日本酒が必要な産業となるための社会貢献とは? - 日本酒とSDGs (2/2)

2023.04

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日本酒が必要な産業となるための社会貢献とは? - 日本酒とSDGs (2/2)

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

近年、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals=SDGs)」に対する企業努力が重視され、旧来の体制や慣習が多く残る日本酒業界においても、こうした変化に向き合う必要性が強くなってきています。本特集「日本酒とSDGs」は、イメージ戦略や一過性の取り組みにとどまらず、サステナブルな社会を本質から実現するために日本酒ができることを考えるべく、SDGsの17のゴールごとにその可能性を整理するものです。

コロナ禍において、繰り返し聞かれた「不要不急」という言葉。その対象として、お酒を伴うコミュニケーションが批判にさらされることも少なくありませんでした。これまで「コミュニケーションを円滑にする」という点はお酒の代表的な効用とされてきましたが、それ以外の観点で「必要な産業」になるために、日本酒造りはどのような役割を担えるのでしょうか。

前編では「自然・環境編」、「健康・安全編」の観点から8つのゴールについて解説しました。後編では、「働きがい・平等編」と、その他のゴールについて掘り下げながら、日本酒産業が貢献できる内容について考察してみましょう。

Part 3:働きがい・平等編

日本酒とジェンダー

世界経済フォーラムが発表している男女格差を測るジェンダーギャップ指数「The Global Gender Gap Report 2021」にて、日本は156カ国中120位を記録。世界各国がジェンダー格差の改善を進めていく中で、日本の後進性は大きな課題となっています。

製造業はさまざまな職種の中でもジェンダーギャップが大きく、総務省の「労働力調査」によると、「産業別雇用者の男女別・雇用形態別の割合」(2020年)では女性の割合が6業種中最下位。就業者数自体は卸売業・小売業に次いで多い産業にもかかわらず、女性就労者の割合と管理職女性の割合は全産業平均を大きく下回っています(参考:男女共同参画局「男女共同参画白書 平成29年版」)。

日本酒においては、歴史的に女性が酒造りの現場に入ることを禁じられていた時期もあり、女性の働き手はまだまだ少ないのが現状です。SDGsの5番目のゴール「ジェンダー平等を実現しよう」を達成するために、日本酒業界ではどのような取り組みをしていく必要があるのでしょうか。

雇用環境の整備
酒造業において女性の従業員が少ない理由として、お米や水の運搬、重機の操作など、力仕事が多いことが挙げられます。こうした課題を解決するため、近年はロボットアームなどの機械を導入し、女性だけではなく誰にでも働きやすい環境を整備する酒蔵も出てきています。

また、結婚・出産にともない、労働者同士でサポートし合える体制を整えることも重要です。こうした女性のライフイベントについては、労働時間が減少するといった実質的な問題に留まらず、企業などの責任者が「女性は結婚して子どもができたら酒造りができなくなる」という前時代的な考えから採用を避けるといった実例も少なくありません。

忘れてはならないのは、女性が働きやすい職場とは、男性を含むすべての人にとって働きやすい職場だということです。長く「男が働き、女は家庭を支える」という体制が定着していた産業として、ジェンダー問題の解決のためには、意識改革から始める必要があります。その一助として、「日本酒業界と女性」というテーマは、今後、本メディアでも個別の特集として掘り下げていく予定です。

販売におけるターゲティング
もうひとつ、日本酒におけるジェンダー問題として挙げられるのが、「女性向け商品」などの性別に基づくターゲティングです。

日本酒の宣伝文句として、「飲みやすく女性にも人気」といったフレーズはよく出てきます。こうした表現は、女性は男性に比べて肝臓が小さくアルコールの分解が遅いとされている生物学的事情だけではなく、「女性はお酒をあまり飲まない」という社会的なイメージから生まれると考えられます。

しかし、特定の性別をターゲティングする宣伝・広告は、海外諸国では禁じられてきています。イギリスでは、2017年より性のステレオタイプを表す広告を禁止。「男性は料理をしない」「女性はピンクが好き」というように、性別によって得意なことと苦手なことがあると決めつけたり、嗜好を固定化したりといった表現を取り締まるようになりました。

日本でも、性的な役割を固定化したり、女性を男性に従属的な存在として表現したりする広告について、批判を受け炎上するケースが増えてきています。とはいえ、こうした性差別問題で求められているのは、炎上を防ぐことではなく、無意識な偏見に自覚的になることです。

