「SAKE」を定義する意味とは?可能性とリスクを考える──広がるSAKE、揺らぐ日本酒(後編)

2026.07

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「SAKE」を定義する意味とは?可能性とリスクを考える──広がるSAKE、揺らぐ日本酒(後編)

木村 咲貴  |  日本酒を学ぶ

世界中で「SAKE」として親しまれている日本酒。ところが、日本国内では、このお酒の呼び方がどんどん複雑化しています。

たとえば、日本酒とほとんど造り方が同じであるにもかかわらず、以下のようなお酒は法律上「日本酒」と呼ぶことができません。

  • 海外で製造された清酒
  • 海外産のお米を使った清酒
  • クラフトサケ」とその類似酒

前回の記事では、こうした日本酒・SAKEにまつわる言葉の定義について、歴史的・制度的な変遷をまとめ、問題点を整理しました。

日本酒やSAKEという言葉をめぐる議論は、消費者にとってのわかりやすさや、国際市場における流通のしやすさ、品質への信頼にもつながる一方で、別の定義が新たな弊害を生み出す可能性もはらんでいます。

今回の記事では、この言葉の境界線上で課題と向き合う3人へのインタビューを通じて、SAKEを再定義することの意義と、その先にある可能性について考察します。

海外市場における「先手」としての定義とその議論 - SBANA

いま、お米でできた醸造酒を総称するのは、英語で書かれた「SAKE」という言葉です。現状、SAKEという言葉は、清酒の造り方をベースに、米麹を使って並行複発酵で醸造したお酒に対して使われています。製造国や原料の生産地が指定されていないため、海外産清酒を含むほか、副原料の有無が問われていないという点で、クラフトサケなどの「日本酒に極めて類似しているが、法的に日本酒でないもの」をも網羅しています。

SAKEの定義表

現状のように、定義が曖味なまま各々の造り手が自由にSAKEという言葉使い続けるという選択肢もありますが、場所や目的によってSAKEの指す内容が異なると、新たな混乱を巻き起こす可能性があります。

特に、海外市場では、各国の法律によって、輸入・流通における扱いが異なります。例えば、アメリカでは、醸造アルコールを添加した清酒は基本的に蒸留酒とみなされます。EUでは、アルコール度数15%を境に品目が変わり、販売にかかる物品税の税率に影響を及ぼします。

アメリカのSAKE醸造所の同業組合であるSBANA(Sake Brewers Association of North America、北米酒造組合)では、アメリカで造られるSAKEの多様性を前に、その言葉を定義するための議論がなされてきました。

「北米には、実に多様なSAKEが存在します。ほとんどの醸造所が吟醸酒を造っているほか、にごり酒、山廃、生酛を手がける蔵も少なくありません。

日本の酒蔵との最大の違いは、果汁や副原料を使ったフレーバーSAKEを手がけている蔵が多いところです。日本ではこうしたカテゴリは“初心者向け”と思われるかもしれませんが、多くの醸造家がとても真剣に取り組んでおり、技術と市場に深く貢献しています」

お話してくれたのは、同組合代表のウェストン小西さん。アメリカで造られるSAKEの多様性は、新たな消費者を引きつけ、市場シェアを拡大するうえで有益なものだと考えています。

米国のSAKE関係者が集まるSake Stakeholders Summitの様子
米国のSAKE関係者が集まるSake Stakeholders Summitの様子

「アメリカでSAKEの醸造所を建設するとき、各地方の規制当局がこのお酒に対してまったく知識がないというケースはしばしば発生します。北米におけるSAKEの公式な定義があれば、こうした問題はクリアになるはずです。

それ以外は、定義がないことへの不満は組合の中でそれほど大きくありません。とはいえ、今後なんらかの規制が生まれたり、SAKEが別の何かと混同されたりすれば、大きな問題につながる可能性はありますから、先手を打ちたい気持ちはあります

現時点で、SBANAで提案されている未承認の定義は、

  1. SAKEとは、米・水・麹・酵母を原料として伝統的に造られ、並行複発酵によって醸造されるアルコール飲料である。
  2. 独自性と個性を生み出すために、他の原料や革新的な技術が用いられることもある。

という二つの文によって成り立っています。

「これまで、全会員の意見を反映するボトムアップのプロセスで、広く合意を得られる定義を目指してきました。ただこの手法は時間がかかるもので、ひとつの案に対して、十分な賛同が集まっていない状態が続いています。1つ目については異論はほとんどなく、議論の対象になるのは2つ目です。定義そのものが不要だという会員も複数います

