味が変化しづらいお酒とは?品質を守るための日本酒輸出ガイド:製造編

2025.01

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味が変化しづらいお酒とは?品質を守るための日本酒輸出ガイド:製造編

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

日本酒は、時間の変化に加え、輸送や保管の環境によって味わいが大きく変化することがあります。特に、華やかな香りが特徴的な純米大吟醸などのお酒や、加熱殺菌をしていない生酒など、冷蔵保存を必要とするデリケートなお酒には厳密な温度管理が求められます。

冷蔵流通の利便性が高まり、専門性の高い酒販店や飲食店が増えるにしたがって、日本国内で極端に劣化した日本酒に遭遇する機会は減ってきています。しかし、コールドチェーンが日本ほど整っておらず、まだまだ日本酒に対する知識が浸透していない海外諸国では、流通の過程での品質管理が徹底されず、味わいが大きく変化してしまうことは少なくありません。

年々、拡大していく日本酒の海外市場。特集「品質を守るための日本酒輸出ガイド」前編では、コールドチェーンの観点から、輸出先の国・地域を知る重要性や、輸入業者などのパートナーを選ぶ時の心構えなどについて解説しました。

後編では視点を変え、常温での流通に耐えられるお酒について、酒造りの観点から工夫できることを考えていきます。

防ぐべき酒質の変化とは?

酒質の変化が、結果的に評価されることもある

常温での流通を考えるにあたって、まず、防ぐべき「味わいの変化」とはどのようなものなのかを考える必要があります。日本酒は時間の経過によって味わいが多かれ少なかれ変化するものですが、その中にも「これはこれで美味しい」と許容される場合と、「まずくなった」と許容されない場合があるからです。

以前、SAKE Streetでは「あたらしいオフフレーバーのはなし」という特集をおこないました。その最終回に掲載したアメリカの酒販店・飲食店で働く2名の日本酒専門家の話からは、酒蔵が意図しなかった味わいの変化であっても、それが海外現地の消費者に「美味しい」と評価されるケースがあるということがわかります。

日本国内であっても、酒質への深い理解のもと、「酒蔵さんが出荷後すぐに飲んでほしいと思っている生酒を、1年間熟成させてさらに美味しくする」といった調整を加えてる販売者・消費者は存在します。日本酒の変化は造り手が必ずしも把握・コントロールしきれない部分があり、変化した結果として予想外の美味しさが生まれることはあるのです。

それでも許容できない変化とは?

それでは、許容すべきではない変化とはどのようなものでしょうか。筆者自身がアメリカで実際に一人の消費者・販売者として劣化した日本酒と遭遇した経験から考えるに、二つのパターンがあります。

一つ目は、公式の商品説明において解説されている味わいから大きく異なるもの。例えば筆者は、「フルーティで透明感のある味わい」と書かれている純米大吟醸から、たくあんのような漬物臭や雑巾のようなにおいを感じたことが2回あります(両方とも数百ドルする高級品でした)。日本酒への知識がある人にとっては「どう考えても違う」とわかる味わいの変化に現地の人が気づかず、「日本酒は/この銘柄は/純米大吟醸はこういう味わいなんだ」と思わせてしまうことは、日本酒に対する誤解を与え、潜在顧客を失うことにつながります。

二つ目は、造り手である酒蔵が許容できない変化です。酒蔵には、それぞれのブランドを通して表現したい味わいがあります。例えば、輸出先の国を訪れた蔵元が、レストランで自社の日本酒を飲んだ時に、「これはうちの日本酒の理想とする味ではない」と感じたとします。もちろんこの時に、「これは面白い変化だな」と思えるのであれば、改善する必要はないかもしれません。しかし、どれだけ現地のお客さんたちから受け入れられていたとしても、生産者である酒蔵が「この味で流通させたくはない」と思ったのであれば、原因がどこにあるのか追究すべきといえるでしょう。

