地のものを手にして、気づいたら観光で訪れていた、というような感覚そうやって、この地域があたりまえに訪れられる場所になっていけばいいなと思っています」

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