「日本酒には夢がある」 - 世界最大級の日本酒レビューサイト SAKETIME運営企業会長・吉田和司さんインタビュー

2023.05

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「日本酒には夢がある」 - 世界最大級の日本酒レビューサイト SAKETIME運営企業会長・吉田和司さんインタビュー

木村 咲貴  |  日本酒を仕事にした人

月間100万人が訪れる国内最大級の日本酒レビューサイト「SAKETIME」運営企業の会長であり、「チロルチョコ〈ミルク〉に合う日本酒」などの企画で注目を集めた酒類コーディネーター企業「株式会社SBS」代表を務める吉田和司さん。日本酒の道に入って25年になりますが、もともとはスーパーマーケットのバイヤーで、お酒はほとんど飲めなかったといいます。

変化する酒類業界の中で、吉田さんが酒造メーカーに提案するビジネスソリューションとはどのようなものなのでしょうか。また、SAKETIMEは、群雄割拠するレビューサイトの中で、いかにしてトップクラスの座を守り続けているのでしょうか。これまでの経歴とともに、今後の日本酒ビジネスの可能性についてお話を聞きました。

お酒が飲めなかったバイヤー時代

かつて、大手スーパーマーケットチェーンの食品バイヤーを務めていた吉田さんは、入社から10年経ったころ、酒類担当への辞令を受けました。当時は1990年代の後半で、酒販免許の規制緩和が始まったころ。それまでは、酒類を取り扱う店舗には一定の距離基準や人口基準が設けられていたため、既存酒販店から一定の距離以内の店舗は酒販免許を持つことができず、同スーパーも一部の店舗のみしか酒類を扱っていませんでした。

この人事は、2000年代初頭にかけてこれらの基準が撤廃されるのに伴い、全店舗でのお酒の取り扱いを始めるため、酒類事業にテコ入れをしようとしておこなわれたものでした。

「当時はスーパーマーケットにほとんどお酒が並んでいなかったので、酒造メーカーや卸問屋も我々とどうやって付き合えばいいのかわからない状態でした。そこで、いろいろな酒蔵さんへ通い、『これから、スーパーマーケットは酒類販売の主流になる』ということを説明して回りました。東京では百貨店でしか手に入らないようなメーカーでも、地元では下駄履きで買いに行くような小さなお店にも売っている。東京でも同じようになるんだということを、講演会などを開いてお話していました」

当時、まったくお酒が飲めなかったという吉田さん。ところが、あるとき飲んだ「〆張鶴」(新潟県・宮尾酒造)のおいしさに惹かれて、日本酒に目覚めたと話します。

「日本酒は、『お酒が苦手なはずの自分が、なぜ飲めるんだろう』というところから興味を持つようになったお酒です。そこから少しずつ自信がついていって、酒蔵にも積極的に通うようになりました。パソコンを使ったことがない人が、仕事で急に使う必要ができたから、必死になって習うのと同じような感じでしたね」

業界のサポートを志し、酒類コーディネーターに

こうした活動を通して、吉田さんは当時ローソンの顧問を務めていた故・村田淳一さんが主催する「日本の酒と食の文化を守る会」に参加するようになります。日本酒を含む日本の食文化を啓発することを目的としたコミュニティで、全国の酒蔵の蔵元も多く参加しており、吉田さんのネットワークはどんどん広がっていきました。

「この会では多くの蔵元さんと交流させていただいたのですが、そのなかで年々、『経営状況が厳しい』という話を聞くことが増えていったのです。日本酒業界全体が経営不振に陥っていることを知り、なんとか酒蔵さんをサポートすることはできないかと考えるようになりました

この考えに賛同した村田さん、元・オエノンホールディングスの北澤征夫さん、ローソンの代表取締役を務めた藤原謙次さんらが2008年に立ち上げたのが、株式会社SBSです。主な事業は、酒類業界における不足を補完するため、ビジネスソリューションを提案し、卸売や販売代行をおこなうというもの。この代表取締役として、吉田さんに白羽の矢が立ちました。

「錚々たる面々の中で、『私なんかでいいのか』と思ったのですが、みなさん現役で企業の代表をされているのもあり、『君しかいない』と言われて、20年勤めたスーパーマーケットを辞めたんです」

人生を変える大きな決断とはいえ、食品業界を支える大御所たちがそろっているからとはじめは安心していたそうですが、「実際は、そんなにうまくいかなかった」と当時を振り返ります。

すべての蔵で同じことをやっても成功しないんですよね。酒質や生産量にしても、それぞれの蔵元さんの考え方や伝統があるので、各酒蔵の癖を理解しなければならない。机上論で進めても、一向にうまく行かないんですよ。

例えばお酒が美味しくなっても、量販店に置くのであれば、ラベルを見てどんな味がするのかわからないと買ってもらえません。一方で、専門店では、味わいの説明がラベルに書かれすぎていると、店員さんの活躍の場がなくなってしまう。そういうことを学ぶまでにも、ずいぶん時間がかかりました」

