2023.03
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酒蔵再生企業「夢酒蔵」。月桂冠の元役員が挑む「竹生嶋」の復活 - 滋賀県・吉田酒造
京都府を代表する酒蔵・月桂冠の元取締役である大邊誠(おおべ・まこと)さんが、事業存続の危機に直面している地酒蔵の再生事業「夢酒蔵」に乗り出しました。地域の歴史や文化に貢献してきた酒蔵に手を差し伸べ、資金面で立て直しを進めるだけでなく、月桂冠を退職した醸造経験者を造りの現場に送り込むことで、短期間で再生を果たすというものです。第一弾として、滋賀県高島市の吉田酒造を買収し、新規事業の第一歩を踏み出した大邊社長の思いを探ります。
月桂冠を退職し、酒蔵再生事業を立ち上げ
1962年10月生まれの大邊さんは、もともと大の日本酒好きで、日本酒の会社に絞って就職活動をした結果、月桂冠に入社しました。東京での営業担当から、販売促進、広告宣伝などの部署を経て、近年は管理部門に移り、不動産取引やM&Aの業務に携わっていました。
そんな大邊さんのところに、仲介会社の担当者から酒蔵買収の案件が持ち込まれたのが2021年9月。月桂冠は中小零細規模の酒蔵買収は基本請け負わず、こうした持ち込み案件はすべて断ることにしていたため、当初は「話だけを聞いてみよう」というつもりだったそうです。
このとき、先方が提示してきたのが、滋賀県高島市で創業1877年の歴史を持つ吉田酒造でした。酒蔵のある海津(高島市マキノ町)は琵琶湖の北部に位置し、北陸から集められた物資を京都方面に運ぶ湖上交通の要衝として栄えた宿場町であり、港町。歴史を感じさせる建物が多く残り、湖岸には風や波から家を守るために延々と続く石積みが残され、独特の風景を形成しています。2006年から始まった国認定の「重要文化的景観」には、2008年に全国で5番目の地区として認定されています。
大邊さんは、観光で海津地区を訪れたことがあり、吉田酒造のことも覚えていました。M&Aの話が持ち上がったのは、後継者不在とコロナ禍で売上が激減したことが理由で、買い手が見つからなければそのまま廃業となる可能性があるとのこと。
「なくなるのはなんとも惜しいことだ」と感じた大邊さんは、担当者に思わず、「私個人が買うということは可能ですか?」と尋ねます。すると、「個人で交渉されるケースはないですが、大邊さんが会社を作って、売り手と交渉することは可能です」との答えが。そこで、大邊さんの脳裏に「今回の案件だけでなく、事業承継が難しくなっている小さな酒蔵を再生することを事業にする会社を作るのはどうだろうか」という考えがひらめきます。
「月桂冠に入社したのは日本酒が好きだったからですが、結局、酒造りに携わることはないままでした。取締役にまでなり、処遇に不満を感じることはまったくありませんでしたが、もうすぐ60歳になるので、最後にまた何かに挑戦したい。それが日本酒造りであればなおさらやってみたいと思ったんです」
反対する家族を説得して、月桂冠を辞めて起業することを決意した大邊さんは、2022年1月に夢酒蔵を創業しました。
蔵人は月桂冠OBたち
大邊さんは、会社設立業務と並行して吉田酒造の蔵元の吉田肇さんに会いに行き、M&Aの条件について話し合うとともに、蔵を見学しました。もともと老朽化が進んでいましたが、2018年9月に起きた台風の被害が特に大きく、「考えていたよりも費用がかかるし、苦労しそうだな」という第一印象を持ちます。
しかし、蔵訪問を終え、最寄りの駅近くの食堂に入ると、お酒のメニューに吉田酒造の「竹生嶋(ちくぶしま)」が入っていたのです。店主に吉田酒造の再生の話をすると、「もう2年も品切れが続いていて、心配していた。また、お酒が造られるのなら喜んで仕入れるよ」。長年、地元の人達に愛されてきたお酒であることを実感して、「これはなんとしてでも、自らの手で蔵を甦らせなければ」と決意を固めた瞬間でした。
