お燗番の流儀:美味しく飲んでもらうためのお膳立て。酒番・多田正樹さんが築いたおもてなしの燗つけスタイル

2023.11

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お燗番の流儀:美味しく飲んでもらうためのお膳立て。酒番・多田正樹さんが築いたおもてなしの燗つけスタイル

木村 咲貴  |  お燗番の流儀

飲食店やイベントで日本酒を提供するプロフェッショナルの中でも、燗酒をつけることを専門にしている「お燗番(おかんばん)」という人々がいます。

日本酒は、ほんのわずかな温度の違いでも味わいが変わるもの。それぞれのお酒の個性を見極め、料理やシチュエーションに合わせて最適な温度に温め、最もおいしく味わえる状態で提供するのがお燗番の役割です。温める道具や合わせる酒器、提供タイミングなどによって絶妙な調整を加えるテクニックは、まさに職人技といえるでしょう。

そんなお燗のプロフェッショナルに、燗酒の魅力やこだわりの燗つけメソッドについて語ってもらう不定期連載「お燗番の流儀」。第2回目は、燗酒を世に広めた草分け的存在である多田正樹さんにお話を聞きました。

プロフィール
多田正樹
酒番、日本酒とうつわの案内人。
日本酒ペアリングがまだ一般的では無かった2000年ごろから、料理ごとに銘柄・温度・酒器を合わせるスタイルを開始。 神楽坂『蒼穹』など会席料理店にて酒番を歴任。現在はフリーランスとして活動し、酒器の伝道師として古美術ギャラリーとのイベントも開催している。
 

「冷やして飲むのが常識」を体験で覆す

まだ燗酒や日本酒のペアリングが脚光を浴びていなかった2000年ごろから、飲食店や日本酒の講座などで燗酒の魅力を広め、一品一品の料理に日本酒を合わせる「和酒おまかせ」のスタイルに取り組んできた多田さん。現代のお燗番の草分け的存在というイメージがありますが、ご本人は、「自分は燗番ではなく“酒番”。冷酒も扱いますし、燗酒には冷酒にはない魅力があるという立場です」と話します。

20代のころはギャルソンとしてレストランでワインを提供していた多田さんが日本酒の世界に入ったのは、ホテルへの就職がきっかけでした。日本酒専門バーに配属された多田さんは、お客さんに提供するために、メニューにある日本酒を味見しはじめます。

当時(2000年ごろ)は地酒が注目を浴び始めていましたが、冷やして飲むのが主流でした。30〜40種類飲み比べてみたんですが、どれもキンキンに冷えているので味にそこまでの差がないんです。それなのに、お客さんがラベルを見て『ぜんぜん違うね』と話すことに違和感を覚えました」

そんなある日、仕事が終わり、バーの先輩に連れられて訪れた大衆居酒屋で、多田さんは燗酒との出会いを果たします。

先輩が、メニューに『熱燗』とだけ書かれていて、銘柄が書かれていない日本酒を注文したんですが、これがめちゃくちゃうまい。大手酒造メーカーのレギュラー酒なんですが、味があるんですよね。酔い心地が冷酒と違って、ふわっとした心地よさが長い時間続く。大徳利を何本も開けたんですが、悪酔いすることはありませんでした」

多田さんは翌日から、配属先のバーの片隅にあった酒燗器を使い、片っ端から燗を付け始めます。

「それまでも、ワインと同じで適温があるんだろうとは思っていましたが、温めることまでは思いつきませんでした。やってみると、何十種類もある日本酒が全然違う味になる。甘みはふくらみ、キレ味がよくなるし、なんでみんなこれを飲まないんだろう? と不思議になりました。

そのお店の日本酒はすべて冷蔵庫で保管されていたんですが、『常温から温めれば、もっとお酒へのストレスが少なく燗できるのでは?』と思って、冷蔵庫から日本酒を出したんです。そうしたら、上司にめちゃくちゃ怒られて(笑)。そのころは、日本酒は常温保存をしたら傷むと思われていたし、開けたらすぐ飲まないといけないという風潮だったんですよね。

それでも負けずに冷蔵庫から出し続け(笑)、根気良く上司たちに飲ませているうちに彼らももわかってくれるようになって、『お前が日本酒の責任者になって、好きなようにやっていい』と言ってもらいました。それからは、メニューの銘柄の一部を変えて、お酒ごとに管理温度を変えることに取り組みました」

