2021.05
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日本酒の「櫂入れ」とは?(1) - 長い棒でタンクをかき混ぜる作業の意味ややり方を解説!
「日本酒造り」といえばどんな風景を思い浮かべますか?法被に前掛け、そして手には長い棒を持って、大きな桶の中のお酒をかきまぜている姿をイメージする方も多いのではないでしょうか。昔から酒造りといえばこの長い木の棒、「櫂棒(かいぼう)」が登場します。蔵見学や資料館に行ったことがある方は見たことがあるかもしれません。
今回はこの櫂棒にクローズアップしながら、酒造りにおける櫂棒の役割を一緒に探ってみましょう。
「櫂棒」の形や材質
櫂棒とは棒の先に板やカマボコ状のパーツがついている棒状の道具のことです。2mから5mくらいのものまであり、持ってみると結構な長さがあります。一般的な形状の「蕪(かぶら)櫂」、先端を丸く削ってある「玉櫂」、船のオールに似た「へら櫂」がその代表です。
従来は木製の櫂棒が多く使われていましたが、今ではFRP(強化プラスチック)製のものが主流です。柄(つか)の部分も木製のほかに、チタン製、ステンレス製も見かけます。FRP製のヘッドが交換できるものが便利です。汚れが落ちやすく、カビにくく、熱湯で洗うことが出来て、タンクを傷つけないものが求められます。また誰でも扱いやすい軽いものが良いでしょう。
櫂棒は米、米麹、水などの原料を混ぜるために使います。 先端の板が抵抗となり、液体がよく混ざる形状をしています。 そしてこの櫂棒を使って酒母や醪(もろみ)、そしてお酒を混ぜることを「櫂入れ」と言います。撹拌する道具を櫂棒の仲間と考えるなら、米が固い場合用の「鬼棒(棒櫂)」、「秋田流生酛」で使われるドリル、「手酛」(※)で使う「へら板」など実に多種多様な道具があります。(酛摺りには、長靴を履いて足踏みをする方法もあります。)
この後は、櫂棒の使われ方を工程ごとに詳しく見てみましょう。
(※)生酛造りで、酛摺り前に半切れに入れた米、米麹、水を手で混ぜ合わせる作業のこと
工程別、櫂入れ大全!
酒母工程
櫂入れといえば酒母と言えるほど、櫂棒が活躍するのが酒母工程です。生酛造りで行われる夜通しの櫂入れが代表的ですが、もちろん山廃や高温糖化、そして速醸でさえも重要な作業です。
酒母の初期は水を吸った米が重く、力が必要なので、先端が大きい「玉櫂」を使います。力は入れますが、米や麹は潰さないよう、あくまでも攪拌のために櫂入れを行うことから「櫂で潰すな麹で溶かせ」という格言もあります。
一見、単調に混ぜているように見えても、「底の方にある酵素たっぷりの液体が乾いた表面に行き渡るように」、「外周側の冷えた部分を中央に」、「暖気入れでできた乳酸菌群を全体に」など、よく考えながら一日に数回櫂入れを行います。
生酛の場合には「酛摺り」と呼ばれる荒々しい櫂入れをします。半切桶にあけた酛を櫂棒でせっせと混ぜていく姿は、映像や写真などで見たことがあるかもしれません。力も必要ですし、2名以上で行う場合は呼吸も重要。「酒造り唄」に合わせて、リズム良く混ぜる姿からはイナセな職人技を感じます。
ただでさえ重労働ですが、夜通し続ける造り方もあるため、「やっている人間も摺り減っていく」なんていう蔵人ジョークを聞くことも……。
酒母工程の櫂入れでもう一点、特に重要なのはコンタミネーション(混入、汚染)への対策です。複数の酵母を扱う場合や、長期にわたる酛をいくつも立てている場合は、その櫂棒に酵母や乳酸菌が付着して予期せぬ発酵を生んでしまう可能性があります。1本の櫂棒を使いまわすと、本来より早いタイミングで乳酸菌が湧いたり、酵母同士でケンカをして狙った香味が生まれない、といったことが起こります。そのため使ったらすぐに洗浄するのは基本として、「使う櫂棒は酵母ごとやタンクごとに分ける」、「使用後は熱湯も使って洗う」など各蔵で工夫がこらされています。
醪工程
酒母が完成し、醪工程に移っても櫂棒は大活躍します。醪工程ではタンクも大きなものに移すので櫂棒も柄が長いものにチェンジ。先端も平たいものを使うことが多くなります。
まず櫂棒が使われるのは、米と麹、水をタンクに投入する仕込作業です。水と麹を混ぜる際、そしてさらに掛米(蒸米)を混ぜる際には、均一になるように櫂を入れ続けます。 温度ムラをなくし、水や酵素をしっかり行き渡らせるべく、掛米は良く混ぜてあげます。このときに塊が残っていると、最後まで固まったままになってしまい、搾るときに呑口(タンクの出口)やホースを詰まらせる原因になります。
次に醪タンクに櫂棒が登場するのは醪工程が終わりを迎える上槽時、という蔵も多いのではないでしょうか。日本酒を搾る際には呑口にホースを取り付け、醪用ポンプと搾り機に接続します。槽やヤブタ、遠心分離機など搾り機もさまざまありますが、その際に櫂入れ要員を1名用意して攪拌しながら、醪が均一にタンクから搾り機へと送り込まれるようにします。
作業を終えたあとの櫂棒を運ぶのも一苦労。長い上に、醪や酒の雫が床にしたたり落ちないように注意しなければなりません。さらに蔵の中は、周りにはたくさんの柱、床には斗瓶やP箱、天井には蛍光灯などたくさんの障害物があるので、慎重に運びます。 くるくる回しながら運ぶと醪が垂れにくくなりますが、試桶(ためしおけ)などに入れて運ぶのが一番ですね!
ここでは、仕込みが終わってから搾るまでの期間の櫂入れについては省略しました。これについては、別の記事で考察してみましょう。
上槽~瓶詰め工程
搾られた日本酒の調整や瓶詰を行う工程でも、実は櫂入れが重要な役割を担います。例えばおりがらみ商品に均一に滓(おり)を入れるため、あるいは同一規格で製造された仕込をブレンドする場合や、加水して飲み口を調整する場合には、よく櫂入れをしなければいけません。
酒は液体ですが、比重の大きな糖や比重の小さいアルコール、そして水が混じり合っています。極端にいえば静置しておくと少しずつ成分が分かれていってしまいます。 特に加水作業をする場合は、アルコール度数の低い部分が出てしまうと、劣化の原因となる「火落系乳酸菌」などが発生する要因となることも。 忙しくても手が抜けない作業の一つです。
まとめ
今回の記事では、「酒造りの光景でよく使われている長い棒」、櫂棒とは何か、その使われ方や工程別の使用目的を解説しました。ばく然と「混ぜている」というだけでなく、目的や苦労する点を知っておくと、テレビや蔵見学などで作業風景を見たときにも興味が増すかもしれません。
今回ご紹介した内容とは別に、醪の発酵中には多様な櫂入れのテクニックがあり、さらに近年はあえて「櫂入れしない」という方法もとられるようになってきています。次回はそれらの内容について、詳しく見ていきましょう。
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