日本酒の香り成分とその表現方法について深く知っておこう! - 日本酒の香りを学ぶ(熟成香編)

2020.11

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日本酒の香り成分とその表現方法について深く知っておこう! - 日本酒の香りを学ぶ(熟成香編)

山岸 勇太(ニトロン)  |  日本酒を学ぶ

これまで高級な日本酒といえば、前回の「吟醸香編」で学んだような、吟醸づくりによる高い香りと透明感のある味わいを備えたものが中心でした。しかし近年では、それとは全く異なる特徴の「熟成酒」への注目が高まっています。

熟成酒文化の普及に長く携わってきた「長期熟成酒研究会」は2010年よりイベント「熟成古酒ルネッサンス」開始し好評となっています。それ以降も2016年にはSAKE Streetでも過去に取材した古酒専門店「いにしえ酒店」の開業(※1)、今年1月には株式会社匠創生(パソナグループ)による熟成酒ブランド「古昔の美酒(いにしえのびしゅ)」がスタート、11月には古酒熟成酒に日本酒の未来を描く日本酒蔵元が集まって「刻(とき)SAKE協会」を設立し202万円(税込)の熟成酒セットの販売を開始・・・と、熟成酒をめぐる話題には事欠きません。

「日本酒の香りを学ぶ」シリーズ第二弾である今回は「熟成香編」と題しまして、熟成に伴う香りの変化を科学的な視点から解説していこうと思います。

(※1)2020年11月現在、移転準備のため閉店中

そもそも熟成とは?何が起きるのか?

熟成の定義

熟成香の科学的な部分を見ていく前に、そもそも熟成とはどういうものかを確認していきます。

一般的に食品の熟成は、
①その食品内の酵素が時間をかけて働くことによってタンパク質を分解するなどの反応
②微生物や酵素の働きを介さずに、時間をかけることによって食品内の物質が変化する反応
の2種類の反応が同時に起こります。

日本酒の熟成では、「火入れ」という酵素の働きを止める工程を経るため、基本的には②の反応のみが起こります。(生酒は火入れを行っていないため、活性のある酵素が残っています。生酒の場合は、酵素によってデンプンが分解され、お酒が甘くなることもあります。)

酵素反応を経ない熟成では、主にメイラード反応という糖とアミノ酸が反応して褐色の着色物質(メラノイジン)を作る反応が起こります。ですので、熟成酒は色が濃くなっていることが多く、メラノイジンと結合した様々な物質が澱(おり)として析出・沈殿しているお酒もあります。

このほかにも、熟成には多様で複雑な化学反応が関与しています。これらにはまだ解明されていない部分も多く、日本酒の成分や保管の温度、熟成の期間など様々な変数が存在するため、熟成をコントロールすることはとても難しいことです。その中でも熟成に大きく関与する成分の研究は行われており、そのメカニズムがだんだん明らかになってきています。

まず、熟成によって大まかにどのような香りが増加・減少するのかを以下の表にまとめました。

この表は、貯蔵年数と成分変化の相関を示した表です。年数と共に上昇するものには↑、減少するものには↓、その数で度合いを表しています。

ここからは、先ほど挙げたメイラード反応をはじめとした、熟成によって起こる化学変化をいくつか紹介していきます。

メイラード反応

メイラード反応は、アミノ酸と糖(水も必要)が同時に存在するときに起こる、褐色物質を合成しつつ、様々な香気成分を生成する反応の総称です。身近なメイラード反応の例の一つに、玉ねぎを時間をかけて炒めると飴色から次第に褐色になる現象や、肉などを焼いた際に起こる焦げがあります(※2)。

また、メイラード反応の副反応として、アルデヒドという物質を生成する反応をストレッカー分解と呼びます。

この2種類の反応で、後ほど紹介するように熟成におけるさまざまな香気成分が生成されます。

メイラード反応を促進する要素として、アミノ酸と糖の量・温度・時間の3つが挙げられます。

アミノ酸と糖の量に関しては、たとえば純米大吟醸酒など、お米をよく削っていてアミノ酸が比較的少ないお酒では、長い時間をかけてもあまり色が変わりません。

また温度に関しては、高いほどメイラード反応が早く進みます。たとえば肉などを焼く時は高熱を伴うため、すぐにメイラード反応が起きて焦げ付きます。日本酒でも保管温度が高いほどメイラード反応が早く進み、茶色く色付いていきます。

最後の要素である時間は、他の2つの要素(アミノ酸と糖の量、温度)と関連しながら、長く時間をかけるほどメイラード反応が進みます。

(※2)肉を焼くなどの高温調理で発生する「焦げ」には、メイラード反応のほかに炭化などの現象も関係しています。

エステル結合と分解

エステル結合は簡単に説明すると、「◯◯酸」とエタノールが結合することを表します。清酒の熟成で増加するエステル類は有機酸エステルという物質です。有機酸というのは、日本酒の代表的な酸味成分である、乳酸・リンゴ酸・コハク酸・クエン酸のことを指しており、この有機酸が時間を経るごとにエタノールと結合していきます。

