2023.07
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フロアとお湯を沸かす! 熱燗DJ つけたろうさんの“個性なき”燗つけメソッド
飲食店やイベントで日本酒を提供するプロフェッショナルの中でも、燗酒をつけることを専門にしている「お燗番(おかんばん)」という人々がいます。
日本酒は、ほんのわずかな温度の違いでも味わいが変わるもの。それぞれのお酒の個性を見極め、料理やシチュエーションに合わせて最適な温度に温め、最もおいしく味わえる状態で提供するのがお燗番の役割です。温める道具や合わせる酒器、提供タイミングなどによって絶妙な調整を加えるテクニックは、まさに職人技といえるでしょう。
SAKE Streetでは、そんなお燗番の人たちに、燗酒の魅力やこだわりの燗つけメソッドについて語ってもらう不定期連載「お燗番の流儀」をスタート。第一回は、「熱燗DJ」というユニークな肩書でエンタテイメントにお燗を広める「つけたろう」さんにお話を聞きました。
プロフィール熱燗DJつけたろう
日本酒に対する愛情を熱燗で表現する熱燗DJ。
武蔵野美術大学でファッションを専攻し、2009年にサイバーエージェントに入社。ハンドメイドマーケットを立ち上げ、数社で7年間の事業責任者をつとめたのち熱燗DJとして独立。2018年2月より山梨県へ移住。家には8石(800升)以上の日本酒を保有する。
写真提供:熱燗DJつけたろうさん
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IT企業の会社員が「熱燗DJ」になるまで
日本酒を好きになったばかりのころ、「ワイングラスで飲む無濾過生原酒の冷酒こそが至高」と信じていたつけたろうさんは、燗酒とは、安価な日本酒の味わいをごまかすために温めるものだと思い込んでいました。ところが、2015年ごろ、友人に連れられて行った燗酒専門店にて「仁井⽥本家 しぜんしゅ 純⽶吟醸」の熱燗を飲んだときに、それがとんでもない誤解だったことに気付いたといいます。
「まさに、日本酒を罰ゲームで飲んでいたころに、無濾過生原酒のようなおいしいお酒があることを知ったときと同じくらいの衝撃でした。燗酒は、誤解まみれのスカした飲み手だった僕の、日本酒に対する見方を拡張してくれたんです」
そこから、「自分もできるようになりたい」と、家にある日本酒を片っ端から温めてみるようになったつけたろうさん。熱燗の名店といわれるお店に通っては、お燗番の人々がどのように燗をつけているのか観察して、家で真似をするようになりました。
大手IT企業で働き、日本酒を仕事にするなど考えたこともなかったという一人のビジネスマンは、「熱燗DJ つけたろう」という名前で日本酒イベントを開催するようになります。2018年には会社を辞めて独立。2020年には、サブスクリプション型のオンライン酒販店「つけたろう酒店」をオープン。自身のプロデュースした日本酒や酒器などを販売しています。
燗つけは日本酒との1on1
燗酒のレシピを考えるとき、つけたろうさんはまずそのお酒を常温か冷酒で飲み、造り手がどのようなお酒にしたかったのかを推測します。
そして重要なのが、その推測を一度すべて忘れること。そこから、すず、銅、ガラスすべての容器で温め、どの材質が合うかを見極めていきます。
「とにかく先入観をなくそうと心がけています。推測の時点で『銅で65℃くらいに温めるのが良さそう』と思い込んでしまうと、独りよがりな燗酒になってしまうので。帰納法で、全部試してみるということを大事にしています。
これには、会社員時代のマネジメントの経験が生きています。部下と1on1ミーティングをするとき、勝手に相手の考えを予測しながら話すと、つい自分の思う方向に相手の言葉を誘導しちゃうんですよね。自分にそういう癖があることに気づいてから、相手が発する⾔葉だけで会話をするように変えたところ、マネジメントがスムーズになりました。
お酒も似ていて、経験則で語るのはNG。お酒の声をちゃんと聞いてあげるというか、目の前のお酒が温めた時にどうなったのかだけで判断をしないといけないんです」
温めながらお酒の香りを嗅ぎ、温度のアタリをつけ、落としどころを探っていきます。目指すのは、つけたろうさんが「造り手はこんなお酒にしたかったんじゃないのか」と解釈した味わいを、最大限に引き出せるポイント。
「着地点をどこにするかは、“絵をどこで描き終えるか”のようなものなので、難しいところです。僕の場合は、そのお酒を造った杜⽒さんに飲んでもらっても恥ずかしくない燗にするというのが大きいですね。
お燗番の中には、例えば『温めることで、味わいを丸くする』というように、お燗の目的をひとつに決めている人もいます。でも、例えば個性のあるお酒を丸くしちゃうと、個性がなくなってしまいますよね。そのお酒の個性を⼼地よく活かせるポイントを探り、お酒のポテンシャルを最大限に引き出すことを何より大切にしています」
