「命を繋いでいく」橋渡しの一役を担いたい - 根津 日本酒 多田

蒸し香箱蟹と香箱蟹の塩辛、蟹出汁で炊いたユリ根

日本酒の良さは、おいしいこと。

だけど、もう一歩踏み込んで「どんな人がつくっているのか」「どんな場所でつくられているのか」「どんな想いが込められているのか」を知れば、さらに日本酒を好きになります。

私たちと日本酒、地域の特色、造り手、農家――人と人とを繋ぎ、楽しみ方を教えてくれる、各地の「名店」をご紹介していきます。今回は、東京の下町…のなかでもいまだに昭和レトロな街並みを残す、根津にある 『根津 日本酒 多田』 を訪れます。

常連も一見もみな平等で、誰もが安心できる場所づくり

麹とトマトのガスパチョ本鱒と冬瓜、パッションフルーツ

オープンから丸4年を迎えた 『根津 日本酒 多田』のコンセプトは、「食事をとおして感じる日本風土の豊かさ」 です。そのため定番メニューはほとんどなく、その時々の旬を使った料理が“おまかせコース”で提供されます。料理の基本は和食。時にフレンチをはじめとする独自アレンジを加えるのが、“多田流”。オーナーの多田さんは、料理に込めた想いを、淡々と語ります。

多田さん「魚や肉や野菜の“命をいただいている”という実感を持ってもらいたいから食材にも旬にもこだわります。野性味あふれるジビエもできるだけ取り入れて。素材を生かした状態で、舌にも目にもよりおいしく、を心がけています。日本の風土は作り手から僕らへ。そしてお客様へと伝わる。 日本酒にしても同じです。」

―― “命をいただく”。オープン当初からまったく変わらない姿勢ですね。感謝をもって、おいしく味わって、それが私たちの細胞として再び生きるわけですね。

多田さん「なにも変わりません。進化はするけど、信念の部分はこれからも変わらないと思います。」

―― ほかにも普段から心がけていることはありますか?

多田さん「どんな気分で立ち寄ったとしても、楽しい気持ちで帰って欲しいと思っています。そのためにも、常連さんにだけ特別扱いして、ずっと話すようなことはしない。それをやっちゃうと、一見さんの居場所がなくなります。お客様は友だちじゃないので、店が終わってから一緒に飲みにいったりもしない。すべてのお客様に幸せになってもらうことが店の目的 だから、距離感を保ちながら、店側のエゴを押し付けないよう気を付けています。」

洋酒から和酒へ。元ホテルマンに転向を決意させた日本酒の魅力

多田 修平さん(オーナーシェフ)
多田 修平さん(オーナーシェフ)
1984年生まれ。東京出身。ワイン、ウイスキーなどのお酒に興味を持ちバーテンダーを志す。ホテルマンである父の背中を見て育ったため、ホテルバーのバーテンダーを目指しホテル入社したが、仕事帰りに寄っていた焼鳥屋で飲んだ日本酒に興味を持ち、飲食店の独立開業を決意。2015年10月同店をオープンさせた。北千住にある「日本酒宿七色」(焼鳥屋の後身)等で和食の修業はしたが、独特のフュージョン料理ともいえる無国籍アレンジは、担当していたホテル内レストランで「いいな」と思った料理を、自宅で再現してみていた趣味の経験が活きている。現在では、ホテルマン時代に同僚として知り合い結婚した、妻の章子(あきこ)さん(写真右)とともに私たちをあたたかく迎えて入れてくれる。

思い入れのある日本酒

『天明』『不老泉』『三千櫻』

同店の定番は、『天明』『不老泉』『三千櫻』と3蔵のお酒。種類を増やすよりも、じっくりと付き合い続けていきたい酒蔵に絞って、蔵のストーリーとともに提供しています。

多田さんどれも自分の料理に合うものです。 『天明』 は、徹底した衛生環境でつくられた飲み口きれいで透明感ある味わいの酒。『不老泉』 は、迫力がありながらも柔らかい。平盃でじっくりと、口の中で転がしながらゆっくり楽しんで欲しい酒。『三千櫻』 は生原酒と火入れ、米によっても印象が違う面白い酒。」

器は100ある要素のうちのたった1。それよりも大切なのはおもてなし

――お酒はどうやってお勧めしますか?

多田さん「まずはひとつ飲んでもらって。「どうですか?」とは聞かずに、飲んだときのリアクションを見て、次のお酒を決めます。人それぞれ口の大きさや、角度が違うから味わいの感じ方は違います。」

――日本酒専門店ではないので、日本酒を選ばないお客様もいると思いますが?

多田さん「場を楽しむための、ひとつの要素だと思っているので、強要しません。ただ、蔵のある地域の話や、「若手杜氏なんですよ」とか、蔵と僕との関係性などを聞いて“ちょっと飲んでみようかな”となることもあります。どこに興味を持つかはそれぞれだから、反応を見ながら、その人に合わせてお話します。」

――酒器にこだわりはありますか?

多田さん「基本的に、冷酒も燗酒も平盃がベース。各地で気に入った焼き物を揃えたり、酒との相性を考えたりもするけど、器の形状は味が変わる100ある要素のたった1でしかない。お酒は分析するものでなく、感じるものです。それよりも、なんの銘柄か?誰と飲むのか?楽しいのか、悲しいのか、っていう心持ちで味わいが変わる から、僕たちができるだけ会話をして、その人の動作や表情をみて、なにがその人にとって心地良いのか、を考えながら提供します。」

「飲食の選択は、その人の人生の意思表示そのものです。」

以前会ったとき、多田さんが言った「なにを食べてなにを飲むかという選択は、その人の人生の意思表示そのものです。僕たちが正しく選択していかないと、次世代には自然のおいしいものが無くなっているかもしれないんです。」という言葉がいまだに忘れられません。そのままの言葉で伝えるのではなく、料理や接客態度をとおして、店で体現するのが料理人である彼のやり方です。

日本酒愛好家から初心者まで、あるいは仕事疲れを癒しに来るひとり客から接待まで。ゆっくりと食事とお酒を楽しみたい、という老若男女に愛される同店。同じ人でも日によって気分が違いますが、その時々の感覚やテンポに合わせて、心地よい食事の場を提供してくれる名店です。おいしい料理に癒され、ほっと一息ついて、夫婦の素朴な接客と微笑みに心洗われ、帰る頃にはほわっと心に灯がともるように温まっているでしょう。ぜひ一度訪れてみてください。

店舗情報

根津 日本酒 多田(ねづ にほんしゅ ただ)
住所:東京都文京区根津2-15-12 木村ビル1F
電話番号:03-5809-0134
他の予約方法:Gmail(yehuhs@gmail.com) Line(ttp://nav.cx/5vrRryu)
営業時間:[火~金]18:00〜23:00[土・日]15:30〜21:00
定休日:月曜、その他不定(直接店舗にご確認ください)
予算:料理はおまかせのみ、6000円、8000円、10000円、15000円〜
※15000円以上のコースは前日までの予約

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