多様なフレーバーのSAKE(画像:Ben’s American Sake)
アメリカの醸造所は多様なフレーバーのSAKEを造っている(画像:Ben’s American Sake)

合意の形成には時間がかかるものの、小西さんは、組合が引き続き議論を続けていく意向を示しています。

「アメリカの醸造家たちの誰もが、おいしいSAKEを造り、市場で過小評価されているこのお酒を世界水準にするために奮闘しています。本当の課題は根底では共通していますから、最終的には同じ地点に立てるはずです。SBANAが承認した定義を明確に打ち出すことは、独自のカテゴリーとしてのSAKEの基準確立とブランド認知の強化につながると見込んでいます」

「定義をあえて開いておく」あり方 - クラフトサケブリュワリー協会

小西さんが話すように、日本では「日本酒」と呼べない海外産清酒や副原料入りの米醸造酒についても、日本の法律が適用されない海外諸国では「SAKE」として一様に括られるという現状があります。

クラフトサケブリュワリー協会の会長であり、稲とアガベ醸造所の代表である岡住修兵さんは、近年輸出に力を入れる中で、この現状を実感しています。

「それぞれの国のインポーターは、『クラフトサケ』という言葉に縛られず、各々で伝わりやすい表現を考えてくれています。例えば、new sake(新しいSAKE)innovative sake(革新的なSAKE)などは伝わりやすいみたいですね。海外だと違和感なく、『こんなSAKEもあるんだ』と素直に受け止めてもらえるようです」

店頭に並ぶ酒

日本酒とは異なるカテゴリとしての認知を拡大するため、2022年にクラフトサケブリュワリー協会を設立し、「クラフトサケ」という呼称を協会公式の名称として掲げました。しかし、岡住さんは、この案には「反対意見も多かった」と話します。

「協会が生まれる以前から日本酒で『クラフトサケ』という言葉を使っていた方々がいますし、商標の観点(※)から自由に使うことはできないので、反対意見はたくさん出ました。でも、クラフトサケという言葉以上に、このカテゴリのニュアンスを表現できる呼称にまだたどり着くことができていません

※クラフトサケは株式会社モトックスの商標であり、クラフトサケブリュワリー協会は同社に許可を得たうえでこの名称を使用している。

「良い名前があればいつでも変えたい」と言う岡住さん。2027年にクラフトサケブリュワリー協会が5周年を迎えるのに合わせて、名称を変更する案も出ているそうです。

「一方で、『クラフトサケって何?』という議論や反対意見が生まれたこと自体が認知を広げた部分もあると思っています。いま起きている混乱も、このカルチャーが100年、200年と続いていけばなくなっていくのかもしれない。黎明期だからこそ起きる議論だと理解しています」

クラフトサケの定義について、協会のホームページでは

日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、お米を原料としながら従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルのお酒

と定義しています。

これは、クラフトサケという酒類について、解釈を固定するものではありません。たとえば、クラフトサケ醸造所ではどぶろくを造るところが多くありますが、どぶろくを「クラフトサケ」と呼ぶかどうかは醸造家の考えによるのが実態です。

ドブロクを注ぐ様子

「協会でクラフトサケの世界コンペティションを開催しようという計画があるんですが、ここでもクラフトサケの定義に対する議論が起きました。現状の答えとしては、『自分がクラフトサケだと思ったらクラフトサケ』。定義をあえて開いておいて、説得力がなければ協会のほうで除外するという考え方です」

その態度には、日本の現在の法制度からこそこの酒類が誕生したことの恩恵と、定義を固定してしまうことでイノベーションが起こりづらくなるという懸念が現れています。

「現在、クラフトサケの別の呼称を考えるよりも、この現象をより広く捉えた『上位概念』になる言葉を作れないかというアイデアも出ています。

クラフトサケの取り組みは、日本酒を軸足に、ほかのお酒や食の文化を融合させながら新しいお酒を作っていくというもの。実は、他業界でも、クラフトビールで麹を使ったり、マッコリやサトー(もち米を原料としたタイの醸造酒)で“クラフト”的な動きが生まれたりしています。そうしたカテゴリをクロスオーバーする動き全体をカテゴライズして、そのうちのひとつがクラフトサケである、という構造で考えるというやり方もありえると思っています」

「競技人口を増やす」ためのSAKEの定義拡張 - LINNÉ

定義が開かれたクラフトサケ。協会に所属する醸造家の中でも、「米」という原料にとらわれないSAKEの表現を模索しているのが、元WAKAZEの杜氏であり、2024年よりLINNÉで醸造活動をおこなう今井翔也さんです。

