東日本大震災からの復興。気仙沼で挑む「新時代を切り拓く日本酒」 - 宮城県・角星(水鳥記)

2022.06

07

東日本大震災からの復興。気仙沼で挑む「新時代を切り拓く日本酒」 - 宮城県・角星(水鳥記)

山本 浩司(空太郎)  |  酒蔵情報

気仙沼港で100年前から酒造りを続けてきた株式会社角星(かくぼし)は、2011年の東日本大震災による津波で本店兼店舗が流され、酒造りをしていた蔵も地震の揺れで大きな被害を受けました。その後、5年をかけて本店兼店舗を復元させ、2021年秋からは廃校となっていた小学校を新天地に選び、酒造りを始めています。

完全復興までに10年かかった角星の、挑戦の軌跡をたどりました。

津波を耐え抜いた看板に、同じ土地での再起を決意

現社長の斉藤嘉一郎さんで18代目となる角星は、400年ほど前から気仙沼で呉服商や食酢・麹の製造販売、塩問屋などを幅広く営んできました。清酒醸造については、気仙沼から約20km西方の折壁村(現一関市)でどぶろくを造っていた業者から1906年に買い取って歴史が始まります。当初は造った濁酒を気仙沼まで馬車で運んだことから「陸中の国(現在の岩手県の大部分と秋田県の一部)で造り、陸前の国(現在の宮城県の大部分と岩手県の一部)で売る」ことから『両國』という銘柄にしたのだそうです。3年後には気仙沼港の近くに醸造拠点を移し、店舗を兼ねた本社も港に面した目抜き通りに構えてきました。

「この地区は気仙沼の商業の集積地で、魚の仲買や網元などの立派な建物がひしめく通りです。ここに本社を構えた先祖も、代々プライドを持って商売をしていたのだと思います」

角星の本社屋は2003年1月に国の登録有形文化財に指定されましたが、2011年3月に発生した東日本大震災によって崩壊してしまいます。震災当時、本社には社員ふたりが居たそうですが、地震の直後に「なにかが起きる予感がした」そうで、すぐに海よりもやや高いところにあった醸造蔵に逃げて無事でした。しかし、高さ約10mほどの津波が押し寄せた角星の本社屋は津波に流され、30mほど後方に建つ鉄筋コンクリートの建物にぶつかって止まりました。

水が引いて、地震の翌々日に現場を訪れた嘉一郎さんは、その時の様子を次のように話します。「周囲の惨状を見ながら現場に近づいたので、すべてがバラバラに砕かれて影も形もないのではと思っていました。ところが現地に行ってみると、1階部分はすべて消えていましたが、2階部分はほぼそのまま残っていたのです。しかも、2階の前面に掲げてあった『両國』の看板が、ほぼ無傷で横たわっていました。それを見るまでは本社機能は別の場所に移すのが賢明だな、と感じていたのですが、商売人にとって大切な看板が残っているのを見て『この場所で引き続き商売をやれ』と言われているような気がしたのです」

もとの姿を取り戻した本社屋「​​気仙沼の復興のシンボルに」

地震の半年後に「登録有形文化財の修復には国の補助が出る」と知り、まずは土地の盛り土・かさ上げの事業を促進させるために、港周辺の復興に熱心な地権者と協力し合うことを決めます。そうして地盤を整備し、次に残った2階部分を曳家(建物を解体せずにそのまま移動する方法)で元の場所に戻しました。

設計図がなかったため、1階部分は流される前の写真をもとに、できる限り同じように部材を加工。2階部分は一旦すべての部材をバラバラにして、瓦も使えるものはそのまま使って組み直しました。そんな気の遠くなるような作業を経て、修復が完了したのは2016年11月。

「外観は津波に流される前の姿そっくりです。内部も1階はお酒を売る販売所と事務所になっており、以前と変わりません。物置だった2階は何も置かず、修復の模様がわかるように天井の一部をガラス張りにして梁が見えるようにしました。また、昔の写真なども展示して、希望者はいつでも見学できるようにしています。コロナ禍以前にはいろいろなイベントにも使われました。気仙沼の復興のシンボルのひとつでありたいと願っています」

