「ユネスコ無形文化遺産」への登録を目指す日本酒 -制度を出発点とした考察 - (2/2)

記事の前半では、無形文化遺産の制度と、ベルギーのビール文化など世界の「酒類」に関係する登録事例を概観してきました。 後半では、日本から先に登録された「和食」の事例を概観した上で、前後半を含むまとめの考察を行います。

無形文化遺産「和食」に見る登録にあたって重要な観点

「和食;日本人の伝統的な食文化」(日本、2013年登録)の概要

和食はその伝統的な食文化が2013年に文化遺産として登録されている

世界無形遺産としての「和食」の内容について、農林水産省は『「自然を尊ぶ」という日本人の気質に基づいた「食」に関する「習わし」』と解説しています。つまり、その対象は「食文化」であり、特定の食材・料理・調理法などを指すものではありません。

そして、「和食」の文化的特徴として、次の4点が示されています。

(1)多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
日本の国土は南北に長く、海、山、里と表情豊かな自然が広がっているため、各地で地域に根差した多様な食材が用いられています。また、素材の味わいを活かす調理技術・調理道具が発達しています。
(2)健康的な食生活を支える栄養バランス
一汁三菜を基本とする日本の食事スタイルは理想的な栄養バランスと言われています。また、「うま味」を上手に使うことによって動物性油脂の少ない食生活を実現しており、日本人の長寿や肥満防止に役立っています。
(3)自然の美しさや季節の移ろいの表現
食事の場で、自然の美しさや四季の移ろいを表現することも特徴のひとつです。季節の花や葉などで料理を飾りつけたり、季節に合った調度品や器を利用したりして、季節感を楽しみます。
(4)正月などの年中行事との密接な関わり
日本の食文化は、年中行事と密接に関わって育まれてきました。自然の恵みである「食」を分け合い、食の時間を共にすることで、家族や地域の絆を深めてきました。
出典:農林水産省ホームページ
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/

「日本酒」は言うまでもなく「和食」と関わりが深く、上記のなかに参考となる視点が多くあります。例えば、(1)に見られる「多様性」や「地域性」、(3)に見られる「季節感」、(4)に見られる「年中行事との関わり」などは、双方に共通する特徴と言えるかもしれません。

「和食」の登録後の状況 –世界での関心が高まる一方、国内次世代への継承に課題

「和食」の登録から5年を経た2018年に、農林水産省は以下のような統計データに基づき、『ユネスコ無形文化遺産登録後、和食には世界から高い注目が寄せられています。』と総括 しています。

(1)海外における日本食レストラン数の増加
海外における日本食レストラン数は、約5.5万店(2013年)から11.8万店(2017年)へと2倍に増加。
【5.5万店(2013年) → 約8.9万店(2015年) → 約11.8万店(2017年)】
(2)農林水産物・食品の輸出額の増加
農林水産物・食品の輸出額は、約5,505億円(2013年)から8,071億円へと1.5倍に増加。
【5,505億円(2013年) → 7,451億円(2015年) → 8,071億円(2017年)】
(3)訪日外国人旅行者数、旅行消費額の増加
訪日外国人旅行者数は、1,036万人(2013年)から2,869万人(2017年)へと3倍に増加。
【1,036万人(2013年) → 1,974万人(2015年) → 2,869万人(2017年)】
訪日外国人旅行者の旅行消費額は、1兆4,167億円(2013年)から4兆4,161億円(2017年)へと3倍に増加。
(以下省略)
出典:農林水産省ホームページ
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/wasyoku_unesco5/unesco5.html

その一方で、国内の現状について、『和食文化には(中略)「手間がかかる、面倒」というイメージから、その料理や作法をどのように次世代に継承していくかが重要となっています。』と問題を提起 しています。

仮に「日本酒を取り巻く文化や製造技術」が無形文化遺産に登録されれば、「和食」と同様の「対外的な効果」(輸出拡大など)が期待されます。 その一方で、国内に目を向けると、消費量や酒蔵の数が中長期的に減少しているなど、「和食」と同様に、「次世代への継承」が既に大きな課題となっている と言えます。

酒蔵の数が減少し続けるなか、「次世代への継承」には大きな課題がある

記事の前半で述べたように、無形文化遺産においては、その担い手であるコミュニティの「アイデンティティ」と「継続性の意識」が重視されます。つまり、「日本酒を取り巻く文化や製造技術」が登録されるためには、「日本酒が日本人及び各地域の人々にとって重要なアイデンティティとなっており、かつ、伝統の一部であると認識されているかどうか」が問われます。 このような中で、「日本酒を取り巻く文化や製造技術」登録に向けて説得力を持つロジックを打ち立てるためには、国内における再認識を促し、世論を盛り上げていく努力も重要 となってくると考えられます。

「和食」に見る「人権」「コミュニティとの関わり」「持続可能な開発」の視点

無形文化遺産の登録においては、遺産そのものが持つ価値に加えて、それを取り巻く「人権」「コミュニティとの関わり」「持続可能な開発」といった視点も重視されます。 では、「和食」の提案書にどのように記載されているか、見てみましょう。

