「山形で一番尖った酒」で、若手杜氏が導く復活 - 山形県・奥羽自慢

2023.04

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「山形で一番尖った酒」で、若手杜氏が導く復活 - 山形県・奥羽自慢

山本 浩司(空太郎)  |  酒蔵情報

山形県鶴岡市の奥羽自慢(おううじまん)は、2017年に当時26歳で杜氏に抜擢された阿部龍弥さんが先頭に立って酒造りの改革に邁進したのをきっかけに、経営を立て直しました。杜氏就任とともにデビューした新ブランド「吾有事(わがうじ)」の評判も年々上がり、5年目にして蔵は黒字転換を果たし、上昇基調に入っています。2022年夏には国際的なコンペティションで高い評価を受け、ますます注目される奥羽自慢復活の軌跡を追いました。

若手杜氏抜擢で、買収した酒蔵の逆転を狙う

奥羽自慢の前身となる佐藤仁左衛門(さとうにざえもん)酒造場は創業1724年。本家は神主だったこともあり、分家が御神酒を造り出したのが酒蔵としてのはじまりでした。戦後は大手酒造メーカーへの桶売り(未納税移出)を主体にしながらも、自社銘柄「奥羽自慢」を地元向けに販売し、1000石前後を生産していました。

ところが、1970年代のオイルショック以降は醸造量がじりじりと減り、さらに酒造りを担っていた蔵元が病気になったことから、2010BY(醸造年度)より酒造りを中止。翌年も再開の目処は立ちませんでしたが、3年続けて休造すると、清酒製造免許を返上しなくてはなりません。

これを聞きつけたのが、同じ庄内地域にある楯の川酒造(酒田市)の佐藤淳平社長でした。「300年近い歴史を誇る酒蔵が消えるのはしのびない。一度返上してしまえば二度と復活は難しい」と感じた佐藤社長は、佐藤仁左衛門酒造場に足を運び、酒造り再開の人的支援を申し入れます。蔵元の快諾もあり、佐藤さんは楯の川酒造の蔵人などと一緒に酒造りを手伝うことに。こうして、同酒造場は2012年11月に酒造りを再開しました。

ところが、造りの終わった直後の2013年夏に、佐藤仁左衛門酒造場の蔵元が急逝。酒造免許を遺産として引き継いだ蔵元夫人は、佐藤社長に全面的な事業譲渡を提案しました。これを受けて、佐藤社長は個人で奥羽自慢株式会社を設立し、2013BYから事業を本格的に引き継ぐことになりました。

しかし、同酒造場の商品は地元向けの普通酒が大半で、楯の川のように特定名称酒を造れる小仕込みの設備がほとんどありませんでした。佐藤社長は、小仕込みの純米酒を主体とした蔵への転換を模索しましたが、売上の低迷からはなかなか脱することができず、資本金を含めた投入資金を徐々に食い潰す状況が続いてしまいます。「大きな変革を起こすには製造責任者に、固定観念のない若い有能な人材を抜擢するしかない」。そう考えた佐藤社長さんが選んだのが、当時、楯の川酒造の製造課のナンバー2だった26歳の阿部龍弥さんでした。

阿部さんは高校を卒業後、地元酒田市の企業に就職し、営業部門で働き出したものの、仕事が合わずに退職。次の仕事を探していたときに見つけたのが楯の川酒造の季節雇用の募集でした。「とりあえず、小遣いが稼げれば」といった気分で応募し、佐藤社長との面接では「途中でやめるかもしれません」とまで言ってしまったのだとか。

ところが、造りの現場に入ってみると、微生物が酒を醸している様子に魅せられ、「こんな面白い仕事はない。ずっとこの仕事を続けたい」という情熱が芽生え、1月の就労開始からまもない3月には、佐藤社長に「正社員にしてほしい」と直訴したそうです。こうして2011年6月に正式に入社した阿部さんは、当時21歳でした。

佐藤社長は、「酒造りに惚れて入ってきたうえにセンスもいいし、日々仕事を改善していこうという向上心もあったので、めきめきと腕を上げました。その姿を見ながら、膠着している奥羽自慢の状態を変革するには彼しかいないと考えたのです」と阿部さんを評価します。

思い立つと行動の早い佐藤社長は、ただちに阿部さんに「来期(2017BY)から奥羽自慢の製造責任者になってほしい」とメールを送ります。時は2017年4月で、まだ楯の川酒造では2016BYの酒造りが続いていました。

「あまりにも唐突で、何も考えられませんでした。でも、うわさを聞きつけた同僚の北山幸輝さん(現・楯の川酒造企画営業課長)から『いい話だ。営業面で応援する』と言われたことをきっかけに気持ちを切り替えると、やりたいことが次々と頭に浮かんできて。それを自分の力で実現できるチャンスだという気持ちが膨らんで、『自分でよければ杜氏をやらせてください』と返信していました」(阿部さん)

もちろん、佐藤社長はこの時点で奥羽自慢の立て直しを確信していたわけではなく、「まずは3年やらせてみて、うまくいかなければ造りを止めるか、別の人との交代もありうる」と考えていたようです。一方で、阿部さんは「3年で戻る可能性もあるんだなと思いつつも、何が何でも結果を出して、ずっと奥羽自慢に居続けたい」と決意を密かに固めていたと話します。

「山形で一番尖った酒」を模索、変則三段仕込みで勝負

ところが、1造り目となる2017BYでは結果が残せませんでした。できあがったお酒の味わいは前年とさほど変わらず、お酒の評判も低迷したままでした。

「人件費圧縮の狙いもあって、造りが9月半ばから始まって、12月末には甑倒し、1月末に皆造という短期仕込みでした。このため、僕が造りたい酒のイメージが固まる前に終わってしまいました。一緒に酒造りをする蔵人達への遠慮もあったし、1年目でただただ夢中だったことも原因の一つです。いずれにしろ、造ったお酒は納得がいくものではなく、売れ行きが伸びなくて当然でした。まさに気持ちばかりはやってしまったスタートでした」(阿部さん)

