2023.01
04
オランダ日本酒事情②日本酒を広めるレストラン・酒販店の活躍
日本との長い交流の歴史を持ち、ヨーロッパの物流を支えるオランダ。日本酒においても、ヨーロッパではフランス、イギリス、ドイツに次ぐ第4位の輸出相手国として、世界的なSAKEの市場拡大を支えています。
前編では、オランダの食文化や日本文化などを通して、オランダの日本酒事情の概要を紹介しました。後編となる今回は、日本酒を扱う飲食店・酒販店にインタビュー。現地の人々に“SAKE”の普及を目指すプレイヤーたちにお話を聞きました。
日本酒が飲める居酒屋レストラン
オランダでは、かつて、寿司の食べ放題やラーメン店以外の日本食レストランといえば高価格帯のお店ばかりでしたが、近年は中間層の日本食レストランも増えてきています。今回は、日本酒を売りにした居酒屋レストランと、若者をターゲットにしたジャパニーズダイニングバーに行ってきました。
Restaurant Kyo(レストラン・キョー), Amsterdam
アムステルダム中央駅近くのチャイナタウンを抜けたところにある、居酒屋スタイルの日本食レストラン。 経営母体はアジア食料・雑貨品を扱うDun Yong(ドンヨン)。Sakelicious(サケリシャス)という日本酒専門ECサイトも運営しているため、日本酒の品揃えはピカイチです。
「一品料理と酒」というコンセプトのもと、ビギナーから日本酒好きまで幅広くお酒を楽しんでもらいたいとの願いから、2020年にオープンしました。「上善水如」や「獺祭」、「八海山」など有名銘柄をメインに、本醸造から純米大吟醸、スパークリング、にごり、古酒、貴醸酒と幅広いラインナップを揃えています。すべてのメニューに3行程度の説明が記載されているので、初めての人も味を想像しながら選ぶことができます。
マネージャーの方によれば、お店のお客さんは8割が地元のオランダ人やオランダ移住者で、残りが観光客。日本人のお客様は少ないとのことでした。34席ほどの店内は連日予約で満席。取材に訪れた水曜日にも、飛び込みのお客さんが何人も断念しているのを見かけました。
提供する器はさまざま。升酒の場合は、オランダの日本食店でよく見かけるもっきりスタイル。徳利は竹製のものですが、中にステンレス製のアイスキューブが入っており、薄めることなく冷たさをキープしてくれます。お猪口はいろいろなデザインのものから、気に入ったものを選べるようになっています。
食後に頼んだ貴醸酒の「華鳩・華コロンブ」は、グラスに氷を入れたスタイルで登場しました。欧米には食前酒や食後酒を飲む習慣があるので、こうしたスタイルのお酒は初めての人にも親しみやすそうです。
De Japanner(デ・ヤパナー), Amsterdam
オランダ最大のストリートマーケットAlbert Cuyp Market(アルバート・カイプマーケット)に面した場所にあるジャパニーズダイニングバー。
食事と飲酒の場所を分けることの多いオランダでは、日本の居酒屋のように小料理をつつきながらお酒を飲むスタイルのレストランはまだ少ないのが現状です。しかし、インテリアはいわゆる日本的な居酒屋ではなく、バーカウンターがあり、店内にはヒップホップが流れています。
ピークタイムに伺うと、バーカウンターを入れて40席ほどの店内は満席。客層は20代〜30代がほとんどです。
食事メニューは、茄子田楽やハーリング(ニシン)の刺身、サーモンの炙りなど。日本人とオランダ人を両親に持つオーナーシェフ・トサオさんが、日本食レストランで修行をしたのちに独立開業しただけあって、日本の味とオランダ人の嗜好をブレンドした料理が並びます。
ドリンクメニューはゆずや焼酎などを使ったカクテルがメインで、日本酒はすべてグラスで提供。「鍋島」や「帰山」といった銘柄に並んで、ドライ、フルーティ、エレガント、フルボディなど、特徴がつかめるひと言が書いてあります。提供スタイルはもっきりで、吟醸酒や辛口酒・果実酒は冷やして、熟成酒は常温と、お酒に適した温度でサーブしているそうです。
日本酒が買える酒販店
大手リカーショップなどにおいて、日本酒はほとんど取り扱いがなく、アジア系のスーパーもお店によって品揃えは異なります。一般に浸透しているとはまだまだ言えない状況ですが、SAKEファンはどこでお酒を調達しているのでしょうか。
2022年現在、実店舗を持つ日本酒専門店はありませんが、ここ数年で日本酒を扱うECサイトが増えました。また、日本酒を扱うワインショップも増えています。今回は、その中から3軒のお店を訪問しました。