今井さんは、清酒の特徴を並行複発酵という発酵形態から解釈し、SAKEを「麹を主な糖化源とする醸造酒」と定義。「米麹を用いない」という制約のもとで、大麦麹や蕎麦麹を用いた酒造りをおこなっています。

「並行複発酵からSAKEを考えると、“掛”と“麹”の掛け算としてとらえることができます。掛を副原料などで拡張するクラフトサケに対し、麹を米以外の素材で拡張するのがLINNÉの取り組みです」

LINNÉ図

今井さんが「米」に縛られない酒造りをするようになったのは、WAKAZE時代にフランスやアメリカで活動をした経験に基づいています。

「フランスやカリフォルニアでお酒を作っていたときに、SAKEの文化は米の文化圏以上には大きくならないと感じました。地球全体で考えると、麦や芋など、地域によって大切にされている素材があって、そこで米のお酒を提示してもピンと来ない。それぞれの土地にある素材で造ったほうが、世界中でSAKEが造られるようになるんじゃないかと考えたんです」

一方で、米を使わない酒造りをする中で、日本人がなかば無意識に使いこなしている米の偉大さに直面することも多いといいます。

いろいろな素材を試すほど、『米ってすごすぎる』と痛感します。ちょっとこの作物、異常ですよ(笑)。まず、麹は圧倒的につくりやすいですね。原料処理はほぼいらないし、酵素力が圧倒的に強い。他の素材から入って、『米がいちばんいい』という結論にたどり着く人は出てくるはずだと思います。

これだけシンプルな素材から、日本酒や食の多様性が生まれたのは奇跡のようなもの。米が生み出したSAKEという型をほかの素材に応用できたら、思いもよらないことが可能になるかもしれません。気候変動の問題や植物性素材の付加価値が高まっているいま、米を起点とした日本の技術が世界に貢献できる瞬間が来るかもしれないんです」

LINNÉ「800(ヤオ)」
LINNÉ「800(ヤオ)」

SAKEという言葉の定義を拡大しようとする理由について、今井さんは現在のGI(地理的表示)のあり方に対する疑問とあわせて説明します。

「定義は細かいほど価値が高まると思われがちなんですが、そもそも競技人口が多くないと価値は生まれません。母数を最大化して初めて、『この土地の素材だけを使っている』というGIの本当の価値が生まれるはずなんです。

SAKEとは、麹の技術を用いれば地球上のどこからでも参加できるレベルで拡大しうるものだと思っています。そうやって、世界中で愛される技術・文化として普遍性を持たせてから、日本国内で日本産の米で造られたものが原点であり頂点であると位置づけるという順番です。

いちばん大きい定義が決まれば、日本酒はこう、American sakeはこうと、それぞれが自由に決めていけるのだと思います」

SAKEという言葉をいかに定義すべきか?

大麦麹(画像提供:LINNÉ)
大麦麹(画像提供:LINNÉ)

SAKEを定義するメリットとデメリット

ここまでのインタビューでは、

  • SBANAは、アメリカにおけるSAKEを定義する中で、その自由度に対する解釈が分かれている
  • クラフトサケブリュワリー協会は、「クラフトサケ」の定義をあえて開いている
  • 同協会に所属するLINNÉは、「麹を主な糖化源とする醸造酒」としてのSAKEを提案している

という三者三様の動きを紹介しました。

3名の話からは、SAKEという言葉を定義することにメリットとデメリットの両方があることがわかります。まずはメリットから見ていきましょう。

メリット①消費者にとってのわかりやすさを生む

酒税法を超えた枠組みでSAKEという言葉を定義できれば、現在、細かいルールが異なる「日本酒」「清酒」「クラフトサケ」などを包括した言葉として使いやすくなります。ジャンルを総合する大きな枠組みがあることによって、流通やメディアにおける誤用も減少するはずです。

メリット②国際的な制度・流通上の摩擦が減る

SBANAが問題視する「アメリカの規制当局がSAKEに対する知識がない」という状況も、公式な定義があれば解消に向かいます。それぞれの担当者がワインやビールなど既知の酒類に当てはめて対応している現状を、SAKE専用の対応として整備し直すことで、スムーズかつ活発な生産・流通が見込めます。

メリット③一定の水準以上の品質を保つ

SAKEのグローバルスタンダードを言語化することで、消費者が想定するカテゴリーとの乖離を防ぐことができます。実際に海外では、米を原料とした蒸留酒やリキュールなど、日本の清酒とは異なる製法の酒類がSAKEと呼ばれる例もあります。

