日本酒偉人伝 - 「微生物に愛された酒博士」坂口謹一郎

2026.06

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日本酒偉人伝 - 「微生物に愛された酒博士」坂口謹一郎

卜部 奏音  |  日本酒を学ぶ

日本酒に関する数々の名著や発酵の豊富な知識から「酒博士」とも呼ばれている坂口謹一郎(さかぐち・きんいちろう)。微生物の働きを研究し、食品や医療、工業分野へと活かす「応用微生物学」の世界的権威として知られています。

彼の研究の対象であった「微生物」とは、目では観察することのできない菌類や酵母・カビなどの小さな生物のことです。これらがかかわって発酵が促され、日本酒をはじめ味噌や醤油など、日本人の食生活に欠かせない食品が生まれました。

麹菌の研究や日本独自のワイン酵母の分離、感染症の治療に使われるペニシリンの研究など、幅広い分野で多大な功績を残した坂口謹一郎。今日の発酵工業発展の扉を開いたとも言われる彼の生涯と功績を紹介します。

坂口謹一郎の生涯

顕微鏡の様子

小児マヒの闘病を経て、読書に没頭した学生時代

1897(明治30)年11月17日、坂口謹一郎は新潟県高田(現・上越市)の地方役人であった坂口家の長男として生まれました。高田中学校に入学後まもなく、小児マヒにかかり、3年近い闘病生活を経験します。回復後は、東京の順天中学に編入しました。内気な性格で友達が少なかったものの、海外文学に強い関心を寄せ、読書に没頭する学生生活を送りました。

東京帝国大学に進学し、微生物の研究に従事

「農業を学んでは」という周囲の勧めに従い農学の道を志した彼は、高校卒業後に東京帝国大学(現・東京大学)農学部に進学。醸造学に感銘を受け、「麹に生えるカビ」を対象に研究に取り組みました。

1922(大正11)年の大学卒業後も研究室に残り、微生物の活動を食品製造や医薬品の開発などに応用する醗酵学(はっこうがく)を確立させるべく、研究に励みました。当時不治の病とされた肺結核を患い、一度は研究室を離れたものの、静養の後に快方に向かい、再び研究室に復帰。戦前には醸造の研究のため全国を回り、沖縄の黒麹菌を含むさまざまな麹菌を採取・保存しました。このときに採取した黒麹菌は、後述する幻の泡盛の奇跡的な復活へとつながりました。

応用微生物学の世界的な権威へ

1939(昭和14)年に東京帝国大学農学部の教授に就任した坂口氏。その後、1951(昭和26)年には日本農芸化学会会長に、1953(昭和28)年には東京大学応用微生物研究所の初代所長に就任し、後進の育成にあたりました。応用微生物学の研究者として日本農学賞やフランスの農学学士員外国会員に選ばれるなど、世界的な権威としての評価を得ています。

1994(平成6)年、享年97歳で心不全により逝去しました。没後、故郷の上越市頸城区に「坂口記念館」が設立され、彼の業績と人柄を展示品やビデオ映像を通じて紹介しています。

坂口謹一郎の功績

応用微生物学の研究に尽力

坂口氏は、微生物の活動を食品や医療、工業などに応用する応用微生物学の研究に尽力しました。その功績は幅広い分野にわたります。食品分野では、日本ワイン醸造の基礎となる、日本独自の優良ワイン酵母を分離。「微生物にお願いして裏切られたことがない」という彼の言葉を胸に刻んだ門下生たちと、微生物を用いた 「うま味」の研究も進めました。

また、細胞膜の構成成分であるコレステロールの前駆体であるヒオチ酸(後にメバロン酸と同一であることが判明)を世界に先駆けて研究。さらに、航空燃料に使用されるアセトン・ブタノールの工業化や、感染症の治療に使うペニシリンの生産に関する研究も行うなど、工業や医学の分野でも功績を残しました。

日本酒の名著を数多く執筆

微生物の研究を通して日本酒の奥深さに魅入られた坂口氏は、日本酒に関する数々の名著を執筆しました。例えば、日本酒古来の製法や美点を解説する『日本の酒』、酒をめぐるエッセイと短歌を収めた 『愛酒樂酔(あいしゅらくすい)』、半世紀にわたる研究を踏まえて酒の歴史と文化を説いた 『古酒新酒』など。これらの功績は、彼が「酒博士」と呼ばれるゆえんとなっています。

幻の泡盛「御酒(うさき)」を復活

幻の泡盛「御酒(うさき)」
画像出典:瑞泉酒造公式オンラインショップ

約600年もの歴史があると言われる沖縄の泡盛。戦前の泡盛酒造所では、蔵に棲みついた黒麹菌を使って泡盛造りを行っていました。しかし、太平洋戦争の戦火により沖縄の黒麹菌は全滅。戦後は新たに培養した菌で泡盛を作っていました。

ところが1998(平成10)年、戦前に坂口氏が全国で採取した麹菌のなかに沖縄の黒麹菌が含まれており、東京大学で凍結保存されていることがわかりました。その後、沖縄の瑞泉酒造がその黒麹菌を持ち帰り、幻の泡盛「御酒(うさき)」を60年ぶりに復活させました。

