2021.02

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500年変わらない日本酒の味とは?「剣菱」全商品をテイスティング! - 兵庫県・剣菱酒造 (3/3)

木村 咲貴  |  酒蔵情報

最古の日本酒の銘柄「剣菱」。前編では、500年以上変わらない味わいを守り続ける剣菱酒造の「歴史と哲学」、中編では、その味を生み出す独特の「造り」についてお伝えしました。

最終回となる後編では、剣菱の味を完成させるための調合濾過の現場に突撃。全商品のテイスティングレポートも合わせて、500年変わらないその「味」の真髄に迫ります。

「その年の剣菱」を「いつもの剣菱」に

剣菱の造りに欠かせないのが、「調合濾過」の工程。三つの蔵で造られ、タンクの中で熟成させたお酒をブレンドし、味わいを仕上げていきます。

「社内に調合濾過のチームがあり、ロットあたり5、6本のタンクのお酒をブレンドします。ブレンダーが各商品に4、5パターンのサンプルを用意し、私と従業員たちがチェッカーとしてそれを唎き酒するんです」と、4代目蔵元の白樫政孝さん。

現在のブレンダーは調合濾過に携わって40年。熟成期間さまざまな389本ものタンクから、どのタンクとどのタンクをどんな割合でブレンドすれば剣菱の味を作り出せるかがわかるといいます。しかし、“変わらない味”を守るためには、二重で見ることを徹底。同じく剣菱の味を知り尽くした従業員たちがチェッカーとして唎き酒することで、「その年の剣菱」が「いつもの剣菱」になるのです。

この日、取材陣は、剣菱の最高級商品である「瑞祥 黒松剣菱」の調合濾過の現場を体験させてもらうことに。加水・濾過をする前の、4パターンのサンプルを唎き酒させてもらいました。「どれが今年(2020年11月リリース)の瑞祥になったかわかりますか?」と尋ねる白樫さん。1から4の番号が振られたお酒を口にしながら首を傾げる取材陣に、「正解は1番です」と教えてくれました。

無濾過原酒の状態でブレンドをするので、加水・濾過をしたときにどう変化するのかを想像しながら選ぶ必要があります。1番はコクがあり、濾過によって輪郭がはっきり出てくるだろうと予想できました。2番は若く、3番は“出だし”が少し柔らかく、4番は酸のせいでテクスチャーが明るすぎる。そのまま飲めば、2番がいちばんおいしいんですけどね」

「迷った順に量が減っている」と白樫さんが笑うように、最後まで1番と3番で迷ったことが見て取れます。そのあと、「そしてできあがったのがこちらになります」と、完成版の「瑞祥」を振る舞い、加水・濾過による変化を体感させてくれました。

500年以上貫いてきた味わいの設計図

「止まった時計でいろ」という社訓を掲げ、500年以上“変わらない味”を守り続けている剣菱。そもそも、その“変わらない味”とは、どんな味わいなのでしょうか。

白樫さんは、剣菱の味わいは甘み→うま味→酸味・渋み→苦味の順番で出てくるように設計していると言います。

「甘みはうま味の導火線になるので、最初に甘みを出すことでうま味を引き出しますが、そのままではダレてしまいます。醸造アルコールを添加すればアルコールの辛さによってキレを出せますが、純米の場合は酸味で切ることになる。そこで酸味と渋みを出すんですが、酸味が後味に残ってしまうので、味わいを引き締めるために、苦味が必要になります。苦味がありすぎるとただ苦いだけになってしまうので、いちばん調整が難しいところです」

そう言いながら、別のサンプルを唎き酒させてくれる白樫さん。おいしくないわけではないものの、どこかぼんやりした味わいで、取材陣からは「剣菱らしくない」という声が上がります。曰く、このお酒は、味わいのよいタンクのお酒だけをブレンドしたものなのだそう。

よいお酒だけをブレンドしても、結果がよくなるとは限らないんですよね。個性を消し合ってもの足りない味になってしまうことがある。反対に、クセの強いものをブレンドすることで味わいが締まったり、隠れた個性が浮かび上がって驚くほどおいしい酒になることもあるんです」

剣菱の目指す味は「甘すぎない、古酒らしい古酒」だと白樫さん。

「私たちがコンテストに出ないようにしている理由は二つあります。ひとつは、カッコつけて『賞は取るモンじゃなくてもらうモンや』と言っています。もうひとつはカッコよくないんですが、コンテストに出たらやっぱり賞を取りたくなってしまうんですよね。そうすると、味を変えたくなってしまう。味を変えないためにも、自分たちからはコンテストには出ないと決めているんです」

