5年越しで街中に酒蔵を建設。LAの人々に愛されるSAKEを目指して - ロサンゼルス(アメリカ)・Sawtelle Sake

2024.06

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5年越しで街中に酒蔵を建設。LAの人々に愛されるSAKEを目指して - ロサンゼルス(アメリカ)・Sawtelle Sake

木村 咲貴  |  酒蔵情報

米カリフォルニア州ロサンゼルスで、2019年に創業したSAKE醸造所・Sawtelle Sake(ソーテル・サケ)。ロサンゼルス市内のオフィスで麹を作り、100キロメートル近く離れたヴェンチュラの蒸溜所を間借りして醸造をおこなってきました。

そんなSawtelle Sakeが、ついに、ロサンゼルスの中心地であるダウンタウンに醸造所を建設することが決定。スムーズに進めば、2024年の夏には完成する見通しです。

日本のトレンドに敏感なセンスを持ち、ロサンゼルスの“地酒”造りを目指すトロイとマクスウェル。醸造所の完成に向けて意気込む二人に、これまでの活動や今後のプランについて話を聞きました。

Sawtelle Sakeの誕生

Sawtelleというのは、ロサンゼルス市の西部にある地域の名前。その中心地であるSawtelle Boulevard(ソーテル・ブールバード=ソーテル通り)は「リトル・オーサカ」とも呼ばれ、日系のレストランやショップが軒を連ねています。

Sawtelle Sakeを立ち上げたのは、17年前からこのエリアに住んでいるトロイ・ナカマツ氏。彼の酒造りは、アメリカの多くのSAKE醸造家たちと同じように自宅での自家醸造から始まりました

2024年4月現在、Sawtelleにあるのは麹室とオフィス、建設中のバースペースのみです。創業以来、醸造作業のほとんどはロサンゼルスから北へ100キロメートル離れたヴェンチュラという街にある蒸溜所・Ventura Spiritでおこなっていました。

ロサンゼルスで醸造免許を取るのが難しく、Ventura Spiritsのスペースを借りて醸造していました。でも、麹造りはデリケートだし、夜遅くまで作業する必要があるので、麹室だけ自宅近くに作ったんです」(トロイ)

ロサンゼルスはカリフォルニア・ワインの始まりの場所であり、かつては全米にワインを供給していましたが、禁酒法以降はナパを中心とした北カリフォルニアにその生産地が移っていきます。カリフォルニアでSAKEを醸造するためにはワイナリーの免許を取得する必要がありますが、ロサンゼルスではその申請が日に日に厳しくなっており、共同創設者・マクスウェルは「あとは免許だけなんですけどね。これまで審査に来た役員7人全員が違うことを言って、ルールがどうなっているのかも教えてくれないんです」と顔をしかめます。

日本酒を愛する仲間との出会い

2019年に前職である証券会社のモルガン・スタンレーを辞職したトロイは、別のパートナーとSawtelle Sakeを創業しました。ところが、アメリカでSAKEスタートアップを成功させるための気が遠くなるような道のりに、パートナーは辞退。そんなとき、偶然知人が引き合わせてくれたのが、現在の共同創設者であるマクスウェル・リア氏でした。

長くワイン業界に関わってきたマクスウェルは、2018年から共同貿易のニューヨーク支社に籍を移し、日本酒のマーケティングを担当していました。

トロイはその出会いについて、「ちょうど、仲間を集める必要があると思っていたころでした。彼の共同貿易での経験を聞きながら、アメリカでSAKEをもっとメジャーな飲み物にするために、自分たちが何をすべきかが見えてきたんです」と振り返ります。

マクスウェルも、「すべてはセレンディピティ(素敵な偶然)なタイミングで起こりました」と続けます。

「日本酒事業に関わりながら、そのほとんどのブランドはこの国の中にある”日本的”な環境でしか生き残ることができないのではないかと感じていました。10年前であれば、アメリカにはまだ私たちがチャレンジできるような市場はありえなかった。トロイと私はそこで、誤解されているSAKEというものをアメリカでいかに普及させるかという情熱と、人生の目標を共有したんです」(マクスウェル)

