2023.06
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日本酒デザインの模倣を考える (1/2):他社をマネするのはいけないことなのか?
酒造メーカーが生き残りをかけて戦略的なブランディングをおこなう中で、味わいや酒質だけでなく、商品コンセプトやパッケージデザインも多様化してきています。一方で、他社の商品と酷似していることから、「“パクリ”ではないか」と指摘されるケースもたびたび発生しています。
日本酒業界に限らず飲料業界、あるいはほかの日本企業などでも、こうした模倣行為は昔から慣習的におこなわれてきました。そして実は、過去の訴訟事例とその結果を見ると、法的には必ずしもNGと言えないケースもあります。
今回の特集では、日本酒における模倣問題について、前後編にわたって掘り下げていきます。前編では、模倣が起きる原因と、法律面における問題点、そして法律面以外で起こりうるリスクについて、インタビューも交えながら解説します。
なぜ、真似をしてしまうのか?
日本の「同質的行動」という慣習
そもそも、模倣というのは日本酒に限らず、日本のさまざまな業界で起きていることです。直接的な模倣とまではいえなくとも、類似したコンセプトの商品が複数の企業から発売されるケースは、頻繁に見られます。同じ酒類でも、例えばひとつのビールメーカーがノンアルコール飲料を出せば、その他の企業も「フリー」「ゼロ」を冠した商品を次々販売するといった現象は見慣れたものではないでしょうか。
経済学者の淺羽茂は、『日本企業の競争原理:同質的行動の実証分析』(東洋経済)の中で、広い意味において、企業同士が類似した行動をとることを「同質的行動」と呼び、欧米企業と比較して日本にこの傾向が強いことを分析しています。
その例のひとつとして挙げられているのが、飲料業界です。淺羽氏によれば、日本の飲料メーカーの製品ラインの重複の程度は、アメリカの2倍以上。理由としては、日本の流通チャネルがコンビニエンスストアや自動販売機など、新製品が活発に動きやすいモデルであるのに対し、アメリカではひとつのメーカーが多くの商品を開発するインセンティブが少ないことを説明しています。
なぜ、さまざまな業界を通じて、日本企業は同質的行動をとる傾向があるのでしょうか。『日本企業の競争原理』の中では、原因を二つに分けて説明しています。
ひとつは、情報収集コストの節約(同書では「情報仮説」と呼んでいます)。まったく新しい商品の開発は、商品が売れるかわからないというリスクが伴いますが、他社を模倣すれば、マーケット・リサーチをおこなう必要はなく、類似商品の実績によって「この商品は売れる」という正当性が確保されます。
もうひとつは、現状維持(本書では「競争仮説」と呼んでいます)。これは、同じような規模の企業間において、敗者がすべてを失ってしまうことがないようリスクを調整するということ。みんなが同じ行動をとっていれば、いずれの企業も良くも悪くもなりすぎることはなく、バランスを崩さずに事業を継続することができるというわけです。
日本企業は、赤字になるよりも、ライバル企業に遅れをとる方がより深刻なリスクであると考えているので、常に他者を監視している(Abegglen and Stalk [1985])。絶対的基準にもとづく競争というよりも、常に自社と他者を比較する相対的基準にもとづく競争において、同じような規模の企業が競争している日本企業は激しい競争を繰り広げる(小田切 [1992])。
※Abegglen, J. C. and G. Stalk, Jr. [1985], Kaisha, New York, Basic Books(植山周一郎訳『カイシャ──次世代を創るダイナミズム』講談社、1986年)および小田切宏之 [1992] 『日本の企業戦略と組織──成長と競争のメカニズム』東洋経済新報社を著者が参照
