2024.10
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女性の少ない業界で働き続けるには、「情熱を共有する仲間」の存在が重要 - 日本酒と女性(3/3):日本酒の外にヒントを見る
男性社会特有の逆境と闘う女性杜氏。お酒が苦手な女性でも飲める日本酒。「日本酒と女性」というトピックが語られるときに取り上げられやすいこれらのテーマは、マイノリティを救うためのものでありつつ、ジェンダーギャップが問題視される今の時代においては、一定数の人々に違和感を与えるものでもあります。
女性が酒造りをするのは、女性が日本酒を飲むのは、いつ「普通」になるのか──その疑問と向き合うべく、SAKE Streetの特集「日本酒と女性」では、これまでに2本の記事を制作しました。
第1弾では、製造の現場における労働環境の課題と解決策について経験者のアンケート回答を分析し、第2弾では、製造以外の分野で活躍する女性の座談会をおこないました。いずれも、「どうやったら女性が日本酒に関わることが”普通”になるのか?」という問いに迫るものであり、それは、日本酒業界がマイノリティを受け入れるにあたってどのような障壁があるのかを明らかにする試みでもありました。
最終回となる第3弾では、ますます多様化・グローバル化する日本酒に必要と思われる視点から「日本酒と女性」を模索していきます。前半では、日本酒以外の発酵業界の現状について、クラフトビール醸造家を中心とした女性の同業組合・Women's Craft Fermentation Allianceに、後編では、海外での清酒醸造について、サンフランシスコ・Sequoia Sakeの亀井紀子さん、ハワイ・Islander Sakeの高橋千秋さんに、本特集を企画・執筆してきたSAKEジャーナリスト・木村咲貴が聞き手となり、インタビューをおこないました。
「クラフトビールと女性」を考える
2021年、アメリカで発足したWomen's Craft Fermentation Alliance(WCFA)。クラフトビールの醸造家を中心に、発酵を愛する世界の女性が集まり、年に一度オンラインで国際サミット(Women’s International Beer Summit)を開催しています。
WCFAが立ち上げられた背景には、女性のクラフトビール醸造家たちのどのような想いがあったのでしょうか。運営を務めるミシェル・ワンダーさん、アマンダ・ブランズさんにお話を聞きました。
女性醸造家連盟「WCFA」とは?
──WCFAは、女性や性的マイノリティなどが発酵業界で連携するための連盟として設立されました。まずは、設立の経緯を教えていただけますか。
ミシェル:創設者の一人であるメリッサ・マッキャンは、女性のための自家醸造コンテスト「Queen of Beer Homebrew Competition」を30年ほど続ける中で、女性が主体のコミュニティの重要性を実感していました。
ところが、新型コロナ感染症の拡大によってイベントが開催できなくなってしまった。そこで、オレゴン州ポートランドで「SheBrew」という女性向けのビール・フェスティバルを運営する女性醸造家のジェン・マクポーランドに連絡を取り、共同して何かしようという話になり、オンラインの醸造家サミット・Women’s International Beer Summitを開催しました。
サミットは大成功で、参加した多くの女性がお互いに勇気を与え合うことができました。オンラインでのコミュニティに大きな可能性を感じさせられた出来事であり、ここからサミットを運営する非営利団体としてWCFAが生まれたんです。
──日本国外の醸造業界でも、女性はマイノリティなんですね。現在のアメリカで、女性のクラフトビール醸造家の割合はどれくらいなんでしょうか?
アマンダ:Brewers Associationの最新のデータでは、女性がオーナーを務める醸造所が23%です。業界全体で女性が占める割合は年によって前後しますが、まだ半分にまで至っていないのは確実ですね。
北米では、2021年の #MeToo ムーブメントによってさまざまな女性差別が明らかになり、多くの女性が業界を去ってしまいました。その後、また増えてきていますが、当時の女性醸造家がいたころのままかと言われるとやっぱり違います。私たちができることはまだまだたくさんありますね。
なぜ、ビール醸造家には女性が少ないのか
──日本はジェンダー後進国といわれ、女性の社会進出の遅れが問題視されています。アメリカには先進的なイメージがあるので、それでも女性醸造家の数が少ないのは驚きました。どこに原因があるんでしょうか?
