2025.02
04
「クセ」と「個性」の境界線とは? - 日本酒が多様化する時代にプロ4名で語りあってみた
日本酒の高品質化や味わいの多様化が進むなか、酒蔵やお酒に対してますます「個性」が求められるようになってきています。
一方、ここでいう「個性」のなかには、以前は「蔵癖」や「クセがある」といった言葉で表現されていたような、ネガティブに捉えられていた要素も少なくありません。
辞書を見てみると、クセと個性という言葉の両方に「特有の性質や特徴」という意味がある一方で、クセという言葉は「無意識に出てしまう偏った好みや傾向」「習慣化している、あまり好ましくない言行」という意味を合わせ持っており、2つの言葉は共通した要素と異なる要素を併せ持っていることが分かります。
参考:goo辞書 / 小学館『デジタル大辞泉』
今回は「クセと個性」をテーマに4名の日本酒関係者と座談会を開催。個性に関する4つの名言を参照しながら、「個性がある蔵」「個性がある日本酒」とはどのようなものか、クセと個性の境界線はどこにあるのかを探求しました。
参加者紹介
(※1)クラフトサケ:日本酒の製造方法をベースに、発酵段階で副原料を加える新しいジャンル。酒税法では清酒(日本酒)ではなく「その他の醸造酒」に該当する。
習慣が個性になる?
──今日は、歴史的偉人の「個性」にまつわる名言をもとに、日本酒にとっての個性とは何かをみなさんに話していただきます。まず最初の名言はこちらです!
──この言葉を残したのは、ローマ帝国時代のギリシア人歴史家・プルタルコスです。彼によれば、個性とは長年続けてきた習慣ということですが……。
プルタルコス(46頃〜119以降)
ローマ帝国時代のギリシア人歴史家。ギリシアとローマの主要人物を比較しながら紹介する『対比列伝(英雄伝)』が有名。エッセーの起源ともされる『倫理論集(モラリア)』も著す。
確かに「ちょっとやってみました」というだけでは、個性とは呼びづらいかもしれないね。例えば、酸を出さないようにずっと頑張ってきた造り手が、最近流行ってるからといって酸があるお酒を造り始めて4〜5年経ったくらいでは、個性と呼ぶにはちょっと早い気はする。少なくとも10年以上続けていれば、個性と呼べるようんじゃないかなあ。
──なるほど。やっぱり個性を出すには時間がかかるんでしょうか。澤田酒造さんは歴史も長く、代表銘柄の「白老」も個性的な点が評価されている印象ですが、どんなことが個性に繋がっていると思いますか?
うちは先祖から蔵を受け継いでいますが、この建物、この土地でお酒を造り続けていることが、個性に繋がっているのではないかと思います。人間だけのチームワークではなく、周りの環境も含めて、ひとつのチームになる。うちの蔵は冷房設備がほぼないんですが、気温や湿度がものすごく高い中でも、変わらず、ずっと造り続けています。そうした積み重ねが個性になっているかもしれません。
──自然の気温を生かした酒造りをしていると、温暖化などの影響も少なからずあると思います。そういった変化に対応しながらも、変わらなかったことはありますか?
商品造りに対して愚直なところじゃないかなと思います。ウケのいいお酒を造ろうとせず、明治ごろに確立されたやり方をずっと真剣にやり続けています。
平六醸造は、施設も材料も環境も、何もかも前に働いていた蔵とは違うのですが(※2)、「前の平井の酒と似てるよね」とか「雰囲気を感じるよね」と言われることが少なくないんです。それが個性かは分かりませんが、自分の手の動きとか、ちょっとしたテンポやリズムが習慣として現れていて、何か受け継がれたものがあったのかもしれないです。
(※2)平井佑樹さんの生家は菊の司酒造。2021年の事業譲渡に伴い、平井さんも翌年退職した。
──そんなお話があったんですね!平井さんは新しい環境でクラフトサケを造り始めて1年余りですが、既に個性が伝わっているのはすごいことですよね。
平井さんがおっしゃるように、「この人が造るお酒はこういう味」というのも個性の一つだと思います。音楽で例えると、ギターの弾き手によって、どんなギターを弾いてもその人の音になるみたいな。そういう個性は、やっぱり1〜2年では出てこない。長年培ってきた技術や信頼があって出てくるものだと思います。
──酒蔵やお酒に対する信頼というのは、期待や安心にも繋がりそうです。私自身、特定の酒蔵さんに対して「やっぱりここのお酒は美味しい」と感じることがありますが、積み上げてきた実績が信頼となり、それを個性として評価しているのかもしれません。
いかに本気でやっているのかも、大きなポイントになるんじゃないかな。取り組んだ期間が短くても、「今後はこれを、うちの個性として確立していきます!」という強い意志を感じたら、個性と呼びたくなってしまうかもしれない。想いがしっかりあって、やり続ければ新しい個性も作れると思いますね。
トップレベルにならないと個性とは呼べない?
