2021.02
03
日本酒造りの教科書と一線を画す。500年変わらない「剣菱」の酒造り - 兵庫県・剣菱酒造 (2/3)
最古の日本酒の銘柄「剣菱」。前編では、江戸時代から変わらない味を守り続ける「止まった時計でいろ」という社訓をはじめ、500年以上におよぶ剣菱酒造の歴史と哲学についてお伝えしました。中編では、その“変わらない味”を造り出す醸造の現場に密着。日本酒造りの教科書とは一線を画す、独特の造りをレポートします。
三つの蔵が切磋琢磨する酒造り
2021年現在、神戸市東灘区に三つの蔵(深江浜の「浜蔵」、魚崎の「中蔵」「魚崎蔵」)を構える剣菱酒造。醸造社員10名と季節雇用70名の計80名の蔵人が、三蔵と精米所に分かれてお酒造りを行っています。「水は一緒、米は一緒、道具も一緒。味の差は腕の差になるので、よい意味で切磋琢磨しあいながら造っています」と、4代目蔵元の白樫政孝さん。
剣菱酒造が造る原酒は、
①山田錦と愛山以外のお米を使った“本醸造並み”の醸造アルコール添加酒
②山田錦と愛山を使った“本醸造並み”の醸造アルコール添加酒
③山田錦の純米酒
の3種類。添加する醸造アルコールはお米から造られたもので、添加量は本醸造酒の規定量の7〜8割ほどに抑えています。この3種の原酒を熟成・ブレンドし、500年変わらない「剣菱の味」を完成させるのです。
「実は、新酒の時点ではとても飲みづらくて、特に一週間経つと飲めたものではなくなります。子どもが生まれて、反抗期を迎え、熟成してよい大人に成長していく感じとでも言いましょうか。灘五郷の新酒鑑評会ではいつも最下位を狙っていて、取れなかったら杜氏が呼び出され、『なんで最下位ちゃうねん! 飲めるもん造ってどないすんねん!』と指導が入るんですよ(笑)」
浜蔵の屋上には、酒造道具を乾燥させる干場のほか、魚を干すための籠や、野菜を干すための竿まで。毎年の酒造りが始まると、普段は漁業や農業を営んでいる蔵人のみなさんが、魚や野菜を持ってくるのだそうです。
剣菱が特定名称酒を名乗れない理由
白樫さんが“本醸造”ではなく“本醸造並み”と説明したのは、精米歩合を固定しておらず、特定名称酒を名乗ることができないため。浜蔵に併設した精米場で、毎年のお米の出来具合を見ながら磨く割合を決定しますが、基本の精米歩合は約70%であるとはいえ、60%から80%までの振れ幅があるのだとか(本醸造と表示するためには、精米歩合は70%以下である必要があります)。
お米の等級を決める農産物検査の資格を持つ白樫さん。ほかに5名の社員が同じ資格を保持していますが、その理由は白樫さん曰く「苦しみを分かち合うため」。
「私たちのひと言で農家の方々の年収が決まってしまう、非常に責任の重い仕事ですから。誰がどの田んぼを持っているのかを把握し、現場を訪れ、その年になぜそのような出来になったのかを理解する必要があるんです」
山田錦は兵庫県加東市、三木市、神戸市北区特A地区の18集落、愛山は2集落の生産者から購入。品質の低いお米が入ってこないようにしっかり選別したうえで、「今年は何%削ったほうがよいだろう」「今回のお米は割れやすいから気をつけよう」と精米前に社内で意見を交換します。精米したお米の米糠は、外側の部分から米油、牛や豚の飼料、製菓メーカーへと販売しています。
よい子は真似してはいけない!? 剣菱流の麹づくり
精米したお米は、洗米と吸水を経て、すべて木製の甑(こしき)で蒸し上げられます。蒸したお米を冷却したあとは、剣菱の酒造りのなかでも最も特徴的な麹づくりに入ります。
剣菱の麹づくりには、麹蓋(こうじぶた)と呼ばれる小型の木箱が使われています。麹づくりは高温多湿な麹室の中で行われますが、室内の場所によって温度や湿度は少しずつ異なるもの。
「容器が大きいと重いからなかなか動かすことができず、置いた場所の環境を強く受けてしまいます。麹蓋は軽くて持ち運べるので、小まめに場所を移動させることで、すべてのお米の温度と湿度を同じ状態にできるんです」
味を安定させるために、一日4回のローテーションを行うほか、お米の入った二つの麹蓋の間に空の麹蓋を挟んで温度が上がりすぎるのを防いだり、ひっくり返して被せることで酸素が入る量を減らしたりといった小回りも効くと白樫さん。刃物で切り出すのではなく手で割ることで作られた底板は、木目が浮き出るためお米がこびりつきにくく、通気性がよいのが特長。温度が上がりやすい中心部にはお米の層が薄く、冷めやすい両端は厚くなるように仕上げています。
ちなみに高齢な方も多い剣菱のお酒造りには定年がなく、この麹蓋を7枚(15キログラム程度)持ってしゃがめるかどうかが引退を見極める基準なのだとか。
麹室内にヒーターなどの設備はありませんが、麹の品温は麹自らが出す温度だけで50度を超え、高いときには60℃近くにも達します。一般的に、麹づくりの適温は30~40℃台であり、50℃を超えると麹菌が死滅してしまうと言われているため、これは白樫さん曰く「よい子は真似してはいけない」つくり方。