ミシェル:理由はいろいろあります。ひとつに絞ることはできませんが、アメリカにも女性への差別は存在するんです。日本のように、「出産したんだから家にいなさい」みたいな風潮はないけれど、多くの人が心のどこかで「女性と男性にはそれぞれ役割がある」と思っている。
結果的に、男性のスペースに女性が入ると器用に振る舞う舞うことを求められるし、嫌な思いをさせられることも多い。だから、男性中心の業界には関わりづらいと思う女性がほとんどです。
ひとつ質問なんですが、日本でも昔は、酒造りは女性の仕事だったんじゃないでしょうか?ビール醸造はまさにそうで、家庭料理のように、自分の家族や地域のために造られるものだったんですよ。
──おっしゃるとおり、日本酒もかつては女性が造る役割を担っていました。酒造業が工業的になって、多くの従業員を雇うようになる中で女性が排除されていったと聞きます。理由は諸説ありますね。男性の集団の中に女性がいると性的な事件が起きやすいとか、化粧が酒を汚染するとか。
ミシェル:くだらない理由ばっかりですよね。生理が問題を起こす、とかでしょう?
アマンダ:私も醸造家ですが、体が小さいので、重いものを持ち上げたりするときに助けてもらう必要があるんです。以前の職場では、「手助けが必要なら醸造所で働くな」と言われたこともありました。
先ほど、女性の割合は半数に満たないと言いましたけど、全員が醸造の工程を担当しているとは限りません。醸造所で発生するほかの仕事を担当していて、現場には入らない人も多い。女性にとって、酒造りの現場に足を踏み入れることが難しいというのは大きい問題だと思います。
あと、物理的な事情とは別に、その現場が必ずしも女性を歓迎してくれるとは限らないというケースもあるんですよ。女性にとっては、成長するための働き口を見つけるのさえ難しいということに男性とのギャップがあります。
「女性も醸造家になれる」と思ってもらうために
──お二人のお話を聞いていて、アメリカのビール業界でも日本の日本酒業界と同じような問題があるのだとわかりました。こうした現状を日本の人たちに伝えるのはとても大切なんです。みなさんは、今ある問題を解決するためには何が必要だと思っていますか?
ミシェル:女性が「自分にもできる」と理解することが大切です。 醸造所の第一線で活躍している女性や、ビール・ワールドカップで賞を集めている女性がいると知ると、「自分も醸造家になれるんだ」とわかるんですよね。ジェンダーやセクシュアル・マイノリティ、人種の平等など、多くの問題ではこの「見える化」が重要です。
私が住むオレゴン州はその良い例だと思います。今、醸造責任者を務めている女性の多くは、自分で醸造所を設立したわけではないんですよ。彼女たちは雇用される立場から出世できる機会があったんです。
アメリカには女性醸造家のための団体「Pink Boots Society」 があります。会員になるためには一定の条件をクリアしなければならないんですが、素晴らしいのは奨学金の制度で、経済的に余裕のない女性たちが、適切なサポートを受けることができます。
かつて、アメリカのビール業界は排他的でしたが、ここ15年ほどの間に、女性が醸造の教育を受けられる機会が増えてきました。醸造所の門戸を叩くときに、「私はビール造りを学んで資格も持っています」と言えるのは大きなことですよね。
アマンダ:ミシェルが言ったように、ポートランドのような地域では、女性がロールモデルに追随するような空気があると思います。結果につながるにはまだ時間がかかるでしょうが、女性団体や、女性を対象としたフェスティバルなども増えてきました。
ミシェル:そもそも今は、クラフトビール業界自体が停滞気味ですからね。今の20代は、これまでの世代ほどビールに興味がないので、業界は反省もしてるんです。新しいアイデアを考え出せるという意味で、マイノリティの人々にとってはチャンスかもしれません。
人生を変えるコミュニティとして
──WCFAではこれからどんなことに取り組んでいく予定ですか?