温度を変えることで、抑揚が生まれる

その後、日本酒の講座を依頼され、燗酒の基礎的な考え方や手法を伝える立場になった多田さん。転職先の飲食店でも、「おまかせ」でのお酒の提供を頼まれるようになります。

当時、日本酒は1合単位で頼むもので、グラス売りはほとんどありませんでした。しかし、そうすると同じお酒をいろいろな食事と合わせなければいけません。そこで、コース料理の一品一品ごとに、60mLずつの日本酒を出すようにしたんです。料理に合わせて種類を変えて、冷酒、常温、燗酒と温度を変えて出してみました。今で言うペアリングですね。

そうやってコースの中にお燗を入れ続けるうちに、お客さんがお燗を必ず飲んでくれるようになったんです。中にはお燗にハマってしまう人もいて、『お燗多め』または『ぜんぶお燗で』というリクエストもされるようになりました」

もともとワイン業界にいた多田さんにとって、合わせる料理や銘柄によって温度を変えるのはあたりまえのことだったといます。

温度を変えるのは、抑揚をつけるということ。冷たい、ぬるい、温かい、と変えていくと、飲む側も飽きずにテンポよく食事をすることができるんです

冷酒も燗酒の両方の魅力を理解し提供する“酒番”の多田さんですが、燗酒ならではの魅力や効果とはどんなところにあると考えているのでしょうか。

リラックスできることじゃないでしょうか。冷酒と燗酒は、緊張と緩和。冷たいお酒にある緊張感も良いですし、燗酒はその対比として、和らぐ、ほっとするという良さがあるのだと思います。アルコール度数の高いお酒って、急に酔って急に冷めるようなところがありますが、燗酒はそれとは違う。味覚的にも、気持ち的にもやわらかくなるのが魅力だと思います」

「どんなお酒にも美しいポイントはある」

その道20年を超える多田さんですが、それぞれのお酒の適温は、「やってみないとわかりません」と断言します。

「大体の予想はつきますが、抜栓したてや抜栓後のこなれてきたころ、去年のお酒と今年のお酒など、お酒のコンディションによっても違います。まずは70〜80度のお湯につけて、40度ぐらいまで上げてみる。そこから味見をしながら少しずつ温度を上げてゆき、予想通りか、意外な香りが出てくるか、などを確かめます。温めるだけで変わらないことがわかったら、抜栓後しばらく置いてみる、加水する、燗冷ましにするなど、なんでもやってみますね」

燗酒に向いているお酒についても、「昔はカテゴリで考えていたときもあったが、実はあまり当てはまらない。どのお酒にも、美しいポイントは絶対にある」という考え方です。

「コースを組み立てる中でも、すべて純米大吟醸の燗酒になることもあるくらいです。燗酒に挑戦してみたい人は、燗酒に向いているお酒を買おうとするより、『自分が今日飲みたい味』から選んで、そのお酒をいろんな温度で楽しんだ方がいいんじゃないかと思います。乱暴に言えば、だいたいどんなお酒でもおいしく温められる。大切なのは、おいしいポイントを見つけられるかなので、まずはやってみることですね」

酒器の果たす役割を重視

続いて、多田さんが燗つけに使う秘密道具を教えてもらいました。

いちばん楽なのは『かんすけ』です。何台か持っていて、仕事柄、持ち歩くこともあります。こだわり始めると、鍋は土鍋で、熱源は炭火がいいなんて言うこともできますが、あらゆる条件がそろった上でようやく機能するものなので、家庭でやるなら簡単な道具が良いと思います」

会席料理店の「蒼穹」に務めていたころは、ぬるめ、普通、熱いの3種類の鍋を使い分けていたという多田さんですが、「家ではだいたいティファールで温めます」と発言。まさに「弘法筆を選ばず」を体現するセリフです。

温める際の容器は、徳利がスタンダート。ゆっくり熱を入れることで、芯まで温めることができるそうです。

「ちろりも使います。初めてつけるお酒の場合は、口が広いちろりを使うと、香りの変化も嗅ぎ取ることができるのがメリットです。あとはお酒の特性に合わせて使い分けますね。フラスコは熱伝導が低いので、ゆっくり火を入れたい吟醸系に適しています。