次の二つの節では、こうした不幸な変化が輸出先で起こってしまわないために、製造時に工夫できるポイントを解説していきます。

原料選びでできる品質対策

近年の研究では、酒質が変化する原因が少しずつ明らかになっており、原料選びに活かすことで海外輸出時にも変質しにくい酒ができることが期待されています。

なお、登場するオフフレーバーについてはこちらの記事で詳しく説明していますので、あわせて参考にしてください。

老香の一因は「酵母」にある

劣化の代表的な香りとして挙げられるのが「老香(ひねか)」です。たくあんのような香りで、ジメチルトリスルフィド(DMTS)という香気成分が主体となって発生しています。

最近の研究で、このDMTSは醪中で酵母が生産した前駆体(ある化学物質が生成される前の段階の物質)が貯蔵中に化学変化して生じることがわかりました。

これを受けて、最新の技術を駆使し、DMTS前駆体の生産が少ない酵母(老香前駆体低生産酵母)が開発されました。現在、日本醸造協会より「きょうかい酵母Ⓡmde-D1」や「きょうかい酵母Ⓡ清酒用Ka8」として販売されています。

酒造りの要、「米」の選び方

老香の発生には、主原料となる米も関与しています。米の主成分はでんぷん(全体の70%以上)ですが、7〜8%ほどのタンパク質やビタミン、脂質なども含まれています。これらの成分は、酵母の働きを過剰に活発化し、雑味の原因になるため、精米によって除去されます。

しかし、もともとタンパク質の割合が高い米や、低精白の米を使用する場合など、タンパク質の残存量が多い米を用いて製造した日本酒を長期間貯蔵すると、DMTSの生成量が高くなることが明らかになっています。

これは、タンパク質に由来する硫黄成分の総量が多いとDMTSの生成ポテンシャルが高くなるためで、タンパク質の少ない酒造好適米を選んだり、高精白の米を使用することで、老香を抑制することができます。

また、タンパク質が少ない米を使うと、アミノ酸の生成が抑制されるため、貯蔵中にお酒が褐色に変化し、熟成香を生み出すメイラード反応も抑えることができます。

「麹菌」でフレッシュな香りを保つ

生酒の貯蔵で生じる「生老ね香(なまひねか)」は生酒を貯蔵する際に発生するナッツのような臭いで、生酒の大きな特徴であるフレッシュな風味を損なってしまいます。一方で、「生熟(なまじゅく)」と呼んで愛好する人も少なくありません。

主要な香気成分はイソバレルアルデヒドで、麹由来の酵素が生成に関わっていることがわかっています。現在、秋田今野商店からイソバレルアルデヒド生成酵素の低い麹菌株を用いた生酒専用IV-2という種麹が販売されています。

「乳酸菌」の抗酸化能の活用

日本酒は空気に触れることで酸化し、老香が発生したり、酸味が強くなるなど、風味が損なわれてしまいます。

酸化の対策として、日本酒に含まれる一部の乳酸菌の抗酸化能が注目されています。特に生酛系酒母で仕込んだ日本酒が、速醸酒母を用いたものに比べて酸化生成物の増加量が少ないことがわかっており、生酛の乳酸菌が酸化劣化の抑制、日本酒の品質保持に寄与していると推測されています。

実際に茨城県産業技術イノベーションセンターの試験においては、生酛系酒母で造られた日本酒は抗酸化作用が高く、温度変化による香味の劣化を感じにくい特性があると報告されています。

最近では劣化しにくい日本酒の開発に向けて、醸造に適した抗酸化能の高い乳酸菌の活用を目指した取り組みがなされています。「真上」を醸す村井醸造との共同研究では、発見された乳酸菌メセンテロイデス19-5株を用いて、劣化しにくい日本酒を開発。できあがった純米酒は実際に製品化されました。

「水」の硬度で劣化を抑える

日本酒の酒質に大きく関わっている原料水も、老香の出やすさに影響を与えます。これまでの研究では、マグネシウムやカルシウムなどのミネラルが多く含まれる中硬水〜硬水の硬度の水を使うことでDMTSが生成されにくくなることがわかっています。