OTEMBA SAKE(オテンバサケ), Amsterdam
OTEMBA SAKEは日本人オーナーによるSAKE専門ECサイト。酒蔵との直接契約で品質にこだわった日本酒を取り扱っています。実店舗はありませんが、アムステルダム中央駅の近くにオフィスがあるのでお邪魔してきました。
オーナーの藤原康晴(フジワラ・ヤスハル)さんはもともと音楽畑の方で、2010年からアムステルダムを中心に音楽イベントを開催していました。その中で和食と日本酒をふるまっていましたが、藤原さんはオランダで出回る日本酒のクオリティに納得がいっていなかったそう。船上輸送の際に赤道を通るため品質が落ちたり、オランダに着いてから消費者に渡るまでの保管状況が整備されていなかったりという原因による劣化に頭を悩ませていました。
そこで、2016年に、自ら日本酒の輸入業を開始。地域性のある酒蔵を中心に、伝統的な造りから新しい試みを取り入れたお酒まで、ヨーロッパ人の嗜好と食文化に合うように選んで仕入れています。
OTEMBA SAKEで取り扱う日本酒は、すべて温度管理が可能なリーファーコンテナで輸送しています。一般的なコンテナと違って混載ができないため、自社で丸々ひとつのコンテナを買い取らなければなりませんが、それでも良いお酒を良い状態のままオランダに届けたいという情熱と信念を貫いています。
近年は、高騰が続く輸送費を安く抑えたいというヨーロッパ各地のサプライヤーとパートナーシップを築き、品質を保ちながらできるだけローテーションのサイクルを早くして、フレッシュな状態で消費者に届けることに成功しています。
藤原さんによると、2020年以降オープンしたレストランはトレンドに敏感で、何かしら日本的なエッセンスを取り入れていることが多いそうです。当初は顧客の8〜9割が日本食レストランでしたが、フレンチ、イタリアン、メキシカン、ペルー料理など、現地で人気が高いレストランにも日本酒を卸すようになりました。中には、クラフトビールの醸造所も、自分たちのビールと一緒に日本酒を出しているそうです。
数年前には、一般消費者向けのECサイトを立ち上げましたが、若者をターゲットにした直感的なデザインを導入しています。遊び心のある質問に答えていくと、おすすめのお酒が提案される「SAKE TEST」のほか、チャットで日本酒選びを手伝ってもらえたり、酒蔵ごとの詳しい説明もあったりと、実店舗に負けじと深い体験を提供しています。
ウェブサイトへのアクセスは、オランダのみならず、日本、アメリカ、イギリス、フランス、ベルギー、ドイツなど他国からも多いのだそう。初めは日本人のオーダーが多かったものの、徐々にオランダ人や、オランダに仕事に来ている在オランダ外国人の顧客が大きな割合を占めるようになりました。
新しい顧客層にいろいろな味を知ってもらうために、5種類のお酒を100mlずつ詰めたテイスティングセットも販売。輸送費の高騰もあり、どうしても一本の価格が高くなってしまうため、このようなテイスティングセットは、予算に限りのある若い人に喜ばれています。
オフィスの飾り棚の中段右端には、前編で紹介したコンプラ瓶のレプリカがあります。コンプラ瓶も輸送中の品質劣化を防ぐために開発された瓶でした。「美味しいものを美味しいまま多くの人に届けたい」、400年の時を超えて同じ想いを持ったオランダ商人とOTEMBA SAKEの心が繋がります。
Sterk(スターク), Amsterdam
小さなナイトショップ(お酒やスナックなどを扱う、深夜営業のコンビニエンスストア)として1959年に創業したSterkは、今では朝食からクラフトビールまで豊富な品揃えで人々から愛されるデリ&リカーショップです。
以前から日本酒も販売していたそうですが、ワイン類仕入れ担当のHelma Brian(ヘルマ・ブライアン)さんの元に、「Sake.nl(サケドットエヌエル)」というオンラインストア(来年1月に実店舗をオープン予定)を運営し、「酒サムライ」にも叙任されたSimon Hofstra(シモン・ホーフストラ)さんが来訪したことがきっかけでさらに多く取り扱うようになったそうです。
日本酒に魅せられたHelmaさんは、より多くのオランダ人に日本酒の美味しさを知ってもらうため、複数の卸業者から幅広い種類の日本酒を仕入れるようになりました。今ではなんと80種類以上にも及びます。
