『dancyu』編集部突撃訪問!25年の歴史を持つ“日本酒バイブル”の歴史と裏側

2024.06

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『dancyu』編集部突撃訪問!25年の歴史を持つ“日本酒バイブル”の歴史と裏側

木村 咲貴  |  日本酒を学ぶ

「掲載された日本酒は売れる」といわれるほどに、日本酒業界で強い影響力を持つプレジデント社の月刊誌『dancyu(ダンチュウ)』。愛好家はもちろんのこと、業界関係者も「dancyuに取材されるか」「どんな銘柄が掲載されるか」とそわそわしながら毎年の取材・発売シーズンを待っています。

1999年に始まったdancyuの日本酒特集。25年間にわたり不動の人気を維持し続けるその裏側には、どのような物語があるのでしょうか。2024年現在、日本酒特集の班長(※1)を務める編集長・藤岡郷子さんと、日本酒特集を立ち上げた、現主任編集委員・里見美香さんにお話をうかがいました。

(※1)dancyu編集部には、編集部員それぞれが特定のテーマの「班長」(リーダー)を務めるという制度がある。

『dancyu』日本酒特集の歴史

1990年に創刊したdancyuが、第1特集(※2)のテーマとして、初めて日本酒を取り上げたのは1999年のこと。きっかけは、ワインの大ブームだった1998年末に当時の編集主幹が発した「来年からは日本酒だよ」という言葉でした。

(※2)第1特集:紙の雑誌の中で最も大きな特集。ページ数および順序に応じて第2特集、第3特集などが続く。

「そのころ、編集部の中で日本酒が好きなのは私だけで、過去には第2特集で3回取り上げたことがあるのみでした。日本酒を扱うメディア自体がとても少なかった時代です。ところが、思い切って全54ページの大特集を組んでみたところ想像を超える大ヒットとなり、以来dancyuの中でも大定番の人気特集として、今年で25年目を迎えるまでになりました

そうお話してくれたのは、これまで25回の日本酒特集のうち、初年から2022年の間に計15回と、歴代で最も多く日本酒特集の班長を務めた里見美香さん。手元にある1999年2月号の表紙には、「日本酒の勝ち!」というタイトルが大きく刻まれています。

「当時の大ワインブームの中で、このタイトルも良かったんだと思います」と里見さん。当時、新入社員として日本酒特集に関わったという現編集長・藤岡さんも大きく頷き、「ワインブームの中で、日本酒ファンが抱えていたモヤモヤとした思いを代弁してくれたタイトル。”勝ち”とまで言い切ったことで、『これから日本酒が来るのか?』と期待させる効果もあったのだと思います」と続けます。

毎年さまざまなテーマを扱うdancyu日本酒特集ですが、藤岡さんが特に「思い入れが深い」と語るのが2013年の「新しい日本酒の教科書」。 この年、dancyuは1月号から編集長が変わって誌面を大きくリニューアルし、「勝負は3号目にかかっていた」といいます。

「実は、そのころ妊娠が判明して、個人的には毎日『大丈夫か私? 大丈夫か雑誌?』という状態で仕事をしていましたね。それが、3月号が発売されると爆発的に売れて、重版までかかったんです。雑誌で重版がかかるというのは本当に珍しいことで、リニューアル3号目にしてようやく手応えをつかめました。当時の社長からも『よくやってくれた、お疲れさま。ゆっくり休んでください』とねぎらいの言葉をもらい、私もホッとした気持ちで産休に入ることができました」(藤岡さん)

dancyu25年の日本酒特集の歴史の中でもターニングポイントとなった2013年3月号。付録のBook in Book「脱『辛口の酒ください!』のススメ」は、当時NHK『ためしてガッテン』のディレクターを務めていた北折一(きたおり・はじめ)さんが監修しています。

「酒の好みもバラバラな人たちが、なぜか一様に『辛口の酒ください』と注文する謎を突き止め、別の頼み方をしませんか、と提案する企画でした。導入と結論は見えている。謎の理由もいくつかは察しがつく。でもその中間をどう構成したら説得力が出るかわからない……と悩んでいたときに、『何かヒントをくれるかもしれないよ』と言って、知人が紹介してくれたのが北折一さんでした。