ミシェル:これまで3回サミットを開催してきましたが、どれも本当に素晴らしいものでした。ここからは新しいステップを迎えます。まず、クラフトビールの世界には醸造家以外の道もあるということを伝える必要がある。セールスやマーケティングなど、さまざまな担当者がいなければ醸造所が成長しないということを伝えれば、多様な女性が業界の中で自分の得意分野を発揮できる場を見つけられるかもしれません。
最近は、女性の自家醸造コミュニティ「Evergreen Brewing Initiative」 を立ち上げました。ビールはキッチンで造れるものだし、アメリカのクラフトビール醸造所の多くは自家醸造から始まっています。醸造学校なども増えてきていますが、多様性を守るためには自家醸造が必要になると考えています。
アマンダ:私はもともと、自分が住んでいる地域で唯一の女性醸造家だったので、サミットを通して遠くに住む仲間たちに出会ったことは衝撃でした。それまでは、業界内に女性がいると知っていても、どうやって知り合えばいいのかわからなかったんです。だから、ミシェルたちに頼み込んでWCFAの運営に関わるようになりました。
今、私は自分で飲料コンサルティング会社を経営していますが、正直、サミットに出会っていなかったら、ここまでビール業界にいられたかわかりません。「女性向けのサミットか、参加してみようかな」というちょっとした思いつきが、私みたいに人生を変えることがあるんです。
WCFAの役割は、コミュニティを通して、ビールや醸造を愛している人たちがどれだけいるか知らせることだと思います。ほとんどの人は、他の仕事をしたほうがお金は稼げるんですよ。でも、ビールが好きだし、信じているからここにいる。共感し、情熱を分かち合うことが、女性が酒造りを続けていくうえでとても重要なことだと思っています。
──お互いに励まし合い、モチベーションを高め合う。女性の業界団体にとって大切なことを聞けた気がします。どうもありがとうございました。
アメリカで酒蔵を立ち上げた日本人女性たち
日本酒の文化が世界に広まるにつれ、自分の醸造所を立ち上げてサケを造る人々も増えてきています。そうした中、清酒製造免許の新規発行がおこなわれていない日本ではほとんど起こり得ないこととして、日本出身の女性で自ら酒蔵を始める人もいます。
亀井紀子さんは、2015年にカリフォルニア州サンフランシスコで、夫のジェイクさんと一緒にSequoia Sake Company(セコイヤ・サケ・カンパニー)を立ち上げました。高橋千秋さんは、日本で医薬品研究や酒類総合研究所での職務を経て、2020年にハワイでIslander Sake Brewery(アイランダー・サケ・ブルワリー)をオープンしています。
異国の地での酒造りには、どのような葛藤や喜びがあるのでしょうか。ここでは、アメリカでの酒造りの道を選んだお二人にお話を聞きました。
日本とアメリカのジェンダー観
──お二人とも日本の出身で、それぞれITエンジニア、研究者というキャリアを経て、現在アメリカで酒造りをおこなっています。紀子さんはIT業界で長く働いていましたが、日本の企業に勤めた経験もあるのでしょうか?
紀子:アメリカへ交換留学してから日本に帰り、大学を卒業してすぐは日本の企業に就職しました。男女共同参画社会(1999年の男女共同参画社会基本法に基づく)が始まる前だったので、当時はお茶汲みや事務の仕事しかさせてもらえず、違和感があってアメリカに戻りました。
千秋:私は学生時代を経て研究者になりましたが、「女の子は大学院に行ってしまうと就職先がない」と言われるような時代でした。妊娠をしたときに職場で「子どもを堕ろせ」と言われたこともあります。今から考えると大問題ですよね。
──それは壮絶ですね。日本からアメリカへ来て、ジェンダー観の違いはどのように感じていますか?
千秋:5年前にアメリカへ来るまでは、もっとジェンダー差別のない国だと思っていたんですが、マイノリティの立場が弱いのはあまり変わらないと思います。特に、移民に対しては厳しい目で見る人も少なくありませんね。
紀子:アメリカの中でも地域差があるかなと思います。私が住むサンフランシスコでは、マイノリティの権利に関する意識が高く、私自身はこれまで性別や人種によって差別されていると感じたことは一度もありません。
千秋:アメリカは50の州が集まった合衆国なので、酒蔵を立ち上げるためのライセンスや、お酒に関するルールも地域によって全然違いますからね。国が50個あるみたいな感じで。
紀子:逆にサンフランシスコは、女性を持ち上げようとしすぎるところもあるんですよ。選挙でも、マイノリティの女性が立候補していたら無条件に選ぶような風潮があって、「それは平等とは違うんじゃないか?」と疑問に感じることもありますね。
メディアからインタビューを受けるときも「男性の多い醸造業界で、アジア人の女性が逆境に耐えながら頑張っている」というストーリーへ誘導されそうになることが多いんですが、「そんなことはない」と言ってしまうので、相手にとってはもの足りないかもしれません。
千秋:私にインタビューしてもらえたら期待どおりの話ができるかも(笑)。今は、アジア人であること、日本人であること、女性であることを前提に、「それでもアメリカで酒造りをしたい」と思えることが大切なんだと思っています。
自分で酒蔵を設計できるメリット
──本特集の第1弾では、日本の酒蔵で働いた経験のある女性50名へのアンケートをまとめました。お二人も酒造りをしていますが、ご自身の環境と比べてどう感じましたか?