日本酒ならではの原因はあるのか
こうして、同質的行動が慣習的におこなわれてきた日本において、日本酒業界でも、意識している・していないに関わらず、他社と類似したデザインやコンセプトを選択する行動をとることが多いのは、理解し難いことではありません。
さらに、パッケージデザインに関していえば、日本酒は瓶の選択肢が限られているうえ、ラベルのサイズが小さく、かつ、酒税法で文字のサイズや掲載すべき情報などが指定されているため、表現の幅に限界があります。小規模な酒蔵ともなれば、これらのデザインに予算を割くのは一層難しいかもしれません。
デザインの発注プロセスに潜むリスク
そのほか、デザインを作るプロセスにも原因は潜んでいると考えられます。メディア学者でありデザイナーでもある藤本貴之氏は、著書『だからデザイナーは炎上する』(中公新書ラクレ)の中で、
クライアントはデザインの専門家ではないことが多いため、こういった要望(SAKE Street注:他社のデザインをパクってほしいという要望)を告げられることは頻繁に発生する。チラシなどのデザインを打ち合わせる会議に「パクってほしいデザインサンプル」を持参するクライアントは、非常に多い
という現状を指摘しています。
パクってほしいという要望を受けても、デザイナー側に知識や技術があれば<クライアントの要望をかなえつつも、デザインとしては模倣でも倒錯でもない、あくまでインスパイアの範疇で、独立して成立するデザインを作り上げる>(同書より引用)ことができますが、予算が限られている場合や、発注者側に専門的な視点が欠けている場合などは、創意工夫性のないデザインが出来上がってしまう可能性は高いでしょう。
そもそも、パクリはいけないことなのか?
さて、ここまで日本企業および日本酒業界で模倣が起きやすい背景や原因を考察してきましたが、そもそも、他社を模倣することはいけないことなのでしょうか。もし、いけないことなのだとしたら、なぜ繰り返し模倣が起きるのでしょうか。
模倣行為に対する法的な観点について、国際取引法や国際紛争を専門とし、知的財産権についても深い知見を持つ弁護士の渡邊肇先生にお話を聞きました。
渡邊 肇先生 プロフィール
東京大学法学部およびイリノイ大学ロースクール卒業。日本国および米国ニューヨーク州弁護士。
森・濱田松本法律事務所、潮見坂綜合法律事務所を経て、渡邊・清水法律事務所所属。Jenner & Block法律事務所(Chicago, Illinois)および合衆国連邦取引委員会(Federal Trade Commission)にて執務。専門は国際取引、国際紛争、知的財産権および独禁法。日米双方の法律事務所および合衆国連邦取引委員会における執務経験を通じ、日米双方の訴訟手続に精通している。現在、農業関連ビジネス(そのうちの一つとして日本酒の米国向け輸出)のスタートアップを準備中。
クリエイティブを守る法律
まず、日本酒のデザイン模倣における法的な問題を考える際の根拠となる法律には、①意匠法、②商標法、③著作権法、④不正競争防止法の4つのパターンがあり、それぞれまったく異なる観点から法的判断が為されます。
①の意匠法によって保護される意匠権は、産業用デザイン(形状・模様・色彩)を守る権利であり、特許庁に出願し登録を受けることで保護されます。登録されるためには(1)量産できること(工業上の利用性があること)、(2)新規性があること、(3)創作が容易でないこと、(4)同一または類似の意匠が先に出願されていないこと、(5)公序良俗に反する等の不許可事由にあたらないこと、といった要件があり、日本酒の場合にはたとえば、オリジナルの形状で瓶を開発した場合や、ラベルの特徴的な模様などが該当します。
