2023.04
04
「上辺だけ」にならないために。価値観の変化に向き合う、本質的な取り組みとは? - 日本酒とSDGs (1/2)
「Z世代(※1)」と呼ばれる若い世代を中心に、法令遵守や環境保護といった価値観を支持できる企業・ブランドの商品を選択するという、消費行動の変化が起きています。日本酒は伝統産業であるゆえに、旧来の体制や慣習も多く残っていますが、海外や若年層に伝えていくうえで、こうした変化に向き合う必要性は増してきています。
一方、こうした取り組みを企業のイメージ戦略としておこなうことは、「グリーンウォッシュ(※2)」と呼ばれ、非難の目を向けられてもいます。上辺だけの環境配慮を見抜かれたことで、H&Mやウォルマートのような世界的企業さえ批判・罰則を受ける事例が増えているほか、環境や社会貢献などを重視した企業への投資を募る「ESG投資(※3)」に関する規制や基準の厳格化が各国で検討されるなど、ますます本質的な取り組みが求められるようになってきています。
本特集では、こうした状況のなかで、日本酒造りにおいてはどのような取り組みが可能なのか、国連サミットが設定した「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」の枠組みに沿って整理しました。SDGsの17のゴールを「自然・環境」、「健康・安全」、「働きがい・平等」、「その他」に分類し、日本酒産業にできることを事例と合わせて紹介します。
※1 Z世代:1996年以降に生まれた世代(現在10~20代)を指す言葉。
※2 グリーンウォッシュ:実態を伴わないのに、環境に配慮した取り組みをしているように見せかけること。「ホワイトウォッシュ(上辺だけ)」という言葉に「グリーン(環境に配慮した)」を組み合わせた言葉。
※3 ESG:Environment(環境)、Society(社会)、Governance(ガバナンス:法令遵守等)の3つの観点のこと。財務情報に加えて、これらの観点も含めた企業分析により投資をおこなう「ESG投資」が注目を集めていた。
Part 1:自然・環境編
日本酒とフードロス問題
SDGsの17のゴールのうち2番目の「飢餓をゼロに」では、
2030年までに、飢えをなくし、貧しい人も、幼い子どもも、だれもが一年中安全で栄養のある食料を、十分に手に入れられるようにする
というターゲットが掲げられています。
世界で、その日に食べるものもないほどの食糧不安を抱えている人は全人口の11.9%にもおよびます。こうした背景から注目されるフードロス問題は、原料にお米を用いる日本酒にも深く関係しています。
1990年台初頭、山口県・旭酒造の「獺祭」ブランドを皮切りに、高精白(=より多く磨いた)のお米を使った日本酒が評価されてから、全国の酒蔵のあいだで精米歩合を下げる競争が激化しました。しかし、数字を小さくした先にたどり着くのは「ゼロ」という限界であり、精米歩合0%という数値の商品が登場したことで、この競争には終止符が打たれます。
こうした精米歩合競争は、「せっかく作ったお米をほとんど捨ててしまうことは、資源の無駄につながるのではないか」という疑問を引き起こしました。近年は、低精白のお米でも美味しく造れる技術の発達も相まって、80%や90%など、お米をほとんど磨かずに醸した日本酒も人気を集めています。
精米歩合の問題を考えるときに重要なのは、数値が品質や美味しさに必ずしも直結しないということでしょう。一時期、多くの酒蔵がお米を磨く方向へ一斉に走ったのは、精米歩合が低いお酒のほうが高値で売れやすいという理由からです。数字という指標は理解しやすく、消費者に「数字が少ないほうが良いお酒なんだ」と受け止めていた人、また、いまもそう受け止める人はたくさんいます。
反対に、精米歩合が低いからといってエコではないかというと、必ずしもそうとはいえません。例えば、精米歩合0%台の日本酒「零響(れいきょう)」を開発した宮城県・新澤醸造店は、削られた米糠を食用油として再利用し、産業廃棄物をほとんど出していないといいます。
お米を磨かないか、磨いたうえで米糠を再利用する手段を取るか、はたまたどちらでもないか。お米の使い方に、その企業のフードロスとの向き合い方が見えてきます。
日本酒と水
