2023.07
04
日本酒デザインの模倣を考える (2/2):SAKE HUNDREDに見るクリエイティブの真髄
日本酒の商品コンセプトやパッケージデザインが多様化していく一方で、古くから日本では、他社の商品の模倣がしばしば問題視されてきました。特集「日本酒デザインの模倣を考える」前編では、模倣がなぜ起きるのか、法律やその他の観点からどのような問題が起こり得るのかを解説しました。
後編では、商品設計からパッケージまで、クリエイティブに徹底的にこだわるラグジュアリー日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」で注目される株式会社Clear代表・生駒龍史さんにインタビュー。日本酒デザインにおける独自性の必要性や、模倣に対する考え方についてお話を聞きました。
デザインはお客様の心とブランドを媒介する
2020年に、大幅なリブランディングをおこなった「SAKE HUNDRED」。「心を満たし、人生を彩る。」というブランドパーパスのもと、商品設計からパッケージ、プロモーション活動に至るまで、一貫したクリエイティブ(創造に関わるすべてのもの)を開発してきました。
生駒さんは、パッケージや広告といったクリエイティブは「お客様の心とブランドを媒介するもの」だと考えています。
「ブランドって、目に見えないんですよね。ブランドとは、『SAKE HUNDREDとはなんですか』と聞かれたときに、お客様の頭の中に想起されるイメージのこと。つまり、直接コントロールすることはできないので、ある程度は形で表現するしかないんです。クリエイティブというのは、僕たちがブランドを知ってもらうために手を差し伸ばせる、最大限のラインなんですよね」
2020年のリブランディングの際には、半年以上の時間をかけてSAKE HUNDREDの基本的なデザインを開発。その後、コラボレーション作品などでデザイナーに依頼するケースもあったといいます。
「餅は餅屋」という考え方から、プロのデザイナーを起用しつつも、その過程で「意見はかなり出す」という生駒さん。細かい部分まで入り込んだ意見を述べますが、「何がやりたいのか明確だから、相手方からはよく『やりやすい』と言っていただけます」と話します。
例えば、2022年11月〜2023年1月におこなったホリデーシーズン企画「COLOR YOUR MOMENTS:心を彩る人生へ」では、鮮やかな色合いの中に暗い色を入れることにこだわりました。
「コロナ禍が落ち着いて、久しぶりに人と会えるホリデーシーズンを祝福するデザインなので、華やかな色合いを目指しました。でも、この数年というのは、どんな人にとっても、決して良いことばかりではありませんでしたよね。敢えて暗めの色を入れることで、悲しみや苦しみもあったけれど、振り返ってみれば美しく見える。もっと言えば、悲しいなら悲しいまま、つらいならつらいまま、そのまま受け入れようという表現にしました」
一つひとつの商品やプロジェクトに徹底したストーリーを作り込むのは、「ブランド作りとは、一貫性を保ち続けること」という考えがあってこそ。
「ブランドとは、お客様のアイデンティティを代行するものであり、一貫性が求められます。 SAKE HUNDREDの購入理由についてアンケートをとると、1位は高額であることと、それにひもづく品質に価値を感じているというものなんですが、2位はストーリーです。僕たちが挑戦をし続けていること、価格以上のものを提供しようとしていることに、『こういう生き方をしてるブランドだから好き』と感じていただけているということなんですよね」
企画によっては、数千万円の予算をかけることも。ブランドムービー「Sensations」では過去最高額の予算を投じ、日本に数台しかない特殊なカメラで撮影。CGなどを一切使わず、液体やグラス、ボトルを超低速で撮影することで神秘的な世界観を描き出し、日本酒のもつ官能性を鮮やかに表現しました。言語や文化を超えて、「日本酒は、ゆっくり見つめるだけでこんなにロマンチックなものになる」というメッセージを、見る人の感性に訴えかける映像になっています。
模倣は起こるものだが、「考えていない」ものはわかってしまう
SAKE HUNDREDの成功を受けて、最近は追随する高級日本酒ブランドも次々と誕生しています。中には、デザインや手法についてSAKE HUNDREDに倣ったように見えるものも散見しますが、生駒さんはどのように捉えているのでしょうか。
「模倣というものは、そもそも手法のひとつであって、特に極端な例だとは思っていません。別に高級日本酒というのは僕たちの専売特許ではないし、マーケティング手法の成功事例を真似することも、正しい努力のプロセスだと思っています。日本酒業界の人間として、新規参入が増えることは大歓迎ですし、こちらとしてはどれだけ後押しできるかのほうが重要です」
そう肯定する一方で、自身が徹底的なこだわりを持って取り組んでいるだけに、「あまり考えずに真似してしまったんだな」というラインにはやはり気が付いてしまうとのこと。
