日本酒造りを研究開発でサポート:各県にある工業技術センターってどんなところ?

2023.11

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日本酒造りを研究開発でサポート:各県にある工業技術センターってどんなところ?

榎本 康太  |  日本酒を学ぶ

日本酒を造っているのは酒蔵ですが、ほかにも酒造りに貢献している存在として、「工業技術センター」「産業技術研究所」 などと呼ばれる、各都道府県の公設試験研究機関(以下、公設試)があります。しかし、多くの人にとって身近な存在ではないため、どのようなことをしているのかあまり知られていません。

この記事では、茨城県の産業技術イノベーションセンター主任研究員・飛田啓輔さんへのインタビューを交えつつ、公設試はどんな機関なのか、日本酒造りにどのような役割を果たしているのかまとめました。

公設試とは

公設試とは、地域の産業発展のために活動する技術支援機関です。業種を問わず、地域の企業や特産品が抱える課題の解決や、特産品の特性を生かした応用研究などに取り組んでいます。

公設試がおこなっている事業概要は以下の通りです。

事業の種類概要
研究開発企業や大学との共同研究、新技術を用いた商品開発など
依頼試験・分析依頼に基づいた試験分析、製品に混入した異物の調査や原因の究明など
技術相談・指導企業などから持ち込まれる課題の解決に向けた相談や指導
技術研修伝統産業の技術講座や、人材育成プログラムの提供
機器設備貸付試作や分析、測定のための専門機器の貸与
情報発信広報誌などの刊行物やインターネットでの成果報告

地域ごとの具体例を挙げると、群馬県では、特産品のこんにゃくをテーマに企業と共同研究をおこない、新たなフリーズドライ商品を作っています。また、京都府では、伝統産業である西陣織の後継技術者育成研修を開講しています。このように、公設試は地域産業をサポートする事業を幅広く展開しています。

日本酒と公設試の関わり

それでは、日本酒に関する公設試の業務には、どのようなものがあるのでしょうか。各都道府県によって多少の違いはありますが、以下のように大きく分けることができます。

日本酒に関する業務具体例
酵母の開発・研究さぬきオリーブ酵母(香川県)、CEL-24酵母(高知県)
酒造好適米の開発・研究秋田酒こまち(秋田県)、雪女神(山形県)
日本酒の試験分析アルコール度数、日本酒度、酸度などの測定
醸造技術相談・支援・指導・研究「福島流吟醸酒製造マニュアル」の作成および配布(福島県)、清酒製造技術者育成(茨城県)、酒蔵からの各種相談への対応

アルコール度数や日本酒度、酵母や米の品種など、私たち消費者が日本酒を飲む際によく目にする項目も、公設試が支えているのです。そのほか、酒蔵を対象とした技術支援まで、日本酒の製造に幅広く関わっていることがわかります。

茨城県産業技術イノベーションセンター・飛田さんにインタビュー

ここまで、公設試の概要や日本酒との関わりについて整理しましたが、より具体的なお話を聞くため、茨城県産業技術イノベーションセンターを訪れ、主任研究員であり、SAKE Streetメディアの監修者でもある飛田啓輔さんにインタビューしました。

飛田 啓輔
茨城県産業技術イノベーションセンター主任研究員、博士(農学)、清酒専門評価者。茨城県出身。ベンチャー企業において乳酸菌の研究開発、経営企画などに従事。仕事で訪れた東北の酒蔵で火落菌の話を聞いて日本酒の発酵に興味を持つ。2017年より現職となり、関東信越国税局酒類鑑評会、茨城県清酒鑑評会などの審査員も務める。科学的なアプローチで日本酒の魅力を発信することが目標。専門は発酵食品学、食品免疫学。
 

──どんなときに、仕事のやりがいを感じますか?

飛田「企業からの相談を解決するときですね。私の専門は発酵食品学と食品免疫学なんですが、企業から依頼される相談の内容って本当にさまざまで、日本酒はもちろん、化粧品や家畜の飼料に至るまで、あらゆることを聞かれます。正直、最初は原因の目処がつかないこともあるんですが、一つひとつ調べて対応して、最終的に課題解決につながったときは、やっぱり嬉しいですね

──化粧品や家畜の飼料まで対応されているんですか!カバー範囲が広すぎますね。そんな多岐にわたって取り組まれているなかで、飛田さんが特に思い入れのある仕事はなんでしょうか?