「温めたほうがおいしい」まで持っていく責任がある
そんなつけたろうさんが苦戦するお酒のタイプは、意外にも「何℃で飲んでもおいしいお酒」。
「僕の場合、稲とアガベ醸造所の岡住(修兵)さんや、土田酒造の星野(元希)さんの造るものがそうなんですが、懐が広い酒はドツボにはまりやすいんです。冷たくても、常温でもおいしいし、レンジで温めるだけでもおいしいので、なんとかしようとするとレシピが異様に複雑になるんですよ」
そう言って、過去に温めたお酒のレシピをまとめたスプレッドシートから、土田酒造「シン・ツチダ 2021醸造年度」のレシピを読み上げてくれました。
「<シン・ツチダ120mLに対して25mL加⽔し、すずのちろりで65℃まで上げたあと、常温のシン・ツチダを50mL足して徳利で3分静置する>……こんなの、誰が作るんだって感じですよね(笑)。僕自身、イベントなんかじゃない限りはやらないと思います。ただ、温めるんだったら『温めたほうがおいしい』って言ってもらいたいし、そこまで持っていく責任があると思っているんですよね」
燗つけ道具としては、すずと銅のちろりに、耐熱ビーカーを常備。27cmサイズの半寸胴鍋に保温用のニットを着せ、低温調理器を入れて温度を一定に保ちます。
「お酒を温めるお湯は80℃に設定して、イベントのときは酒器を保温するために63℃のお湯も用意します。お酒の温度を測るのは、A&Dのデジタル温度計。10種類くらい比べてみたんですが、反応速度が速く、防⽔性能が⾼く、柄が短いという理由でこれに定着しました」
酒器を集めるのが趣味で、骨董品や中古品サイトなどは頻繁にチェック。しかし、注器の素材や形状については、いろいろ実験した結果として「お酒によって違う」という考えです。
「打率が高い素材や形というのはあるんですが、『これを使っておけば間違いない』というのはないんですよね。ただ、やはり徳利は燗酒の注器としては最適な形状なので、イベントでは基本的に磁器の徳利で提供しています」
一方、飲むのには平杯がベストとのこと。愛知県常滑の磁器作家・小池夏美さんとコラボしたオリジナル商品「最高の平杯」は、試作を重ねて、納得のいくはぞりと口径を実現。釉薬を塗らず、紙やすりで磨くことで、絶妙な口あたりに仕上げています。
エンタメ感で熱燗のハードルを下げる
「熱燗DJ」というユニークな肩書きに、一度見たら忘れないビジュアル。しかし、「自分の燗酒に個性はない」とつけたろうさんは断言します。
「個性はお酒自身にあるもので、僕が個性を付け加える必要はないと思っています。僕自身は細かいことまでこだわるのが好きですが、お客さんのハードルは上げないで、エンタメとして楽しめるよう、ポップにやることを心がけていますね。『コンロと心に火を灯し、フロアとお湯を沸かす』が熱燗DJのモットーです」
インパクトあるパフォーマンスも、あくまで燗酒のハードルを下げるため。日本酒に親しみがない人をどんどん巻き込むために、カジュアルな食事とのペアリングや、異業種とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいます。
「鉄板ペアリングは、51℃まで温めた『⽩⽼ 純⽶吟醸熟成酒 豊醸』とタンドリーチキン。白老の枯れた感じとスパイシー感の相性がよく、口の中でスパイスが再燃する感覚を楽しめます。ファミリーマートのスパイシーチキンに置き換えてもいけますよ。イベントで日本酒を全然飲んだことがない20代の女性から『飲みやすくておいしい』と言ってもらえたときはうれしかったですね。
数年前は、占い師の叶ここさんと、『魔女×熱燗』をテーマにしたコラボイベントをおこないました。僕自身、ファッションが好きなので、いつかアパレルブランドの展⽰会のレセプションで燗をつけてみたいですね。映画の試写会で燗酒を出すなんていうのも楽しいかもしれません」
最後に、おうちでの燗つけのアドバイスを聞いたところ、「いちばんいいやり方なんてものはないので、⾃分がおいしいと思うものを楽しんでください」とつけたろうさん。自分自身はどこまでもこだわり、飲み手に対してはどこまでもハードルを下げる。そのすべては、燗酒を飲んだ瞬間の「おいしい」という気持ちに火を絶やさないためなのでしょう。
熱燗DJ つけたろうさんの燗つけスタイルまとめ
項目 | つけたろうさんのスタイル |
---|---|
レシピの作り方 | 先入観をなくし、帰納法で全部試してみる |
燗つけ設備 | 半寸胴鍋 + 保温用ニット、低温調理器 |
燗つけ用酒器 | すず・銅のちろり、ビーカー |
温度計 | A&Dのデジタル温度計 |
イチオシの酒器(注ぐ用) | 磁器の徳利 |
イチオシの酒器(飲用) | つけたろうプロデュース「最高の平杯」 |
鉄板ペアリング | ⽩⽼ 純⽶吟醸熟成酒 豊醸×タンドリーチキン |
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