フルーツやハーブが引き出す、新しいSAKEの楽しみ方 - 福岡県・LIBROM Craft Sake Brewery

2023.05

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フルーツやハーブが引き出す、新しいSAKEの楽しみ方 - 福岡県・LIBROM Craft Sake Brewery

木村 咲貴  |  酒蔵情報

2020年、福岡県福岡市にオープンしたクラフトサケ醸造所・LIBROM Craft Sake Brewery(以下、LIBROM)。代表の柳生光人(やぎゅう みつと)さんと杜氏の穴見峻平(あなみ しゅんぺい)さんが、街中にあるバー併設の醸造所で、フルーツやハーブを副原料に用いたクラフトサケを製造しています。

新型コロナウイルス感染症拡大により、地元・福岡県でのオープンに至ったものの、もともとは「イタリアで酒造りをしたい」という夢を持って立ち上げられたLIBROM。オープンから3年目を迎えるいま、二人はどのような想いで酒造りをしているのでしょうか。

(※)クラフトサケ:日本酒の製造方法をベースに、発酵段階で副原料を加える新しいジャンル。酒税法では清酒(日本酒)ではなく「その他の醸造酒」に該当する。

副原料と日本酒、両方の良さを引き出す

LIBROMでは、日本酒に馴染みのない人でも気軽に飲めるお酒を目指し、副原料にフルーツやハーブを加えたクラフトサケを造っています。

2021年5月のオープン当初は、副原料にエディブルフラワーを使っていました。柳生さんは農口尚彦研究所(石川県)と新谷酒造(山口県)、穴見さんは阿部酒造(新潟県)でそれぞれ修行経験があり、クラフトサケを造るとはいえ「日本酒らしさを残したい」という気持ちがあったからです。

しかし、初めは物珍しさに買ってくれるお客さんがいるとはいえ、なかなかリピートしてもらうことはできませんでした。そんなとき、親しい酒販店の店主から「ベースのお酒は美味しいけど、日本酒と同じ土俵で戦っても意味がない。副原料を入れられるのは強みなんだから、そこに振り切ったほうが唯一無二になれるはず」とアドバイスを受けます。

そこから二人は、副原料の特徴を引き出す方向に舵を切りました。日本酒らしい味わいと、副原料の味わいの両方を引き出したクラフトサケは、お酒に馴染みがない人にとって飲みやすいだけでなく、絶妙なバランスが従来の日本酒ファンからも評価を集め、生産量がニーズに追いつかないまでのブランドに成長しました。

LIBROMでは、掛米用のお米は玄米を自分たちでコイン精米にかけ、精米歩合92%に削ったもの、麹米用には精米会社から購入した精米歩合68%のお米を使用しています。醸造責任者の穴見さんは、阿部酒造での経験も含めて、「お米を削らなくても美味しいお酒はできる」と実感していると話します。

「削らないほうが確かに雑味は出ないのかもしれませんが、僕たちの場合、副原料の味とお米の味をどちらも出したいので、あまり削らないほうがいいんですよね。お米はなるべく溶かして、フルーツやハーブを掛け合わせたときにバランスがよくなるようにしています」(穴見さん)

現在は、毎月2種類のペースで期間限定商品をリリース。福岡県をはじめとした生産者・メーカーとコラボレーションのもと、あまおうや柿、しょうが、カカオなど35種類もの素材を扱ってきました(2023年3月現在)。

その中でもお客さんから特に好評なのは、柑橘系のフルーツ。併設のバーでは、ここでしか飲めない柚子にごり酒が人気を集めています。

「LIBROMのお酒は、乳酸が多く出る造り方をしているので、柑橘類が持つクエン酸と相性がいいのかもしれないと思っています。乳酸のヨーグルトのような香りと、クエン酸の爽やかさが合わさって、おもしろい酸味が出るんです」(穴見さん)

とはいえ、柳生さんによると、二人ともあまり細かい数値は分析せず、最終的には官能評価で味わいの方向性を決めるのだそう。テイスティングをして、「美味しい」と感じたタイミングで搾るようにしていると話します。