②の商標法によって保護される商標権は、企業や商品・サービスの名称やロゴを「商標」として特許庁に出願し、類似商標の調査などを経て登録されることで権利が付与されます。独自のブランドを開発した企業が、模造品から自社商品のネーミングやブランドを保護するためにダイレクトにかかわる権利であり、反対に、商業に関わる用途に使わない限りは、権利の侵害とは判断されません。
日本酒デザインにおいて、意匠権とは、瓶やキャップなどのオリジナリティであり、商標権とは、自社商品を保護するために登録できる名称やロゴということになります。
これら二つと比較して、法的にアウトかどうかの判断がより難しくなるのが、③著作権法と④不正競争防止法に基づく保護の構造です。
「著作権法は、芸術作品などを保護するのが目的の法律。商標権と異なり、登録しなくても権利が発生します。しかし、著作物として認められるためには、表現されたものそのものに『著作物性』、より噛み砕いていうと、芸術性・創作性が要件となります。逆に言うと、表現物の根底にあるアイデアは保護の対象にはならないのです。
例えばわかりやすい例として、1982年にコピーライターの糸井重里氏が考案した、西武百貨店の「おいしい生活」というコピーがありますが、これは著作権としては保護されません。短すぎる言葉に排他的な権利を与えてしまうと、例えば小説でまったく違う文脈で登場したときにその小説を出版できないといった事態も起こり得てしまうからです。このコピーは、当時の文化や時代の空気感を端的に表現しており、根底に流れるアイデアも秀逸ですが、表現として短すぎるために著作物とはみなされず、著作権法の保護を受けることはできないのです。
この観点から、日本酒のネーミングそのものに著作権を主張することは難しいと言えます。ただし、名称にロゴやラベルなどのデザインを組み合わせることで著作物として主張できるケースはありえます」
さらに、著作権侵害を証明するには、実質的同一性とアクセス要件の二つの条件が必要です。
「著作権の侵害とは、相手が作ったものが、自分の作ったものと表現物として実質的に同一であることが必要です。なので、同じ形をしたラベルでも、そこに描かれている内容が違えば侵害とは判断されづらい。さらに、相手が自分の作品にアクセスし、それを参考としたことも要件となります。『同じようなデザインを作ったけれど、私はその作品を知らなかった。偶然似てしまっただけだ』ということを相手が立証できるなら、著作権法の侵害にはならないのです」
一方、不正競争防止法違反の有無は、商標法、著作権法などとはまったく異なる観点から判断されます。
「不正競争防止法でポイントとなるのは、『消費者に誤認させたかどうか』ということ。二つの商品を見た消費者が、どちらも同じ企業の商品だと誤解してしまうならアウトです。
とはいえ、元の商品に周知性があるかどうかも要件になります。その商品が、消費者にとっていかに有名であるかということですね。元の商品に周知性があり、問題の商品に誤認混同性があれば、『似たようなものを作って、消費者を騙し、利益を得ようとした』という判断になります」
根拠法 | 概要 |
---|---|
意匠法 | 産業用デザインを守る権利。日本酒の場合、オリジナルの瓶やキャップなどが該当。 |
商標法 | 商品名やロゴ、またはその組み合わせなどを商標登録することで権利が付与される。 |
著作権法 | ラベルのデザインなどを保護。元のデザインに芸術性・創作性があり、模倣者が元デザインにアクセスした証拠が必要となる。 |
不正競争防止法 | 消費者の誤認を引き起こした場合に適用。元の商品の知名度が高いことが要件となる。 |
自社商品を守るにはどうすればよいのか?