また、ある種類のエステルは熟成により加水分解し、香り成分でないものに変化することが知られています。吟醸香の2大成分である、酢酸イソアミル・カプロン酸エチルは時間を経ると分解され、減少していってしまう香りです。

熟成香の香り成分とその特徴

ここからは熟成香に関連する、いくつかの成分について、香りの特徴やどのように生成されるのかを取り上げたいと思います。

ソトロン -カラメルやドライフルーツの香り-

熟成香といえばこの香り!熟成が長く続くと、域値(※3)を大幅に超えるほど生成される熟成香の主要成分です。カラメルやドライフルーツ、蜜っぽい香りなど熟成によって感じるさまざまな香りに関与していると言われています。

ソトロンはメイラード反応による経路によって生成し、熟成期間が長くなるほど増加します。また、アミノ酸の分解生成物であるαケト酪酸と、発酵中に生成するアセトアルデヒドが結合することでも生成します。

(※3)域値:人間がその物質の香りを感じることができる最低の量

イソバレルアルデヒド -「ムレ香」とも呼ばれる焦げたような香り-

ストレッカー分解により、熟成中に様々なアルデヒドが生成されます。その中でも、熟成に深く関与しているアルデヒドである、イソバレルアルデヒドについて紹介します。

イソバレルアルデヒドは、アミノ酸の一種であるロイシンのストレッカー分解によって生じる成分です。ナッツや焦げのような香りにも感じられる一方、専門的には「ムレ香」と呼ばれる、むせ返るような甘酸っぱいこげたにおいとして評価されます。生酒を常温放置すると生成される香りでもあり、生老香の原因の主要成分です。フルーティーな香りのバランスを大幅に崩してしまう香りなので注意が必要です!

[イソバレルアルデヒドの生成過程]
イソバレルアルデヒド ⇄ イソアミルアルコール

吟醸香編で登場したイソアミルアルコールの前駆物質であり、生酒を常温においておくと、酵素がイソアミルアルコールがイソバレルアルデヒドに変化する反応を進めてしまうため、貯蔵した生酒で出やすい香りです。-5℃などの低温で保存していると、酵素が働かないためこの反応が抑えられます。(特に生酒は冷蔵保管大事です!!)

まれに、生酒を常温熟成しても香りが崩れないお酒もありますが、そういったお酒は狙ってイソアミルアルコールを少なくしているものが多いのではないかと感じます。

ピラジン類 -ほうじ茶のような香ばしい香り-

ピラジン類はほうじ茶の香ばしい香りの主要成分であり、熟成酒でも香ばしさに関与している香りです。 ストレッカー分解の生成物が反応しピラジン類が生成します。

コハク酸ジエチル -蜂蜜のような香り-

エステル結合によって生成される有機酸エステルの中でも、特徴的なものがコハク酸ジエチルです。

この物質はコハク酸にエタノールが2つ結合したものであり、熟成酒の中に時折感じる蜂蜜のような香りの主成分と考えられています。

フルフラール -感知しにくいが、熟成酒の香りに影響?-

フルフラールは、カラメルや焦げのような香ばしい香りを感じる物質です。ソトロンと同様にメイラード反応において生成されます。

1-1.で見たとおり熟成により大きく増加する成分ですが、今回参照した文献で試料として使われた日本酒ではいずれも閾値を超えておらず、単体での香りは感知されにくいと推定されます。しかし例えばビールに関する近年の研究では、閾値以下の成分が相乗的に香りに影響をもたらしている可能性も指摘されており(※4)、熟成によって大きく増えるフルフラールも熟成酒の香り形成に影響している可能性があります。

(※4)参考:岸本徹「ビールの香り:その‘構造’を解き明かす76成分によるビール香気の再構築」(日本農芸化学会『化学と生物』56巻10号 ,2018)

ポリスルフィド -漬物のような香り-

ポリスルフィドとは、硫黄が複数結合した物質(2つ DMDS, 3つ DMTS)であり、酒類総合研究所の品質評価用語では、漬物臭と呼ばれる物質です。ポリスルフィドは域値がとても低く、他の物質よりも比較的感じやすい香りのため、あとで詳しく見るように「老ね」の香りに大きく関与していると考えられている物質でもあります。

ポリスルフィドは、その前駆物質(※5)が貯蔵中に酸化を伴い重合(※6)することによって生成すると考えられています。

(※5)ポリスルフィドの前駆物質(DMTS-P1)は、酵母がアミノ酸の1種である「メチオニン」を代謝した際に生成されることが研究で分かってきている
(※6)重合:一つの化合物の二個以上の分子が結合して、幾倍かの分子量の新たな化合物となる反応

バニリン -燻製香から変化して生まれるバニラの香り-

日本酒では燻製の香りのオフフレーバーとして知られている4VG(4-ビニルグアイアコール)が、熟成によりバニリンという、バニラの香りの主要成分に変化することが知られています。日本酒の熟成ではなかなか見ない反応ですが、泡盛ではこの香りが古酒の特徴香となっています。

4VGは日本酒づくりにおいてはオフフレーバーとされ避けられているため、4VGが出ているとわかるお酒はあまり多くありませんが、もし感じたら少し熟成させてみるのも面白いかもしれません。

「熟成」と「老ね」の違いは?

