酒造りをもっと自由に。日本酒の自家醸造をベースにした新しいかたちの醸造所 - 宮城県・Fermenteria

2024.12

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酒造りをもっと自由に。日本酒の自家醸造をベースにした新しいかたちの醸造所 - 宮城県・Fermenteria

木村 咲貴  |  酒蔵情報

2024年3月、仙台駅の新しい商業施設「tekute dining」に「SENDAI STATION BREWERY Fermenteria(仙台駅ブルワリー ファーメンテリア)」がオープンしました。お米を米麹で発酵させたドリンクのテイクアウト販売店で、オープン当初は先行してノンアルコールの「ライスブリューミルク」、7月には酒類製造免許を獲得し、アルコール飲料「サケベイビー」の販売を開始。晴れて本格始動となりました。

Fermenteriaのアプローチは、小規模醸造所として「小さな酒蔵を作る」ことではなく、「自家醸造を拡張する」こと。これは一体どういう意味なのでしょうか。お店にうかがい、運営会社・勝花藏(しょうかぐら)株式会社の代表・伊澤優花さんにお話を聞きました。

自家醸造をベースにした駅ナカ醸造所

宮城県仙台市の日本酒蔵・勝山酒造を生家とする優花さんは、酒造りへの知識と情熱、持ち前の語学力を活かし、2018年から海外向けの自家醸造キット「MiCURA(マイクラ)」を開発・販売するビジネスを手掛けていました。

そんなとき、再開発が進んでいる仙台駅の施設関係者と縁があり、「tekute dining(てくてダイニング)」のテナントとして、都市型の小型醸造所の設計を構想することになりました。「tekute dining」は、駅ナカ施設「tekute せんだい」に付随するかたちで仙台駅西口に増設されたグルメエリアで、東北にゆかりを持つバラエティ豊かな飲食店が集まっています。

限られたスペースの中、同エリアの飲食店への卸売が中心という条件から、優花さんは自家醸造キットMiCURAをベースにした設計を発案。極少量のタンクにて、お米と米麹をベースとした発酵飲料をリアルタイムで造るスタイルの醸造スペースを提案しました。

施設のオープン日は決まっていましたが、アルコール飲料を造るためには保健所の営業許可を得たうえで国税庁の許可が下りるまで2カ月ほどの期間が必要になるため、開業当初はノンアルコール飲料「ライスブリューミルク」の販売を始めました。造り方は、麹をベースにした甘酒の発展型。お酒の販売ができるまでの”つなぎ”のために生まれた商品だそうですが、こちらにもファンが増えているといいます。

「麹ベースの甘酒って、グルコース由来の甘みとアミノ酸由来の旨味があるんですが、美味しさを引き立てるために足りないのは、脂質と塩味。それを補完する副原料を考えて、ココナッツとピスタチオのフレーバーにたどり着きました」

ココナッツ味は濃厚なココナッツミルクのような味わいで、お米の食感もあわせてタピオカミルクのような楽しさがあります。駅のカフェでスムージーを買うように、仕事や学校帰りにヘルシーなドリンクを求めてやってくるお客さんは少なくありません。

「土日祝日や、平日の夕方にかけてお店が混み合います。コアなファンがいて、好きなフレーバーだけ大容量で買っていく人や、スーベニアボトル(何度も使い回しできる持ち帰り用ボトル)を持って通ってくれる人もいるんですよ」

蔵人しか知らなかった味を届ける「サケベイビー」

アルコール飲料「サケベイビー」は、酒造りの初期にあたる酒母の味わいを目指したことに加え、自家醸造キット「MiCURA」のユーザーが、自分の育てたもろみを「ベイビー(赤ちゃん)」と呼んでいることにインスピレーションを受けて名付けられました。米と米麹を発酵させたもろみを濾さずにそのまま販売する「どぶろく」に該当しますが、お酒に親しみがない人に先入観を与えないための名前でもあります。

1タンクあたりの製造量は8リットル。もろみ日数は10日間を基本とし、アルコール度数は5%程度に抑えています。

「酒造りの経験者ならわかるんですが、サケベイビーは吟醸酒の酒母の初期段階の味がするんです。甘さはしっかりしていて、酵母がまだ元気で、パチパチと弾けるような感覚があります。いくらしぼりたてや新酒といっても、従来の清酒は産業構造上、消費者に届くまでにかなりの時間が経ってしまいますよね。酒造りの工程で味わえるいきいきとした味わいを、ほとんどの人が体験できないのはもったいない。サケベイビーは、これまで日本酒では決して市場に出なかった、蔵人だけが知っていた味なんです

サケベイビーの商品ラインは、副原料なしの「Original」と、季節の素材を入れた「Seasonal」、そしてスタッフの実験酒「Experimental」の3種類。Experimentalに関しては、5%よりアルコール度数が高くなることもあります。

「タンクから出たばかりのできたてを味わうという、まるで酒蔵の中にいるような体験をしてほしい」と優花さん。お酒はタピオカ用のシーリングマシーンで密封したあと、ストローを刺して提供。その場で飲むことを促すための仕様ではあるものの、可愛らしい見た目は付加価値にもつながっています。

