月桂冠グループから地酒蔵へ。京都産の原料に特化して再出発を切る - 京都府・松山酒造

2023.06

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月桂冠グループから地酒蔵へ。京都産の原料に特化して再出発を切る - 京都府・松山酒造

山本 浩司(空太郎)  |  酒蔵情報

月桂冠グループで日本酒を造っていた松山酒造(京都市伏見区)が、一年半の休造を経て、この春、再スタートを切りました。規模を縮小し、特定名称酒に特化した地酒蔵へと変身を遂げています。醸造を担う製造責任者は、月桂冠で全国新酒鑑評会金賞を8回も獲得した実力派の高垣幸男さん。京都産の米、麹菌、酵母で正真正銘の京都地酒を育てようと挑戦を始めた松山酒造の現況を探りました。

休造から復活へ。元月桂冠・高垣氏が活躍

松山酒造は1923年に三重県名張市で創業。1958年に月桂冠グループの傘下に入り、翌年に醸造所を京都市伏見区に移し、1967年から現在の場所に移転しました。1990年頃までは、但馬や越前などから杜氏たちがやってきて冬場に酒造りをおこない、以降は月桂冠社員とシニアスタッフが中心となって、月桂冠に未納税移出する普通酒を造っていました。

一時は5000石を造っていましたが、近年は年々醸造量を減らし、設備の老朽化やコロナ禍による需要の落ち込みなどもあって、2020BY(醸造年度)を最後に酒造りを休止しました。会社存続のための方策を検討する中で、酒造りを完全に止めることも有力な選択肢として浮上したといいます。しかし、蔵の歴史と伝統を引き継ぎ、酒蔵ツーリズムも視野に入れて存続する方針に傾いたとき、その再建案を委ねられたのが、月桂冠大手二号蔵の製造責任者だった高垣さんでした。

高垣さんは、1966年生まれの56歳。微生物の世界が好きで、大学卒業後に月桂冠へ入社しました。いろいろな現場を巡り、米国月桂冠への勤務を経て、再び伏見に戻ってきたのが2006年のこと。その5年後、2011BYに月桂冠内蔵から出品したお酒は、全国新酒鑑評会で金賞を初受賞します。翌年は月桂冠大手一号蔵に移って再び金賞を獲得。一号蔵に勤めた7年間で6回の金賞に輝きました。

さらに月桂冠大手二号蔵に移ってからも1回金賞を獲得して、金賞獲得数は合計8回に。月桂冠は最盛期には7蔵から出品し、多くの金賞を獲得していますが、3つの蔵で金賞を獲得したのは高垣さん含めて二人だけです。

そんな高垣さんが再建案の責任者に選ばれたのは、松山酒造を高級酒に特化した蔵として再生するにあたって、経営陣の切実な思いがあってこそ。その話を聞かされた高垣さんは、「定年まであと数年。酒造り人生の総仕上げとして悪くないチャンス。大手の月桂冠ではできなかったことに自身で挑戦し、新しいブランドを育てたい」との気持ちを固め、青写真づくりに取り組み始めました。

京都にこだわりぬいた地酒で生き残りへ

「大手の月桂冠ではできないこと」となれば、やはり、規模は小さくとも特定名称酒に特化した、小回りの利く酒造りです。高垣さんは、国内だけでなく海外でも認められる付加価値の高い京都の地酒を造る蔵を目指そうと考えます。

「京都市内の居酒屋に並ぶ地酒は近年、周囲の奈良や和歌山、滋賀などが増えていて、京都の酒は押され気味です。それは、京都にこだわりぬいた地酒が少ないことも理由の一つだと思っています。そこで、松山酒造では、原料に京都産の酒造好適米、京都生まれの酵母と種もやし(麹菌)のみを用いることにしました」

10年計画で600石規模の地酒蔵として軌道に乗せることを目標に、計画を2021年秋までに取りまとめた結果、暮れには経営陣からゴーサインが出ました。

2022年に入ってからは、いよいよ本格的な準備に取り掛かります。もともと5000石を造っていただけに、建物の内部は広すぎるので、当面は蔵の一部だけを使うことにして、巨大な仕込みタンクなど不要な機械や設備は次々と撤去しました。

