2024.06
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1990年代に熟成用冷蔵庫を建設。日本酒の長期低温熟成のパイオニア・菊姫に迫る - 石川県・菊姫合資会社
日本酒の低温熟成に取り組む事業を掘り下げるため、前回は、千葉県千葉市の酒販店「IMADEYA」による「IMADEYA AGING」についてインタビューをお届けしました。
そうした新たな動きの傍ら、低温による熟成に先行して取り組んでいる日本酒蔵も少なくありません。その中でも、1995年から長期低温熟成酒を商品化し、巨大な低温熟成庫を用意して、10万本余りのお酒を貯蔵しているのが菊姫(石川県白山市)です。低温貯蔵と常温貯蔵の両輪で日本酒の熟成の魅力をアピールし続ける菊姫の現状を探るため、現地を訪れました。
1998年に低温貯蔵できる工場を新設
パラグライダーのメッカ、石川県白山市の獅子吼(ししく)高原。空を舞う色とりどりのパラグライダーを眺めていた視線を地上へと下げていくと、広大な田んぼの一角に建つ巨大な建物が目に飛び込んできます。1998年に竣工した菊姫の八幡工場です。
菊姫の本社から車で5分ほどにある工場は、総床面積が約5600平方メートルで、1階が精米所と貯酒タンク場、2階が低温冷蔵庫になっています。エレベーターで2階に上がると、1階(精米所)の喧噪が嘘のように静寂な空間が広がっています。薄暗い廊下の両側には合わせて6つの低温冷蔵庫(総面積約1900平方メートル)が並び、そのうちの1つに入ると、プラスチック製の黄色いP箱に納められた一升瓶と四合瓶のお酒が静かに眠っていました。
一升瓶換算で30万本の日本酒を収容できる倉庫。「一升瓶と四合瓶合わせて約10万本が熟成中です。瓶詰してすぐに冷蔵庫に入れたお酒が中心ですが、常温熟成させた後に常温熟成の印象を変えないために入れている酒もあります」と製造部八幡工場主任、井出俊幸さんが説明してくれました。
部屋ごとに温度を設定できますが、この日訪れた倉庫の温度は7℃から7.5℃でした。菊姫のフラッグシップ酒「菊理媛(くくりひめ)」は、ここで10年の熟成期間を経てから市場に出荷されています。蔵では低温熟成したお酒を利いて、出荷するお酒を判断する調合責任者を担う社員もいます。
1980年代前半に低温熟成を開始
低温熟成酒の魅力に気づき、これを広めるためにいち早く動き出したのが、柳達司(やなぎ・たつし)会長です。
「私が30代半ばで社長になった1980年代前半の頃は、搾ったばかりの大吟醸はなかなか納得のいく味わいにならずに苦労しました。しかし、このお酒を冷蔵庫に保管して5年ぐらい経過したのちに味見をしたら、『あれ?、こんなに美味しかったっけ』と驚く味わいになっていたのです。常温熟成とは違う魅力が低温熟成にはあるなと感じた瞬間でした」
菊姫ではそこから、出来のいいと感じた大吟醸酒を毎年50本ずつ選抜して低温貯蔵するようになりました。望ましい貯蔵温度を試行錯誤で探り、水の分子密度が最高になる4℃がいいのではと推測。一方で、低温熟成に向いた麹造りの研究もおこない、熟成に最も向いていると判断した酒米・山田錦を使い、その他の条件を整えながら、理想的な低温熟成酒を追求していきました。
記念パーティーで好評を博し、レギュラー商品化
その区切りとなったのが1995年のこと。新しい醸造棟「平成蔵」が完成した際の記念パーティーに、貯蔵しておいた大吟醸を一気にお披露目して、多くの人の反応を探りました。「10年以上から20年近く寝かせたお酒をビンテージごとに20本出しました」と柳会長。一部はその場で振る舞い、残りは希望者に抽選でプレゼントしました。
その反響は見事なもので、低温貯蔵酒の将来性を確信する機会になったそうです。ここから、10年寝かせたお酒を「菊理媛」として発売。同時に冷蔵庫建設を決め、1998年に八幡工場が竣工。大量の低温熟成が可能になった結果、3年熟成の「黒吟」は2000年に入ってから、「菊理媛」は2008年以降、レギュラー商品として販売しています。
その後、低温熟成の商品は増えていますが、定番商品の中で熟成期間が最長なのが「菊理媛」。価格も定番商品の中で最も高額(一升瓶5万2580円、四合瓶2万6290円)で、まさに蔵のフラッグシップを担っています。
柳会長によれば、日本酒には無数の成分が含まれており、それぞれの成分が変化していく温度帯は異なります。常温と低温では同じ熟成期間でも味わいに違いが出るため、菊姫では異なる温度帯での熟成をおこなっているのだといいます。
低温熟成酒の魅力について、柳会長の考えをお聞きしたところ、「香りが複雑になり、味にボリューム感が増すこと。いい意味で枯れた味わいになります。古酒の香りを敬遠する飲み手は多いと思いますが、低温熟成は香りも軽快で、すんなりと飲んでもらえるはずです」と話してくれましたす。
菊姫は定番商品の多くが常温で熟成させた商品ですが、低温と常温を使い分けて、魅力の発信を続けています。前回の記事で取り上げた酒販大手のIMADEYAの試みについても、柳会長は「日本酒の世界にワイン的な考えを取り入れようとしている点を評価しています。温度帯は蔵によって考えは違うでしょうが、熟成することで付加価値を高めるという考え方は、業界全体で広めるべく努力していかなければなりません」と同意を示していました。
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