2025.01
21
20歳の日本酒初心者が いきなり日本有数のプロにテイスティング技術を学んでみた
日本酒の味わいを表現するのには、さまざまなスタイルがあります。お酒を販売・提供する仕事をしている人は、お客さんに伝えるための表現方法を持っているはずですし、趣味で日本酒を楽しんでいる人も、自分なりの感覚で言葉を選んでいることでしょう。
それでは、日本酒の品質を評価するプロフェッショナルの人々は、どのように味わいを読み取り、表現をしているのでしょうか。今回、SAKE Streetでは鑑評会の審査や酒蔵への指導をおこなうプロのお二人によるテイスティング・レッスンをお届け。メディア編集部のインターン・仙波伶菜(せんば・れいな)が学びます!
日本酒のプロのテイスティングが知りたい!
ある日のSAKE Streetメディア編集会議。昨年9月にインターンとしてメンバーに加わった伶菜さんが、何やら悩んでいる様子です。
日本酒メディアの編集部員になったので、以前より真剣にお酒を飲み比べるようになったんですが、まだまだうまい表現ができなくて。どうやったら、お酒の個性をとらえられるようになるんでしょうか?
まだ20歳になったばかりだもんね。じゃあ、ちょっと準備しておくから、今度、浅草橋の店舗でいろいろ飲んでみようか!
ありがとうございます! 楽しみです〜!
テイスティングを教えてくれる二人の先生
そして勉強会当日。東京・浅草橋にあるSAKE Streetの店舗に、伶菜さんが訪れてみると……。
今回、テイスティングについて教えてくれるお二人です。先生方、自己紹介をお願いします!
元・国税庁主任鑑定官の石渡英和(いしわた・ひでかず)です。
かんていかん……?
酒類の成分分析をするお酒のスペシャリストです。
現在は独立して、日本酒事業のアドバイザーや、酒蔵の再生事業などをおこなっています。
茨城県産業技術イノベーションセンター主任研究員の飛田啓輔(とびた・けいすけ)です。
イノベーションセンター……?
茨城県の公設試験研究機関で、酒蔵の技術支援などをおこなう方々です。詳しくはこちらの記事をご覧ください。
日本に約160人しかいない清酒専門評価者の資格も持っています。SAKE Streetさんでは、メディアの監修を担当しています。
とりあえず、お二人ともとてもすごい方だということはわかりました! 緊張しますが、よろしくお願いします。
日本酒にはさまざまなテイスティングのスタイルがありますが、お二人は、国や地方自治体がおこなう日本酒の審査会や、実際に販売される日本酒について酒蔵に指導をおこなうプロ中のプロです。今日は、いわゆる王道のテイスティングについて学んでみましょう!
今回テイスティングするお酒
まずは、前知識がない状態で、素直にテイスティングをしてみます。
今回は、3種類のお酒を用意しました。テイスティングの勉強になるよう、それぞれタイプが違いますが、大きく個性が異なるというほどではないものをあえて選んでみました。
1本目は、北海道・福司酒造の「五色彩雲 Jiri」。福司酒造は釧路にある唯一の酒蔵で、近年、アイヌ文化をモチーフに取り入れたモダンな日本酒ブランド「五色彩雲(ごしきのくも)」をリリースしました。Jiriはアイヌ語で「海の霧」を意味します。
2本目は、茨城県・村井醸造の「真上 純米吟醸 生原酒」。村井醸造は、飛田先生が指導をおこなっている酒蔵のひとつで、若手製造責任者の臼井卓二さんの活躍により、新ブランド「真上(しんじょう)」が注目を集めています。
3本目は、福島県・髙橋庄作酒造店の「会津娘 純米吟醸 穣 羽黒西64 いなほ」。人気酒蔵がひしめく福島県でも堅固な品質を誇るブランドで、近年は一つの田んぼでとれた米ごとに仕込む「一田一醸」の取り組みをおこなっています。
どれも美味しいです! でも、美味しさが違うと感じます。真上は旨味がしっかりしている気がしますね。
では、プロの方がどうやって味を感じ取るのか学んでいきましょう。
プロのテイスティングを実践!
さっそく、専門家のテイスティングを飛田先生に見せてもらいました。
まずはお酒の色を見ます。背景が白いと見やすいので、こうやってグラスの向こうに紙を当ててあげるといいですね。
若干、色の濃さが違うかなと思います。色は味わいに影響するんでしょうか?