洗米はMJP式洗米機を使い、10キロ単位で洗います。麹造りは、ステンレス製の真新しい麹室を新設し、10キロ盛りの箱麹を採用。仕込みタンクは2100リットルサイズのものを4本並べ、総米600キロと、精緻に醪を管理できる体制にしました。搾り機はもちろん、冷蔵設備の中に据えています。

蔵の中は、国の酒蔵ツーリズムに関連する補助金を使い、ガラス窓を通して麹室や原料処理場が見れるように設計しました。瓶詰め後はすみやかに瓶燗火入れをして、冷蔵庫に保管する流れになっています。

酒造りが始まったのは2023年1月。使う酒米は京都府産の「祝」です。京都市東山区に本社のある菱六もやしの麹菌を使い、酵母には京都市産業技術研究所が開発した5種類の酵母のうち、「京の琴」を採用しました。

「いずれも月桂冠時代に使ったことがありますが、この組み合わせで酒を造ることは初めてです。このため、原料処理から麹造り、醪管理、搾りまで、仕込みごとに微妙に調整を加えて、ベストな方法を探りながらの酒造りになりました。京の琴は香りのバランスが優れている酵母です。

一年半の休造明けとあって、機械のトラブルなども起きて、あたふたする場面もありました。1本目の仕込みの搾りは3月初旬。結果は狙った酒質になりましたが、やはり、改善点は残りました。クリア感を出せたものの、気持ち渋味が強くなってしまったんです。麹造りに修正の余地があると感じています」(高垣さん)

京都の水運で活躍した十石舟にちなみ「十石」に

3月中旬、伏見地区の酒蔵が足並みを揃えて実施する蔵開きで、搾ったお酒のお披露目をしました。銘柄名は「十石(じっこく)」。京都市街への玄関口として長年栄えた伏見で、河川での交通や運送を担った船舶の中で最も小さな部類である「十石舟」から命名し、ラベルデザインも十石の口の部分に舟をモチーフにしています。

酒の味わいについて、高垣さんは「活性炭を使わずに、醪の香りも旨みもそのまま残しています。それでも、派手でなく、香りを控えめにすることで、食事を邪魔することなく、ひと晩のうちに、最初から最後まで違和感なく飲みきれる酒を目指しています」と話してくれました。

月桂冠のような大手の酒造メーカーから小さな地酒蔵の製造責任者に移るにあたっては、どのような苦労があるのでしょうか。

「ほんのわずかな仕込みから始めるので、蔵としての採算もあって、営業担当者や取締役に一部を手伝ってもらいますが、基本は私1人で酒造りができる体制で始めています。改めて驚いたのは、小さな蔵は雑用が多くて大変だということです。酒造りに使った布などを洗うのも私ですし、各種帳簿をつける仕事もある。瓶燗作業も思った以上にしんどい力仕事で、地酒蔵の蔵元さんの苦労をしみじみと感じました」

インタビューにお邪魔した際も、途中で荷物が届くと、高垣さんは「しばし、お待ち下さい」と断って、自らフォークリフトを運転して、蔵への搬入に走り回っていました。

今季、造ったお酒は50石(一升瓶換算5000本)に過ぎませんが、評判は上々で、まずまずのスタートを切っています。来季(2023BY)は9月から麹造りを始めて、来春までに100石を目標に造ります。

月桂冠は60歳が定年で、65歳までシニア雇用の制度があります。高垣さんは、「それまでに十石のブランドを確立して、月桂冠グループの中でも異彩を放つ存在にしたい。同時に後任を育ててバトンをきっちりと渡したいと思っています」と、意気込みを語ってくれました。

酒蔵情報

松山酒造株式会社
住所:京都市伏見区東堺町472番地
電話番号:075-601-2528
創業:1923年
社長:秦洋二
製造責任者(杜氏):高垣幸男
Webサイト: https://www.matsuyamasake-kyoto.com/

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