超小仕込みだからこそ追求できる美味しさ

Fermenteriaは「酒蔵を縮小すること」ではなく、あくまで「自家醸造を拡大すること」にフォーカスしています。

「酒蔵経験者でクラフトサケ醸造所を始める人は、『酒蔵を小さくする』という方向に動くので、『このスペースだと、これくらいの大きさのタンクがこれくらい入れられる』と考えます。でも、私たちはあくまで台所でできる『自家醸造』を大きくしているだけなんです」

販売カウンターから見える製造スペースは、いかにもステンレス製の小さなキッチン。中央のテーブルに置かれた調理用バットの中に、宮城県産ひとめぼれが浸漬されていました。お米を蒸すのは、中華料理用の蒸篭です。

和食では、おこわなどのために蒸したお米はムラができないよう天地返しをするそうなので、うちでもそのようにしています。もしかすると、清酒製造では、蒸し米の量が多すぎるからしないだけなのかもしれません」

冷蔵スペースはガラス張りになっており、通りすがりの人々がもろみの様子を眺められるようになっています。実験酒で搾りをおこなうときは、オリーブオイル用の竪型プレスを使用するのだそうです。

「自家醸造の規模だからこそ、酒蔵にできないことができる」と話す優花さん。取材時は、彼女自身が手がけた実験酒として、7段仕込みの「ハイビスカスロゼ」という商品がラインナップされていました。

「白麹を使って乳酸は無添加、汲み水にハイビスカスを溶かし込ませています。アントシアニンは色味が強いので、少量しか入れなくても、鮮やかなピンクになるんです。白麹とハイビスカスのクエン酸で、ワインのような味わいに仕上げました

酒蔵では、もろみのコントロールを温度か加水かでしなければなりません。でも、酵母の変化には段階があって、増殖期なのか、アルコール発酵の時期なのか、分裂を終えてもう最終段階に差し掛かっているかで、できるアプローチは違うはずなんです。

また、最終的には教科書と同じ仕込み配合になるとしても、例えば先に濃縮仕込みをして、あとで水分を多くするといったことを、複数のタンクで比較しながら造ることもできます。超小仕込みで毎日仕込むというスタイルのよさは、大きいタンクで調整できない味をコントロールできることなんです。副原料のフルーツによっても、タイミングによって香りや糖が代謝・分解されすぎてしまうことがありますが、このやり方ならこまめに調整しながらいちばん美味しいタイミングを探ることができます」

8リットルから自分の好きなお酒を造れる

飲食店への卸売については、「tekute dining」以外にも取引先を増やしているそう。

「今後は、各店とのコラボでPB商品も造っていきます。飲食店にとって、自分たちのオリジナルのお酒を、1タンク8リットル単位から造れるというのは魅力的ですよね。製造から納品のサイクルが早いのも強みになっています。そのほか、農園などから『うちのフルーツを使ってほしい』というコラボの依頼もいただき始めています」

さらに、Fermenteriaは、醸造に興味がある人にとって、酒造りのキャリアの入り口としての機能も果たすと優花さんは考えています。

「伝統的な酒蔵は、数年間修行してようやくタンクを一本任せてもらえるような世界ですが、ここでは自分でやりたいことを自分で設計して、お客さんに提供するまでの一連の作業を一人で担当することができる。もちろん設備が限られるので、できることは限られますが、8リットルから酒造りを始めるというのは、今の清酒業界ではなかなかできることではありません

既存の醸造酒製造の枠組みの中で、可能な限り最小規模で最低製造数量を達成するモデルを編み出した優花さん。今後、同じ形態の事業を横展開していくことも視野に入れています。

「街なかにあることは、できたてを届けられるだけではなく、道ゆく人々に酒造りを見せられるという良さもあります。国内での展開は計画中で、いずれは海外にも展開したいですね。横展開のあかつきには、その地域の素材や発酵文化と融合させていければと思います」

1899年に自家醸造が禁止され、新しい酒蔵の参入が難しい日本酒業界の現状に疑問を覚え、海外向けの自家醸造キットの開発に取り組んできた優花さん。その根底には、自身が幼いころからそばで眺め、憧れていた酒造りの楽しさを広めたいという情熱があります。

「従来の日本酒は、製造技術が発達してどれも美味しくなり、ミリ単位を追求する職人の世界のようになっている。それももちろんすごいんですけど、酒造りってそれだけじゃないはずなんですよ。お酒ってもっと自由なんだ、もっと面白いんだっていう可能性を見せていくようなところにできればと思います

日本酒、どぶろく、クラフトサケなどとも異なるかたちで米と米麹を使った”SAKE”の可能性にチャレンジするFermenteria。今日もショーケースの向こうでは、生き生きともろみが泡立っています。

酒蔵情報

SENDAI STATION BREWERY Fermenteria
住所:宮城県仙台市青葉区中央1丁目1-1 仙台駅1F tekute dining
創業:2024年
代表:伊澤優花
Webサイト:https://fermenteria.co/

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