「飯能の自然・生物多様性と共に」を第一に掲げる酒造り- 埼玉県・やまね酒造

2023.08

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「飯能の自然・生物多様性と共に」を第一に掲げる酒造り- 埼玉県・やまね酒造

榎本 康太  |  酒蔵情報

2022年、埼玉県飯能(はんのう)市でクラフトサケ(※)の醸造を始めたやまね酒造は、地元・飯能産の杉(西川材)を使った木桶醸造や埼玉県産米の全量使用、副原料に狭山茶を使うなど、徹底して地物にこだわる酒造りを行っています。

「やまね酒造は酒蔵だけど酒蔵じゃない、飯能の自然と生物多様性と共に歩む環境保全の会社です」と、酒蔵としては異端に思える企業理念を語る、代表の若林福成(わかばやし・ふくなり)さん。酒蔵を立ち上げるきっかけや、木桶をはじめとする酒造りのこだわりなど、独自の酒蔵経営について、たっぷりお話を聞きました。

(※)クラフトサケ:日本酒の製造方法をベースに、発酵段階で副原料を加える新しいジャンル。酒税法では清酒(日本酒)ではなく「その他の醸造酒」に該当する。

酒と地域のつながりに目覚めた、まちおこしの経験。

──若林さんと日本酒の出会いについて、教えてください。

若林「高校時代に埼玉県栗橋町(現久喜市)でまちおこしをしていたのですが、活動のなかで『地域』というものを突き詰めていくうちに、『酒』が地域に根ざした魅力的なコンテンツだと魅力的に感じるようになりました。

そのときは、『鉄道むすめ』や『らき☆すた』など、キャラクターコンテンツを使ったまちおこしをしていたのですが、海外からも多くのファンがいらっしゃったんですよ。そこで、せっかく日本に来てもらったんだから、その聖地(コンテンツの舞台となっている場所)で造られたお酒を飲んでもらいたいと調べたり、コラボ酒を企画していくうちに、どんどん日本酒の魅力に惹かれていきました」

──そこから、酒蔵を立ち上げるまでに至ったきっかけは、なんだったのでしょうか?

若林「ラベルから味まで、プロダクトの全てを自分で決めることができる立場になるにはそれしかなかった、というのが大きいです。僕は、もともと自然や生き物が大好きで、やまね酒造の経営と同時に生き物の研究をしているのですが、酒造りで表現したいのも、『生物多様性と共にあること』なんですよ。

酒は酒蔵というハコのなかだけで造られるのではなく、やまね酒造でいえば飯能の自然の中で微生物が醸すもの。その地域にいる生き物の種数が多ければ多いほど、調和していれば調和しているほど、そこで美味しいお酒ができる、と信じています。これを100%貫くとなると、もはやタイアップ先がいないんですよね。生き物や自然環境は待ってくれないので、もう自分で酒蔵を立ち上げるしかないと思いました」

──酒蔵の場所として、飯能を選んだ理由はどこにあるのでしょうか?

若林「小学生の頃に出会った国立科学博物館の先生から『飯能なら、君の会いたい生き物のほとんどを観察することができるよ』と言われたのが原点ですね。僕は『そこにいる生き物の種数が多ければ多いほど、美味しいお酒ができる』と信じているので、そんな生き物の宝庫で酒造りができたら最高だと思いました。理想の場所を追い求めて日本全国100蔵以上見てきましたが、しっくりきたのが飯能でした」

──酒蔵の名前を「やまね」酒造にしたのは、なぜなのでしょうか? やまねって、リスやネズミのような生き物のことですよね。

若林「弱い立場の生き物が、常に死が隣り合わせの自然界で必死に生きていて、それを粛々と受け入れていくたくましさ、そのなかで生かされているということに対しての、僕自身の強烈な愛情を直で会社名にしたいと思いました。

やまねって、日本に生息している哺乳類のなかでは最も古い哺乳類のひとつなんですよ。体長8cmで一生のほとんどを寝て過ごしている弱い生き物が、悠久の歴史のなかで日本の自然をずっと見てきている。やまねは樹上性の生き物なので、木桶につながりますし、酒蔵のある飯能の原市場地区には、実際にやまねも生息しています。そんなやまねの名を借りることで、酒蔵の熱意や方向性がより伝わりやすくなると思ったんです。

キャラクターコンテンツを活用したまちおこしをやってきた僕からすると、やまねはアイドル的な存在だと思っているんですよ」

──たしかに、やまねは小さくてかわいいですけど、「アイドル」ですか?

若林「前に取り組んでいたまちおこしの話なんですが、自分が惚れ込んだコンテンツのキャラクターや声優さんは、僕にとって、もはやアイドルなんですよ。とことん掘り下げて、もっともっと好きになって、彼ら彼女らと共に地域を盛り上げていくというのは、とにかく強力なモチベーションになります。

やまね酒造だと、そのキャラクターがやまねになったということですね。アイドルであるやまねを媒介にお酒を売りつつ、その利益でやまねを守る活動も行うことで、自然や動植物を守る環境保全のサイクルを回したい。それが、『やまね酒造は酒蔵だけど酒蔵じゃない、自然と生物多様性と共に歩む環境保全の会社である』ということです」

──実際の酒造りと自然環境のつながりとして、具体的にはどのようなものがあるのでしょうか?