飛田「たくさんあるんですけど、酒質向上の手助けができることでしょうか。数年前の話ですが、麹中の雑菌が多い影響で、お酒の香りがスモーキーになったり、重くなったりしていた酒蔵があったんです。原因は蒸きょう用の布の洗い方や、素手での作業にあったのですが、実際に酒蔵に行って、道具の菌数や工程をチェックして、改善のためのアドバイスをしていくなかで、お酒の質がだんだん良くなっていきました。酒蔵の方も喜んでくれましたし、私自身もかなりのモチベーションになりましたね」

──調査対策した結果、改善が目に見えてわかると、たしかに達成感がありそうです。でも、すごく地道なアプローチですよね。大変ではないですか?

飛田「かなり大変です。特に日本酒だと、課題の原因が本当にケースバイケースなんですよね。例えば、洗米浸漬の工程に問題がありそうだとしても、使っている水の温度、洗米や脱水の方法は、酒蔵ごとに全然違います。なので、必ず現場に行って調査するんですが、一つひとつの状況を把握し、原因を見極めることには毎回苦労しています。

しかも、酒造りは作業を中断することがなかなかできないので、回答にスピードを求められます。それもあってか、酒蔵からよく電話越しでのアドバイスを求められるんですが、現場を見ないと一切わかりませんね(笑)」

──原因の見極めだけでも大変そうなのに、スピードまで要求されるんですね。そのような経験で得た知見や研究成果などを、他県の公設試職員の方と情報交換する機会はあるのでしょうか?

飛田「食品関係の括りだと、毎年どこかの公設試が主催を持ち回りして、各都道府県の担当者が集まる催しがあります。お酒関係だと、毎年国税庁管轄で、各都道府県の担当者が集まって情報交換する場がありますね。研究内容を紹介したり、ポスター発表なども行われます。また、個人間で連絡を取り合ったりもしますし、情報の流れは速いですね。あと、他県のお酒の審査に呼ばれること、逆にこちらからお呼びすることも多いです」

──他県の公設試とのつながりは強いのですね。ところで、都道府県によっては独自に酵母を開発することがあります。きょうかい酵母などの選択肢があるなかで、なぜ独自の酵母を開発するのでしょうか?

飛田「酒蔵や酒販店から『米、水、酵母をその土地のもので』という、『テロワール』のニーズがあるからです。米や水は地元のものを使えば問題ないのですが、きょうかい酵母だとそこをクリアできないので、県が独自の酵母を持っていることが求められます。

県としても、産地の統一感があるとPRしやすいのでしょうね。県独自の酵母を開発して、酒蔵に使ってもらい、そのお酒が売れることで市場が活性化するのは、メリットが大きいのだと思います」

──酒蔵、酒販店、県それぞれからニーズがあるんですね。開発に投資した分のリターンがあるのか疑問だったのですが、今のお話を聞いて納得しました。では最後に、飛田さん個人の今後の目標を教えてください!

飛田「茨城県が誇る発酵食品の横のつながりを深めて、発酵業界全体を盛り上げることです。茨城県は、納豆の製造メーカー数が日本一ですし、日本酒メーカーも関東でトップクラスに多い。加えて、漬物や味噌、醤油の製造も盛んなのですが、それらの業界どうしが連携して発酵食品全体を盛り上げる動きがなく、すごくもったいないと感じています。その業界どうしをつなげることができるのは、産業技術イノベーションセンターだけだと思うんですよ。その役割を買って出て、茨城県の発酵食品をまとめて盛り上げていきたいと思っています!」

酒蔵からの相談に、高度な知識と地道な行動力、さらにスピード感を持って応える飛田さん。目標に掲げる「茨城県の発酵業界が一つになって盛り上がる未来」に、期待が高まります。

まとめ

普段の生活で意識することはあまりないかもしれませんが、公設試は地域産業の発展に大きく貢献している機関です。美味しい日本酒の背景にも、公設試の手厚いサポートがあることは見逃せません。

知らない酵母や、酒造好適米に出会った際には、ぜひその名前を検索してみてはいかがでしょうか。きっとそこには、科学と研究で日本酒造りを支える公設試の貢献があるはずです。

参考文献

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