せっかく手間をかけて開発した商品が真似されてしまうのは歯がゆいことですし、コストをかけてオリジナリティを追求した人が損を見るようでは、業界全体のビジネスへの士気を下げることになりかねません。自社商品を模倣から守るためには、どのような対策を取ることができるのでしょうか。
「本気で守りたいなら、ある程度のお金をかける覚悟を持つこと」と渡邊先生。先に挙げた商標登録は、できる限りおこなうのが望ましいといいます。
また、自社商品が模倣されてしまい、いざ訴訟を起こすとき、係争で望む結果を勝ち取るには、原告代理人となる弁護士の腕が勝負となります。
「例えば、不正競争防止法で訴える場合は、消費者にとって元の商品がどれだけ似ているかが重要になりますが、この『消費者』をどのように定義するかは、原告代理人の判断によります。例えば、日本中の誰もが知っているのか、日本酒業界でそれなりに知られている程度なのかでは周知性が大きく異なりますよね。
また、このようなケースでは、誤認混同性を証明するために、マーケティング会社を使って街頭調査をおこなうこともあります。街頭で両方のパッケージを見せて、例えば100人中90人が同じ企業の商品だと誤解してしまうなら、不正競争防止法違反を証明する大きな証拠となります」
渡邊先生は、同質的行動が多くおこなわれてきた日本において、“パクリ疑惑”が厳しく取り沙汰されるようになったのは比較的最近のことだと指摘します。
「以前は、日本の多くの企業が『そういうものだ』と捉えていましたし、『やられたら次やり返せばいい』というカルチャーがありました。一回批判してしまうと、自分が同じことをできなくなってしまうという考えもあったのだと思います。
近年、こうした問題がよりシビアに捉えられるようになったのは、グローバル化を受けてのことでしょう。日本企業が存続するためにグローバル市場に参入することは不可欠ですし、いつまでも日本的な感覚で経営することはできないと考える経営者は増えているのではないでしょうか。実際、従来であれば考えにくいような訴訟が、日本企業間でも起こるようになってきています」
炎上リスク:法律以外で起こりうる問題
デザインやコンセプトの模倣被害を法的に立証するには、一定の要件が求められることがわかりました。
しかし、法律に違反している・いないにかかわらず、昨今は模倣という行為自体が大きな損失につながることもあります。
上記でも引用した藤本貴之『だからデザイナーは炎上する』では、2020年東京オリンピックのエンブレム盗作疑惑騒動を例に、近年のパクリ行為は、法的問題のほかに、手続き的問題と倫理的問題を引き起こしうると論じています。
手続き的問題とは、他者のデザインを使用する場合に、許諾を得たり、利用料を支払ったりといった正規の手続きをおこなわないこと。そして、倫理的問題とは、「プロのデザイナーとしてプライドはないのか?」といった道義的な批判が起こる、いわば“炎上”のことです。
五輪エンブレム騒動は、法的にどのような問題があるのかという側面よりも、インターネット上で摘発され、批判がさらなる批判を呼び、社会的に大きなイメージダウンを引き起こすという結果を招きました。藤本氏は、悪意の有無などにかかわらず、インターネットによって似ているデザインを見つけることは容易になっており、デザイナーはその点について警戒しなければならないと説いています。
インターネット時代の制作活動で注意すべきは、いかに些細なモノ・コトであっても、あるいは、これまでの常識では絶対に指摘されないようなモノ・コトであっても、高い確率でそれを見つける他者はいる、という現実を自覚することだ。時には世界中の何億という目があなたのデザインを観察する。これからは、そういう状況を前提においてのデザインが求められるといっても過言ではない
商標権、著作権、不正競争防止法などの観点から問題がなく、係争に勝訴したとしても、「あの会社はA社をパクって儲けている」といったイメージダウンへつながり、消費者から忌避されるということは大いにあり得ます。そうした社会的制裁は、デジタルタトゥー(将来にわたってネガティブな情報が残り続けてしまうこと)として、自社に長期的な不利益をもたらすこともありえるのです。
まとめ
グローバル化や情報流通の発達によって、日本のパクリ問題は転換期を迎えています。そうした意味で、いま、日本酒もまた、これまで以上にデザインの独自性に気を遣い、コストを投じるべき時代を迎えているといえるのではないでしょうか。
グローバルな舞台で闘う日本酒企業は、デザインをはじめとしたクリエイティブをどのように考えているのでしょうか? 次回はラグジュアリー日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を運営する株式会社Clear代表・生駒龍史さんにお話をうかがいます。
【連載:日本酒デザインの模倣を考える 】
前編:他社をマネするのはいけないことなのか?
後編:SAKE HUNDREDに見るクリエイティブの真髄
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