水の硬度は地質などの影響を受けているため、醸造に使用する水自体を変えるのは難しいですが、仕込み水にミネラルを添加することで老香抑制の効果が得られることが期待されています。

造りでできる品質対策

日本酒の変質はいくつもの要因が重なって起こっています。老香や酸化が発生しにくい原料を使うだけでなく、造りにおいてもいくつかのポイントをおさえることで、より変質しにくいお酒になることが期待できます。

「精米」で老香を抑制する

原料米の選び方として、タンパク質の少ない酒造好適米を選んだり、高精白(低精米歩合)の米を使うことで老香やメイラード反応を抑えることができると紹介しましたが、精米方法によってもタンパク質の残存量を減らすことができます。

平成初期に開発された扁平精米は、どの部分も米の表面から等しい厚さに削り取る精米方法です。同等の精米歩合でも、一般的な精米である球形精米の米と比べ、タンパク質などの不要成分を効果的に除去することができます。

かつては、精米時間が非常に長く、電気代などのコストもあり、実用性が低かった扁平精米ですが、株式会社サタケの努力により、近年では精米にかかる時間が大幅に短縮可能となりました。

「仕込み」「搾り」で気をつけること

醪のアルコール度数が16%を超えると、酵母が死滅し始め、DMTSの前駆体が増加してしまいます。酵母の死滅を抑制するためには、早めに追水をすることや、適切なタイミングで上槽をすることで、アルコール度数の上昇を抑える必要があります。

また、最後に高い圧力をかけて搾った「責め」のお酒には、酵母の内容物が漏出しており、前駆体が多く含まれることがわかっています。そのため、最初に得られる「あらばしり」や、やや圧力をかけて得られる「中取り」「中汲み」と呼ばれる画分のお酒の方が、老香が出にくいといえます。

「搾った後」にできる工夫

アルコール添加や割水での希釈、滓引きやフィルターでの酵母除去などにより、搾ったお酒に含まれるDMTS前駆体の濃度を下げることで、老香を抑制することができます。

活性炭での濾過もDMTSの除去に有効です。活性炭には、においと関連の深い小さな分子の吸着に優れ、呈味成分や着色成分などの比較的分子径の大きい成分はほとんど吸着しないという特徴があります。

一方で、活性炭はカプロン酸エチルや酢酸イソアミルといった吟醸香成分や一部の呈味成分なども吸着してしまい、老香以外の酒質にも影響を及ぼす可能性も指摘されています。活性炭に代わる素材の開発も進められており、最近では、金ナノ粒子を用いた吸着材などでDMTSを除去する技術の研究などもおこなわれています。

酸化させない「貯蔵」の仕方

搾ったお酒をなるべく酸素に触れさせない、あるいはお酒の溶存酸素濃度をなるべく低くすることも、お酒の劣化を防ぐ重要なポイントです。いくつかの酒蔵では、脱酸素装置や無酸素充填システムを利用した貯蔵や瓶詰めをおこなうことで、酸化による劣化を抑制し、搾りたての風味を守っています。

また、広島県の醸造機器メーカー・キクプランドゥーでは、タンクへの送液の際に極力お酒を波立たせないことで酸化を抑える機材を開発しています。

オフフレーバーを抑える技術は日進月歩

2022年、酒造メーカーの日本盛がメイラード反応を抑制する酒造技術の特許を取得しました。

この技術では、メイラード反応の元となるアミノ酸の含有量を減らし、着色しにくい糖類の割合を増やすといった着色の原因物質に対するアプローチと、着色要因物質の吸着力が高い活性炭の使用により、長期間連続加熱をしても品質が低下しにくい酒造りを実現しています。

このように、酒造メーカーでもオフフレーバー対策の研究がなされ、日本酒の製造に活かされています。

常温でも流通可能な日本酒の魅力を伝える

酒質の変化に一喜一憂し、冷蔵流通の有無に雁字搦めになるのではなく、常温で流通可能なお酒を開発していくことは、日本酒の市場を大きくする上で重要です。その中では、現在人気のある純米大吟醸のようなタイプだけではなく、品質の変化しにくい純米酒や本醸造酒、山廃・生酛造り、古酒などの多様な美味しさを伝えることも必要になってくるでしょう。