「穴見は、お猪口一杯も飲めないほどお酒が弱いんです。でも、そういう彼が『美味しい』と思った瞬間に搾ったお酒は、お酒に飲み慣れていない人から酒好きな人まで、万人が美味しい味になっているのかもしれません」(柳生さん)

3年目に突入し、知名度も上昇

現在の生産量は、500mLボトルで月3000本程度。定番商品のレモンバーベナ、期間限定商品2種類、OEMやプライベートブランド商品などを並行して製造しています。販路も拡がってきましたが、エリアとしては関東地方が多く、福岡県内では店舗での直売が基本。飲食店とは直接取引をおこなっているそうです。

「福岡県には大きな酒販店がいくつかありますが、取引をすると、飲食店に直接卸すことができなくなってしまいます。デメリットもあるんですが、古い慣習のようなものが苦手で。業界の中でも、田中六五(白糸酒造)の田中(克典)さんのように、若手の蔵元さんはとても良くしてくれるので、世代交代によってこれから変化していくことなのかなと思っています」(柳生さん)

近年は、海外輸出もスタート。台湾や香港、中国などのアジア圏に輸出していますが、「日本酒とは違った楽しみ方ができる」と高評価を集めています。ハーブやフルーツを使うため洋食との相性がよいことから、東京・銀座の名門フレンチ「エスキス」のコースにも取り入れられているほどです。

醸造所併設のバーも人気で、新型コロナウイルス感染症の収束に合わせて、飲食店が閑散期になるといわれる2月には、今年、過去最高の売り上げを記録しました。料理長の西島光輝さんは、柳生さん・穴見さんの高校時代の同級生。日本料理店で積み上げた技術をベースに、LIBROMの酒粕などを素材に用いながら、バラエティ豊かなバーフードを提供しています。

バーではLIBROMのお酒のほか、柳生さん・穴見さんが修行をした新谷酒造、農口尚彦研究所、阿部酒造のお酒も飲むことができます。さらに、クラフトサケ醸造所の中では最も仲が良いという福島県のhaccobaのお酒も。代表の佐藤太亮さんが阿部酒造時代に穴見さんの同僚だったのに加え、醸造所の規模感が同じくらいなので交流が深く、商品ができあがるたびに送りあっているのだそうです。

イタリアでの酒造りを目指して

イタリア行きの決意を固めた初めての現地醸造

もともとLIBROMは、柳生さんの「憧れの国であるイタリアで、日本の文化を発信したい」という想いから生まれた醸造所です。サッカー少年として成長する中で、ヨーロッパに憧れを持った柳生さんは、中でも歴史や芸術のロマンにあふれるイタリアで仕事をしたいと考えるようになりました。そして、ヨーロッパでも随一の米どころであるイタリアに最も親和性があるのは、お米で造ったSAKE(日本酒)だというアイデアにたどり着いたのです。

穴見さんとイタリアでの醸造所立ち上げを目指し、それぞれの酒蔵で酒造りの修行をしていましたが、2019年末から新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大。今はまだ行く時期ではないと判断した二人が、準備期間として故郷の福岡県にオープンしたのが、現在の醸造所でした。

オープンから2年が経った2022年11月、そんな柳生さんに、イタリアで酒造りを体験する機会が訪れます。イタリアで酒造りをすることが決まった元・宗玄酒造(石川県)の蔵人の淺田星太郎さんが、柳生さんも手伝いに来ないかと声をかけたのです。

淺田さんが酒造りをおこなうのは、イタリアの醸造所「RISO SAKE(リゾ・サケ)」。微生物学者でありビールやワインの醸造家でもあるニコラ・コッペ氏が2019年に立ち上げた醸造所ですが、日本酒造りについてのノウハウはなく、技術を提供してもらう代わりにタンクを貸すという条件で淺田さんを蔵に招いたのでした。