水もまた、日本酒とは切っても切り離せないものです。原料として仕込み水や割水に用いられるだけではなく、お米を洗う「洗米」の工程や、機材・瓶などの洗浄にも使われるため、一回の造りに必要な水の総量はお米の総重量の約50倍にものぼるといわれています。例えば、毎年1,000石のお酒を生産する酒蔵の場合、1シーズンの仕込みに約3,850トンもの水を使用しているということになります。
このように贅沢なまでに水を活用する酒造りですが、ユニセフによれば、世界では4人にひとりがきれいな水を飲むことができていません。SDGsでは、6番目の「安全な水とトイレを世界中に」で水不足の問題を指摘し、誰もが安全な水を安い値段で利用できることを目指しています。
節水の問題に先陣を切って取り組んでいるのが、「福寿」で知られる兵庫県・神戸酒心館です。同社では、ジェット式気泡技術を採用した洗米設備や、洗瓶で使用する水を再循環させるシステムを導入。2010年からの7年間で生産量が3倍に増加したにもかかわらず、水使用量は35%増に留めるという実績を出しています。
水を守る方法は節水だけではありません。15番目のゴール「陸の豊かさも守ろう」において森林や山川の保護が謳われているように、陸上の生態系を守ることもまた、水源の保全につながります。
日本酒の原料であるお米を育てる水田は、保水能力が高く、土砂崩れや洪水といった水害を防ぐことから、ダムとしての機能が認められています。「蓬莱泉」を醸す愛知県・関谷醸造はこれに着目し、近隣エリアで引退した農家の耕作地を引き取り、地域の水田の保全に取り組んでいます。
また、「信州亀齢」を醸す長野県・岡崎酒造は、地元の上田市にある稲倉の棚田の景観を守るため、棚田保全委員会と全国初となる「棚田パートナーシップ協定」を結び、棚田で育てられた酒米を積極的に用いる酒造りをおこなっています。
そのほか、「久保田」を看板銘柄に掲げる新潟県・朝日酒造は、まだSDGsという言葉が一般的でなかったころから、近隣地域の環境保全をおこなってきました。1984年から、ホタルの生息地を保護する活動をはじめ、2001年には財団法人「こしじ水と緑の会」を発足し、里山や水辺の保全活動をおこなうNPOなどの団体に活動資金を提供しています。
日本酒とエネルギー
かつては冬の寒い時期を中心に造られていた日本酒ですが、冷蔵設備や酒造技術の発達により、現代は一年中酒造りをおこなう四季醸造が可能になりました。また、製造の現場や近隣でしか飲めなかった生酒も、冷蔵での流通が可能になったことで、全国はもちろん、世界各国で手に入るようになりました。
こうしたテクノロジーの発達は、日本酒を美味しくする一方で、電力などのエネルギー問題を引き起こしてもいます。国連によると、世界で電力を使えない人は7億5900万人と、全人口の10分の1にも及びます。こうしたエネルギーの浪費は石炭や石油といった有限な資源の枯渇にもつながるほか、二酸化炭素の排出によって地球温暖化といった気候変動の原因になります。
こうした課題を掲げた7番目の「エネルギーをみんなに。そしてクリーンに」 、13番目の「気候変動に具体的な対策を」を達成するために注目されているのが、再生可能エネルギーです。「手取川」を造る石川県・吉田酒造店が、2021年から使用電力を100%再生可能エネルギーにシフトしたのをはじめ、昨今は電力源を切り替える酒蔵が増えてきています。
兵庫県・白鶴酒造は、屋上に381枚の太陽光パネルを設置し、一般家庭約30世帯分にもあたる太陽光発電をおこなっています。また、ボイラーと冷凍機の一部を代用することで、省エネと二酸化炭素の排出量削減を実現する「冷温同時取出ヒートポンプ」を日本酒業界で初めて採用しています。
日本酒と再利用
SDGsの12番目のゴール「つくる責任、つかう責任」は、廃棄されるごみを減らしたり、そのためにリサイクル、リユースをおこなったりする必要性を説いています。
日本酒の主な容器である瓶は、かつては酒販店が配達の際に空瓶を回収するという循環ができていました。しかし近年は、購入経路が量販店やオンラインストアなどに多様化したことにより、再利用が当たり前ではなくなってきています。
こうした状況を受けて、北海道旭川市の男山は、道内の酒蔵の空き瓶18本を同社のお酒1本(4合瓶)と交換する企画を2021年に開始しました。また、愛知県のなごや環境大学では、リユースびんの販売・回収実験をおこなう中で、2010年、リユースびんを使った地酒「めぐる」を開発。中身のお酒は、同県の水谷酒造の協力のもと、地域の学校やスーパーの生ごみを活用した堆肥で育てた愛知の減農薬米で醸したものであり、さまざまな面から循環型を達成した日本酒として評価を受けました。