「高級日本酒を買ってくださるお客様の厳しさを知っているからこそ、浅はかな考えから作ったブランドは必ず見抜かれると思います。そもそも、せっかく3万円も払って自社商品を買ってくれる人がいるのに、『こんなものか』と落胆させてしまうようでは、結局、自分の首を絞めることになってしまいますよね。3万円を出してお酒を買ってもらうことの重さを理解して、その価値をさらに超えた体験を提供できない限り、ブランドというものは続いていきません」
労力や予算を投じて独自性を追求する企業がある一方で、模倣が許されてしまうようでは、努力をする企業が損をしてしまいかねません。こうした模倣行為は、業界全体のクリエイティブへの士気を落としてしまうのではないかという問いに対して、生駒さんの答えは「逆に、それくらいでダメージを受ける産業ではダメなんじゃないかと思います」と冷静です。
「基本的には、見守るスタンスが必要だと思っています。僕自身は、人がやってないことをやって、答え合わせをするのが好きなタイプなので、模倣しようと考えたことはないんですよね。でも、いろいろな人のやり方をたくさん勉強して、吸収して、時には壁にぶつかって傷つくことで、自分らしさというのが出てくるのだとも思います。1、2年目くらいの駆け出しの人たちに対してはじっくり見守れるような、余裕のある産業でありたいですね」
とはいえ、「明らかに権利を侵害している場合は厳しく対処する」とのこと。SAKE HUNDREDは顧問弁理士をつけたうえで、意匠権、商標権など、係争において主張するための権利はすべて取得しているといいます。
日本酒がエンタテイメントの中で勝ち残るために
デジタルマーケティングから、次のステージへ
続けて、「模倣されて埋没するレベルのブランドであるのなら、自分たちが悪い」と生駒さんは厳しく自戒します。
「そうしたフェーズからいかに脱せられるかが、今、弊社の勝負になっています。取り組んでいることのひとつが、態度の一貫性。デジタルマーケティングに集中すると、勝ちパターンができて、どうしてもコモディティ化してしまうんですよね。お客様の飢餓を煽るキーワードは、ラグジュアリーブランドに求められるものと矛盾しますし、結果的に、競合他社も含めたみんなが儲からなくなってしまう。そこで、購入意欲を煽るような表現は、ある時期から使わないことにしました」
マーケティングの改革をおこなった結果、現在は、百貨店や空港の免税店など、to Bの売上が大きく伸長しています。
「to Bのお客様は、僕たちの納入実績や、想い、これまでの歴史を含めて評価してくれます。最近では、米国シカゴの最高級プライベートクラブのディナーイベントで提供されたり、とあるグローバルラグジュアリーブランドのVIPのお客様に商品のご案内をしたりと大きな出来事がありましたが、これまでの積み上げがあったからこそ実現できたことです」
NetflixやSNSをライバルに、クリエイティブを磨く
ラグジュアリー日本酒ブランドとして、着実に歩みを続けているSAKE HUNDRED。その立役者である生駒さんは、すべての日本酒はクリエイティブの独自性にこだわるべきだと考えているのでしょうか。
「クリエイティブへのこだわりは、当たり前に必要なものだと思っています。いま、日本酒のライバルっていうのはほかのアルコール飲料だけじゃなくて、NetflixやSNSなども含めた、あらゆるエンタテインメントです。多様化するエンタテイメントの中で、日本酒が埋もれることなく価値をアピールしていく方法のひとつとして、まず見てもらえるようなデザインにするというのは必要なことですよね。
とはいえ、規模の小さな酒蔵さんにまでラベルにこだわってお金をかけろとはもちろん言いません。まずはSNSでおもしろい投稿をしたり、イベントを開いたりしてファンを作るなど、お金をかけずにできることもたくさんあります。現状のフェーズによってやれることは当然変わってきますし、さらに成長したいときにはお金をかける、という考え方もできると思います」
前編の記事を引用しつつ、日本企業における同質的行動について話す中で、「小さいころ、ドラゴンボールを読んでいて、なんでヤムチャたちは悟空の行った道をもう一度行くんだろうってずっと思ってたんですよね」と話し始めた少年漫画好きの生駒さん。
「そんなことしたって、悟空に勝てないわけじゃないですか。でも、ビジネスをやっているとわかるんですよ。悟空という前例があって、そこに行けば強くなることがわかっているから同じ道を辿るんです。でも、悟空はリスクをとっているから一番強い。だからみんな悟空には勝てないんですよね」
日本酒の新規市場を開拓し、グローバルに闘ってきた生駒さんが教えてくれたのは、「本質とは、模倣するかしないかではなく、いかにして顧客と誠実に向き合うかである」ということでした。自社やブランドの思想を飲み手に伝えるうえで、デザインをはじめとしたクリエイティブは重要なメディア(媒介)となります。味わいや酒質が魅力的であるのはもちろんのこと、数あるエンタテイメントの中から日本酒に心を惹きつける。SAKE HUNDREDは、そんなクリエイティブが誕生していく未来を率いています。
【連載:日本酒デザインの模倣を考える】
前編:他社をマネするのはいけないことなのか?
後編:SAKE HUNDREDに見るクリエイティブの真髄
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