2023.05
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「オール雄町」への切り替えを決断。蔵元姉弟が挑む酒蔵改革の軌跡 - 岡山県・辻本店(御前酒)
岡山県真庭(まにわ)市の辻本店は、今季(2022BY)の酒造りから、蔵で造るすべての酒に使う米を雄町だけに絞るという決断に踏み切りました。酒造好適米として高い評価を受ける雄町は大半が岡山県で栽培されており、県内の酒蔵の多くが雄町を使ってきましたが、大吟醸から普通酒まですべてを雄町だけにするのは辻本店が初めてです。
「オール雄町蔵」の一番乗りを果たす旗振り役となったのは、辻本店の辻総一郎社長と辻麻衣子杜氏の姉弟です。20年前に相次いで蔵に戻ってきた二人が推進してきた蔵の改革の、総仕上げとなる今回の決断に至る経緯を追いました。
蔵元姉弟が変革を主導
兵庫県姫路市から岡山県の真ん中を横断し、島根県の松江に至る出雲街道。そのちょうど中間にある勝山は、宿場町・城下町として栄え、いまでも土蔵や白壁、格子窓などの古い佇まいが残り、1985年には県内ではいち早く「町並み保存地区」に指定されました。多くの観光客が訪れる美しい町並みの中でも、ひときわ目立つ重厚な建物が辻本店の蔵です。
町の誰もが知っている蔵ゆえに、1977年に生まれた麻衣子さんと2年後に生まれた総一郎さんは「あの酒蔵の子ども」というレッテルを貼られて育ち、それが鬱陶しくてたまらなかったのだそうです。このため、麻衣子さんは高校から勝山を離れて岡山市内へ。大学は東京で学び、「将来は国際的な仕事に就きたい」と考えていました。弟の総一郎さんは音楽好きで、高校卒業と同時に東京に出て、プロのミュージシャンを目指し、「長男だが、絶対に酒蔵など継がない」と心に決めていたと話します。
そんな二人ですが、まず、麻衣子さんに大きな転機が訪れます。大学の友達から酒蔵の娘だと知ると必ず「日本酒ってどうやって造るの?」と聞かれるのに、まったく答えられないという場面を繰り返し経験したのです。「日本酒ができる仕組みを知らないでは、蔵の娘としては恥ずかしいし、将来、海外の仕事をするにしても、母国の日本酒について説明できないのではまずい」という気持ちが膨らみ、父・均一郎さんと当時の杜氏・原田巧さんに頼んで、大学を卒業間近の冬場に一週間、酒造りに加えてもらうことになりました。
蔵で育ったのに、これまで一度も酒造りの現場に足を踏み入れたことがなかった麻衣子さんは、初めて蔵の中で一週間酒造りに従事することで、気持ちが180度転換してしまいました。「酒造りってこんなにも面白いものだったのか」と心が震え、「ひょっとしてこれが天職ではないか」と感じた麻衣子さんは、内定していた会社に4月に入ったものの、半年で辞めて蔵に戻り、杜氏に弟子入りをします。「蔵元のお嬢様だから、どうせ、きつくて音を上げるだろう」と見る蔵人もいたそうですが、「いつか見返してやる」という決意で杜氏に密着し、酒造りを確実に覚えていきました。
片や総一郎さんは東京でメジャーデビューを目指して奮闘していましたが、なかなか果たせないまま、ずるずると時間が過ぎていました。蔵に戻った麻衣子さんから、「あなたが取り組んでいるパンクロックは、既存のやり方を壊して新しいやり方を創るという精神性が重要なんでしょう。その精神性を酒造りに向けて、蔵を改革するのに力を貸してほしい」という手紙が届き、父からは「あと一年挑戦してデビューできなければ、蔵に戻ってこい」と言われ、総一郎さんは「絶対、デビューしてみせる」とその条件に応じます。
しかし、残念ながらプロデビューを果たせず、総一郎さんは2002年、23歳の時に蔵に帰って来ることになりました。しかし、「酒造りを知らない自分が蔵に貢献できるとしたら、まだ取り組めていない海外への輸出がある」と感じ、戻る前に一ヶ月かけて英国と米国を巡りました。
「その時の経験は大きかったです。日本にいる時は、日本酒が飲まれるシーンはかっこよくないものばかりと感じていたのですが、海外ではスタイリッシュな店で、若い人たちが素敵なグラスで日本酒を飲んでいたんです。こういう売り方、飲まれ方を日本でも広げれば、酒蔵の未来は開けるのではないか。それなら自分も貢献できるかもしれないと前向きに考えるようになり、帰国しました」(総一郎さん)
蔵に帰った総一郎さんは、直営のレストランの厨房に入りながら、新しい日本酒の販促企画に取り組みます。さらに4年目からは酒造りにも加わり、蔵の業務全体を把握できるようになると、麻衣子さんとともに、蔵を変革していくための課題について話し合うようになりました。