机上論では通用しないことを痛感した吉田さんは、事業のテコ入れを開始。営業部隊を編成し、酒蔵のコスト構造を改革するために物流の専門家、酒類の原料を理解するために農業の専門家を招きました。こうして各分野のプロフェッショナルをそろえた結果、SBSは創業から3年目にして70人ほどの規模に成長します。

一つひとつの酒蔵に合わせた提案をカスタマイズするため、吉田さん自身も全国を飛び回る日々が始まりました。ピーク時は、ひと月のあいだに数日しか自宅にいられなかったほどだといいます。

「SBSでは、開発からマーチャンダイジングまですべてを請け負っています。例えば小売店から『PBの商品を作りたい』という相談を受ければ、クライアントの酒蔵からマッチングすることも。私が流通業界の出身なので、スーパーやコンビニを含めた販路を提案できるのも強みです。

内容の大小はありますが、15年の間で取引させていただいた酒蔵さんは140社ほど。全国の酒蔵の10分の1ほどは、何かしらお手伝いをさせていただいたと自負しています」

SAKETIMEが不動の地位を築いた理由

2017年、SBSの事業を進める傍ら、吉田さんはもうひとつの企業であるSAKETIME株式会社の代表取締役に就任します。日本酒ランキング・レビューサイト「SAKETIME」の創業者は、カカクコム元取締役、みんなのウェディング元社長を経て、現在弁護士ドットコムの会長を務める内田陽介さん。2014年にオープンしたSAKETIMEの事業を株式会社化するにあたり、ダブルワークができないため、株主の一人である吉田さんが代表を肩代わりすることになったのです。

SAKETIMEへの訪問者数は、月間平均で約100万人。毎月3000から4000ほどのレビューがアップされ、累計は25万件にも上ります。

「日本酒のレビューにはスマホアプリを使ったものが多いですが、SAKETIMEはWEBサイトなので間口が広いんです。最大の強みは、ランキングの正確性。読者の投稿から全国や各都道府県別のランキングを算出していますが、母数が大きいので、特定の銘柄のサクラが高得点をつけるようなことがあっても影響しないようになっています。

また、Googleなどの検索サイトで『日本酒』という単語や、銘柄名のキーワードを検索すると、上位に出てくるようになっています。特に、都道府県名と日本酒で検索すると、ほとんど一位で表示されますね。

さらに、実は、それぞれの銘柄の説明文は、日本酒業界でライターとしてご活躍している著名な方々に書いてもらっています。酒蔵の公式ホームページにも載っていないような情報が書かれてあったりと、読み物としてもおもしろいと評価していただいているんですよ」

吉田さん曰く、SAKETIMEが圧倒的なユーザー数を誇るのは、「ライトユーザーが多いから」とのこと。

「SAKETIMEは、例えば父の日などのギフトシーズンに検索数がぐんと上がるんです。日本酒に詳しくなくて、どれを買えばいいのかわからないというような人がたくさん見に来てくれるということですね。ライトユーザーの人たちに魅力を伝えて、日本酒を好きになるきっかけになれるような役割を果たしていきたいと思っています」

この春から吉田さんは会長になり、ドイツ出身のマース・フィリップさんが新社長に就任。国際版やスマホアプリなど、新しい展開に取り組んでいく予定です。

吉田さんにとって日本酒の魅力

スーパーマーケットのバイヤー時代も含めると、25年にもわたり日本酒業界に携わっている吉田さん。前職時代も合わせると、これまで、約300もの酒蔵と仕事をしてきました。

「もともとスーパーマーケットにいたからわかるんですが、お酒を買ってくださるお客さんって、客単価が高いんですよね。私がいたころのデータですが、お酒を買わない人と買う人では、1200円くらい差があるんです。お酒の分で800円くらい上がるんですが、おつまみなどを買うからか、食品も400円分くらい高くなるんですよ。

つまりお酒って、暮らしを豊かにするものなんですよね。経済活動を促してくれますし、特に日本酒やワインは食中酒なので、食卓全体を豪華にしてくれます。売上のためにたくさん飲ませる、高く売るというような発想ではなく、携わる人たちみんなが豊かになるようにという考え方になったのは、仕事をしている中でのいちばん大きな変化かもしれません」

そう語る吉田さんは、さらに、「日本酒には夢がある」と続けます。

「海外には、自国で消費している何倍ものワインを輸出している国が多数あります。現在の日本酒の市場規模は約4000億円弱と言われていますが、海外輸出によって、生酒というカテゴリだけで4000億円になる可能性もあるんですよね。流通さえ変化すれば、おいしいお酒が、世界中のお客様の手元に届く可能性が増える。売上が今の2倍にも、3倍にも、10倍にもなるというのは、決して夢物語ではなく、筋道さえ立てれば十分あり得ることだと思っています。

そして、それを実現するのは若くて志のある人たちです。夢がある若い人たちが 日本酒業界にどんどん入ってきて、業界を動かしていただけたらうれしいなといつも思っています」

「若い人たちに言葉を伝えられるなら」という想いから、今回のインタビューを引き受けてくれた吉田さん。酒類コーディネーターとして、また世界一のレビューサイトの代表として日本酒業界に活気を与えてきたリーダーが、次の世代にバトンをつなぎます。

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