現在の海外市場において、日本酒に対する深い理解を持つ専門家や愛好家の間では、低精米の純米酒や山廃・生酛造りなどの複雑な味わいのお酒も評価されています。しかし、それはごく限られたマーケットであり、マジョリティは純米大吟醸や生酒などを求めているのが現状です。海外市場は黎明期であり、まだ日本酒の美味しさを知らない人々を惹きつけるためにも、フルーティな純米大吟醸やフレッシュな生酒のようなわかりやすい商品を押し出すことは効果的だといえます。しかし、コールドチェーンが整備されていない場所でそれらの商品が流通し、酒質が大きく変化してしまうのだとしたら本末転倒とはいえないでしょうか。

また、本記事の前半でも述べましたが、酒質をコントロールしすぎず、変化を受け入れるのも選択肢のひとつだといえます。江戸時代、銘醸地の灘で造られた酒は、船で運ばれる過程を経て、江戸に着くころには灘で飲むよりも美味しくなっていたというエピソードがあります。生産者の手を離れた後、思わぬ変化が、新しいお酒の美味しさを生み出すかもしれない。それが現地の消費者に喜ばれるのであれば、必ずしも「うちの酒はこんな味ではない」と否定する必要はないのかもしれません。

日本酒を海外に届けるというのは、単に市場が広がり、消費者が増えるというだけではなく、これまでとはまったく異なる環境に飛び込み、想像もつかない変化や受け入れられ方をするということでもあります。日本は、世界の中では小さく目立たないひとつの国にすぎず、「日本ではこうする」という常識やルールを押し付けようとしても、聞く耳を持ってもらえない可能性は大いにあるのです。

日本の環境があたりまえだと思い込まないこと。外の人々がどんなふうにそれを受け取るのかをまずは知ること。日本酒が世界の文化へと成長していくにあたり、まだまだ知らなければならないことはたくさんあります。

執筆補助(第2・3章):熊崎百子

参考文献

・磯谷 敦子「清酒の老香成分ジメチルトリスルフィド(DMTS)の生成に関する研究」(生物工学会誌, 第93巻第3号, 2015)
・井上 豊久ほか「老香前駆体低生産酵母の育種およびそれを用いた清酒醸造」(日本醸造協会誌, 116巻9号, 2021)
・奥田 将生「原料米の窒素及び硫黄化合物が清酒貯蔵後の香気変化に及ぼす影響」(日本醸造協会誌, 105巻5号, 2010)
・秋田今野商店「R6BY 吟醸用パンフレット」(最終閲覧:2024年1月19日)
・溝口 晴彦「生酛の乳酸菌叢と生酛造りの品質特性」(日本醸造協会誌, 108巻6号, 2013)
・小田木 美保「劣化しにくい日本酒の開発~乳酸菌の発酵による抗酸化作用~」(SATテクノロジー・ショーケース, 2022)
・野口 友嗣「抗酸化能に優れた乳酸菌の選抜と劣化しにくい日本酒の開発」(SATテクノロジー・ショーケース, 2023)
・中島 奈津子「輸出における清酒の品質劣化及び製造工程における劣化要因の発生防止」(令和5年度輸出向け清酒研究会資料, 2023)
・佐々木 慧ほか「清酒のジメチルトリスルフィド生成に影響する製造要因の解析」(日本醸造協会誌, 117巻2号, 2022)
・磯谷 敦子ほか「担持金ナノ粒子を用いた老香成分 DMTS 除去技術の実用化に向けた検討」(日本醸造協会誌, 114巻12号, 2019 )
・日本盛「「高温で保存させる清酒の製造方法及び保存方法」の国内特許を取得」(最終閲覧:2024年1月19日)

【シリーズ】日本酒輸出ガイド
前編:海を超えて美味しさを届ける。品質を守るための日本酒輸出ガイド 物流編

後編:味が変化しづらいお酒とは?品質を守るための日本酒輸出ガイド 製造編

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