日本酒は、ワインなどに比べて色の幅が狭いです。熟成したお酒は色が濃くなりますね。
それ以外に、あえて滓を残した『おりがらみ』や『うすにごり』があります。そうではないのに濁っている場合は劣化の可能性もあるので、プロの方がお酒を評価するときには色も重要になるんですね。
我々のテイスティングは品質を見るのが主な目的なので、そうした異常がないか見極めるのがとても大切なんです。
次に、グラスに鼻を近づけて、香りが立ちのぼってくるのを感じてみてください。それを上立ち香(うわだちか)といいます。グラスを軽く回してみると、香りが立ちやすくなりますよ。
香りを確認したら、少しずつ飲んで味わってみます。2mLから5mLくらい口に含んでみてください。
5mLって、小さじ一杯ですよね!
そこまで厳密に計らなくても大丈夫です(笑)。これくらいの量を口の中で転がします。口の中で空気と合わせるんですが、どうしても音が出やすいんですよね。
以前、テイスティング時に立てる音を取り上げたブログの記事に出ていただいた方は、毎回5mLピッタリを口に含めるという技を持っていらっしゃいました。
日本酒飲むとき「クチュクチュ」する人なんなん?【日本酒ふしぎ発見】
エチケット的にはなるべく音を立てないほうが良いと思いますが、そうすると、口の中でお酒がふわっと広がるんです。その状態で鼻に抜ける香りを感じてみてください。これが含み香(ふくみか)といいます。
なるほど、グラスから香るのが上立ち香、口に入れてから鼻に抜けるのが含み香ですね。
そのとおりです。さらに口の中で温まることで、香りや味わいがより広がってきます。温度の変化による味わいの違いも楽しんでみてください。最後に、飲み込んで余韻を確かめます。舌の前に残る苦味や渋味があれば、ぜひメモしてください。
☑️テイスティングの順序
- お酒の色を見る
- グラスから立ち上る香り(上立ち香)を感じる
- 少しだけ口に含む
- 口の中で空気に含ませ、鼻に抜ける香り(含み香)を感じる
- 飲み込んだ後、舌に残る味を確かめる
- 繰り返しながら、温度の変化や感じ方の違いを確かめる
専門家の方は、味わいのどんなところを見るのでしょうか?
基本的には甘味や酸味、旨味のバランスを見ます。また、私たちはお酒の品質を見る仕事なので、例えばお米の溶け具合を確認します。近年は温暖化によって夏場の気温が高いので、「高温障害」といってお米が溶けにくくなることがあります。
お米が溶けないということは、味が薄くなるんでしょうか?
そうですね! そうやって味を見ながら、次の仕込みでどう改善するかアドバイスをしていきます。また、お酒に雑菌が混入すると、色が濁ったり酸っぱくなったりしてしまうことがあります。
酸味のあるお酒の中には、美味しいものもありますよね。
もちろんです。酸味が心地よい演出になっているお酒はたくさんあります。ただ、全体のバランスが大事です。酸味が強すぎると飲みにくくなりますし、他の味わいについても同じ。例えば、甘味や旨味が濃すぎても重たく感じることがあります。
裏話:良い日本酒のほうが点数が低い?
次のレッスンに入る前に、石渡先生と飛田先生から日本酒の鑑評会における裏話をお聞きしました。。
実は、日本酒の基本的な評価基準は点数方式で、良いものが1、悪いものが5になるんです。
えっ。1がいちばん評価が高いんですね!
そうなんです。つまり、日本酒の公式な評価では、点数が低いほうが良いということ。ワインは良いところを拾う文化がありますが、日本酒は減点法に近いんです。テイスティングも、オフフレーバーを探す作業になりがちですね。
日本酒のオフフレーバーについては、このあと試薬を使って実際に体験してみましょう。以下の記事でも詳しく解説しています!
あと、審査ではお酒を20℃くらいに温めておこなうことが多いんですよ。香りが揮発しやすく、特徴を捉えやすい温度だからです。
20℃ですか。お店で日本酒を飲むときは、冷蔵庫で冷やされたものか、温めたもののどちらかになる気がしますが……。
そうなんです。私たちが審査する環境と、実際にお客さんが飲む環境は少し違います。
利酒のスタイルは目的によって異なります。私たちは酒蔵さんのための利酒をするので、お客様のクレームがあった時に何が原因なのかを追求したり、目標とする品質にたどり着かない原因を特定したりするのが目的です。一方で、レストランや酒販店などの利酒は、よりお客さんに提供するときと同じスタイルで確かめる必要がありますね。
品質を見るテイスティングと、美味しく提供するためのテイスティングは違うんですね。
鑑評会などでは、ひとつのお酒を40秒程度で評価する必要があります。一日で何百というお酒をテイスティングしますからね。体調管理は重要で、風邪をひいてしまうと正しい評価ができません。基本的に、食事前の方が感覚が鋭いので、審査は午前中に行うことが多いですね。
全部飲むわけではなく、吐き出す用の容器も用意されているんですが、アルコールって、経皮吸収(口の中に入れる)だけでも体に入りますからね。酔わずに同じ基準で評価し続けるために、一つひとつのお酒にかける時間を短くする必要があるんです。
お酒の味を評価する仕事って楽しそうだなと思っていましたが、かなり大変そうです!