錫のちろりはお酒がやわらかくなるんですが、もともとやわらかいお酒をつけると腰砕けのようになってしまいます。銅はやや乱暴な辛さが出てしまうことがあるので、個人的にはあまり使いません。そのほか、仕事でチタンや銀のちろりを使ったこともありますが、銀のちろりはいつか手に入れたいほどすばらしかったですね」

素手でも温度を測ることができる多田さんですが、仕事では一度にたくさんの量をつけるため、温度計を使うそう。食事の場の雰囲気を壊さないために、目立たないコーヒー用の温度計「TIMEMORE デジタルサーモメーター」を使っているそうです。

提供する酒器については、「日本酒とうつわの案内人」として古美術の活動をしているとあって、「佇まいが7割」と考えています。

酒器は、美しさが最優先。お酒の性質に合わせて器の形状を選ぶこともありますが、反対に、酒器にお酒を合わせることもあります。酒器は、何も注がれてない状態でも“味”がしていなきゃだめなんです。注ぐ誰かと、受ける誰か。その間である程度の空気感ができていて、そこに期待通りのお酒が入っているということ。人間も含めた要素で、お酒の味が完成する。お茶人の感覚が近いかもしれないですね。お酒の味へのこだわりよりも、結局は、『どう美味しく飲んでもらうか』というお膳立てをすることのほうが大事なのだと考えています」

出汁×純米大吟醸は至高の組み合わせ

長く会席料理に携わってきた多田さんにとっての鉄板ペアリングは、椀もの×純米大吟醸。懐石のメインディッシュである研ぎ澄まされたお椀に、とっておきの純米大吟醸のお燗を合わせます。

すっぽんのお椀に、『玉川 自然仕込 純米大吟醸 玉龍』を合わせたときは素晴らしかったですね。お肉系の出汁や、魚系の出汁などで合わせるお酒は変わってきます。出汁と酒は鉄板中の鉄板だと思っていて、例えば煮物やおでんにカジュアルな燗酒を合わせるのも、基本的には同じこと。出汁の旨味に対して、旨味のある酒であるという日本酒の特徴は活かさないわけにはいきません

近年、燗酒の専門店やお燗番という職業がフィーチャーされていることに対して、「まさかこんな日が来るとは思っていなかった。彼らの情熱やテクニック、探究心はすごいものだと思います」と感心を示す多田さん。最後に、これから燗酒に挑戦してみたいという読者にメッセージをいただきました。

「冷酒をよく飲む人は、まずは常温から飲み始めてみてください。燗酒というのは、そこからのグラデーションで続いているものなんです。そこから、今日の夕食は肉だから熱めに温めてみるかとか、お刺身だからぬるめにしてみるとか、いろいろ想像して温めてみると楽しいですよ。

あと、歳を取ると、だんだんお酒が体に堪えるようになってきますが、燗酒は優しいものです。早いうちからお燗を取り入れることを知っておけば、一生飲み続けられるという意味でもおすすめですね」

今よりも燗酒に対する誤解が多かったころから、固定観念にとらわれることなく、道を開拓してきた燗つけの伝道師。その活躍があってこそ、今の私たちのお酒の愉しみがあるのです。

項目多田正樹さんのスタイル
レシピの作り方70〜80℃のお湯にちろりをつけて、40℃くらいまで温めてから徐々に温度を上げていく
燗つけ設備かんすけがおすすめ
燗つけ用酒器徳利が基本。酒質に合わせてビーカーやちろりを使い分ける
温度計TIMEMORE デジタルサーモメーター
イチオシの酒器(注ぐ用)特になし(「美しさ」を優先)
イチオシの酒器(飲用)特になし(「美しさ」を優先)
鉄板ペアリング椀もの×純米大吟醸の燗酒

【お知らせ】
多田正樹さんと「東京十月」の料理人・冬野慎治さんのコラボイベント「懐石と日本酒の會」を2023年12月5日(木)に開催。厳選された古美術品と共に、日本酒と懐石料理のペアリングをお楽しみいただけます。詳しくは breath0425(アットマーク)gmail.com までお問い合わせください。
日時:2023年12月5日(木) 19時〜
会費:25,000円(税・サービス込)
会場:東京十月(東京都港区南青山5-7-17 小原流会館B1)

【シリーズ:お燗番の流儀】
第一回:熱燗DJ つけたろう

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