現在、日本酒の海外輸出は数量・金額ともに最高記録を更新し続けていますが、前述のような「無意識の偏見」は海外市場で一層浮き彫りになるため注意が必要です。ここで、筆者がアメリカで日本酒メディアや販売の仕事に携わっていたときのエピソードを二つ、簡単にご紹介します。

ひとつは、あるアメリカ国内向けのメディアに日本酒についての寄稿を求められたときのこと。日本酒をあまり飲んだことがない人に、好みの味わいを見つける方法として、男性と女性それぞれの傾向について書いたところ、「性別によって嗜好の違いがあるという表現は、この国ではシビアに受け止められるので避けてほしい」と注意を受けました。特にアメリカはセクシュアル・マイノリティの平等性にも厳しく、性を男性と女性に分けてしまうこと自体が避けるべきであると気付かされた一件でした。

もうひとつは、酒販店の店頭でお酒を売っていたときのこと。男性客に、ピンクの花柄のボトルのお酒を勧める際、「日本ではこういうパッケージは女性向けに作られている」と説明したところ、「なぜ?」と心から不思議そうな顔をされたのです。

いずれも、日本の感覚で「これくらいならいいかな」と思っていたことが、国境を越えるとまったく通用しないことに気付かされる重要な経験でした。人種や思想の多様性にあふれた環境下で生きる人々が、いかに無意識の偏見に注意深く対応しているか。日本酒が世界的なお酒になっていくために、決して忘れてはいけない視点です。

日本酒と労働環境問題

本メディアでは、「美味しい日本酒の裏側 酒蔵の労働環境問題」と題して、日本酒を造る酒蔵の労働環境に迫る特集をおこないました。蔵人向けのアンケートの結果、主に長時間労働、不十分な給与、安全管理の甘さといった問題が明らかになり、座談会では、実際に現場で働いた経験のある(元)蔵人たちが、その原因について議論しています。

SDGsでも、8番目のゴール「働きがいも経済成長も」にて、労働環境問題の改善が取り上げられており、誰しもが働きがいのある人間らしい仕事をできるようにすること、同じ仕事に対して同じだけの給料が支払われることの必要性が説かれています。

このターゲットのひとつに、

商品やサービスの価値をより高める産業や、労働集約型の産業を中心に、多様化、技術の向上、イノベーションを通じて、経済の生産性をあげる。

というものがあります。「労働集約型の産業」とは人の働きによる業務の割合が大きい産業のことですが、手造りや昔ながらの手法に価値が置かれやすい清酒製造業は、まさに該当しうるといえるでしょう。同特集では、こうした課題に対して、労働者の負担を減らす“ホワイト化”に努める酒蔵の参考事例も紹介しています。

また、当ゴールの中では、国による中小企業の支援や、地方における雇用の創出、観光業の推進などの必要性も取り上げています。労働環境を整えるには、一企業の努力はもちろんのこと、行政におけるサポートを働きかけていくことも肝要です。

日本酒とダイバーシティ

労働環境問題と隣接した課題として、10番目の「人や国の不平等をなくそう」というゴールがあります。年齢や性別、障害の有無、民族などにかかわらず、すべての人が社会的・経済的・政治的に平等な機会を得ることを目指したものです。

日本酒を通じた障害者支援の例として、まずは農業が挙げられます。兵庫県の剣菱酒造では、障害者施設「でんでん虫の家」と協力し、障害者が作ったお米を使った「なんでんの」というお酒を地域限定で販売しています。剣菱の定番商品は、最低でも1年以上は熟成させたお酒をブレンドしていますが、販売分を給与としてすぐに還元するため、「なんでんの」は醸造から半年という短い期間で販売されます。

そのほか、愛知県・関谷酒造では、商品の首掛けや緩衝材づくりといった業務を障害者施設に委託。山形県・楯の川酒造や、福島県のクラフト醸造所・haccobaなど、障害を持つ人のアート作品をラベルやパッケージに採用するプロジェクトも広まってきています。

また、日本国内における外国人労働者数は2022年10月末時点で182万2725人と過去最高記録を更新しました。これは、10年間の2012年から見ると、2.7倍もの増加にあたります。若手労働人口の減少とともに、今後、酒蔵での外国人採用は比重を増すと考えられ、多様な思想を持つ人々を受け入れられる労働環境の整備はますます重要になってきています。