全7種類テイスティングレポート

剣菱の商品は以下の7種類。

醸造アルコール添加
・剣菱
・黒松剣菱
・極上黒松剣菱

純米
・なんでんの(地域限定)
・瑞穂 黒松剣菱
・灘の生一本(地域限定)
・瑞祥 黒松剣菱(期間限定)

最もリーズナブルなのが、その名も「剣菱」。醸造アルコールを添加した、熟成年数1〜4年の原酒をブレンドしています。剣菱のラインアップの中では最も軽快でキレがよく、ほどよい辛味が特徴です。「ほんのりナッツの香りがするので、ごま油であげた天ぷらと相性がよく、酸味が少しあるので小肌などの青魚にもよく合います」と白樫さんが言うとおり、料理のオイル感をカットしてくれるお酒です。

同じく醸造アルコール添加酒である「黒松剣菱」は、スーパーマーケットやコンビニにも置いてあるほど手に入れやすい商品でありながら、剣菱ブランドの質をグッと押し上げる一品。熟成年数1〜5年の原酒をブレンドしていますが、「剣菱」よりも多層に重なる味のレイヤーがバランスのよいうま味とコクを奏でます。

「黒松は味噌、醤油、砂糖、みりんを使ったものならなんでも合いますよね。うま味の強いものと相性がよいので、フグやアンコウの鍋もおすすめです」

醸造アルコール添加酒の中で最も高級なのが「極上黒松剣菱」。白樫さん曰く、「黒松剣菱」との違いは「調合濾過のところでちょっと工夫している」だけ。より洗練された味わいで、開栓したてはカフェオレのようなやわらかい甘みと苦味のニュアンスが。白樫さんはエビやカニとの組み合わせをおすすめしますが、脂の乗った肉料理とも合わせられる逸品です。

続いては、純米4種。 最も熟成年数が短いのは、ひと夏寝かせただけの「なんでんの」。兵庫県加東市のプロジェクトの一環で、障害のある子どもたちが田植えした山田錦を使用しており、兵庫県でも加東市のJAと観光案内所でしか販売されていない地域限定商品です。

香りはバニラのように甘く、味わいにもアイスクリームのような乳製品系のニュアンスがあり、最後はカラッと軽く引いていきます。剣菱のラインアップの中ではやや異質となる若めの味わいではありますが、「ラベルの絵を障害のある子どもたちに書いてもらい、箱詰めを手伝ってもらうことでお支払いをしているのですが、熟成が長くなると支払いが遅くなってしまうので」という理由から短期熟成を選んでいるのだそう。

「生酛系で乳酸の匂いを強くさせるのは、我々にとっては失格なんです。以前、大阪の国税局主催で市販酒の唎酒会があったのですが、そこでは乳酸の香りが強いお酒が『山廃・生酛らしい』と高評価されていまして。弊社と江戸時代から生酛を造り続けている菊正宗さんが、『うちでこんな匂いさせたら杜氏クビですよ』とコメントしたところ、次の年から『山廃・生酛らしさ』の評価が変わりました。乳酸の香りが強いのはそのお酒自身の個性であって、山廃・生酛の特徴ではないんです」

瑞穂 黒松剣菱」は、熟成年数2〜8年の原酒をブレンド。「黒松剣菱」よりも穏やかでやや線が細く、ワイングラスに注ぐとクッキーのような浅煎りの小麦様の香りが広がります。

「『瑞穂』はブリーチーズとの組み合わせが抜群。キノコっぽいフレーバーがあるんですが、椎茸よりもポルチーニなど欧米系のキノコとの相性がいいんです。卵の黄身もおいしくて、ポーチドエッグと合うんですが、ポーチドエッグを食べる時間に瑞穂を飲むかという問題があります(笑)」

灘の生一本」は灘五郷9社が2011年に始めた合同プロジェクト。剣菱では、7年熟成させた単一タンクの山田錦の純米酒を瓶詰め(2020年度分)。煮詰めたジャムのような濃いオレンジをしており、マーマレードなどの柑橘の皮を思わせる深い甘みと酸味、苦味を備えています。

「『灘の生一本』の味わいを喩えるなら、カカオ、ナッツ、はちみつ、カラメル。鴨や鹿、猪といったジビエと相性がよく、チーズならブルーチーズやミモレット、蜂蜜をかけたクアトロフォルマッジのピザ、デザートならティラミスと好相性です。お燗をしてアップルパイに合わせてもおいしいんですよ」