最新のテイスティンググラス、どれだけ変わる?
次に、酒類総合研究所が2024年に開発協力した専用グラス「SAKE TASTING GLASS」を使ってテイスティングをしていきます。
ここからは、開発に関わった石渡先生に解説していただきます。国際規格のテイスティンググラスであるISOグラスと比べていきましょう。
SAKE TASTING GLASSのほうが、飲み口が広いですね。グラスの脚(ステム)も持ちやすいです。
まさに言ってほしいことを言ってもらえました。チューリップ型ではなく、口元を広げることで、口に含むお酒の量をコントロールしやすくなっています。ステムも、スワリング(お酒に空気を含ませるためにグラスを回すこと)がしやすいんですよ。香りはどう感じますか?
上ってくる香りの量が違う気がします!
香りの揮発成分が取りやすい形に設計されているんです。口に含んだときの、舌の上での広がり方も違ってくると思います。
確かに、さっきよりお酒ごとの味わいの違いがよく感じられますね。なんでだろう?
ISOグラスでテイスティングをしてみてください。顎の上がり方が違うんですよ。
本当だ!
ワイングラスのような形だと、どうしても顎が上がってしまうんですよね。そうすると、お酒が舌の上で広がらず、喉に直接ストンと落ちてしまうんです。
SAKE TASTING GLASSのほうが、舌の上にお酒が広がるので、味がちゃんと感じられるんですね。
昔の鑑評会では、『利き猪口』と呼ばれる大きなお猪口に、お酒を多めに注いでテイスティングしていたんですよ。香りを感じやすいし、顎を上げずに飲めるからです。
実はこれまで、日本酒には統一的な評価用の酒器が存在しなかったんです。実際、コロナ禍では利き猪口の使用をやめ、今は殆どの鑑評会ではプラスチックカップを使用しています。そこで、日本酒の評価に適したグラスを開発することにしたんです。
それでできたのがこのグラスなんですね。
実際の鑑評会でも活用できるように、鼻が当たらない絶妙な角度や、疲れない持ち手にもこだわりました。形状にもこだわっており、20mL入れれば十分高解像度なテイスティングができる形になっています。
グラスひとつでこんなに感じ方が変わるなんてびっくりしました!
香りごとのサンプルを嗅いでみよう
最後は、日本醸造協会が提供している試薬で、日本酒の基本的な香りを体感していきます。
まずはカプロン酸エチルと酢酸イソアミルを嗅いでみましょう。香りを構成する重要な成分で、ほとんどのお酒に含まれています。カプロン酸エチルはリンゴのような香り、酢酸イソアミルはバナナのような香りと言われます。
確かにバナナと言われると納得します。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのミニオンズのアトラクションでバナナの香りが噴射されるんですけど、それを思い出しました。
参考:
酢酸イソアミルが使われているかもしれないですね(笑)。これらの成分が適度に入っていると、フルーティーでよい香りに感じられます。
こういう香りの日本酒は大好きです!
次はオフフレーバーを嗅いでいきましょう。まずはイソバレルアルデヒドを嗅いでみましょう。
結構、好きな香りですけど、オフフレーバーなんですね。
ナッツみたいな香りですよね。生酒を熟成させるとこういう香りが出ます。 おっしゃるとおりで、好みが分かれる香りです。続いて、4-ビニルグアイアコール、通称『4VG』を嗅いでみてください。
さっきよりちょっときついです。スモーキーですね。
燻製臭と言われます。麹の微生物汚染が原因とされていて、昔のお酒にはよくあった香りなんですよ。最近は酒蔵の衛生環境がすごくよくなったのでほとんど出ないですし、ワインやビールでは意図的にアクセントとして使われることもあるほどです。
こうしたいろいろな香りが組み合わさって、多彩なフレーバーの日本酒が生まれます。テイスティングの訓練では、成分ごとに濃度を変えたものを嗅いで特徴を覚えていきます。そのあと、実際のお酒に加えて嗅ぎ分ける練習をします。訓練を重ねることで、時間が経っても一貫性のある評価ができるようになるんです。
そうやって鍛えると、香りを嗅ぐだけでどんな成分があるかわかるようになるんですね!