買収の交渉を詰めながら、出資者を募ったところ、月桂冠の現役社員のほか、OBや取引先などから70人余りが出資を申し出てくれました。さらに、京都銀行グループの「京都ネクストファンド」も大邊さんの趣旨に賛同。再建に向けて必要だった設備資金と運転資金の確保に目処がつきました。
一方、吉田酒造はわずかな量を蔵元一人で造っていたため、新たに人手を手配する必要がありました。そこで大邊さんが目をつけたのが、月桂冠で酒造りをしていた65歳以上のOBたちでした。心当たりの人達に声をかけてみると、「老後をのんびりしているのに」と言いながらも、酒造りに携わりたい気持ちを持つ複数のOBが参加してくれることに。月桂冠時代に醸造責任者をしていた上野義夫さん(71歳)と鈴木英夫さん(67歳)の二人をマイスター(製造責任者)に迎え、大邊さん自身も蔵人として造りに参加しています。
酒蔵の改修より酒造りを前倒し、新生・吉田酒造をアピール
実質的に2年以上も酒の出荷を止めていたこともあり、「なるべく早く、新生・吉田酒造のお酒を地元の竹生嶋ファンに届けたい」と考えた大邊さんは、蔵の改修や設備の手直しや入れ替えを応急措置に留めて、昨年9月から麹造りを開始しました。10月には仕込みに取りかかり、11月中旬には1本目のタンクを上槽し、なんとか年内に新酒を売り出します。
2022BYの造りは、総米1トンの仕込みで10本、120石程度を予定しています。2月末には酒造りを終え、その後、半年余りかけて、蔵の改修と設備の手直しに本格的に取り組む計画です。
昨年12月に取材に足を運んだ時は造りも佳境でしたが、マイスターの上野さんと鈴木さんは「月桂冠時代は機械操作が作業の主体だったのに対して、ほとんどが手作業で大変ですが、面白さは格別。改めて酒造りの真髄を学んでいます」と口を揃えていました。大邊さんも「酒造りの楽しさを満喫する日々です。これから販売する苦労が待っているとはいえ、(吉田酒造の買収を)決断して良かったなと満足しています」と満足げに話します。
もちろん、1造り目ということで、酒質についてはまだまだ改善の余地があるとのこと。「今期は100点満点にはまだまだ届かない」と高い目標を掲げつつ、「1本目は正直なところ、60点」と厳しい評価を下します。
「それでも2本目以降、試行錯誤で少しずつ良くなっています。蔵の歴史と伝統もあるので、奇抜な味わいは目指さず、地元の琵琶湖で獲れる魚の料理と合うような食中酒を地道に造っていきたいです」
お酒の銘柄も基本は「竹生嶋」を引き継ぎつつ、新たに「天祐一献(てんゆういっこん)竹生嶋」を発売しました。
「再建1年目はまずまずのスタートになりました。3年目には経営を軌道に乗せ、その後は、別の案件が入ってくれば前向きに検討していく予定です。夢酒蔵の誕生が話題となったおかげで、すでに案件が持ち込まれています。再建のノウハウを磨いて、日本酒を造る小さな酒蔵の存続に役立つ存在になっていきたいですね」
60代以上の酒造経験者が、酒蔵の夢を叶える新規事業。未来を見つめるその眼差しは、若々しさに満ちています。
酒蔵情報
吉田酒造
住所:滋賀県高島市マキノ町海津2292
電話番号:0740-28-0014
創業:1877年
代表者(社長):大邊誠
製造責任者(マイスター):上野義夫&鈴木英夫
Webサイト:https://chikubu-sakura.com/
夢酒蔵
住所:京都市右京区嵯峨天龍寺北造路町18番地
電話番号:090-5466-0884
創業:2022年
代表者(社長):大邊誠
Webサイト:https://www.yumesakagura.co.jp/
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