こうした多様なSAKEの存在自体は、言葉が世界に広がった証でもありますが、清酒を想定してSAKEを選ぶ消費者にとっては、製法や品質に対する期待とのずれが生じる可能性があります。一定の基準を共有することは、SAKEというカテゴリー全体への信頼を守ることにつながります。

画像提供:Sake Brewers Association of North America
画像提供:Sake Brewers Association of North America

このようなメリットが考えられる一方で、GI日本酒やクラフトサケが混乱を引き起こしたように、定義することによるデメリットも存在します。

デメリット①実態の多様性を切り捨てる

定義をするということは、その定義から外れるものは「SAKEではない」と見なされるということでもあります。

今井さんが、母数が小さい中での議論の不毛さを指摘するように、SAKEという概念をなるべく広く定義しなければ、この言葉の持つ可能性を狭めてしまうことになります。

デメリット②新しい酒造りを阻害する可能性がある

岡住さんは、現在の日本酒や清酒にまつわる醸造の取り組みについて、「法や制度が先行していると、イノベーションが生まれにくい構造になる」と指摘します。定義を固定すると、新しい実践は常に「説明コストの高い存在」になり、枠組みを超えるような革新的な動きは生まれづらくなります。

デメリット③SAKEというグローバル語を制御できない

SAKEという言葉は、既に製法・原産地・原料を超えて、酒類のカテゴリ名として世界中で使用されています。SBANAのように日本を起源として尊重する組織だけではなく、日本の管理を超えた存在がSAKEという言葉を扱う事例は既に存在しています。

小西さんは、定義を世界的に統一して運用するのは「不可能に近い」と意見し、「現実的に、ひとつの大きな方向性に対して、各地域ごとのバリエーションが生まれていくことになるのではないでしょうか」という落としどころを提案します。

誰が、どのように論点を整理するべきなのか?

クラフトサケの祭典「猩猩宴」の様子
クラフトサケの祭典「猩猩宴」の様子

SAKEという言葉が世界中で使われているということは、日本人が暗黙のうちに抱えている共通認識以上に、この言葉が広い意味を獲得しつつあるということを示唆しています。

デメリット③でグローバル語としてのSAKEを制御する難しさを指摘しましたが、言い換えれば、より大きなカオスに直面する前に先手を打つ必要があるということでもあります。

SAKEの定義については『日本人がリードするべき』と思っています。各国が定義をつぎはぎ状態で持て余していて、発祥の地である日本ですらカオスになっている現状について、ある程度の収拾をつけるべきではないでしょうか」

今井さんがそう話すように、SAKEという言葉を定義するなら、日本が主体的にその議論に関わることが望ましいと考えられます。

そのうえで、そこに参加すべきなのは、日本酒や清酒のルールを決めてきた国や日本酒造組合中央会だけではなく、実際に「SAKE」という言葉を使い、その利害に影響を受ける当事者──非日本酒の生産と普及に関わるプレイヤーたちではないでしょうか。

日本を拠点に、非日本酒を取り扱う事業者が同じ課題意識を共有したうえで、話し合いのテーブルを用意する。そのうえで、各国におけるSBANAのような醸造コミュニティや、SAKEの普及に関わる人々と意見交換をしていく。

しかし、SAKEという言葉が新たな排除を生み出す可能性を考えると、それこそ「GI日本酒」のように、細かな定義は各国レベルにまかせ、SAKEという言葉はより広くゆるやかなものにしても良いのかもしれません。この言葉を排他的にしないためには、定義に消極的なプレイヤーこそが、定義づけに関わっていく必要があるのではないでしょうか。

SAKEは誰のもの?──定義をめぐる議論の先にある未来

菰樽風オブジェ。
画像提供:Sake Brewers Association of North America

「日本的な『曖昧さ』みたいなところは、感覚的にすごく好きな部分でもあるんですよね。定義しきれない曖昧さがあるからこそ、クラフトサケのような表現が生まれているわけでもある」と話す岡住さん。

そうした日本らしさに魅力を感じる人が多く集まるジャンルとして、議論がなかなか発展しない現状がありつつも、グローバル化の実態を踏まえると、文脈を共有しない参入者の出現は視野に入れていく必要があるのでしょう。

SAKEの定義をめぐる議論は、「何をSAKEと呼ぶか」という境界線の問題であると同時に、「SAKEという文化をどこまで広げられるか」という未来の設計図の問題でもあります。

この飲みものを愛する人が少しでも増える、そんな未来のために、この記事もまた議論のひとつの端緒となることを願います。ぜひ、「#SAKEの定義」のハッシュタグをつけてSNSに投稿してみてください。

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