私たちの役割は、その成分がどういう原因で生まれるのかを理解して、製造メーカーの方と一緒に製造方法や現場の環境をどう改善していくか考えることにあるので、これは大事なトレーニングなんです。
そのとおり。お酒の味わいを表現する方法はいろいろありますが、我々に重要なのは共通言語を持つということ。お互いに知っている言葉を使わないと、イメージを共有するのは難しいですからね。
改めてテイスティングをしてみよう!
テイスティングの方法や香りの成分を覚えたところで、最後にもう一度3種類のお酒をテイスティングしてみましょう。まずは、「五色彩雲 Jiri」です。
この酸味は白麹由来でしょうか
はい、白麹を使っています。
エッジの効いた酸味が特徴ですね。でも、後味に残る香りは穀物っぽくて、純米酒らしさを感じます。
続いて、「真上 純米吟醸 生原酒」をテイスティングします。
少し、イソバレルアルデヒドを感じますね。先ほど言ったナッツのような香りです。
このお酒は、春頃に搾って生酒のまま瓶貯蔵しているものなので、生熟成のニュアンスが出てきていますね。
私は以前、生熟に良くないイメージを持っていたんですが、最近、外国の方に飲んでもらうと「ナッツのようで香ばしい」とすごくポジティブに受け止められることが多いんですよね。再評価する価値がある香りだと思います。
含み香がしっかりしているので、ウイスキーみたいにちびちびと、お酒単体で飲むと良さそうです。
最後に、「会津娘 純米吟醸 穣 羽黒西64 いなほ」を味わってみます。
わずかな硫化系の香りが特徴的で、美味しさの一因になっています。この香りは要因が完全には解明されていないんですが、地域や栽培方法の影響もありそうです。
自然栽培米を使っていて、タンパク質が少ないお米も影響しているかもしれません。
巨峰のような深みのある香りがあります。渋みを感じるので、牛肉に赤味噌をベースにしたソースをかけたものに合いそうです。
…………
…………
……なんか、急速にテイスティングのレベルが上がってません?(笑)
実は、伶菜さんは料理人を目指していて、かなりストイックに料理の研究をしているんですよ。
このグラスを使うことで、いきなりペアリングまで考えられるようになったわけではないんですね(笑)
お酒の味や香りをきちんと取れるようになったのは、このグラスと今日のレッスンのおかげです!
テイスティングができると、自分に自信が持てる
最後に若干のどんでん返しがありつつも、さまざまな視点からプロの現場におけるテイスティングを学べる勉強会となりました。
今日のテイスティング勉強会はいかがでしたか?
言葉を知るということはとても大切なんだと実感しました。基本をしっかり学んだ上で、香りや味を意識しながら楽しめるようになれば、自分の意見をしっかり持てるようになる気がします。もっと勉強して、自信を持ってお酒を選べるようになりたいです!
私も最初は日本酒をどうやって選べばいいのかわからなかったんです。それに、気に入ったお酒を見つけても、何が良かったのかをうまく説明できなくて。今回のようにお酒を比較して、それぞれの違いを考えると、誰かに「このお酒はこういうタイプなんだよ」と説明できるようになりますよね。飲み比べはよい練習になると思います。
また、今日お伝えした評価基準というのは、指標のひとつにすぎないんですよね。外国人の方がどう感じるか、20代の方が初めて飲んだ時にどう感じるかはまた違いますし、そういった新しい指標を作っていくのも重要です。私たちは専門家としての視点を持っていますが、それとは別に、20代の方々がどう思うのかをどんどん発信してもらえると、業界としても学びが多いです。
ありがとうございます。私もどんどん発信していこうと思います!
今回伶菜さんに体験してもらった内容を、みなさんにも体験いただけます!
今回、20歳の新人インターン・伶菜さんに体験してもらったような、
- 利酒のプロによる解説
- 専用グラス
- 3種類の日本酒 + 試薬
を活用した、初心者向けテイスティング勉強会を開催します。特典として、使用したグラスはお持ち帰りいただくことができます。
最新のグラスを使用できて、プロによる解説が聞けて、お酒を楽しみながら表現をレベルアップできる貴重な機会ですので、ぜひご参加ください!
テイスティング勉強会 開催概要
「●●を思わせる香り」って表現できるようになりたい! - 表現できる香りや味わいのバリエーションを増やそう-
日時:3月15日(土) 13:30 〜 15:00
場所:SAKE Street 浅草橋店(東京都台東区柳橋1-11-5 柳橋ビル1F)
定員:10名
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