導入と結論しか入っていない企画書を持って北折さんのところに押しかけ、『どうしたらこの結論につなげられると思いますか?』といきなり相談しました。『話を聞くだけのつもりだったのに、もう協力する前提でいるのか?』と相当驚かせてしまったようです(笑)。でも、私の熱意に吞まれたそうで、企画に全面協力してくださいました。

北折さんはフリーランスになった今でも居酒屋などで『dancyu読みました』と声をかけられるそうです。思い出深い企画になったと言ってくださるので、良かったと感じています」(藤岡さん)

小冊子では、北折さんが番組で得意としていた実験方式を初めて採用。その後も数年間続くdancyuお得意の手法が生まれた瞬間となりました。

強化体制で制作。日本酒特集ができるまで

dancyuの編集スタッフは10人前後。日本酒特集は、そのうち6人ほどが担当します。

「ほかの特集よりもページ数が多く、細かいデータなども掲載するため人手が必要で、強化した体制で臨んでいます」と里見さん。日本酒特集が毎年3月号(2月発売 )(※3)である理由については、「一年目は年明けすぐの2月号だったんですが、取材期間中に酒造りの現場を撮影するのが難しかったので、翌年から1号ずらしました」と説明してくれました。

(※3)歴代の日本酒特集の中で、その後は2007年のみ4月号が日本酒特集。2015年は2月号・3月号の2号連続日本酒特集を組んだ。

現在は、前号の特集と並行して、11月下旬~1月上旬の2カ月をかけて取材を実施しています。

dancyuの日本酒特集の主な企画は、ボトル紹介(試飲会スタイル)、酒蔵ルポ、飲食店紹介など。ボトル紹介記事は、候補となるお酒をピックアップした後、ブラインドでテイスティングして掲載するものを決めていきます。

「ルポで掲載する酒蔵を選ぶ基準は、各年のテーマにもよりますが、大きく分けて2つ。消費者が興味を持っていて、細部まで知りたいと思っている蔵と、まだほとんどの人が知らないけれど、これから伸びていくであろう蔵です」(里見さん)

「それに加えて、姿勢がユニークな酒蔵を選ぶことも意識しています。酒造りに対する姿勢はもちろん、世界観があるところですね。

2024年に取り上げた『廣戸川』さんは、決して派手ではないんですが、試飲会でのブラインドテイスティングでいつも上位に入るほど質の高いお酒を造られます。酒造りを拝見してお話を伺うと、ものすごく実直で、技術を磨きに磨き続けている、とルポの担当者も言っていました。飲んだ時にそのお酒から受ける印象について、実際に取材に行くと腑に落ちることは多いです」(藤岡さん)

特集で紹介する飲食店は取材前にロケハンをおこないますが、その時点ではdancyuと名乗らないのだとか。

「銘柄が充実しているか、食事が美味しいかはもちろんのこと、初めて行った人でも親切に対応してくれるか、かつ、スタッフがきちんと説明してくれるかも重視しています。価格帯は、一般的な社会人がポケットマネーで行ける範囲内に設定し、ある程度は説明してくれながらも、お客さんに選ぶ楽しみも与えてくれるようなお店だとなおいいですね」(藤岡さん)

新入社員のころから日本酒特集に関わっている藤岡さんですが、実は、日本酒特集の班長を引き継ぐのには抵抗があったといいます。

「班長は、担当する特集のすべての記事に目を通し、一人ひとりの方向性をコントロールする役割なので、自分の担当の仕事がなかなか進められないんですよ。ようやく誰からも相談されなくなるのは夜9時、10時ごろ。それから担当記事に取り掛かることになるんです。相当な体力や判断力、編集能力がないと務まらない役職で、里見が校了ギリギリまで踏ん張っている様子を見ながら、自分には到底できるはずがないと思っていました」

日本酒新入生を“沼”に引き込むために

たびたび編集長や班長が入れ替わり、試行錯誤とともにリニューアルを重ねてきたdancyuですが、25年間のすべての日本酒特集に通底するコンセプトとはなんなのでしょうか。

「dancyuの創刊から日本酒特集をスタートするまでの約10年のあいだだけでも、日本酒蔵は300蔵も減少し、このままいくと将来は日本酒の世界がかなり縮小してしまうのではないかという危機感がありました。日本酒は味わいも大切ですが、その奥にある文化や風土なども含めて、廃れてしまうことがあってはいけないと思ったのです」