日本酒のセレクションについては、偏見なくさまざまなタイプの日本酒を揃えることをポリシーに、試飲したうえで美味しいと思ったものだけ仕入れているそうです。 こちらのお店で人気なのは、「菊正宗 しぼりたてギンパック」や、「菊正宗 樽酒 純米」、「帰山 純米吟醸」など。ゆず酒や梅酒も人気だそうで、多くの種類が並んでいました。
Libre(リブレ), Utrecht
2022年にオープンしたカナダ人オーナーによるナチュラルワイン&サケショップ「Libre」。お店の立地は旧市街地の趣ある高級住宅街。運河沿いの地下にあり、地上階はフレンチレストランです。
「日本食以外にも、合わせられる料理の幅が広く、未知の世界が広がっているSAKEの美味しさをより多くの人に知ってもらいたい」と語るオーナーのNicholas(ニコラス)さんはもともとミシュラン二つ星レストランのMomofuku Ko(モモフク・コー)や、ナチュラルワインやSAKEを扱うパリのレストランでソムリエをしていたそうです。
昔ながらの製法で作られたナチュラルワインや、その土地の生態系全体を考えたバイオダイナミック農法で作られたワインを取り扱っているため、日本酒も純米のみを取り扱っています。 火入れなしの生酒、希釈なしの原酒、無濾過、自然発酵、オーガニック日本酒、地元のお米や酵母を使い、古来の製法で作られたお酒を集めているのだそう。
人気があるのは、「にいだしぜんしゅ 純米吟醸」、「仙禽 亀の尾50」など。近隣住民のほかにも、運河でボートを楽しむ人が立ち寄って買っていくことも多いそうです。
「ナチュラルワインを買うお客さんは、多少値段が高くてもより良い飲酒体験を求めている人が多いので、高価になりうる日本酒も、選択肢に上がりやすい。大切なのは総合的な体験なんです」とお話ししてくれました。
オランダのSAKE醸造
かつて、Doragon Sakeというオランダ産のSAKEがイギリスの大手スーパーに並んでいたことがありました。2015年当時、700mlのボトルが6.5ポンド(約1200円/当時レート)という、ワインと同水準の価格で売られていたそうです。
製造元であるToorank社に問い合わせましたが返答はもらえず、どのような製法で作られたものか詳細はわかりませんが、ウェブ上で見つかる商品説明には「普通酒」と書かれています。IWSC(インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション)では、2011年、2012年にシルバーを受賞したとこともあるようです。
現在はオランダにはSAKEの醸造所はありませんが、ヨーロッパではフランス、イタリア、スイスなどで造り手が増えてきています。オランダではクラフトビール醸造所やワイナリーが年々増えていますし、このまま輸入された日本酒の人気が高まっていけば、再び現地醸造を行う人たちも出てくるかもしれません。
まとめ
オランダでは、まだ少ないながらも着実に現地でSAKEを普及する動きが広まっています。外食文化はミレニアル世代が牽引しており、レストラン側もトレンドとして日本素材への興味が高いことから、今後も需要は伸びていくでしょう。
大きな課題は、ワインやビールに比べて日本酒の小売価格が高く手を出しづらいこと。そして、多くの人にとってはまだまだ馴染みがないもので、選択肢に入りづらいことです。
価格に関しては、流通にコストがかかるため難しい問題ですが、高価格でも飲みたいというSAKEファンを増やしていくには、オランダ人がお金をかけてもよい体験をしたいと思えるものと一緒に売り出していくことが重要です。
例えば、日本食だけではなく、チーズメーカーやチーズショップにファンを増やしてペアリングを推していくこともできるでしょう。OTEMBA SAKEによるクラフトビール醸造所とのコラボレーションも、その新しい可能性を示唆しています。
また、最近のオランダでは、環境負荷の観点から大容量のボックスワインがその価値を見直されてきています。真空パックなので開封後も酸化を防ぎ長くフレッシュな味わいを楽しめる点、コストを抑えて安くできる点でも、日本酒で試す価値はあるかもしれません。
イギリスやフランスに比べて、オランダでの日本酒の浸透はやや遅れていますが、だからこそ伸びしろがあるといえるかもしれません。数年後にレポートをしたときに、さらに紹介できるトピックが増えているように、これからもオランダの日本酒事情を追いかけ、伝えていきたいと思います。
【連載:ヨーロッパSAKEレポート】
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