2020.12
06
日本酒造りの「火入れ」とは - おいしさを長く保つ技術。歴史や使われる設備、やり方やタイミングを解説
酒造りで欠かせない工程の一つである「火入れ」。酒造りの工程を振り返ると、ほとんどの工程でお酒のもとになる酒母や醪は低温を保ち、醸造しています。しかし、「火入れ」の工程だけはお酒の温度を上げることが、品質を保つ役割を担っています。
日本酒は醸造したものを火入れしたあとにタンクで熟成、その後瓶詰め時にもう一度火入れして出荷、という工程が一般的でした。しかし火入れの技術や冷蔵設備の充実などにより、1回のみ火入れの「生詰め酒」や「生貯蔵酒」、火入れをせず出荷する「生酒」の流通も増えており、さまざまな味わいのお酒を飲むことができます。
※生詰め酒、生貯蔵酒、生酒についてはこちら
では「火入れ」とは何か、そして「火入れ」で使われる技術とその進歩を見ていきましょう。
火入れとは
火入れとは、「低温加熱殺菌」を行う工程です。 約60~65℃の温度を一定時間保つことで、酒の品質は損なわずに乳酸菌などの微生物を死滅させ、酵素の働きを止めることができます。火入れがうまくできていない場合、酵素が残存することで「甘ダレ」と呼ばれる味の変化(甘さが増してバランスが崩れること)や、「ムレ香」と呼ばれる香りが香気成分の変化によって発生したり、「火落ち菌」と呼ばれる乳酸菌の一種が繁殖することで、お酒が白濁し酸っぱくなってしまうことがあります。
この火入れの技術、日本では古くから行われており、なんと室町時代の文献(『御酒之日記』。成立は諸説あるが1489年という説が有力。)にその内容が記されています。ヨーロッパでは1866年にルイ・パスツールが発見した加熱殺菌法がワイン製造に導入されるまで同様の殺菌方法は行っていませんでした。室町時代には酵素や乳酸菌の働きは解明されていなかったため、「火入れ」は当時酒造りを行っていた人々の経験則によって導き出されたものでしたが、ヨーロッパの300年以上前からお酒の過熱殺菌という技術が存在していたということは驚きです。
火入れのタイミング
基本的な火入れのタイミングは、ろ過後に行う「貯蔵前火入れ」、貯蔵・熟成したものをボトリングするときに行う「瓶詰前火入れ」の2回です。特に純米大吟醸や大吟醸など香り高い日本酒では、「瓶火入れ」の1回のみ火入れを行う蔵も多くあります。
貯蔵前火入れ
「貯蔵前火入れ」は上槽した後、お酒をタンクに貯蔵する前に行う火入れを指します。ろ過した日本酒を「蛇管」という管を通し、湯煎し、熟成するタンクへ送ります。温まったままで貯蔵はできないため、タンク側で冷水などをかけ冷やします。なお、最近は後述する「プレートヒーター」を取り入れて、瞬間的に温度を下げることで、生酒のフレッシュさを保ったまま火入れを行う工夫もされています。
二回ある火入れタイミングのうち、この「貯蔵前火入れ」だけを行い、「瓶詰前火入れ」を行わないお酒は「生詰」と表示することができます。秋のお酒として知られる「ひやおろし」は、冬に搾ったお酒を火入れして貯蔵し、ひと夏を超えて熟成したお酒を、二度目の火入れをしない(「ひや」のまま)で出荷する(「おろす」)、「生詰」のお酒です。
瓶詰前火入れ
「瓶詰前火入れ」は、タンクで貯蔵していたお酒を瓶に詰める前の火入れを指します。再度蛇管を通して火入れする、あるいは火入れの機能を持った瓶詰機を通し、確実に「火落ち菌」などを殺菌します。瓶詰の直前に殺菌を行うことで、常温で保管しても味の変化が少ない安定したお酒をつくることができます。また「熱酒瓶詰(熱酒詰)」といって、高温のまま素早く瓶詰めを行うことで瓶内の殺菌効果も期待できるため、さらに品質の安定性を高めることもできます。