「行った価値はめちゃくちゃありました。それまでは、『いつになったらイタリアにいけるだろう』と考えながらいろいろ調べていましたが、実際に行ってみると、日本であれこれ悩んでいたことなんて、全部無意味なんだなと痛感しました。 星太郎さんから、『行動した距離と、得られるものは必ず比例する』と言われたんですが、本当その通りだなと思います」(柳生さん)

実際にイタリアを訪れて、現地のお米に触れ、設備が足りない中で試行錯誤したり、淺田さんの体験談を聞いたりしながら、柳生さんは「やってみないと、何も始まらない」と強く感じたと話します。

「二週間、向こうで造りに関わりましたが、お米の質は日本とそこまで変わらないなと。ただ、日本では当たり前のように手に入る醸造機器は、自作しなければならない。タンクの温度をコントロールできなくて、もろみが30℃手前まで上昇し、マグマのように湧いているのを見たときは驚きました。それでも十分きれいなお酒はできたし、『お酒って生きているんだな』と感じましたね」(柳生さん)

柳生さんはイタリア、穴見さんは福岡で

福岡のLIBROMで造ったお酒をイタリアに持っていき、現地の人に飲んでもらったところ、定番商品のレモンバーベナが大好評。レモンバーベナは、日本では馴染みの薄い食材ですが、イタリアでは誰もが知っているハーブのひとつ。日本酒に対して苦手意識を持っている人さえも気に入った様子で、「アプレティーヴォ(ディナー前の食前酒)に飲みたい!」という感想が集まりました。

この体験を通じて、イタリアへ行きたいという気持ちをますます強くした柳生さん。まずは行動をという気持ちから、2023年のうちには単身でイタリアに渡る決意を固めています。

「今回のイタリア訪問を経て、まずは自分の身を向こうに移そうという気持ちが固まりました。星太郎さんのように、どこかの醸造所を借りて造ることもできるとわかって、選択肢も広がりましたし、現地のSAKE業界の関係者の方ともつなげていただけたので。

日本国内での生産が追いついていない状況で、これまでは醸造所の規模を拡大しようかと迷っていたんですが、福岡は福岡で、できる量を造っていければいいのかなと考えるようになりました。生産量を増やして販路を広げるというよりは、今ある取引先の方々をきちんと大事にしていきたいと思っています」(柳生さん)

穴見さんは柳生さんの夢を応援しつつも、「誰かが国内の醸造所を続けなければいけないし、二人でイタリアに行くという考えでいたら、実現はずっと先になってしまうので」と、福岡県の醸造所を支える意志を見せています。

日本とイタリアをSAKEでつなぐ

日本国内では、清酒製造免許の新規発行に制約があるため、新しい醸造所であるLIBROMでは副原料を用いた「その他の醸造酒」しか造ることができませんが、イタリアであればお米と米麹だけで造る清酒を生産することが可能です。

清酒は日本の伝統なので、しっかり受け継いでいきたいという思いがあります。福岡でも、余裕がなくて実現しませんでしたが、伝統製法の山廃仕込みでクラフトサケを造ろうとしたことがあるんですよ。せっかく日本酒造りを学んだし、日本酒の文化を広めたいという気持ちは強いです」(柳生さん)

一方で、イタリア現地の人々にレモンバーベナのクラフトサケを喜んでもらえた経験もあわせて、副原料を使ったお酒を造ることも視野に入れていると話します。

「副原料を入れると、また別の楽しみ方があるんですよね。フルーツを入れることで発酵が旺盛になったり、香りが不思議なくらい変化したりする。タンクの中でどんな現象が起こっているんだろうと、いつも驚かされています」(柳生さん)

柳生さんの本格的なイタリア行きのために、福岡の醸造所は徐々に体制を整え始めています。マネージャーとして昨年から働き始めた小田恵里花さんに、柳生さんが担当していた事務的な仕事は引き継ぎ、飲食店のアルバイトも募集。この春からは、醸造所にも新しい蔵人が加わる予定です。

紆余曲折を経て福岡で醸造所を設立してから、日本国内で着実にステップアップしてきたLIBROM。伝統的な日本酒とクラフトサケ両方の技術を持って、日本とイタリアをつなぐため、さらなるチャレンジを続けます。

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