日本酒とイノベーション

9番目のゴール「産業と技術革新の基盤を作ろう」は、社会的に広く貢献する産業基盤や新しい技術の開発を促進するものです。

兵庫県の神戸酒心館が、神戸市、JA兵庫六甲、コニカミノルタなどと連携して取り組んでいる循環型農業はこの一例といえるでしょう。当プロジェクトでは、酒米づくりを通して、ドローンによるリモートセンシング(高度な画像解析)や、神戸市の下水道から回収した再生リン肥料「こうべハーベスト」を用いた生育調査などをおこなっています。2022年には、プロジェクト内で作られた山田錦で醸した「福寿 純米吟醸 山田錦 環和-KANNA-」が発売されました。

このように、日本酒におけるイノベーションとしては、農業や研究機関など、外部の組織と協力したうえで、環境に配慮した取り組みをおこなう、地域振興へつなげる、新しい技術開発をおこなうなどの可能性が考えられます。

Part 4:その他の項目に日本酒が関わる可能性

ここまで、自然・環境、健康・安全、働きがい・平等と、日本酒と関わりの強いテーマからSDGsのそれぞれのゴールを見てきました。最後に、まだ取り上げていない5つのゴールについて、日本酒が関わる可能性を考えていきましょう。

「1. 貧困をなくそう」

SDGsの1番目のゴールは、世界からあらゆる貧困をなくすというもの。昨今は、途上国のみならず先進国でも貧困が問題になっており、日本でも、厚生労働省の最新の調査(2018年実施)において、7人に1人の子どもが平均的な生活水準を送れていないことが判明しています。

日本酒は、20歳以上にならないと飲めないことから子どもとの関わりが持ちづらい産業です。しかし、例えば日本財団では、家庭や学校に次ぐ「子ども第三の居場所」の提供を提案しており、こうした取り組みに酒蔵がスペースを提供する可能性は考えられます。

第三の居場所とは、経済状況や家庭環境に困難を抱える子どもたちが立ち寄れる場所のことであり、地域との関わりを提供することで、孤立を防ぎ、自立を促す仕組みを作ることを目的としています。

山形県小国町の「カモスク」は、同地域の桜川酒造の石蔵をリノベーションしたカフェ&コワーキングスペースで、子どもたちにとっての第三の居場所となるためのプロジェクトを進めています。地域の中心としてコミュニティに貢献してきた酒蔵だからこそ、子どもたちに対してもできることはさまざまにあるはずです。

「4. 質の高い教育をみんなに」

日本酒の銘醸地である灘五郷に位置する菊正宗酒造、白鶴酒造の蔵元である嘉納家は、名門校として知られる灘中学校を創立したことでも知られています(「櫻政宗」の旧・山邑酒造も出資)。

また、同じく灘の「白鹿」醸造元・辰馬本家酒造は、グループ事業として保育園、幼稚園、中学校、高等学校を運営しています。保育園と幼稚園において、預かり保育や未就園児も含む園庭の開放といった子育て支援をおこなっているのは、SDGsの観点からも注目に値するでしょう。

教育事業に取り組む酒蔵としては、ほかに、神奈川県・熊澤酒造も保育園やカルチャー教室の運営をおこなっています。里山緑道の中での体験を重視することで、幼いころから自然との共生の大切さを理解することを目指しています。

そのほか、農業を通じての食育にも日本酒が関わる可能性はあります。白鶴酒造では、東京・銀座の支社に屋上農園「白鶴 銀座 天空農園」を開設し、地域の子どもたちを招いて田植え・稲刈りをおこなっています。

「14. 海の豊かさを守ろう」

海の汚染を防ぎ、生態系を守ることを掲げたこちらのゴール。酒蔵では、宮城県の新澤醸造店が、床塗装によって掃除を簡略化し、洗剤の消費量を削減するといった取り組みをおこなっています。

日本酒は昔から魚介類との相性の良さが語られ、科学的にも魚の生臭さをマスキングすることが証明されているお酒ですが、そういった特性を水産資源の保護につなげることができる可能性があります。例えば、サイズが小さい、不揃い、漁獲量が少ないなどの理由で流通に難を抱える「未利用魚」を使ったペアリングを積極的に提案し、日本酒と組み合わせた加工品やサブスクリプションサービスなどを実施することで、フードロスに対する意識の向上を呼びかけることができるかもしれません。

「16. 平和と公正をすべての人に」

2022年2月よりロシアによるウクライナ侵攻が始まり、日本酒においても、平和を願いウクライナへの寄付金を募る商品を販売する動きが各所に見られました。

ウクライナ国内では、ロシアによる侵攻が始まってからも、抵抗への意思表明も兼ねた国産ワインの生産が続けられています。ウクライナでは、かつては海外産のワインが高い評価を受けていましたが、国内の産業を支えるために、現在は多くの人が国産ワインを購入。支援の意味を込めて、ヨーロッパからも注文が相次いでいるといいます。酒蔵に限らず、酒販店や飲食店がウクライナのワイン生産者を支援することもまた、戦時下にある国を支えることにつながるといえます。