(ⅴ)既存の人権に関する国際的な文書、コミュニティ、集団及び個人間の相互尊重または持続可能な開発に関する要請に適合しない部分があるか(250語以内)
人権に関する国際的な文書、コミュニティ、集団及び個人間の相互尊重または持続可能な開発に関する要請に適合しないものはない。
要素の一部である日本酒などのアルコール飲料をしばしば含め食事を共にすることにより、要素は性別や文化的違い、世代を超えて相互尊重の精神のもと対話を促進する。
「自然の尊重」という要素の精神は天然資源の持続可能な利用を促進するものである。例えば、腐敗防止のための干物や漬物のような保存技術が食材を最大限に利用するために発達したりしている。このような様々な食材の価値を最大化し多用途に用いる方策は、要素の中でよく使われる「もったいない」という言葉でも表され、資源の最大有効活用を促進することによって持続可能な社会に貢献する。また、地元の食材を利用することは、食材の運搬に伴う二酸化炭素の排出(フードマイレージ)をより少なくする。このように、要素は地球温暖化の防止につながるものである。
上記のように、当該要素はコミュニティ、集団、個人間の相互尊重、持続可能な開発の一部としての持続可能な社会の構築に貢献するものである。
出典:「無形文化遺産の代表的な一覧表への記載についての提案書(文化庁仮訳)」

二つ目のセンテンスで、「和食とコミュニティとの関わり」について、「日本酒などのアルコール飲料」が「対話を促進する」と記載されている ことは興味深いですね。また、三つ目のセンテンスでは、「和食」の基調となる「自然の尊重」という精神と、それに基づく食品保存技術、多用途利用、地元食材利用などの取組が、資源の有効利用や地球温暖化防止などに貢献することが強調されています。

これらの「コミュニティとの関わり」や「持続可能な開発」の視点は、前半で紹介したアルコール類の先行事例でも強調され、かつ高く評価されていた部分です。 そして、無形文化遺産にとどまらず、今後、世界的にますます関心が高まり、重視されていく視点でもあると考えられます。

「日本酒を取り巻く文化や製造技術」における「コミュニティとの関わり」の具体例としては、「冠婚葬祭との関わり(三々九度、鏡開きなど)」などが考えららえます。また、「持続可能な開発」の具体例としては、古くから行われてきた「酒粕の利用」や、酒米の生産を通じた「農地・農村の環境保全」などが考えられます。

酒米の生産は農地・農村の環境保全に繋がる

無形文化遺産と「ビジネス」との関わり

前半記事の冒頭に記載した通り、「日本酒を取り巻く文化や製造技術」の無形文化遺産への登録を目指そうという動きは、「日本酒の輸出拡大」というビジネス上の要請を出発点としています。 その一方で、無形文化遺産の目的は「保護」であり、一見すると「ビジネス」と矛盾するように感じる方も多いでしょう。

実は、無形文化遺産条約の本文や、詳細を定めた「運用指示書」では、商業利用は明確には禁じられていません。 なぜならば、無形文化遺産は「生きた遺産」であり、人間の様々な営み(ビジネスもその一つ)を通じて継承されるものだからです。 但し、運用指示書では度々「商業的乱用を回避すべき」と記載されており、実際にこの観点から警告が発せられたケースがあります。 その一つである、「フランスの美食術」登録直後の事例をご紹介しましょう。

フランスへのヒアリング結果
5.ユネスコが禁止している過度な商業化への対応について
登録後6か月くらい、メディアや店が舞い上がった時期があった。店の広告や販促POPで、ユネスコの言う「過度の商業化を禁じる」という定義にそぐわない活動が行われ、ユネスコからは「このままでは登録を抹消する。」ということを言われたが、少しずつ何をしてはいけないか分かり始め、今では落ち着いている。
出典:「平成26年度日本の食魅力再発見・利用促進事業委託事業(「和食」の保護・継承環境整備事業)フランス・スペイン現地調査結果の報告」

まとめ

これまで二回にわたり、ユネスコ「無形文化遺産」の制度を出発点として、それに関連する事例も参照しながら、「日本酒を取り巻く文化や製造技術」の登録を目指す意義、そして実現に向けた課題について概観してきました。 最後に、特に重要と考えられる事項を復習しておきます。

  • 登録の対象は「日本酒」そのものではなく、「日本酒を取り巻く文化や製造技術」となる。
  • 提案内容に説得力を持たせるためには、改めて「日本酒を取り巻く文化や製造技術」の内容を問い直すとともに、国内における再認識を促し、世論を盛り上げていく努力も重要。
  • 遺産の審査において求められる、「人権」「コミュニティとの関わり」「持続可能な開発」などの視点への対応も重要。
  • 登録によって輸出拡大などの「ビジネス」への大きな効果が期待されるが、それは制度の本質ではなく、かつ「商業的乱用の回避」が要求されていることに注意。

このように、「日本酒を取り巻く文化や製造技術」の無形文化遺産登録を実現するためには、条約の理念と内容を十分に理解した上で、国際的な視点から自らの価値を見つめなおし、さらに磨き上げることが求められます。

そして、そのことは結果的に、「日本酒が持つ価値の再認識、そして向上」に大きく寄与する可能性を秘めています。つまり、無形文化遺産への登録は「ゴール」ではなく、より大きな果実を得るための「ステップ」となりえる と言えます。

登録への道のりは容易とは言えませんが、この動きが、日本酒に関わるあらゆる人々の将来を、良い方向へと導くことを願います。

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