── 続いては、日本の俳優・仲代達矢さんの名言です。
仲代 達矢(1932〜)
日本映画全盛期から斜陽時代までを支えた代表的俳優。主な出演作は、舞台『ハムレット』、映画『人間の條件』など。1975年に俳優養成所『無名塾』を設立し、後進の養成にも力を入れる。2015年文化勲章受章。
──役者さんの世界のお話ではありますが、「トップレベルにならないと個性とは言えない」とも取れそうな言葉です。
上位を目指すためには、まずは自分たちが今どのポジションにいるのかをわかっていないといけませんよね。自分たちの造ったお酒が鑑評会でどう評価されたかとか、人気の酒屋さんではどういったお酒が売れているのかとか。そういった評価や比較から、自分たちの長所や短所を知って、上位争いに食い込めるくらいのレベルにしていく。そこで初めて自分の個性を見つけられるのかもしれません。
──今いる場所から、上位を目指して努力していく過程で個性が得られるということですね。仲代さんによれば「上位五番に入るからこそ際立つ個性と言える」ということですが、とにかく長所を伸ばしていけば、個性になるのでしょうか?
ただ特徴的になればいいわけでもないかもしれません。日本酒業界でみると、特徴を求めすぎると、努力の継続ができていないということもある気がしていて……プルタルコスの名言のときにもありましたが、決めたものをちゃんと継続して、それが消費者に受け入れられるから上位に入るのではないでしょうか。その結果、個性と呼べるようになるのかなと。
──なるほど、原因ではなく結果である、というイメージですね。
でも、大人気の銘柄に匹敵するほど有名になるとは考えにくいけど、「自分たちが造りたい酒はこれなんだ!」って一生懸命自分たちのその酒を造り続けている人たちを応援したくなったりしない? 香りも味もほどほどで、すごく目立つところもないのに、しみじみ美味しいお酒ってあるんですよね。
これは売れるなっていう華やかなお酒もあれば、すごく地味なお酒もあるんだけど、それぞれの分野で5本の指に入る努力をし続けた蔵の味を個性と呼んでもいいんだと思います。
──ちなみに仲代さんは「自分なりの上位五番を作り上げていく努力をすればいい」とも言っていますが、言い換えれば、「応援してもらえる分野で努力をし続ける必要がある」ということになりそうです。特定の風味が突出しているお酒を「個性的なお酒」と表現することもありますが、継続なくして、個性とは呼べないのでしょうか?
先ほどの児玉さんの話でもありましたが、「ずっとそれを極めていくの?」という問いかけに、自信を持って「はい」と答えられれば、それは個性と言えると思います。例えば、オフフレーバーと見なされることが多い生老(なまひね)で一番になりたいのであれば、生老を磨けばいいと思いますが、意図せず出てしまっている状態で「これは個性です」って言うのは違いますよね。
伸ばしたり、磨いたり、その価値があると思えるものを個性と呼べるのだと思います。
欠点も、個性のためには必要?
──さて、続いてはドイツの作家・ゲーテの名言です。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832)
ドイツの詩人・作家。大学卒業後は弁護士として活動したが、次第に文学活動に傾倒。代表作は『若きウェルテルの悩み』『ファウスト』など。ドイツを代表する文豪として、後世にも多くの影響を残した一方、自然科学者としても活動した。
──ゲーテは詩人・作家として知られていますが、弁護士として活躍していたり、自然科学者としても活動するなど、かなり多才だったようです。彼によると、個性には欠点が必要だそうで、これは今回のテーマである「クセ」とも関係するのではないでしょうか。みなさんは、ご自身のお酒に欠点はあると思いますか?