局面を打開するためにはどうすればいいかを考えた阿部さんは、北山さんと一緒に、お酒を持って、夏場に全国各地の酒販店を巡りました。すると、異口同音に「美味しいけど、特徴がないね」 というコメントが。ある大阪の酒販店主には 「若いんだからもっと尖ってもいいんじゃない?」とアドバイスを受けます。

「でも、どうやって尖ったらいいんだろう」と阿部さんの悩みは深まります。そこで、山形県の酒の特徴を改めて整理してみたところ、山形は吟醸造りが主流なので、酸が少なく、余韻が綺麗ですっと伸びていく酒質が大半だとわかりました。

そこから外れれば「尖る」ことができるかもしれないと考えた阿部さんは、酸を主軸に味わいを肉付けするというアイデアに辿り着きます。口に含むと最初に甘みが広がり、最後に良質な酸味が来て、鋭く切れていくような酒質です。その思いを酒造りのキャリアが長い蔵人に相談したところ、前向きに受け止め、具体的な作戦を提案してくれました。

山形酒らしい綺麗な吟醸酒を目指す場合、麹菌が米の中心に向かって伸びる「突き破精(つきはぜ)」の麹を造りますが、奥羽自慢では麹菌が米の回りに広がる「総破精(そうはぜ)」 にして、味わいが多く酸味も出るような造りを選択。さらに、本来二段目の「仲仕込み」に投入する麹米の大半を一段目の「添仕込み」に移す 「変則三段仕込み」を採用。「添えの段階で通常のやり方よりも糖化酵素が多くなり、酵母の活動が前倒しで活発になることで、酸が増えるのを狙いました」と、阿部さんはその意図を説明します。こうして、崖っぷちに立った阿部さんの2造り目が始まりました。

甘酸のバランスを追求した酒がヒット

この総破精&変則三段仕込みが当たり、阿部さんの狙い通り、甘味と旨味と酸味のバランスが素晴らしい爽快なお酒ができあがりました。

「階段を登るのではなく、はしごをかけて一気に高い所に駆け上がった気分でした。取引先の反応も良くなり、『これで、ずっと奥羽自慢で酒造りを続けることができるかもしれない』と手ごたえを感じた造りでした」(阿部さん)

佐藤社長も同様の受け止め方だったようで、「奥羽自慢は彼に任せておけばいいな、と感じました。以降、売り上げも年々増えていきました」。先行きに明るさが見えてきたことで、佐藤社長は阿部さんが希望する設備の導入にも応じ、先進的な地酒蔵に準じる設備を揃えていきました。OEM(醸造受託)の注文も入るようになり、2021年には単年度黒字を果たしました。その実績を評価され、阿部さんは現在、奥羽自慢の取締役(出向を解かれて転籍)に抜擢されています。

さらに、2022年夏には嬉しいニュースが飛び込んできました。世界的なお酒の品評会であるインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)の日本酒部門で、総出品数1732点のうちの32点(全体の1.8%)のお酒だけに与えられる「ローカルトロフィー」に奥羽自慢のお酒が選ばれたのです。

9部門のトップに評価されたお酒に「トロフィー」、「トロフィー」にはわずかに及ばなかったものの、高い評価を得た次席の銘柄に「ローカルトロフィー」が授与されますが、奥羽自慢が造った純米大吟醸をPBとして販売している2社が別々に申請していたことから、同時にふたつの「ローカルトロフィー」を獲得するという、品評会で初めてのダブル受賞を果たしたのでした。

「まだ、蔵としては品評会に出品していなかったので、結果には驚きました。頑張って造ったお酒が高く評価され、蔵の仲間達と一緒に大喜びしました」(阿部さん)

楯の川酒造とは違う個性を磨き続ける

楯の川酒造で6年、奥羽自慢で6年と、計12年のキャリアを持つ阿部さんの目標は高く、「まだ目指す山の三合目です」と言い切ります。この6年間も毎年造りのどこかを見直して、トライ&エラーを繰り返してきました。

「よりよい麹造りのためには、ニトリル手袋をはめてもお米を触る回数を減らしたい」との強い思いから、昨期(2021BY)から試験的に仲仕事(麹造りの2日目に麹を攪拌する作業)を廃止。麹の仕上がりには大きな変化がない一方、麹に潜む雑菌の数が大幅に減ったため、今期から正式にこの手法を採用しました。

「今期はいろいろな微調整をしたので、どれのおかげかはわかりませんが、これまで以上に綺麗なお酒ができています。来年以降も試行錯誤を続けていきます」と阿部さん。奥羽自慢はワインとシードルも扱うようになり、阿部さんの活躍の場はますます広がりそうです。

佐藤社長は、「私がいつまでも奥羽自慢の社長でいれば、酒質もお酒の売り方も楯の川酒造に似てきてしまいます。奥羽自慢には楯の川酒造とは違う個性を売りにして成長してほしい。すでに酒造りについては取締役でもある阿部さんにすべて任せていますが、私の関与を減らすため、さらに若手の登用を進めていきます」と話します。若手たちが、奥羽自慢をさらにどう高みへと導いていくのか、今後が楽しみです。

酒蔵情報

奥羽自慢
住所:山形県鶴岡市上山添字神明前123番地
電話番号:050-3385-0347
創業:1724年
社長:佐藤淳平
製造責任者(杜氏):阿部龍弥
Webサイト:https://oujiman.com/

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