このゴールでは、戦争に限らず、虐待や人身売買などを含むあらゆる暴力をなくすことを掲げています。平和とは広大なテーマであり、なかなか日本酒とつなげることは難しいようにも見えますが、国際的な酒類として成長していくためにも、平和への意思を表明し、身近な視点から自分たちにできることは何かを想像することがますます必要となってきます。

「17. パートナーシップで目標を達成しよう」

SDGsの最後のゴールは、開発途上国でこうしたSDGsを実現するために、国際間、公的機関、官民、市民社会におけるあらゆるパートナーシップ=つながりを築く必要性を説いています。

2022年10月、ブータンの首都ティンプーで日本酒をテーマとした「日本・ブータン食文化交流シンポジウム」が開催され、群馬県の土田酒造が醸造技術の解説をおこないました。ブータンでは伝統的にお米を原料とした醸造酒を造る文化があるため、日本酒との親和性が高いと考えられてのことです。

そのほか、2022年には、ベトナムのビールメーカーEast West Brewing Co.に和歌山県・平和酒造が技術指導をおこない、SAKE醸造所「Mua Craft Sake」がオープンしました。このように、日本酒の世界への拡大によって、現地のコミュニティとの連携が生まれ、酒蔵の建設による雇用の創出や、技術支援、両国の文化を組み合わせた新しいお酒が開発されるなど、パートナーシップによる目標達成の可能性が見えてきます。

まとめ

今回の特集は、SDGsの一つひとつの項目をただこなすのではなく、改めてそれぞれのゴールに日本酒がどのような関わり方ができるのか、本質的な貢献を考える一助となればという思いから企画されました。

SDGsの17のゴールとは、一部の人々が自分たちだけの豊かさを追求すると、世界の不均衡が生まれ、貧困や紛争、気候変動といった問題を引き起こすという現代の課題意識から生まれた目標です。つまり、これらのゴールは、あらゆる人々が幸せに暮らすための世界的な視点を持ち、自分たちとは異なる環境に囲まれた人たちのことを想像できるようになってこそ達成できるということです。

世界で何が起こっているのかを知り、自分たちにとって身近な日本酒とつなげる方法を考え、提案する。そのために、我々のような日本酒専門メディアが果たすべき役割もまた大きいといえるでしょう。

現在の日本酒は、輸出が拡大し、世界各国での認知が高まっていくとともに、国内市場はシュリンクし、健康志向の世の中でその存在意義が問われるというアンビバレントな境遇に対面しています。SDGsというテーマを通して、日本酒が世界的な飲み物であると同時に、アルコールを飲まない人にとっても必要な存在になっていく──それが、日本酒自身の”持続可能性”にもつながるのです。

【連載:日本酒とSDGs】
「上辺だけ」にならないために。価値観の変化に向き合う、本質的な取り組みとは? - 日本酒とSDGs (1/2)

日本酒が必要な産業となるための社会貢献とは? - 日本酒とSDGs (2/2)

参考文献

・内閣府男女共同参画局 「共同参画」2021年5月号」(2023年4月21日閲覧)
・内閣府男女共同参画局 「就業者数の推移、産業別雇用者の男女別・雇用形態別の割合」(2023年4月21日閲覧)
・毎日新聞 「男社会の酒造業界を変える『女性杜氏』たち」(2023年4月21日閲覧)
・朝日新聞デジタル 「岩手)『女性初』背負った平成 基本残し時代にも合わせ」(2023年4月21日閲覧)
・厚生労働省 「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ(令和4年10月末現在)」(2023年4月21日閲覧)
・厚生労働省 「2019年 国民生活基礎調査の概況」(2023年4月21日閲覧)
・日本財団 「子ども第三の居場所」(2023年4月21日閲覧)
・金子ひろみ「料理に使う日本酒の効果」(日本醸造協会誌,第105巻7号,2010)
・NHK 「未利用魚とは 行き場のない魚をサブスクで有効活用」(2023年4月21日閲覧)
・Aljazeera 「Inside Ukraine’s wartime wine industry」(2023年4月21日閲覧)
・47News 「【インド】ブータンで日本酒シンポジウム、大使館主催[食品]」(2023年4月21日閲覧)

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