2022.05
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日本酒ラベル そのデザイン変遷の歴史(後編)- 現代和風のデザイン力を
中編では、洗練された「昭和クラシック」から「文字だけラベル」に変化していく流れを紹介しました。これからラベルはどこに向かっていくのか。デザインを取り戻す試みも紹介しながら、SAKEが世界化する時代の中での「酒の顔」のありようを探ります。
伝統を意識、よみがえる絵柄
無地の「文字だけラベル」がここまで広がってくると、さすがに揺り戻しも出てきます。伝統を意識しながら、新たなデザインを起こした例を見てみましょう。
ひとつは大七酒造(福島県二本松市)のプレミアム酒である「箕輪門」「皆伝」「頌歌」などのラインアップです。ツタの葉をモチーフに、和の中に洋のテイストも感じられます。 太田英晴社長によると、かつて蔵の壁を覆って夏の温度を抑えていたのがツタ。「パッと咲いて散る花と違って、どんどん茂っていく姿もこの蔵にふさわしい」とモチーフに選んだそうです。
このラベルは美術に造詣が深い太田社長が、自身でデザインしました。意識したのは「クラシックでモダン」「日本的な美であり外国人にとっても普遍的」であること。ひとりで手掛けることで、統一感を図っています(※)。
※生酛や生酛純米などのラベルは、昭和ラベルを刷新した時の原点を忘れないため、あえて当時のままとしています。
太田社長の祖父は「二流には満足しない」と、当時トップメーカーだった東京の凸版印刷に樽に貼るラベルを頼んだそうで、こだわりが受け継がれているようです。
冨士酒造(山形県鶴岡市)の花札をイメージした「栄光冨士」ラベルシリーズも目を引きます。大正風のレイアウトに、菊や朝顔、紅葉などがにぎやかに配置されています。 「統一感がありながら、楽しく目を引くデザインに」という狙いがあるそうです。レトロでありながら現代的な感覚があり、祝祭感にあふれています。
今田酒造本店(広島県東広島市安芸津町)の古典的な柄を崩したものも雅です。旧ラベルの「宝尽くし」文様をもとにアレンジし、リズムや浮遊感があります。今田美穂社長は家業に入るまで能楽の仕事に関わっていて、その縁からつながったデザイナーに、「富久長」シリーズ全体のラベル変更を任せました。
自社印刷で「ほしい時にすぐ」
特、1級、2級しかなかった時代のラベルは「一度作れば一生もの」とも言われ、それだけに金をかけられた一面もありました。しかし今は商品が多様化し、定番自体が成り立ちにくくなっています。そこで「いかに客の目をとらえ続けるか」という方向にラベルの変化が進みます。
ラベルを戦略的にとらえ、印刷工場を1億円かけて新設するのは新澤醸造店(宮城県大崎市)です。「飲んでみようというきっかけになるのはラベル。現に自分もジャケ買いをしていますから」と新澤厳夫社長。自社印刷にまで踏み込むには理由がありました。
「急ぐときに印刷会社に発注しても『今週中にはやります』でスピード感がない。スポット用の少枚数では1枚が200円以上と高くなり、しかも1000枚程度では見向きもされない」
これでは経費と時間のロス。社内に美術系の人材がいたこともあり、内製を決めました。急ぐときには数時間で出来上がり、必要数だけ刷れば無駄もありません。醸造部門以外にも投資をすることで、社員の士気を上げる隠れた狙いもありました。
代表2銘柄のうち「あたごのまつ」は、松を水引風に展開した新デザインが浸透してきたので、色やバックを少しずつ変え、趣を変えた折り紙を思わせるようなカラフルな図柄も試作しました。ほかにもさまざまなタイミングで、新しいデザインのラベルを投入するそうです。
デザイン制作部の佐藤紗都美さんは「筆文字の書体が基本なので、それを邪魔しないデザインが中心になるでしょう」と話します。
海外の飲み手が求める「らしさ」
私たちは今、ラベルが変わる潮目に立ち会っているようです。安直なものではなく、きちんとしたデザインを取り戻そうとする動きを感じます。