「貯蔵前火入れ」を行わずに、この「瓶詰前火入れ」だけを行ったお酒は「生貯蔵」と表示することができます。スーパーやコンビニで販売されているお酒にも「生貯蔵」の商品が多いので、見かける機会も多いかもしれません。
瓶火入れ
これまで見た2つの方法は貯蔵タンクの中、あるいは瓶に詰められる直前に火入れを行っていました。一方「瓶火入れ」は、生のお酒を瓶に詰めた状態で火入れを行う方法です。一升瓶、四合瓶など、出荷するときと同じ瓶にお酒を詰めて「P箱」と呼ばれるケースにいれ、手作業で瓶ごと湯煎します。大吟醸など香りが高いお酒では、上槽後直接瓶詰めを行い(瓶囲いともいう)貯蔵、出荷前に瓶に入った状態で湯煎することもあります。
(※1)画像出典:酒ぬのや本金酒造公式Facebookページ
瓶火入れでは加熱時に香りを閉じ込めておく効果が高いほか、一度の火入れで出荷できるためフレッシュな状態を保ちやすいとされています。一方、瓶詰したお酒を、温度経過を見ながら手作業で湯から出し入れする必要があること、一度に火入れができる量に限界があることから、人手が多くかかる方法です。
人手がかかるため、従来は出品用の大吟醸や純米大吟醸など、特別なお酒のみに行うことが多い方法でしたが、現在はより幅広いお酒にこの方法を用いる酒蔵も増えています。なお、最近では後述する「パストライザー」という瓶火入れを行うための機械も登場しています。
火入れに使われる設備
ひと昔前までは蛇管による火入れが中心でしたが、最近は火入れの分野でも機械化が進んでいます。より短時間で火入れ・冷却する機械や、瓶火入れを細かく温度調整する機械などの登場により、火入れ工程での意図しない品質変化を抑えた日本酒を作ることができるようになっています。
蛇管
お湯の中に、螺旋状に巻いた管を入れ、その管の中に日本酒を通し、火入れする方法です。60℃以上で湯煎し、温まった状態でタンクへ送り込み、タンク側で冷水などをかけ温度を下げます。
この方法は、長時間日本酒が高温にさらされるため、微生物や火落ち菌は確実に抑えられる一方で、香りや味が変化してしまう欠点もあります。
プレートヒーター
プレートヒーターは蛇管とよく似た機構で日本酒を温めますが、大きく異なるのは「熱交換」用のプレートが備え付けられているところです。熱交換とは、温度が高い液体から温度が低い液体へ、熱伝導率の高い管や板などを通じて熱エネルギーを移し、温度を下げる方法です。
熱交換の仕組みについては、機器メーカーの動画で確認すると分かりやすいと思います。
プレート式熱交換器とは(株式会社日阪製作所公式Youtube)
火入れにより60~65℃程度まで上がったお酒の温度を、火入れ前の冷たいお酒との熱交換により一気に下げて、タンクへ充填します。これによって、蛇管の火入れで課題であった、日本酒が長時間高温にさらされるという欠点がクリアできます。熱交換用のプレートを複数組み合わせることで、さらに短時間での加熱/冷却ができるようにしている酒蔵もあります。
パストライザー
瓶火入れの進化版です。瓶に入った状態の日本酒を、熱湯シャワーをかけて火入れする方法です。
(※2)画像出典:数馬酒造株式会社ホームページ「醸しコラム 【設備リニューアル】瓶詰ライン入れ替えました。」
同様の原理でシャワーにより冷却を行うこともできます。瓶火入れでは人が張り付きこまめに温度管理していたものを、自動でできる最新の火入れ方法です。
まとめ
火入れの技術は、単なる殺菌のための湯煎から、生酒に近い味わいを残しつつ殺菌処理も行い、安全で安定した品質の日本酒が届くように改良が加えられています。火入れ方法の違いでも日本酒の味わいは変わってきます。「瓶火入れ」など、火入れ方法を示すラベル表記にも着目しながら日本酒を味わってみてはいかがでしょうか。
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