欠点はたくさんあると思っています。これまでは、欠点が個性に必要という考え方ではなかったので、意識しすぎてネガティブになってしまったりしていました。でもこの言葉は、欠点をポジティブに捉えることができる、視点が変わる魔法の言葉のようです。
僕は、この言葉を聞いて、最近のインフルエンサー事情に近い気がしました。YouTubeなどで売れている人たちには、個性的というか特徴的なところがあって、それがウケてる人も多いですよね。一見、欠点なんですが、開き直って前面に押し出したから、世の中に認知されて。そうやって大衆に受け入れられたら、もう立派な個性になっていると思いますね。
──ちょっと欠点があっても、愛されるキャラクターになっている人、いますよね。その人が持つ「愛される部分」が個性になるのかもしれません。逆に欠点がないと個性もなくなってしまうと思いますか?
僕は、個性はなくならないと思います。鑑評会に出すお酒は特に、なるべく欠点をなくそうと造られていたりしますよね。それでも、同じ味にならず、それぞれの個性が出ている。もしかすると僕たちにとって完璧にみえているだけかもしれませんが。
──私たちからすれば完璧に見えるゲーテも、自分では欠点だと思っていることがあったからこそ、こういう言葉を残しているのかもしれませんね。一方で、なかなかポジティブに捉えられない欠点もあると思いますが……。
欠点が起爆剤になって、個性につながっていくパターンもあるかもしれないね。蔵が古くて設備がなくて、近代的でクリアなお酒を造るのが難しい造り手さんがいたとして、設備を導入して、つまり欠点をなかったことにして酒造りをするのではなく、他の蔵ができない、古い蔵だからこその酒造りをする。そうやって欠点を生かして、自分たちの個性にしていこうっていう酒造りをしてる人もいますよね。
──なるほど。蔵が古い、設備が古いという点は、ある意味で欠点のままですね。欠点があることで、努力の方向性が決まる、という側面があるのかもしれません。欠点やクセが個性に変わるように努力するだけでなく、欠点をそのまま生かし、それを補う努力をして生まれる個性もありそうです。
苦しみを経てしか個性は手に入らない?
──最後は、アメリカの作家・講演家のヘレン・ケラーの名言です。
ヘレン・ケラー(1880-1968)
アメリカの作家・講演家。生後19か月時に病気が原因で視力と聴力を失ったが、言葉や読み書き、話し方を覚え、大学を卒業。学士の学位を得たはじめての盲ろう者となった。視覚障害者・女性の支援活動や講演をおこなったほか、作家としても多くの作品を残した。
──障害を乗り越えた彼女の名言は、なかなか厳しい言葉に聞こえます。個性を得るには苦しまないといけないのでしょうか?
「個性を獲得するためには自分の努力が必要だよ」という考えなのかなと思います。酒造りも、受け継がれたものだけではなくて、自分で生み出す努力をしなさいと言われているような気がしますね。
確かに厳しい言葉ですが、努力をしていけば魅力的な個性がいつか必ず手に入れられるということだと思うので、希望にもあふれていますよね。
造り手も、酒販店も、飲食店も、一生懸命もがいてもなかなかうまくいかないことってあると思うんです。それでも前を向いて次のステップに進んでる人たちの背中を押せる言葉かもしれないね。
過去の辛い経験が個性に繋がるとは考えたことがなかったんだけど、自分も大なり小なり試練や苦しみを経験してきて、魂が鍛えられたからこそ、今こうやってお店をやれているんだろうなと思えました。
── 苦しい思いをしている最中はなかなか前向きに捉えることができないですが、過去を振り返って「今の自分があるのは、あのとき頑張ったから」と実感することもあると思います。では、どうしたら試練や苦しみを乗り越えていけると思いますか?
僕自身、今、試練の真っ只中にいるという感じです。野心って何だろうか、成功って何だろうかと、ずっと探していて……私の場合は、蔵人の一員としてはもちろん、経営者としての野心や成功も考えていかないといけないので、葛藤を感じています。一言でいうのは難しいですが、何を欠点と捉えるのか、何を個性と捉えるのかも、私たちにとっての成功を手に入れるために重要なポイントになりそうです。
飲食店も酒蔵さんも、持っているカードは決まっていますよね。冷房設備がなかったり、搾りの問題があったり、温度の問題があったり。「試練や苦しみを経験することでのみ」と書いてありますが、出せる手札でどうやってもがいていくかだと思います。うちのお店もできることは限られているのですが、持っている手札の中で努力している。それを続けていけば 「この人はこういう人なんだな」「これはこういうお酒なんだな」とわかってくれる人が出てきて、個性として認められていくのかなと思いますね。
それから、僕の好きな言葉に、「個性は捨てろ!型にはまれ!」という言葉があるんです。ドラゴン桜の作者の三田紀房さんの言葉なのですが、型にはまり続けると、それが逆に個性に繋がるという意味です。いろんな人の真似をして、いいところをしっかりコピーしていると、それがミックスされて、いつの間にか自分の個性になることもあると思います。
──「持っている手札の中で努力する」というのは、先ほどのゲーテの名言でもあったように、長所だけではなく、欠点を生かすことにも繋がりそうです。他の人のいいところを真似するというのも簡単なことではありませんが、個性を手にするのに近道はなく、努力することでしか、試練は乗り越えられないのかもしれませんね。
個性とは?