編集部の中でたったひとりの日本酒ファンだったという里見さんは、「当時、70歳や80歳になったときも、いろいろな日本酒を飲み比べて楽しみたいと強く思っていました」と微笑みます。

dancyu日本酒特集の柱は、日本酒ファンを広げること。ほとんど知識がないけれど少しだけ日本酒に興味があるという人を沼に引き込みたいという気持ちはずっと持ち続けていますね。毎年どんなジャンルにも新入生はいますし、どこから日本酒を好きになるかは人によって違います。手に取ってくれた日本酒新入生たちを逃さないように、専門的なことも易しい言葉で表現するよう意識しています

新入社員時代は日本酒が特に好きだったわけではなく、その後ファンになったという藤岡さん。「雑誌の酒記事の作り方としては、著名なソムリエなどひとりの監修者のおすすめを掲載する方法が一般的ですが、dancyuの特集は、“dancyu編集部が選ぶ”というスタンスなんです。編集部が選ぶというスタンスは日本酒特集に限りませんが、お酒の記事でこれを貫くのは、編集部の中にしっかりとした軸がないとできないことなので、その軸を決めるためのリサーチにも時間がかかります」と付け加えます。

「あとは、レーティング(点数をつける)雑誌にはしたくなかったのは大きいです。ある時期の編集長から『ランキングを作りたい』と言われたこともあったんですが、絶対にしたくないと貫きました(笑)。日本酒は嗜好品ですし、多様な蔵がいろいろな事情を抱えながらいろいろな環境の中で真摯に造っているものですから、私たちが順位をつけることはしないようにしています」(里見さん)

そのほか、商品のデータが詳しく書き込まれているのもdancyuの伝統。日本酒は飲んでみないと味がわからないため、細やかなデータを載せることで味を想像してもらうのが狙いです。さらに、誌面に登場する日本酒を販売している酒販店リストを毎号掲載することで、購入の導線を作る工夫も続けています。

25年で、日本酒はどう変わったのか

WEBメディアやSNSが台頭し、オンラインで気軽に情報が手に入るようになった昨今。藤岡さんは、「かつては飲食店の店舗情報が載っているだけで価値がありましたが、今はそれだけでは『ネットを見ればいい』となってしまう時代。紙の雑誌だからこそできることとして、読者がまさにその場にいるような気分を味わえる“臨場感”を大切にしています」と話します。

飲食店の取材では、ただおすすめされた料理だけでなく、「この店ではこれを注文すべき」と自ら探ったうえで取材にあたります。「意思があり、踏み込んだ原稿でなければ、SNS時代には太刀打ちできない」と里見さんも同意します。

長年、日本酒業界を見つめ続けているお二人ですが、この25年のあいだで、日本酒にはどのような変化があったと感じているのでしょうか。

「日本酒の消費量は伸びていないといいますが、ファンは増えたというか、『日本酒は美味しいもの』と思っている若い人が多くなったと感じています。それと関係するのかもしれませんが、私が若かったころは、店によって酒の状態に良し悪しがありました。でも今は、美味しくないお酒に当たることがほとんどなくなりました」(藤岡さん)

「日本酒特集が始まったころはワインブームの時代で、その後に焼酎ブームも来たんですが、そのころは『日本酒なんて古くさくてカッコ悪い』という風潮があったんですよね。最近は、ようやく日本酒への偏見がなくなってきて、お洒落なお酒としても認識されるれるようになってきた。初期のころから一緒にやってきてくれたライターさんと、『私たちの目の黒いうちにこんな風になって』と喜んでいたんですが、本当に良い時代になったと思っています」(里見さん)

日本酒のバイブルとして

一時期は、酒蔵や飲食店から「載せてくれ」という問い合わせが寄せられ、掲載された酒をそろえる飲食店が多数登場するほどの影響を与えたdancyu。それらの目立った現象にとどまらず、日本酒の品質が上がり、多様なスタイルで楽しまれるようになったことにも、同誌が少なからず貢献してきたといえるのではないでしょうか。

日本酒メディアの老舗ながらも、決して時代遅れにならず、常にホットなテーマをピックアップできる秘訣を尋ねると、「一年中飲んでいることです」と満面の笑みを見せた里見さん。編集者自身が日本酒ファンであることこそが、長く続く企画の鍵なのかもしれません。

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