また、京都府の月桂冠は、瓶以外の容器の廃棄量を抑えるため、紙パック、シュリンクフィルム、カップ酒のプラスチックキャップなどを軽量化。輸送用のケースにも、回収された紙パックや、充填時に発生した紙ごみを使用しています。
日本酒の製造工程で生産される酒粕の量は、国税庁統計によると、一年間で約3.2万トンにのぼります。正確な再利用率は算出されていませんが、参考として秋田県内の統計(※4)によれば、再利用率は75%。全国的にも比較的高い再利用率を保っているとは考えられますが、粕漬けなど家庭での利用が減少する傾向にあり、今後、廃棄率が増えていく可能性があります。粕問屋や食品メーカーへ渡り別の食品に加工されたり、家畜のエサになったりと方法はさまざまですが、廃棄にも費用がかかるため、特に中小規模の酒蔵では処分に悩むところも少なくありません。
秋田県男鹿市のクラフトサケ醸造所「稲とアガベ醸造所」は、現在、過疎化する男鹿の空き家をリノベーションして、酒粕を加工する工場を建設するプロジェクトをおこなっています。第一弾の工場「SANABURI FACTORY」は今年春にオープンし、酒粕を使ったヴィーガンマヨネーズを生産予定。いずれは自社の酒粕だけではなく、ほかの酒蔵の酒粕も引き取る予定です。
(※4)参考:「酒かす活用、秋田で広がる 県が7月に研究会」(日本経済新聞, 2021/06/13, WEB版)
Part 2:健康・安全編
日本酒と健康
3番目のゴール「すべての人に健康と福祉を」のターゲットのひとつに、「麻薬を含む薬物やアルコールなどの乱用を防ぎ、治療をすすめる」というものがあります。日本酒ファンにとって、お酒は生活を豊かにしてくれるものですが、一方でアルコールは体に害を及ぼすものでもあります。日本酒事業に携わる人材は、このことを理解し、客観的な視点で販売やプロモーションに取り組まなくてはなりません。
アルコール飲料を生産するメーカー自身が、飲み過ぎや依存症に対するガイドラインを作るという点では、ビール業界が参考になります。キリンやサッポロ、オリオンなど、大手メーカーはいずれも公式ホームページ上で健康のための適正飲酒を呼びかけるページを設けています。また、これらのメーカーが所属するビール酒造組合では、「いいビール飲みの日(11月26日)」を制定し適正飲酒の呼びかけをおこなうなど、業界をあげた取り組みも進めています。
日本酒に関しては、こうした適正飲酒を呼びかけている事業者は決して多いとはいえない(※5)一方で、日本酒の健康効果に関しては積極的な発信がなされています。日本酒に含まれる成分が健康効果をもたらすという研究結果は複数ありますが、それとアルコールによる健康被害や依存症といった問題は切り分けなければなりません。日本酒が文化として存続していくためには、お酒を飲まない人も含めて社会に受け入れられていく必要があり、そのためには、アルコール批判から目を逸らさず、当事者こそがバランスの取れた冷静な発信をしていくことが肝要です。
なお、兵庫県の神戸酒心館では、地元住民へ向けた健康診断を提供しています。お酒を製造・販売する企業が、健康に関わる商品を提供する企業として自覚を持ち、人々の健康を促進する活動をおこなう好例だといえるでしょう。
(※5)適正飲酒について、ホームページ上で呼びかけている酒蔵の例
- 白鶴酒造株式会社(https://www.hakutsuru.co.jp/corporate/csr/audit.html)
- 菊正宗酒造株式会社( https://www.kikumasamune.co.jp/sustainability/contribution.html)
- 日本盛株式会社(https://www.nihonsakari.co.jp/osakenotekiryou/、https://www.sdgs.nihonsakari.co.jp/#priority-9-top)
- 日の丸醸造株式会社(https://hinomaru-sake.com/alcohol-info)
- 宝酒造株式会社(https://www.takarashuzo.co.jp/saynoweb/)
- オエノンホールディングス株式会社(https://www.oenon.jp/csr/customer.html#sec03)
日本酒とまちづくり