若林「例えば、木桶って天日干しによる紫外線の照射殺菌を行うので、自然のなかに晒されます。そこで醸造所と自然の境界が交わるんですよ。

太陽光に当たっている木桶の周辺では、上空をムクドリなどの鳥類が飛んでいますし、植物や空気中の微生物が生命活動を営んでいます。目に見えない小さな生物たちがくっつくなどして、木桶も影響を受けているはずなので、飯能の自然環境をよくすることがよいお酒を造ることにつながると強く思っています。そこをやまねのストーリーを通じて伝えていきたい、ということですね」

生き物がつくる、個性を信じた酒造り

──徹底して自然と調和した酒造りをするやまね酒造ですが、「こういう味を醸したい」というような目標はありますか?

若林「感覚的なものなのですが、お客さんがお酒を飲んでくれた時に、生き物のことや自然の情景、木の温もりを思い浮かべられるような、優しい味わいを目指しています。また、自然のなかには、決まった計算式やルールでは表現しきれないものがたくさんあるので、そういった不確定な部分、定性的な部分に対する謙虚さも表現したいと思っています」

──クラフトサケのなかでも、やまね酒造のお酒は、副原料の風味が目立ちにくい味わいのものを造っていると感じているのですが、そのような味わいにしている理由はなんですか?

若林「僕が造り手として挑戦しているのは、常に同じ条件下で酒造りをして、そこにいる微生物などの生き物たちと、そのたびにどれだけ個性的な味わいを生み出せるのか、ということです。木桶で造ると、同じ計算式や同じ量でやったとしても、毎回味わいが全然違うんですよね。それぞれの微生物の個性を尊重したいので、副原料のフレーバーを押し出すということはあまりしていないです。

なので、使用している副原料の9割以上は発芽玄米、しかもごく微量です。残りは飯能産茶葉の『狭山茶』ですね。狭山茶に関しては、古くからこの飯能の地で、自然環境を保全しながら栽培されてきた人たちと手を取り合いたい、という地域とのつながりへの思いから使っています」

──商品以外の点で言えば、住み込みで蔵人体験ができる「やまね酒造り学校」やエコツアーなど、他の酒蔵ではあまり見られないユニークな取り組みをされています。なぜ、こういった活動をされているのでしょうか?

若林「確かに、今は民泊、蔵人体験、バーベキュー、エコツアーなどいろいろやらせていただいています。理想を言えば、こうしてインタビューで答えているように、やまね酒造の想いや生き物、自然のことを常に発信したいと思っているのですが、機会がない限りなかなか伝えられないんですよね。なので、エンターテイメント性のある活動を通して伝える機会を作ろうと思い、いろいろなイベントを展開しています」

酒蔵脇の河原でバーベキューをしながら自然を感じてもらったり、酒造りを通して微生物の世界を知っていただくなど、お金では買えない価値、体験を提供する。そこから、飯能の自然、動植物たちについて知っていただければと思っています。酒だけだと、どうしても注目されにくい面があると思うので、チャンスがあれば、いろんなコンテンツとのコラボレーションの可能性を探っています」

すべての生き物好きにエールを。

──やまね酒造が目指す最終的な目標とはなんでしょうか?

若林「生き物の研究をしながら生計を立てる道に、やまね酒造のようなモデルもあるのだと伝えていきたいです。やまね酒造は酒造業務とは別に、生物多様性・環境生態学研究センターも設立していて、センター長の僕は、ニホンヤマネなどの動植物や環境を対象とした生態学の調査・研究を行っています。

世のなかには生き物や自然が好きで、環境を守るために研究をしている人たちがいますが、研究そのものがお金を生むことはなかなかないのでみんなが研究一本で生計を立てられているわけではありません。しかし僕は、そういった高い志を持った方たちが、お金を原因に研究を諦めるのが悲しいんですよ。自然を守るための研究に大きな価値があると思っているし、みんなに研究し続けてもらいたいんですよね。

まだまだ道半ばではありますが、やまね酒造のように、研究以外でも生き物や自然に関わる業務を行い、その資金で自分の好きな生き物たちの保全活動や調査研究を同時に行う。このモデルがしっかりと確立できた際に、やまね酒造を見て、一念発起してビジネスを起こす人が出てきてくれたら最高ですね」

酒蔵の枠を超えるような目標を語る若林さん。最初から最後まで、自然や生き物が心の底から大好きなのだと感じられるインタビューでした。「飯能の自然・生物多様性と共に」を有言実行し、お酒と自然への愛に溢れたユニークな活動を展開するやまね酒造。 酒蔵見学や麹づくり体験、やまね酒造のお酒が飲み放題のバーベキューや民泊など、参加可能なイベントが続々展開中です。お近くの方はぜひ訪問し、やまね酒造の酒蔵哲学を感じてみてください!

若林福成(わかばやしふくなり)
やまね酒造株式会社・代表取締役 生物研究家
1991年埼玉県栗橋町(現埼玉県久喜市)生まれ。高校時代にキャラクターコンテンツ「鉄道むすめ」を用いたまちおこしに尽力。他にも複数のイベント実行委員を務めたほか、「らき☆すた」の聖地である大酉茶屋を経営。
その後、新政酒造での修行を経て、2019年にやまね酒造株式会社を設立。2022年からその他醸造酒製造免許を取得し、醸造を開始。

酒蔵情報

やまね酒造株式会社

住所:埼玉県飯能市大字赤沢223
連絡先:yamaneshuzo@gmail.com
創業:2019年12月3日
代表取締役:若林福成
Webサイト:https://yamaneshuzo.jp/

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