2024.10
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なぜ、蔵人の朝は早いのか?
「職人の朝は早い」。よく、ドキュメンタリーで耳にする言葉です。日本酒を造る蔵人の朝もまた例に漏れず早く、出勤時間が朝5時台やそれより早いということも稀ではありません。
なぜ、日本酒を造るために、ここまで早く仕事を始める必要があるのでしょうか。現役蔵人の筆者が、自身の経験を例に混じえつつ解説していきます。
なぜ、朝早く仕事を始める必要があるのか
酒造りが早い時間から始まる大きな理由のひとつは、朝のまだ気温が上がりきらない時間帯に仕込みを済ませてしまいたいというものです。
蒸したてのお米は、麹米にするなら40℃前後の状態で麹室へ、掛米にするなら15℃前後にして仕込桶へ運びます。そのほか、山廃の酒母や留仕込の掛米はできる限り冷やす必要があるなど、用途によって目標温度はさまざまですが、いずれにせよ蒸し上げた米を冷ますのは、仕込みにとって重要な仕事になります。
つまり、冬の朝のまだ寒い時間帯に蒸米を冷ませば効率が良いということです。
冬の平均気温のグラフを見ると、朝8時ごろから急速に気温が上がり始めることがわかります。つまり、ここまでの時間に蒸米を放冷する作業に入るのが理想なのです。
朝8時ごろに蒸米を蒸しあげる場合の作業を逆算すると、7時台に蒸気を上げ、6時台に水麹を立て、釜に火をつける必要があるため、5時台には麹の手入れや出麹をしておくことになります。
大まかにいうと、5時に出勤してから放冷までには、以下の作業が発生します。
- 麹室
- 張り込み
- 蒸米準備〜蒸米
- 分析
- 酒母操作準備
- 放冷
- 片付け
まず、5時台に蔵についたら真っ先に麹室へ。その日、出麹(完成)予定の麹を室の外へ出し、次の麹の盛作業に移ります。かけていた布をはぎとり、温度をチェックし、前日に種麹を散布した麹米の山を崩します。手作業や切返機で麹を崩し、パラパラになった麹を次は木箱に移します(詳しくは、麹づくりのプロセスを解説した以下の記事をご覧ください)。
これに並行して、水麹を立てる作業が入ります。その日仕込む(蒸す)予定のお米が入ってくる前に、仕込水と前日出麹した麹を仕込桶に投入します。よく混ざるようにしっかり櫂入れもしておき、温度と現在の醪の量を把握して、外気温などの要素を考えながら仕込み温度を決めていきます。
次に、蒸米を作るために、お米の張り込みをします。前日洗っておいたお米を釜の中にセットして、釜に火を入れます。麹を造るための麹米、醪に直接入れる掛米を、それぞれ酛用と添・仲・留の三段仕込用の計8種(酛麹、添麹、仲麹、留麹、酛掛、添掛、仲掛、留掛)を用意するのが基本です。
お湯を沸かしているあいだに、醪の温度チェックをして、分析をおこないます。並行して、酒母の櫂入れや温度チェックをおこない、酒母の温度調整のために暖気樽(だきだる)を準備します。
これらの作業が終わったら後片付けをしながら、蒸米を冷ますために放冷機を準備します。この後は、蒸し上がった麹米を麹室に運び、酛の仕込み、醪の仕込み、布類や放冷機の片付けをしつつ、時間になったら麹室で種つけなどの作業に移っていきます。
以上見てきたように、酒造りは発酵物という生き物を管理している以上、「人間あわせ」では回らないという事情があります。たとえば麹はつくりはじめてから約40〜50時間後にできあがるということはある程度決まっているので、それ以外の時間に作業を進めることはできません。酒母や醪の温度管理も、酵母の活動状況や外気温の変化にあわせて対応する必要があります。「麹あわせ」「酵母あわせ」で回す必要があるのが、一般的な就業時間内に作業を収めることが難しい理由なのです。
早朝作業を回避することはできないのか?
