
2024.08
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近年、酒蔵や酒販店などで日本酒を低温熟成する取り組みが増えてきています。常温熟成のように味わいを大きく変化させることなく、時間をかけて風味やテクスチャーに変化を加えることで、ワインのように時間経過による価値を高めていく試みです。
これまでSAKE Streetでは、千葉県の酒販店「IMADEYA」や石川県の酒蔵・菊姫のインタビューをお届けしました。
今回の記事では、世界市場を見つめ、1975年から50年にわたり低温熟成に取り組む福井県の黒龍酒造のこれまでとこれからについて、黒龍酒造企画営業課の高松雄平さんにお話を聞きました。

福井県・永平寺町の黒龍酒造で低温熟成が始まったのは、約50年前。先代にあたる7代目蔵元・水野正人氏は、20代のころからフランスを渡り歩き、同じ醸造酒であるワインを学んでいました。
「当時、日本では工業化により日本酒の大量生産がおこなわれていましたが、7代目は品質を追求することを第一に、三増酒(※1)を作らない、広告・宣伝をしない、値引きをしないという方針を立てていました」
※1三増酒:三倍増醸清酒。米不足に伴い、戦中から試験が始まり戦後に本格化した製法で作られた酒で、「調味アルコール(醸造アルコールや糖類、アミノ酸、酸味料により製造した合成清酒のようなもの)」を添加することで、同じ米の量から三倍量の酒を造ることができる「三倍増醸法」が使われたことからこのように呼ばれる。
正人氏が見ていたのは、同じ醸造酒であるワイン。世界的に認知度が高く、大きな市場を持つその手法を日本酒の酒造りに活かせないかと考える中で、着目したひとつがワインのヴィンテージでした。
ワインは、低温で熟成させることで年々価値が上がっていきます。「日本酒も同じようにして 価値を見出すことができるのではないか?」──そう考えた正人氏は、自社の日本酒の熟成を試みます。しかし、赤ワインの熟成環境を参考としながら熟成させてみましたが、はじめはうまくいきませんでした。
「試行錯誤の末に見つけたのが、ワインよりもさらに低い温度で熟成させるという方法でした。その完成形として1975年に誕生したのが、『黒龍 大吟醸 龍』です」

三増酒が広まり、「酒は酔うためのもの」という風潮のあった時代に一升瓶5000円で市場に投入された「龍」は、日本酒業界に衝撃を与えました。
「これをきっかけに、全国の百貨店で販売していただいたことが、黒龍が全国的に知られるきっかけになりました。同時に、黒龍酒造の転機として、熟成に取り組む起点となった商品でした」
黒龍酒造の熟成への探究心は、2005年に代表取締役に就任した現当主・水野直人氏に引き継がれます。同年には、徹底した原酒の低温熟成を実現する施設として、本社から車で5分ほどの距離に「兼定島 酒造りの里」を竣工しました。

「蔵全体の醸造環境や、貯蔵環境を保てるスペースが少なくな っていたんです。また、当時は日本酒の異物混入が問題視されていたころだったのもあり、2008年には瓶詰めラインを整備しました」
兼定島では、貯蔵タンクの中で原酒が保管されており、部屋ごとに空調管理ができるほか、サーマルタンクによって個別管理することも可能です。
黒龍酒造では、新酒として販売するもの以外は、通年商品も10カ月前後をかけて、それぞれのお酒にとってベストな温度を選択したうえで熟成させています。なかでも1年熟成の「⼆左衛⾨」、2年熟成の「石田屋」は、厳密な選抜と定期的なコンディション確認により、目指す味わいの実現を図っているといいます。

そんなラインナップの中で、黒龍の熟成酒に対するビジョンを最も詰め込んだのが、「無二」というブランドです。最高級の酒米・兵庫県東条産の山田錦を35%まで磨いて醸した純米大吟醸を、マイナス2度で熟成させていきます。
「『無二』は、その年の造りで最も長期熟成に適したお酒を瓶詰めし、氷温熟成にかけたものです。年に一度テイスティングをおこない、この状態なら出せると判断したタイミングでリリースします」
なお、2022年にオープンした複合観光施設「ESHIKOTO」でも、スパークリング日本酒を貯蔵。11〜12度の貯蔵温度で瓶内二次発酵させてから、氷温で1年ほど熟成させたのちに出荷しています。