2019.10
05
熟成古酒に見出した未知数のおもしろさ − 福井県・南部酒造場「花垣」
「花垣」を造る南部酒造場は、福井県の大野市に蔵を構えます。"北陸の小京都"として知られる大野は、400年以上続く城下町。路上に農産物や加工食品などが並ぶ青空直売市「七軒朝市」なども大野の風物詩として有名です。
また、名水百選にも選ばれるほど、水の美味しい地域としても知られています。大野は、霊峰白山から連なる山々に囲まれ、ミネラルを豊富に含んだ良質の湧き水が街のいたるところで湧き出しています。このまろやかな水を花垣では"山の出汁"と呼び、酒造りにかかせないものとして重宝しています。
南部酒造場で造る熟成古酒は、全体の1割ほど。純米酒に力を入れるなかで、フレッシュなものから寝かせたものまでさまざまな味わいを楽しんでもらうため、約20年前から古酒造りをはじめたそうです。
今回は、FBOアカデミーで開催されたセミナー「熟成古酒の魅力に迫る! VOL.6」に参加し、南部酒造場代表取締役社長、南部隆保さんから、熟成古酒の魅力についてお話を伺いました。
熟成古酒づくりをスタートしたきっかけとは?
熟成古酒をはじめるきっかけについて、「10〜20年経った酒を蔵の中で見つけて飲んでみたところ、びっくりするほど美味しかったんです。それまでは、単に売れ残って古くなったお酒が熟成古酒だと思っていましたが、その認識が一変し、目的をもって酒を育て熟成させてみたいと考えるようになりました」と南部さんは語ります。
しかし、これまで本格的に取り組んだ経験がなかったため、どんなお酒がどのように育っていくのか全くの未知数。他社のお酒を利き酒したり、さまざまなタイプのお酒を貯蔵したり、熟成古酒造りの研究をはじめたのだそうです。
南部さん「100年ものの日本酒を利き酒させてもらったことがあります。もとの酒、熟成の温度や環境、いろんな要素で味わいが変化していく未知数の面白さを感じ、そこに熟成酒の価値があると考えました」
暴れん坊だった酒が化けるのがおもしろさ
熟成酒、古酒にさまざまな貯蔵方法があるなかで、まず最初に南部さんが選んだのは、冷蔵庫での熟成でした。
南部さん「貯蔵といっても、当社は近くにトンネルや炭鉱など、貯蔵に適したスペースがありませんでした。どうしようかと考えた末、最初の何年かは冷蔵庫に入れて貯蔵しました。ところが、冷蔵庫に入れるとぜんぜん変化せず、面白みがなかったんです。低温で寝かせるのは、安定していいのではと思っていましたが、狙いどおりに日本酒の花が開いてこない。もっとお酒を化けさせたいと思ったんです」
「化ける」とは、お酒が大きく変化すること。一般的には、糖とアミノ酸などが多いと風味の変化が大きいと言われています。
南部さん「ある年、酸が多くでてしまい、吟醸酒として販売できないタンクがあったんです。数年おいていたところ、予想に反してすごくおもしろいお酒になった。暴れん坊でどうしようもなかった子どもが、大人に成長して丸くなったようなものです。無難な酒よりも力強い個性をもった酒ほど、大きく変化していくことがわかりました。全てではありませんが、絞ったときの評価が低いものほど、後で評価が高くなるという事が多いです。大きく化けて、酒が変化したりすることに、熟成酒の面白みがあるんだと気づきました」
今も、さまざまなタイプのお酒を寝かせて研究している段階だそうですが、貯蔵方法は、福井県大野市の自然の環境で育てるところに重きをおいて、土蔵造りの蔵で常温貯蔵させているそうです。
古酒のテイスティングを楽しむ
セミナーでは、南部酒造場が造る熟成古酒のテイスティングも体験できました。
精米歩合60%の新酒「花垣 純米生酒」は、フレッシュ感とすっきりとした透明感、ふくよかな味わいもあります。南部酒造では、純米酒を絞ってから少し低温で生熟成をさせてから出しているため、生酒でもなめらかさや柔らかさがあるのだそうです。
精米歩合45%の大吟醸を10年寝かせた「花垣 年譜大吟醸十年古酒」は、10年経っても吟醸香が残り、シャープな酸味もしっかりと広がります。一方、5年寝かせた純米酒「花垣 年譜純米五年古酒」は、色も琥珀色に近く変化が大きいようです。熟成香があり、米の旨味がまるみやなめらかさが感じられる味わいです。
しっかりとした琥珀色で少しオリが見られる「花垣 秘蔵熟成古酒 全麹19年貯蔵」は、カラメルのような甘みや干ししいたけのような複雑でしっかりとした熟成香があります。全麹とは、麹だけで作ったアミノ酸の強い濃厚なお酒なので、変化も大きいようです。甘みや角のとれた酸味もありました。
ほかにも、お酒の仕込みにお酒を使った濃厚な貴醸酒の1、3、7年を飲み比べました。色を見てもわかりやすいはっきりとした変化があり、甘みが年を経て変化していく様子が感じられました。南部さんのおすすめは貴醸酒の7年モノ。「10年までいくと、お醤油のような調味料風に変化します。個人的には7年くらいがちょうどいい飲み頃。ぬる燗にしても美味しいですよ」
セミナーでは、古酒と食べものとの相性も検証。鯖の味噌煮、へしこ、豚の角煮など、一般的に、古酒に合うと言われているコクのある味の濃い料理を中心に、それぞれのお酒と共に食べ合わせをしました。なかでも、鯖の味噌煮と「花垣 秘蔵熟成古酒 全麹19年貯蔵」が印象的でした。全麹の濃厚な甘みや酸味がまろやかなソースのように合わさり、鯖味噌にまろやかな甘みが加わって美味しく感じられました。
時間の重要性や貴重さを感じるのが魅力
大野市では、冬は雪が1〜2m積もりマイナスの気温になり、夏は盆地なので平均30度くらいまで気温があがるのだとか。そのため、南部酒造場の蔵内の気温は、季節によって0度〜25度くらいまで幅があります。「お酒は四季を感じながら成長していきます。大野生まれ大野育ちのお酒です」と南部さんは語ります。
また、8月28日から、クラウドファンディングサイト「Makuake」で、「貴醸酒」を自宅で熟成させて楽しむことができるというユニークなプロジェクトも展開しています。 (https://www.makuake.com/project/shusaron02/)
南部さん「このお酒が造られたのは大野なので、大野生まれの酒と言えますが、その後、たとえば、北海道で10年寝かせたものと沖縄で10年寝かせたものでは、育ちがまったく違いますよね。育つ環境が変われば、違う酒になる。それも面白さだと思います」
つまり、自分で熟成させることで、自分だけの特別な1本に育てられるということ。令和元年をはじまりとして、時の経過を楽しむのも粋ですね。冷蔵庫のスペースを気にせずに、自宅で常温保存できるのもうれしいポイントではないでしょうか。
南部さん「時間をかけて成長していくことは、すごく重要な意味合いをもっています。時間は、お金や技術では買えないもの。すぐに10年ものの古酒を造ろうと思ってもできません。『時間の重要性、貴重さ』そこが感じられるのが古酒の魅力ですね」
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