現在は日本人の元エンジニア、福井伸一さんも仲間入りし、三人でアイデアを出し合いながら事業を進めています。

市場と時代に合わせたSawtelle Sakeのお酒

これまで取り組んだ3つのステージ

Sawtelle Sakeでは、創業からこれまでの5年間に、3つのプロダクトラインを完成させました。

ひとつ目は、フラッグシップ商品である缶入りの「Clear Skies」。カリフォルニアの山田錦を用いた純米吟醸の生原酒で、手にしやすいサイズ感とだるまをモチーフにしたかわいらしいアイコンで、多くのビギナーへの入り口となっています。

その次に、よりアメリカ市場に合わせたフレーバーを目指して出したのが、「The Pink Can」と名付けられたサケ・カクテルです。

「多くの場合、缶カクテルというのは添加物を加えて生産規模を拡大し、利益を最大化します。その逆張りで、地球上で高価でナチュラルな素材ばかりを詰め込んだのがこの商品です」とマクスウェルが説明するように、Clear Skiesの生酒をベースに、山口県・柚子屋本店の手搾りゆず果汁をふんだんに合わせ、沖縄産の黒糖やハイビスカス、生姜などで香りづけしています。

そして、2023年の秋には750mLボトル入りの商品を4種類リリース。フラッグシップの「Clear Skies」と、熟成生酒「Wild Horizen」、紫蘇入りの「Northern Lights」に、柚子酒の「Super Nova」です。どのラベルにも、「純米」や「山田錦」といった言葉は使われていません。

「アメリカのほとんどのお客さんは専門用語を知りません。消費者にとって何の意味もなさないなら、載せる意味はないんです」(マクスウェル)

山田錦を原料に、白麹へシフト

これまでの商品は、いずれもカリフォルニア産山田錦を原料としています。アメリカの多くの酒蔵では、酒米の「渡船」をルーツとする食用米「カルローズ」を使う醸造所が多いため、山田錦のみで酒造りをおこなうのは極めて異例です。

「山田錦は酒造りがしやすいし、カルローズは手がかかります。でも、最近は料理用の麹にカルローズを使っていて、どちらも使い方次第だなと感じ始めています。今後、どのお米を使っていくかは検証の必要がありますね」(トロイ)

また、最近は速醸酛ではなく、白麹を使うことで、乳酸を添加しない酒造りを始めています。

「白麹へ切り替えたのは、乳酸添加をやめるためというわけではなかったんですが、白麹甘酒を造ったところ、シェフが気に入ってくれて、商品化しないかという話になりました。大量に生産することになればたくさんの麹が必要になるので、日本の陸奥八仙などに倣って、酒造りも白麹造りに切り替えようかと考えています」(トロイ)

パッケージに関しては、缶と瓶の両方を生産し続けていく方針です。

「両方あるということが大事だと思うんです。缶は食料品店やスーパーマーケットに卸すなら不可欠だし、瓶はテイスティング・ルームやレストランに適している。それぞれをどのように差別化すべきか把握するのに時間がかかりましたが、缶には低アルコール酒や高価格帯の商品、フレーバードのお酒を詰める予定です」(トロイ)

ロサンゼルスの地酒を目指して

夏、ダウンタウンに醸造所をオープン

Ventura Spiritsに通いながら酒造りを続けつつも、ロサンゼルス市内での醸造所オープンを目指して奮闘してきたSawtelle Sakeですが、2024年の初め、ついに理想的な物件を契約。ダウンタウンのファッション・ディストリクト(洋服店の多いエリア)にある元ランジェリーショップで、5500平方フィートの規模を持つ2階建の建物です。

現在は工事の真っ最中。二人が、「ここに発酵タンクを置き、2階の麹室から麹を投入できる仕組みにする」などと解説しながら案内してくれました。昨年の秋に日本の酒蔵を回り、それぞれの構造や仕組みを研究したそうですが、スキップフロア形式で2階が設置されているのは、まるで酒造りのために用意されたかのようです。