坂口謹一郎の人物像と後世への影響

雪椿の花びら染
画像引用:にいがた観光ナビ「雪椿の贈り物「雪椿の花びら染」/加茂市」

世界的権威としての研究者の顔はもちろん、それ以外の人間的な魅力を併せ持っていた坂口氏。彼の研究者以外の側面と、後世に与えた影響を振り返ります。

人と人をつなげるプロデューサー

人と人をつなげる潤滑油。そんなお酒の魅力を自らも体現していたのが、坂口氏です。人と人を結びつけゼロからイチを生み出す彼は研究者という枠を超え、プロデューサーでもありました。そんな彼を象徴するエピソードが2つあります。

1つ目は、寿屋(現サントリー)社長の鳥井信治郎と日本ワインの先駆者である川上善兵衛を結びつけたこと。ワイン醸造の指導を頼みに来た鳥井氏に坂口氏は、まずはワインに適したぶどう品種を作る必要性を説き、ぶどう栽培に精通した川上氏を紹介しました。3人は100種類以上もの醸造試験を行い、ついに日本の風土に適したぶどう品種の開発に成功。今日の日本ワインの基礎を築きました。

2つ目は、疎開生活を送った上越市の別邸・樂縫庵(らくほうあん)で後年、酒宴を開き、研究者や醸造・発酵分野の専門家、地元の酒造家や文化人達と交流したこと。坂口氏が執筆した『愛酒樂酔』には、杜氏や酒造関係の役人達と樂縫庵の庭で宴を開いた楽しげな様子が記されています。東京に戻ってからも坂口氏は毎年樂縫庵を訪れ、そこに集まった人々の縁をつないでいました。

才能あふれる歌人・文化人

50歳前後から歌を詠み始めた坂口氏は、歌人としても高く評価されています。酒宴の場などで次々と歌を詠み書きするため、友人達から「紙を隠せ」と言われたエピソードも残っています。

代表的な歌集には『発酵』『愛酒楽酔』があります。毎年1月に皇居で開催される歌会始の儀に1975(昭和50)年、召人(めしうど/題歌にちなんだ歌を詠むように特に選ばれた人)として招かれ、天皇皇后両陛下の御前で歌を披露しました。また、同じ上越市の出身であり、速醸酛を発明した江田鎌治郎には、喜寿のお祝いとして歌を送っています。

歌以外でも、文化人・坂口謹一郎の一面を象徴するのが雪椿です。雪椿とは山間地に自生する日本原産の椿の一種で、新潟県の木に指定されています。この雪椿を坂口氏は愛し、地元の文化人と 「雪椿保存会」を結成。樂縫庵の敷地に私財を投じて 「雪椿園」を作り、その保存に努めました。樂縫庵は雪椿保存会の交流の場としても機能し、その花を愛でながら詠んだ歌を客人に贈ることもあったそうです。

後世への影響

坂口記念館の外観
画像提供:新潟県上越市

坂口氏の私財によって守られた雪椿は、単なる私的なコレクションではなく、地域の「将来に役立つ」ことを目指して集められたもの。約190本の雪椿を持つ雪椿園は今も地域に根付く文化遺産であり、見ごろの4月には坂口氏を偲ぶ催しが開かれています。

出身地である上越市に建てられた「坂口記念館」では、坂口氏の業績と人物像が展示品やビデオ映像を使って解説されています。記念館では、実際に使われていた酒造りの道具も展示されているほか、酒蔵に伝わる酒造り唄が流れています。酒造り唄とは、作業の辛さを紛らわせたりリズムを合わせたりするために、酒造りの最中に蔵人が歌っていた唄のこと。坂口氏の遺志を継ぎ、現在では歌われる機会の減った酒造り唄の継承も、記念館の目的となっています。

記念館内の「楽縫庵」では、先述の「御酒」や上越地方の地酒の有料試飲が可能です。

坂口記念館
所在地:新潟県上越市頸城区鵜ノ木148番地
電話番号:025-530-3100
開館時間:午前10時~午後4時
休館日:毎週月曜日(月曜祝日の場合は翌日)、休日の翌日、12月28日から翌年1月4日まで、ほか冬季休暇あり
入館料:310円(中学生以下は無料)、団体(15人以上)は1人230円
WEBサイト:https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/kubiki-ku/kubiki-sakaguchi.html

まとめ

坂口謹一郎は優れた研究者として、応用微生物学の発展に力を尽くしました。日本酒の奥深さを伝える数々の名著の執筆や、沖縄の黒麹菌を戦火から守ったことなど、彼の功績は多岐にわたります。

坂口氏は研究者であると同時に酒宴と歌を愛した文化人でもあり、人と人との縁をつなぐプロデューサーでもあるなど、魅力的な人柄の持ち主でした。

科学の力で伝統を守りながら、同時に発酵工業という未来の産業を切り拓いた「酒博士」の偉大な足跡は、今も世界の発酵工業を支え続けています。微生物への深い敬意と好奇心を胸に歩んだ坂口氏の精神は、これからもその志を継ぐ人々に受け継がれていくことでしょう。

参考文献

【シリーズ】日本酒偉人伝
「吟醸酒の父」三浦仙三郎
「山廃造りの創始者」嘉儀金一郎
「速醸酛の発明者」江田鎌治郎
「日米SAKE文化の架け橋」二瓶孝夫
「微生物に愛された酒博士」坂口謹一郎
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