最も気になったのは、「酒造り」「瓶詰め・出荷」「営業」の部門が完璧に分かれていて、相互の組織の風通しが悪い点でした。「造り手はどのように酒が売られているかに関心がないし、売り手は造り手の苦労や工夫を何にも知らないというのでは、飲み手にも蔵の思いは伝わらない」。そう感じはじめたころ、杜氏が体調を崩して、2006BYには麻衣子さんが杜氏代理に、翌年からは蔵元杜氏に就くことになりました。「大きく蔵を変えるいい機会」と考えた2人は、杜氏や蔵人を冬場に招くそれまでのやり方を廃し、全員を社員蔵人として雇用のうえ、酒造りから最後の販売までを全社を挙げて取り組むスタイルに変えたのです。
雄町だけを使う新銘柄を看板商品に
二人は、この機会に合わせて、新銘柄をデビューさせることにしました。目的は、「若い人たちに日本酒をかっこよく飲んでもらう」こと。「一升瓶どころか、四合瓶でも個人が買うには大きすぎる。ラベルも漢字の髭文字ではおしゃれではない」という考えから誕生したのが、縦長でスリムな500mLの「GOZENSHU 9(御前酒ナイン)」です。
「その時の蔵人が、我々を含めて9人だったことと、10点満点を目指して頑張るという意味を込めました」と総一郎さん。外見だけでなく、中身も重視し、使用する米は雄町のみ、酒母には室町時代からある酒母造りの手法である菩提酛を採用し、甘味と酸味を強調した現代風の味わいを目指しました。
雄町という米は1859年、備前国高島村雄町の篤農家・岸本甚造氏が鳥取県大山を参拝した帰り道に、背の高い2本の稲穂を見つけ、持ち帰って栽培したのが始まりとされます。当初は「二本草」という名前でしたが、のちに篤農家が育成を始めた地から取った「雄町」が正式名称になりました。日本最古の原生種である雄町は、その優れた酒米としての特性から、大正から昭和初期にかけては、「清酒品評会で上位になるには、雄町を使わなければ難しい」と高く評価されます。このため、新しい酒米開発のための交配種として重要視され、雄町の血統を継ぐ「山田錦」「五百万石」「愛山」などが生まれていきました。
雄町は近年、年間1600トン前後が生産されていますが、その9割以上が岡山県で栽培されたもの。ここから二人は、「岡山県の酒蔵として出す新銘柄なのだから、雄町のみにするのは当然。魅力的な旨味を引き出すことのできる雄町を使って、新しいタイプの酒質で売り込む」ことを決意したのです。
2009年に発売された「GOZENSHU 9」ですが、当初は「こんな変わった瓶だと、なかなか売れないだろう」という反応の酒販店が多く、滑り出しはいまひとつでした。しかし、2011年3月の東日本大震災後の「日本酒を飲んで応援しよう」という動きが追い風になり、斬新な瓶も徐々に評価され、その後は順調に成長。いまでは蔵の売り上げの3割を支える看板商品に育っています。
一方で、そのころから、辻姉弟と同世代の蔵元や杜氏が、自由な発想で新しいタイプの日本酒を次々に出すようになり、地酒間の競争は熾烈を極めます。
「普通酒の売上が年々減っていくのを、純米酒などの特定名称酒でカバーしなければならなかったので、販路も特約店だけでなく、問屋経由でスーパーやコンビニにも広げていきました。取引先からオファーがあればなんでもやるという姿勢でしたので、PBも増えました。しかし、限定商品を含めた取り扱うアイテムがどんどん増えて、販売店主からは『御前酒は何がしたいのかよくわからない』と言われてしまったんです」(総一郎さん)
蔵としての明確なアピールポイントが必要だと感じた姉弟は、蔵全体のリブランディングを決意。2017年頃のことでした。
全国で初のオール雄町蔵を実現
雄町を使ったお酒は独特の味わいを持つことから、もともとファンは多く、一部の熱狂的なファンは「オマチスト」と自称するほど。より多くの酒蔵に雄町を使ってもらおうと、2008年からJA全農岡山主催で「雄町サミット」が開かれています。全国の酒蔵が雄町の酒を持ち寄って評価を競うなど、多くのオマチストで賑わうイベントです。
このように、酒造好適米単独でのイベントは雄町だけというほど知名度は高い米ですが、どれだけ雄町を愛用する酒蔵でも、全量を切り替えるようなところはありませんでした。辻本店でも、当時の使用率は70%ほどで、残りは山田錦や地元産の飯米でした。
その大きな理由は、雄町が高価な米であるためです。一等米の1俵(60キログラム、玄米)は2万5千円前後で山田錦とほぼ同程度。平均的な一般米と比べると1万円前後高く取引されており、「地元向けの普通酒や安い純米酒にはとても使えるものではなく、全量を雄町で造るなど考えたこともありませんでした」という麻衣子さんの声がその難しさを物語っています。
「雄町の美酒を造る蔵というと、岡山県外の酒蔵を連想する飲み手も多い。この実態を覆して、“雄町=岡山の酒”をアピールするには全量雄町に突き進むしかない」と決意した総一郎さんは、実現の道を探り始めます。そんな折、ふと目に止まったのが、契約栽培農家から入ってくる「等外米」でした。