紀子:日本の酒蔵では、雇用側が「女性を雇わない」と思っているわけじゃなくても、従来の環境が男性向けに作られているから不自由が生まれるんだろうと思いました。以前、日本の酒蔵の手伝いをさせてもらったことがあるんですが、洗米が15kg単位なんですよ。私はいつも10kg単位でやっているので、さすがに厳しかったです。
千秋:酒袋を運んでいると、どうしても筋肉が疲れてきてしまって、3〜4個目くらいから持ち上げることもできなくなります。男性がフォローしてくれるので、「男性と同じように扱って」と言うのも申し訳ない気がしてきてしまいますね。
紀子:あと、アメリカは体が大きい人が多いから、使いこなせない機材もあるんです。機材を繋ぐコネクターが、私の手のサイズではどうしても外せなくて、そのために男の人を呼んでくることもあって、そこは悔しいなと感じますね。
力仕事のための機材が女性向けに作ってこられなかったという現実はアメリカでもあって、これから女性や多様なジェンダーの人が業界に入ってくれば、扱いやすい機械や補助用のツールなどが出てくるんじゃないかと。
千秋:でも、これまでのやり方を変えることにリスクを感じる酒蔵さんって少なくないんでしょうね。酒造りは微生物の働きなので、何が要因で味が変わってしまうか予測しきれない。例えば、15kgごとに洗米していたのを10kgに変えると今までと違う味になってしまうリスクがあると考えたら、やらない人の方が多いんだろうと。
酒蔵は、何十年も何百年も同じようなレシピで造っているところが多いので、男性の応募者がいないというわけでもないなら、男性を優先的に雇用して現状維持を選んでしまいそうです。
紀子:でも、日本酒業界ってそんなに引く手数多というわけじゃないはずなんですよね。優秀な女性がいっぱい応募してくれるような環境を作って、それに合わせて改革していくほうが、蔵や業界とってもいいことがたくさんあると思うんですけど。
──経済的に余裕がある蔵でないと、女性向けの作業環境を整備しづらいのが現状ですね。ちなみにお二人はご自身で酒蔵をデザインしていますが、自分がやりやすいようにしているところはありますか?
千秋:タンクの大きさは一本1000リットルで、小さめにしています。仕込みの前の蒸しの工程も考えて、自分一人でも作業できるだけの大きさにしていますね。
紀子:中国のメーカーにタンクをオーダーメイドしてもらったんですが、パートナーたちは「2000リットルのほうが安くてたくさん造れる」と言っていたけど、私が「1ロット2000リットルでは、私がいろんな作業をやりづらくなる」と説明して小さいサイズにしてもらいました。
──お二人はご自身で酒蔵をデザインしているので、自分の意見も反映させられるし、ビジネスパートナーともフェアな関係だから主張できるんですね。
千秋:マイクロブルワリーでの酒造りの場合、コンパクトなほうが少人数でやる場合でも安全な作業量になるので。日本の酒蔵に就職して、その酒蔵が1万リットルのタンクを使っていたら、できる作業は限られてくるかもしれないと思います。
日本の女性の境遇を外から見て
──第2弾では日本酒業界で働く女性の座談会をおこないました。紀子さんは、カリフォルニアで出産を経験されていますが、育休制度はいかがでしたか?
紀子:基本的には、女性が出産前後に約12週間の産休を取って、出産後仕事に復帰するタイミングで今度は男性が12週間育休を取るというかたちです。女性は妊娠障害などに応じて、追加の休暇を取ることができます。
参考:Maternity and Paternity Leave in California
──日本では女性が14週間の産休に加え、1年間の育休が保障されています。アメリカのほうが期間は短いですね。ベビーシッターなどが浸透しているからでしょうか。
紀子:私は2000年代に仕事で日本に10年ほど帰ったんですが、正直、私がいたころよりはずっと待遇が良くなっていると感じたし、最近育休制度も整っているので、なぜここまで女性の社会進出が課題になるのか不思議だなと感じています。単純に差別が残っているというよりは、女性自身が諦めてしまうところもあるのかもしれませんね。
でも、ちゃんと戦わなきゃ、ずっと立場は変わらない。どこにでも失礼な人たちはたくさんいて、男性であろうと女性あろうと思慮のないことを言われることはある。そこできちんと「あなたの考えがおかしいよ」と反論することで、相手も変わっていくんじゃないかなと思うんですが。
──性別に限らず、日本は1990年代から景気が長く低迷しているために若い世代がどんどん保守的になり、失敗を恐れてチャレンジできない空気感が漂っていると感じます。それもあって、理不尽が起きても相手に伝えられず、抱え込んでしまう人が多いのかもしれないですね。
千秋:ハワイに一人旅でやってくる日本人女性たちから、「やりたいことがあるけど、勇気が出なくて挑戦できない」という声を聞くことがよくあります。紀子さんと私でコラボして、「Woman’s Sake」という商品を造ってもいいかもしれないですね。アメリカで酒造りにチャレンジしている女性が造る、女性に勇気を与えられるようなお酒みたいな感じで。
紀子:女性向けのお酒には興味ないですけど(苦笑)、日本の女性にはもっと希望を持って挑戦してほしいなと思うので、その役に立てるなら造ってもいいですね。
──本特集では、「女性らしい酒造りではなく、自分らしい酒造りとはどういうことなのか」という話をしているのですが、お二人はどのように考えていますか?