最後は最高級品である「瑞祥 黒松剣菱」。山田錦を使用し、5〜15年の期間をかけて熟成させた古酒を厳選してブレンドしています。ほかの剣菱に比べて「瑞祥」が群を抜いているのは、舌に染み込むようなやわらかいテクスチャーと、喉の奥から鼻に抜けていくフレーバー。白樫さんがフォアグラと奈良漬をクラッカーに載せたおつまみをサーブしてくれましたが、このペアリングが絶品。口に入れた瞬間だけでなく、口内から鼻へ抜ける「余韻」とも混じり合い、何度も「おいしい」の波が打ち寄せてくる黄金の組み合わせです。

そのほか、実は剣菱には、蔵人の夕食用に蔵の中だけで飲める「鬼菱」という銘柄があります。返品されたお酒のブレンドで、敷地内からの持ち出しは厳禁にもかかわらず、本格的なラベルが作られるという遊び心。どのお酒が返品されるかによって、毎年味わいが変わるそうです。

「どんな料理と合わせても70点以上を取れる」

テイスティングのためにおすすめのペアリングを提案してくれたものの、剣菱が目指すのは「どんな料理と合わせても70点以上を取れるお酒」だと白樫さん。

「私たちはずっと江戸で飲まれるお酒を作ってきました。地方ならたとえば『この郷土料理だけに合うお酒』という一点突破も可能です。しかし、江戸は参勤交代でいろいろな地域の人が出入りをしますよね。その中で生き残るためには、どんな料理でも70点以上を取れる必要があったんです

スーパーマーケットやコンビニエンスストアにも置かれている剣菱。すべてのレストランが一品一品の料理に合わせてお酒を変えられるとは限りませんし、家庭の食卓ならなおさらでしょう。100点は出せなくても、どんな料理とも「おいしい」と言える味わいを作ることが、日常酒になるための鍵だったのです。

「パリのレストランで、『瑞穂』一本をフレンチのコースに合わせるというイベントがありました。伝統的なフレンチ、家庭的なフレンチ、新しいフレンチの計12品をすべて『瑞穂』でペアリングするという一見無茶なイベントだったんですが、料理に合わせて温度を変えるんですよね。たとえば48℃に温めた『瑞穂』をそのまま飲むと、お酒としてはバランスが崩れているのに、料理と合わせると口の中でぴったりハマる。『料理に合わせるために敢えて崩したのか』と感心しました」

自己研鑽と営業活動のために、日々、歴史的な日本酒の文献に当たっている白樫さん。過去の事例を参照しながら、現在、業界が抱える課題を、「作り方にこだわりすぎて、肝心の味が置いてきぼりになった」と指摘します。剣菱酒造でも、かつて連続蒸米機や自動製麹機といった新しい技術を試してみたものの、理想とする味を作ることができなかったために処分してしまったのだとか。

「たとえばこだわりのお米を使ったところで、『どんな味を作りたくてそのお米を選んだのか』というところが説明できないと、お客さんの不信感につながってしまう。そのあたりが、私たち日本酒業界の反省点すべき点ですよね」

白樫さんはかつて、社長に就任すべきか迷っていた時期があるといいます。考えが変わったのは学生時代、灘五郷のお酒を飲み比べしたときのこと。他社の製品を飲み比べながら、剣菱の味だけが一風変わっていることに気づいたのです。

「『これ、流行ってない味なんやろうな』と思ったんですよね。そして『流行ってない味を守れるのは、蔵元一家の自分だけだろう』と思った。だから、入社を決意したんです」

白樫さん曰く、「古典派」をとことん追求するのが剣菱流。

「落語や演劇のように、業界としては古典と新作の両方があった方がいい。新しいものは、ほかの方にお任せします」

「飲み手」の舌に寄り添って500年

「止まった時計でいろ」という哲学や、行政の指示に反発した激動の歴史、教科書とは一線を画す酒造りの現場、消えゆく伝統文化を守り続ける姿勢、ブレンドへのこだわり──そのすべてを貫くのが、「味を変えない」という強い意志。剣菱は、自分たちの造ったお酒が、飲み手の口の中でどのように味わわれるかということに、真摯に向き合い続けてきました。

500年以上にわたり愛されてきた最古の日本酒銘柄「剣菱」。いつも「飲み手」と共にあったそのお酒の味わいが、500年前といま、そしてこれからの未来をつないでいます。

前編:「飲み手」と共に500年。日本酒最古の銘柄「剣菱」の歴史と哲学

中編:日本酒造りの教科書と一線を画す。500年変わらない「剣菱」の酒造り

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