お米の等級は特等から1等、2等、3等とランク付けされ、それにも漏れると等外米とされます。粒のばらつきが大きく、青い米が混じったり、割れが目立ったりと、等級に入らないのはそれなりに理由があり、長年、ほとんどの杜氏は「等外米ではいい酒を造れない」といって避けてきました。JA経由で仕入れる場合は等級を指定できるので問題ありませんが、契約栽培では基本的に等外米を含めた全量を受け入れなければなりません。
このため、辻本店では等外米を甘酒やレストランで使う調味料としての麹米に回して消費してきました。しかし、「獺祭」を醸す山口県の旭酒造が等外米を思い切り磨いて美味しい酒を造るといった動きもあり、総一郎さんも奮起することができたのです。
実現のため、2019BYに二つの実験に取り組みます。ひとつは、等外米での純米大吟醸クラスの酒造り。雄町に力を入れていることをアピールするために、季節限定品の雄町三部作を出す予定でいたので、そのうちの1点を等外米を50%まで磨いて造ったところ、他の2点の酒に引けを取らない味わいの酒ができ上がりました。
もうひとつは、地元向けに出している一般米60%精米の特別純米酒を、等外米70%精米で造ることです。麻衣子さんは「等外米とはいえ、雄町の特性は変わらず、麹造りの時の菌の破精(はぜ)込みは素晴らしい。一般米よりずっと酒造りがしやすいし、出来も優れていることが確認できました」 と述懐します。普通酒は一般米よりもさらに安い加工米の70%精米で造ってきましたが、この実験により、等外米70%で造れば質はさらに上がることを確認。価格は安く、地元向けの純米酒と普通酒を雄町に切り替えてもコストは上がらないことが判明したのです。
必要量を確保できるかという課題もありましたが、地元のJAから問題ない旨の知らせを受けます。全量雄町に切り替えるのに当たって、最後のハードルとなったのは意外にも麻衣子さんでした。
「造り手としては、いろんなことに挑戦できる余地を残しておきたいわけです。それが全量雄町に縛られると、多彩な味のお酒を造りにくくなってしまう。なので抵抗しましたが、最後は折れました(笑)」(麻衣子さん)
こうして2年かけて準備を進め、等外米の扱いにも慣れたとの判断から、2022BYから全量雄町に切り替えました。「オール雄町蔵を目指す」と宣言した2020年から、雄町が発見された年にちなんで「御前酒1859」という新銘柄をデビューさせています。
「雄町=岡山の酒」にするために
今回、取材に訪れた時も、蒸し上がったばかりの雄町を麹室に運ぶ作業が行われていました。
「雄町だけに絞ることで習熟度が増して、酒質はより安定しています。ただ、同じ米だけにスペックごとに味の違いを出すのには苦労します。また、天候不順による凶作や水害で雄町の必要量が確保できなくなるリスクを回避するために、岡山県内でも栽培を委託する地域を分散することにも心を砕いています」(麻衣子さん)
「全量雄町を強調できる一方、等外米ゆえに純米酒を名乗れません。米の種類よりも純米の表示があるかどうかにこだわる人もいて、地元向け純米酒を愛飲していた方々へは粘り強く説明していかなければならないなと感じています」(総一郎さん)
唯一の全量雄町蔵であることをさらにアピールするために、姉弟が県内の農家と取り組んでいるのが、「特上雄町プロジェクト」です。米の等級は整粒率(粒が整っている割合)と被害粒率(死米、着色粒、異種穀粒、異物)を基準に判定されます。1等は整粒率70%以上かつ被害粒率15%以下が基準ですが、さらに出来の優れた玄米の場合は、特等(80%以上、10%以下)や特上(90%以上、5%以下)に判定されます。
しかし、該当するのはほとんど山田錦だけといってよく、雄町では長年、特上の実績はありませんでした。ところが、2018年収穫の雄町から、初めて特上が出たのです。
「岡山県内の農家が大いに沸いたのですが、残念ながらその米は県外の酒蔵に引き取られてしまいました。なんで、雄町の本場の酒蔵が使えなかったのかと悔しい思いでいっぱいになりました。そこで、次の特上が自然に出るのを待つのではなく、努力を重ねて特上を生み出そうではないかと考え、賛同してくれた農家と2019年からチャレンジを始めました。これまでは特等は取れましたが、まだ特上は実現していません。必ず、目標を実現させ、その米で全量雄町蔵である辻本店のフラッグシップ酒にしていくつもりです」
そう意気込む総一郎さん。辻本店の挑戦が実を結び、全量雄町に踏み切る岡山の酒蔵が増えることが期待されます。
酒蔵情報
辻本店
住所:岡山県真庭市勝山116番地
電話番号:0867-44-3155
創業:1804年
社長:辻総一郎
製造責任者(杜氏):辻麻衣子
Webサイト: https://www.gozenshu.co.jp/
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