千秋:例えば「灘の男酒」「伏見の女酒」って、誰が造ったかは関係なく、その地域の水のイメージから来ている名称ですよね。なので、重要なのはそのお酒が造られている地域らしさなのかなと。
ハワイの水は軟水で、どうやっても荒い発酵はできないんですが、「優しいお酒だよね」と言われたら、冗談まじりに「優しい私が造ってるんだからあたりまえじゃないですか」と返しています(笑)。
紀子:地域もそうですけど、まったく同じ環境で私と千秋さんが造ったとしても、まったく違うお酒ができるのも発酵の不思議ですよね。やっぱりサケはイメージ商品かつ伝統工芸品だから、単純に味だけじゃなくストーリーがあってこそ「美味しい」と思ってもらえるし、日本で生まれ育った女性の私が造ったからという理由で買ってくれる人もいるんだとは思います。
私は酒造りはあと5年ほどで引退を考えていますが、これからはさらに自分のやりたいことに挑戦していく予定です。今自分が造れるベストのお酒がどんなものなのか、チャレンジしていきたいですね。
──男性、女性、その他の多様な性の人たちが同じくらいサケ業界にいるようになったら、いずれプロモーションに使われなくなるのかもしれませんね。アメリカで酒造りをする女性といっても、二人それぞれに多様な境遇や考え方があることがわかるお話でした。
総括:これからの「日本酒と女性」
これまで、全3回にわたり、「日本酒と女性」というテーマで特集をおこないました。第1弾では、清酒製造の現場に女性が少ない理由として、女性が酒造りをおこなうにあたっての課題を分析。第2弾では、伝統的な業界の中で、個々の女性が感じる違和感を明らかにし、第3弾では、日本の業界の外にいる人たちの視点から女性の酒造りを考えました。
今回の特集を企画したのは、自らもまた女性であり、日本酒を専門とする著者が、10年以上にわたって業界を見つめてきたうえで、「日本酒と女性」というテーマをアップデートする必要を感じたからです。著者自身はハラスメントを受けた経験などはなく、仕事をする中で自分の性別を意識することは極めて少ないですが、それでも、女性向けの日本酒が自分の口に合ったことはありませんし、どの組合も女性杜氏がいる酒蔵の数を調べないことに疑問を感じていました。
しかし、取材を始めてみて実感しましたが、ジェンダーというのは想像以上にデリケートで難しい題材です。本特集では合計59名の女性の声を聞きましたが、一人ひとりが少しずつ異なるかたちで自分の性と向き合っている現実に対し、「女性はこうだ」と大きな主語で語ることは、それこそ多様性やマイノリティを捨象してしまうことにつながります。ましてや、第3弾でSequoia Sakeの紀子さんが話すように、メディアが言わせたいことを誘導するのはもってのほかです。
第1弾の記事では、重要なのは単に業界の女性の数を増やすことではなく、女性が日本酒に関わりたいと思ったときに、働きやすく、働き続けられる環境であるかどうかだと書きました。しかし、本特集で見えたさまざまな課題が解決されたうえで、日本酒に関わる女性の数がもっと増えたときにこそ、女性が酒造りをすることや、女性が日本酒を飲むことがようやく”普通”になると言うことができるのかもしれません。
日本酒は、誰にでも分け隔てなく飲まれうるものです。このお酒の愉しみが、何者にも削がれることのないように。本特集が、自分の性と向き合い、語り合い、誰しもがお酒を愛せる未来へ繋がる一助となることを願います。
【シリーズ】日本酒と女性
Part1:多様な働き手を受け入れるために、酒蔵の現場が乗り越えるべき課題とは?
Part2:女性らしくではなく、自分らしく。業界で働く女性5名が赤裸々トーク!
Part3:海外醸造のリアル。日本酒の外にヒントを見つける
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