古くから、神事でのお供物である日本酒を造る酒蔵が地域の祭事などで重要な役割を担うことは多くありましたが、近年はまちおこしの観点から、酒蔵を拠点としたツーリズムに取り組む地方も増えてきています。酒蔵が地域コミュニティに貢献することは、歴史・文化的な側面があると同時に、地域の人々にとって必要とされる存在になるという意味で、生存戦略のためにも有効だといえるでしょう。
そうした地域開発に関連するのが、11番目のゴール「住み続けられるまちづくりを」です。ここでは、過去40年間で世界的に自然災害の発生件数が急増していることを受け、災害に強い環境整備に努めることの重要性を説いています。
清酒製造のために日ごろから多くの水を蓄えている酒蔵が、震災などで断水した地域に水を供給する例はよくあります。最近の例では、2021年8月に新潟県を豪雨が襲った際、断水した地域の人々に対して村上市の大洋酒造が仕込み水を提供したことが報道されました。同酒造では、日ごろから仕込み水を地域の人に無料提供しています。
日本酒の売上の一部を寄付することで被災地を支援するという方法もあります。2018年に西日本を襲った豪雨で、土砂崩れや浸水被害を受けた山口県・旭酒造では、停電により一升瓶で30万本相当にあたるお酒が廃棄の危機に瀕します。しかし、同社と交流の深い漫画家・弘兼憲史さんの協力のもと、被害にあったお酒を「獺祭 島耕作」として発売。売上の一部を被災地に寄付しました。
こうした災害対策のほか、地元産のお米を使うこともまたまちづくりの一環と言えるでしょう。お米は輸送性に優れており、品質を求めて他の地域からお米を仕入れる酒蔵は少なくありません。そうした中で地元のお米を使うことは、地元産業を活性化させるほか、農地の保全と景観の保護にもつながります。
まとめ
前編では、自然・環境編、健康・安全編の観点から、SDGsの8つのゴールについて整理しました。後編では、残りの9つのゴールについて、日本酒業界に何ができるのかを見ていきます。
(2023年4月4日 16:00追記)
毎年1,000石のお酒を生産する酒蔵が使う水の量について、当初の記載内容に誤りがありましたので修正いたしました。
【連載:日本酒とSDGs】
「上辺だけ」にならないために。価値観の変化に向き合う、本質的な取り組みとは? - 日本酒とSDGs (1/2)
日本酒が必要な産業となるための社会貢献とは? - 日本酒とSDGs (2/2)
参考文献
・Forbes「Gen Z Is Emerging As The Sustainability Generation」(2023年4月2日閲覧)
・ナショナルジオグラフィック日本版「ウソまみれの“エコ”、あなたを欺く『グリーンウォッシュ』とは」(2023年4月2日閲覧)
・Forbes JAPAN「グリーンウォッシュ」の7つの罪と、それ以上の危機」(2023年4月2日閲覧)
・公益財団法人 日本ユニセフ協会「持続可能な世界への第一歩 SDGs CLUB」(2023年4月2日閲覧)
・酒類総合研究所「1升(1.8L)のお酒を造るため、お米はどれぐらい必要でしょうか?|お酒のQ&A|清酒|」(2023年4月2日閲覧)
・日本経済新聞「酒かす活用、秋田で広がる 県が7月に研究会」(2023年4月2日閲覧)
・Spaceship Earth「株式会社新澤醸造店 既成概念にとらわれない環境整備・働き方・酒造りで業界を牽引 」(2023年4月2日閲覧)
・公益社団法人日本シェアリングネイチャー協会「『地の酒』を味わう...自然の延長にある酒造り 」 (2023年4月2日閲覧)
・白鶴酒造「ここが気になる! 白鶴酒造のCSR 環境編」(2023年4月2日閲覧)
・読売新聞「空き瓶18本で日本酒と交換…酒造会社、再利用促進へ独自の取り組み」(2023年4月2日閲覧)
・なごや環境大学「リユースびんのお酒で「めぐる」ものはびんだけじゃない!?〜Rマークびんに入った地酒『めぐる』プロジェクト〜」(2023年4月2日閲覧)
・月桂冠「廃棄物の削減と再資源化」(2023年4月2日閲覧)
・Business Insider Japan「豪雨直撃で被害額15億円。わずか1カ月後に「獺祭 島耕作」を発表できた舞台裏」(2023年4月2日閲覧)
・NHK「大雨影響で断水続く村上市の酒造会社が仕込み水を無料提供」(2023年4月2日閲覧)
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