なお、種麹は変性してしまう万一の可能性を考慮して、6社から購入したものを混ぜて使っています。
熟成は「年ごとに重ねる美しさ」
山廃造りで知られる剣菱ですが、その年に使う酵母菌の活発さを山廃造りの開始前に見極めるため、酒母のうち10%は速醸酛で造られています。 剣菱の酒母造りで活躍するのが杉製の「暖気樽(だきだる)」。中に熱湯を入れて酒母の中に投入し、酵母のはたらきを活発にする役割を果たします。
「熱湯を入れて60℃ほどの熱さになった暖気樽を酒母の中に沈めていきます。ステンレス製だとすぐに冷めてしまいますが、木製は2〜3時間温度をキープできる。一方、メンテナンスは大変で、毎年1800本もある樽の『たが』(竹の輪の部分)を交換しなければなりません」
もろみについては、温度コントロールを「なるべくしない」と白樫さん。
「温度が上がったら『行ってまえ! 絶対止めるな!』とそのまま30日間キープ。高い温度で発酵を急に進めると、途中で止まってしまうと言われることがありますが、それは酵母か麹のどちらかが弱っているから。酵母と麹を強くすればそんなことは起こりません。山廃造りは、強い酵母を育てるために行っているんです」
お米をよく溶かした造りでも20%程度といわれる粕歩合(原料米の重量に対して、残った酒粕の重量の割合)ですが、剣菱は11〜13%。これ以上溶けようがないというところまでお米を溶かしますが、それゆえ「うちの酒粕は甘酒や粕汁にはよいのですが、そのまま食べるとおいしくない」と白樫さん。酒粕の99%は食酢メーカーで赤酢に加工され、残り1%は化粧品メーカーや従業員の食堂などへ渡ります。
貯蔵室にあるタンクは389本。最低ひと夏、平均2年半、最長40年にわたって熟成された原酒が詰まっています。
「昔の木造蔵のときの温度管理をそのまま踏襲しています。とはいえ、温度が上がりすぎてしまう夏の時期は、冷房で最高26℃で止まるようコントロールしています」
年に一度、すべてのタンクを開けて唎酒し、それぞれの飲みごろを確認。白樫さんは、氷温貯蔵が「生まれたての姿を残す」一方で、常温熟成により「年ごとに重ねる美しさを出す」のが剣菱だと話します。
消えゆく日本の伝統工芸を守る
剣菱酒造の浜蔵には木工所が併設されており、3名の職人が甑や暖気樽などの酒造道具を手作りしています。2009年、それまで外注していた暖気樽の職人が最後の一人になってしまったことを受け、社員として雇用。技術を継承させるべく、若手社員2名を弟子入りさせました。
「そうしているうちに、甑のメーカーも最後の一軒になったので、作り方を3人に覚えてもらい、社内で作るようになりました。ここで作った酒造道具は、ほかの酒造メーカーにも販売しています」
当初はプレハブの施設で作業を行っていましたが、白樫政孝さんが社長に就任した2017年にこちらの木工所を設立。所内を見渡すと、材料となる木材のほか、4.5メートルにもおよぶ竹製の櫂棒(使う前に一度蒸すそう)、酒瓶を運搬するための木箱、蔵人たちがごはんを食べるためのおひつにいたるまで、剣菱の酒造りを支えるさまざまな道具が並んでいます。
六角形をした「さるこま」を手に、「これを甑の穴に載せることで、釜から上がってくる蒸気を6本に分散させるんですよ」と説明してくれる白樫さん。蒸気の抜けが悪いときは角度を変えるなど、社内で作っているならではの細かい調整が可能だといいます。
また、菰樽に巻きつけるわら縄も社内で製造。5年ほど前、日本で最後の太わら縄メーカーが廃業してしまったのを機に、そのメーカーから製造機を買い取りました。
「お酒の味に関わる投資は惜しまないのですが、わら縄は味に影響するわけではないので最後まで悩みました。しかし、古くから日本には、神社に『今年もお米が取れますように』とお願いし、無事収穫できたお礼としてお酒を造り、お供えをしてきた風習があります。そのお米の副産物としてわら縄で飾り付けをしてきたんですから、やはりビニール製ではおかしいだろうと思ったんです」
「だんだん何屋さんかわからなくなってきた(笑)」と苦笑する白樫さんですが、江戸時代から変わらない剣菱の味と同時に、後継者不足に悩まされる日本の伝統工芸を守ってもいるのです。
まとめ
最終回となる次回はテイスティング編。500年変わらない剣菱の「味」とは、そもそもどんな味なのでしょうか? 剣菱のラインアップでも最高級品である「瑞祥」の調合・濾過の現場に迫るほか、全商品を飲みくらべしてレポートします!
前編:「飲み手」と共に500年。日本酒最古の銘柄「剣菱」の歴史と哲学
後編:500年変わらない日本酒の味とは?「剣菱」全商品をテイスティング!
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