この新しい醸造所のために、薮田式の圧搾機も日本から購入。日本の機材を輸入するのは高額な費用がかかるので、アメリカの酒蔵で薮田式圧搾機を導入しているところはまだ数件しかありません。

「発酵タンクは、現在の1つから4つに増やす予定です。6週間に1バッチのペースから、月に3バッチのペースになる。その多くは缶で流通することになります」

建物は四方が断熱されており、窓はついていません。夏は気温が高くなりやすいロサンゼルスにおいて、空調を最小限に抑えることで、サステナブルな酒造りを実現します。

竣工は2024年夏を予定。物件の契約から半年以上の時間がかかるのは、醸造所をオープンする場合、工事だけでなくさまざまな許認可が必要となるためです。

「この建物はもともと倉庫としての許可を得ていたので、製造施設としての認可を取らなければなりません。ヴェンチュラからワイナリーライセンスを移管して、連邦政府とも手続きする必要がある。それから、排水設備や電気関係の許可がいくつも必要です」

新しい蔵の完成までは、醸造はお休み。トロイは、「この3年間で学んだ教訓はすべて活かせたと思います」と胸を張ります。

「Ventura Spiritsで働く人たちは、基本的にみんなエンジニアなんです。自分たちで何でも直せるので、彼らから学ぶことはたくさんありました。おかげで今、醸造所をどのようにレイアウトすべきか、はっきりと分かっています

この街に、地酒の文化を作る

仕込み水には、ロサンゼルスの街のRO水(※1)を使用します。日本酒では軟水に価値を置く酒蔵も多くいますが、「ビールなどの発酵技術では、水が持つミネラル分を重視する」とトロイは指摘します。「少なくとも、私たちの経験上では、水が硬い方が理想的です。麹とお米の栄養がたっぷり詰まったようなしっかりした味になるんです」。

ロサンゼルスという地域に根ざすためにも、水に関して”気取らない”と決めたSawtelle Sake。同様に、フレーバード商品にブレンドするフルーツやハーブも、できるだけ地元で調達する予定だと言います

(※1)逆浸透膜(RO膜)で濾過することで、水分子以外の不純物を除去した水のこと

「アメリカで日本酒を飲む人の割合は1%未満。これは日本の酒蔵が気づきづらいことですが、日本の市場では、生酛や純米などの血統書をつけることを目的としているように見えることがあります。果物を入れた酒をタブーのように見る文化もありますよね。でも、アメリカ人は酸味とバランスが取れた甘い飲み物が大好きなんです」(マクスウェル)

「持続可能なビジネスのためには、お金を稼がなければなりません。そのためには、伝統的な日本酒業界の外にいる人たちに話しかけなければならない。だから、アメリカの消費者が何を望んでいるのかを聞く必要があるんです」(トロイ)

酒蔵が完成した後は、Sawtelle Boulevardにあるテイスティングルームの始動にも本格的に取り組み始めます。

「テイスティングルームは、過度に高価でも派手でもなく、ひと晩に2、3組程度、日本酒とのペアリングを楽しんでらう場所になる予定です。近所の人たちが、次のサケはいつリリースされるのかを楽しみにしてほしいし、お祝い事があれば特別なボトルを販売したいですね」(トロイ)

創業から5年を経て、ようやくロサンゼルスの街に酒蔵をオープンする夢を叶えようとしているSawtelle Sake。日本での最新の酒造りやトレンドを貪欲に追いかけ、ファンとしてリスペクトしつつも、その課題を冷静に見極め、アメリカの醸造家としてのチャレンジを続けていきます。

酒蔵は夏にオープン予定。彼らに大舞台が与えられたとき、ロサンゼルスのSAKEのシーンがどう動くのか。酒蔵が完成した後の次なるストーリーを楽しみに待ちましょう。

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