といっても、朝5時台という時間から仕事をするのはなかなか大変です。楽にする方法として、人を増やすという解決法が挙げられます。上記のように、朝のうちにやらなければならない仕事はたくさんありますが、人数を増やすことで、担当を振り分けて同時に仕事を進行することができるのです。
ただ、酒蔵は仕込み量が毎日異なるため、極端に忙しい時間とそうでない時間が発生します。繁忙期は、造りが本格的に始まるころ、出品酒など大吟醸を造る厳冬期、蒸しが終わるころ、片付けの期間です。それ以外は忙しくない期間も混ざるので、大人数を確保すると、必ずしも全員に仕事が与えられないという事態が起こりえます。
さらに、設備を改修したり、機械化による効率化を図って、7〜8時出勤・17〜18時あがりというスケジュールを実現している蔵もあります。効率化は小さいところからも変えることができます。例えば、遠隔温度計で麹や醪の温度を測ってスマホから確認できますし、そこから通風口の開閉やヒーターの調整をおこなうことも可能です。
自動製麴機による麹造りや、醪の自動搾り器は、泊まり作業を減らしてくれます。ある程度は機械に任せて、人間の勘が必要な部分だけ蔵人がおこなうのが理想的と言えるでしょう。
昔に比べるとそのような専門の機械も安くなりましたし、プログラミングができる蔵人が、市販の機器を組み合わせて、似たような仕組みを実現することもあるそうです。負けてられませんね!誰でもできそうなところでは、洗米予定表や経過簿、分析帳、受払簿など、酒蔵での仕事は書類仕事をExcelの関数やマクロで正確に効率的につくることから始めるのもよいでしょう。
余談:蔵人はどうやって早起きをしているの?
毎朝5時台の出勤というと、驚かれることは少なくありません。酒蔵で働く人たちは、どうやって早起きをしているのでしょうか。
早起きのコツは、ずばり、夜さっさと寝ること。お風呂は早めに済ませて、晩酌もすぐ切り上げます。9時で終わり!と決めたら延長はしません。お酒を造る人間がお酒に負けてはいけないのです。
ただ、蔵に泊まる時はなかなかそうも行きません。杜氏さんや先輩蔵人の晩酌に付き合って、酒造りのよもやま話をしながら麹や酒母、槽の様子を一緒に見に行く必要があるからです。
麹作業をおこなうときは、夜間に仲仕事や仕舞仕事があります。麹に空気を入れながら温度ムラをなくし、乾燥を促進する工程です。酛の夜間作業は温度の調整、槽は圧力を少し強めに掛けるなど微調整をおこないます。大吟醸の麹造りや醪管理の間は2時間に一度くらいは起きて作業するのでグッスリ寝れません。本当にしんどいんですが、酒のため頑張ります。
夜中はよっぽどの事がない限り醪タンクは見に行きません。万が一転落事故でも起こせば発見されにくいので、タンク付近で作業をするようなリスクは回避すべきでしょう。
また、寝る前には明日の準備を済ませておきましょう。着ていく服と、帽子や替えのシャツ、靴下、仕事で使う書類。炊飯器の予約ももちろんセットしておき、起きたらすぐ出かけられるようにしておくことが大切です。
まとめ
毎朝早起きをしなければならないのは大変に見えるかもしれませんが、どの仕事も少なからずプライベートを犠牲にした上で成り立っているものだとは思います。蔵人という仕事が恵まれているのは、その結果として美味しいお酒ができること。
毎朝みんなが眠そうな顔で頑張って仕事をしたからこそ、微生物たちも頑張って美味しいお酒を造るのに協力してくれると思うのです。
もちろん、寝不足に危険はつきもの。事故やエラーが起きないよう最大限の注意を払うためにも、業務改善やチームワークは常に必要になってきます。
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