ラベルは中身を表わします。グレードの高いものは、それに合ったラベルや容器でないと釣り合いません。そのバランスが崩れたのは、なぜか。 蔵元は今の吟醸品質を生み出すまでに多大な努力を重ねました。そこから「中身で勝負。ラベルは二の次」となってしまったのではないかと考えます。あるいはこの半世紀の下り坂で経済的な体力が失われたことも原因であったかもしれません。しかし近年は、中身にかけただけの手間を「顔」を整えることにもかけ、デザイン性の高いラベルが生まれるようになったと感じています。
世界にSAKEファンが増えている現代では、ラベルも海外の飲み手を想定したデザインにしたいものです。
海外のSAKEファンは、もともと日本文化を好んでいたことからSAKEも好むようになった人も多いと聞きます。そのような人々は、ラベルにも日本らしい風情を期待するのではないでしょうか。
漢字については、「日本らしい」と評価してくれる海外の人は確かにいます。しかしそうはいっても漢字だけのラベルでは、ほとんどの人にはどれも一緒に見えてしまい、銘柄を認識してもらえません。これはもったいない状況です。
酒が好きな同僚のアメリカ人教授に、筆者のコレクションの一部を見せたところ、明治の華やかなラベルを「おお、すばらしい」と食い入るように見てくれました。日本らしく印象に残る絵柄やデザインであれば、漢字が読めなくても一目で覚えてもらえるだけでなく「クールジャパン」のひとつとなる可能性もあります。
ニッポンのデザイン競う場に
では、これからはどのようなデザインを目指せばいいのでしょうか。 奇抜であればいい、目立てばいい、ワインに似せて洋風にすればいい……わけではありません。私たちが日本酒ラベルに抱いているイメージを保ちながら、伝統的な意匠を現代の人にも響くように再デザインすることです。 新しい感覚だけれども、どこかに伝統とのつながりを感じさせる。いわば現代和風といえましょうか。
先の「あたごのまつ」を見てみます。松葉は、パターン化された伝統意匠を借りながら、その松葉のイメージを水引のような流線に広げています。斬新であり、さらりとしていながら、伝統の香りをしっかりと感じさせる気持ちのいい絵柄です。
ラベルを、こう再定義してはどうでしょう。酒蔵がデザイナーに対して開いた「現代和風のデザイン力を発揮する場」であると。そのコストは、日本のデザイン文化を芳醇にする社会貢献となります。 高まった酒質と、味わいのあるラベルとのコラボ。それは料理を目でも楽しむ日本の伝統にもつながります。
世界に誇れる「令和クラシック」の誕生を
ここまでしてきたのは、あくまでも蔵の「柱」となるデザインの話です。その周辺には酒質や飲み手に応じて、思い切って冒険をしたラベルもあるでしょう。今でも、ファンシーなもの、現代アート風のもの、逆にヘタウマなもの、またワインやウイスキーと見まごうもの……とあらゆるデザインのラベルが並んでいます。
その対極にあるのは、昔のラベルの復刻。野島酒造(東京都あきるの市)は明治時代の「喜正」の樽貼りをよみがえらせました。 東京の地酒販売大手のはせがわ酒店は、1合のミニボトルをレトロラベルシリーズとして、明治から昭和クラシックまでのデザインをあしらっています。 レトロさは若い世代や海外の方に新鮮な印象を与え、「可愛い」「クール!」と好まれています。
日本らしさを表現する伝統的なデザインを、現代的な感覚で再設計していく先に「令和クラシック」の姿が見えてくるかもしれません。世界に誇るSAKEに相応しい、美しく心に響くようなラベルの日本酒が酒屋に並ぶ日は、そう遠くないように思います。
そしていつの日か、日本酒ラベルの収集が世界的な趣味として認知される、なんてことになれば……と夢見ています。
【連載:日本酒ラベル そのデザイン変遷の歴史】
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