さまざまな「熟成」と「老ね」の定義

今回解説した「熟成」に関連する用語として「老ね(ひね)」というものがあります。「熟成」と「老ね」の違いには様々な解釈があり、たとえば「発酵」と「腐敗」の違いのように、人にとって好ましい経時変化を「熟成」、そうでないものを「老ね」と捉えることもあります。

一方、酒類総合研究所の研究・論文では、以下のように定義しています。(※7)
熟成:意図した長期保管によって、味わいや香りが変化したもの
老ね:流通や保管の過程で(意図しない)変化が起こったもの

(※7)参考:磯谷敦子「清酒の熟成に関与する香気成分およびその生成機構について(1)―清酒の古酒の香りと老香」 (日本醸造協会誌 第104巻11号, 2009) など

しかしこのほかにも「熟成に関連する成分に、老ねも含まれている」「香りだけでなく味も影響する」など様々な解釈があり、熟成を語るうえで、熟成と老ねは厳密に何が違うのだろうと疑問に思うこともあるかと思います。そこで次に、熟成と老ねの違いについて科学的なを傾向を解説します。

熟成と老ねの科学的な違い

下のグラフは老香と熟成の違いに関する研究で得られた結果です。まず、日本酒の品質評価のプロである国税局の鑑定官が日本酒について老香が出ているかを判別し、それぞれの日本酒(老香指摘の多いもの20種、なかったもの20種)の香気成分を分析。熟成期間3年以上の熟成酒(意図した長期熟成酒)15種についても成分の分析を行います。

グラフの横軸は、熟成香成分全体の量を示しています。また、グラフの縦軸はポリスルフィドと、ソトロン等のバランスを示しています。(ポリスルフィドが多いと+方向(上側)に、ソトロン等のカルボニル化合物やコハク酸ジエチルが多いと-方向(下側)にプロットされます。)

このグラフから、老香指摘の多い日本酒(赤い丸印で表示)は熟成香全体の成分量が少なく、ポリスルフィドが他の香りよりも比較的強く出ている傾向が見てとれます。老香指摘のない日本酒(緑色の三角印で表示)では全体的な熟成香成分の量も、ポリスルフィドの量も少ないことがわかり、ポリスルフィドが老香に大きく関与していることが分かります。

意図した長期熟成酒(紺色の菱形印で表示)では、熟成期間に比例するように熟成香全体の成分が多くなっていっていることが分かります。一方、ポリスルフィドとソトロン等とのバランスにはばらつきがあります。ポリスルフィドは極端に多いと老香として感じられますが、バランス次第ではソトロン等の特徴香を強調する効果もあります。ソトロンなどを生成するメイラード反応は反応に長い時間を要するため、老香を感じるようなお酒でも長い期間熟成させるとバランスが取れてくるかもしれません。

上記の点に加えて生酒は特に変質しやすく、温度が少し上がってしまうだけでも香味のバランスに影響を及ぼしてしまいます。特に、先ほど2-2.で見たイソバレルアルデヒドは「生老香」の主要成分とされ、「老ね」との関連の強い成分です。

まとめ

今回は熟成香を構成するいくつかの化学反応を紹介しました。しかし、ある研究では熟成香の代表的な香り成分を熟成していない日本酒に添加しても、熟成酒のような香りにはならなかった、というものがあります。

また今回は熟成と香りの関係に注目したため、深くは書きませんでしたが、香りの変化以外にも ・メラノイジンという褐色の色素が生成され、液色が茶色になる。 ・クエン酸やリンゴ酸などの鋭く感じる酸味が減少する ・グルコースが分解して甘みが減少する など、さまざまな反応が起こります。

熟成させることによって複雑な化学反応が起き、予想もできない複合的な香味になるところが熟成酒の一つの面白い部分なのではないでしょうか。長い年月をかけて変化した、その瞬間しか味わえない複雑な香味をぜひゆっくりと味わってみてください。

吟醸香編はこちら

参考文献
磯谷敦子「清酒の熟成に関与する香気成分およびその生成機構について(1)―清酒の古酒の香りと老香」 (日本醸造協会誌 第104巻11号, 2009)
岩田博「清酒の熟成について」(第38回酒類総合研究所講演会報告, 2002)
独立行政法人酒類総合研究所「清酒のにおいとその由来について」(酒類総合研究所ホームページ、 2020年11月27日閲覧)
磯谷敦子「清酒の「老香」とその前駆物質」(きた産業株式会社 Tips for BFD 第28回, 2020年11月27日閲覧)
岸本徹「ビールの香り:その‘構造’を解き明かす76成分によるビール香気の再構築」(日本農芸化学会『化学と生物』56巻10号 ,2018)
磯谷敦子「清酒の品質と香気成分」(第334回 ガスクロマトグラフィー研究会特別講演会, 2014)
磯谷敦子「清酒の熟成に関する香気成分」(生物工学会誌 89巻12号, 2016)

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