──ここまで名言を一通り見てきましたが、個性とは何かについて、新しい視点もたくさんあったと思います。今までのお話を踏まえて、みなさんにとっての「個性とは何か」を教えてください。
地酒屋こだま 児玉武也さんにとっての「個性」とは?
個性とは誰にでも存在し、それに気づくための努力をしたものが、信念を持ってやり抜いた結果に自然と現れるものである。
個性って、誰もが持ってるものだろうと思っていたんだけど、気づくための努力が必要なのだと気付かされました。そして、やり抜くこと。最終的に、個性が自然と出るぐらいまで努力を続けることが必要なんだと思います。
澤田酒造 澤田英敏さんにとっての「個性」とは?
個性とは勇気である。
個性の原点みたいなところに、勇気があるんじゃないかなと思いました。酒蔵を続けるとかやめるとか、今のスタイルを変える・変えないなど、最終的に自分たちが責任を持って選択する、決断するというのは、勇気がないとできないですよね。その上でついてくる味わいというのが個性だと思います。
平六醸造 平井佑樹さんにとっての「個性」とは?
個性とは、他人と比べることである。
比べることで良さがわかる個性というのは誰でも持っていると思います。他と比べて優れているところを磨くというよりも、周りを気にしないで決めて、ずっと続けてきたことが、最終的に他と比べて気づいてもらえる個性になっていくのではないでしょうか。自分もそんな個性を得て、磨いていきたいと思えました。
LITTLE SAKE SQUARE 山本直之さんにとっての「個性」とは?
個性とは、その人だとすぐにわかること。そしてそれが世の中に受け入れられてることである。
世の中に受け入れられるからこそ、個性になるのだと思います。個性は、受け入れられないとただのワガママになってしまう。受け入れられるような努力をした人が得られるものが、個性になるのではないでしょうか。
──紹介した4つの名言では、プルタルコスが「継続」、仲代達矢さんが「努力」、ゲーテが「欠点」、ヘレン・ケラーが「苦しみ」を個性に必要な要素であるとしていました。今回、みなさんのお話をうかがう中で、選択をする「勇気」、自己理解を深める「比較」、努力を継続する「信念」、欠点と個性を分ける「受容」も欠かすことができない要素なのではと感じました。
日本酒にも個性が求められるようになりましたが、個性を表現しようと創意工夫をする造り手のみなさんや、その想いを伝える酒販店や飲食店、消費者の受け入れる姿勢があってこそ、個性を持った酒蔵や銘柄が愛されているのだと実感しました。
みなさん、本日はどうもありがとうございました!
クセと個性を分けるもの
日本酒にとって、クセと個性の違いはどこにあるのでしょうか。
捉え方は人それぞれで、はっきりと分類することはできませんが、参加者のみなさんの意見で一致していたのは、努力して継続するからこそ個性になりうるということでした。
また、欠点は、努力によってそれ自体が個性に変わるだけではなく、生かしたり、補うことで、新しい個性にも繋がる大切な要素になりえるようです。ネガティブな印象を含んでいる「クセ」という言葉も、見方を変えれば、日本酒の個性にとって必要な要素なのかもしれません。
苦労や葛藤を乗り越え、欠点を補っていく。強い想いを持って努力し続け、その姿勢が受け入れられる。その結果として、お酒が持つ「愛される部分」が個性と呼ばれるようになるのではないでしょうか。造り手の想いがあって、売り手や飲み手の応援があるからこそ、個性が光る日本酒がある。最後にクセと個性を分けるのは、消費者のみなさん一人一人の「このお酒が好きだ」という気持ちかもしれません。
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