新しい醸造蔵は廃校になった小学校

本社屋の修復は完了しましたが、完全復興への道はまだまだ続きます。築110年の醸造蔵は倒壊こそしなかったものの、あちこちを修復してなんとか急場をしのぐ状態で、存続は不可能。酒造りの設備も大半が嘉一郎さんの父の時代に入れた物ばかり。どれも「還暦」を過ぎていて、故障するたびに修理して、だましだまし使っている状況でした。

そんな中で、嘉一郎さんに醸造蔵の新設や設備の刷新を決意させたのが、長男である大介さんの功績です。大介さんは東京農大を卒業後、2年間の修業を経て、2015年春に後を継ぐために気仙沼に戻ってきていました。

「息子は帰って来るとすぐに、ゆず酒を商品化してヒットさせ、10数年前にリリースした特約店限定流通の『水鳥記』の販路を拡大するなど、着々と手を打っていきました。その姿を見て『酒蔵を永続させるための大きな投資をそろそろ決断しなければならないな』と覚悟を決めました」

醸造蔵の敷地は狭く、建て直しには不向きだったため、別の土地を探しました。しかし海近くまで山が迫っている地形の気仙沼で、ある程度の平地を見つけるのに苦労します。そこで市役所に相談に行くと、廃校になった小学校を紹介されました。たしかに小学校であれば校庭もあり、スペース的にも問題ありません。

嘉一郎さんは早速、紹介された4校を見に行きました。長く使えなくては移転する意味がないので、古すぎる建物は条件に合いません。かと言って新しいと売値が高すぎますし、気仙沼の中心地から遠すぎると本社屋と離れすぎてしまいます。いろいろと比較した結果、最終的に選んだのが2015年3月に廃校になった白山小学校でした。

「初めて行ったときに、校舎の前にある花壇に花が咲いていたのです。校庭も綺麗だし、保存状態が良くて驚きました。地域の人たちが校舎の再利用者が現れるのを待っていたんです。これが決め手になりました」

学校の形状を活かしながら、作業動線にも配慮

白山小学校は校舎の東半分の築年数約50年、西半分が約30年、校舎の東側に建つ体育館が約50年でしたが、いずれも鉄筋2階建てのしっかりした骨組みで、まだまだ使えそうでした。そこでまずは天井が高い体育館をメインの醸造棟と位置づけ、仕込み室や酒母室、搾り室などを壁で仕切って配置することに。

各部屋ごとに空調を設置して理想の室温を保ち、一年を通して酒造りができる体制にしました。体育館に隣接した校舎にはステンレス製の麹室を作り、校長室や教職員室などの壁を取り除いて瓶詰めラインにしました。残りの教室や音楽室などはそのまま残し、社員の更衣室や休憩室、テイスティングルーム、会議室、分析室として活用しています。

改装を進めるうえで大介さんがとくに意識したのが、スムーズな作業動線の確保でした。

「体育館は天井の高さはあるものの広さが不十分で、仕込みタンクを並べるのに工夫が必要だったり、原料処理室がやや手狭だったりと難点もありました。それでも蔵人が作業しやすい動線は、あまり無駄なく作れたと思っています」

労働環境の改善と思い切った設備投資

角星は長年、南部杜氏を招き、杜氏が連れてきた蔵人達が酒造りをしてきましたが働き手の確保が難しくなる中、この体制を続けることに限界を感じるようになってきました。そこで近年は徐々に社員蔵人を増やし、2020酒造年度からは全員が通年雇用の社員となりました。杜氏も社員の鈴木肇さんが務めています。

労務管理の観点から蔵人の泊まりをなくすため、新設した麹室には最新鋭で評判の高い製麹機を入れ、夜中の作業を不要にしました。

製麹機はもちろんのこと、搾り機や原料処理の洗米機、甑(蒸し米機)、多くの仕込みタンクなどをすべて新品を購入しました。総投資額は約7億5000万円にものぼり、震災に絡んだ補助金が出るものの、6割程度は自己負担です。蔵を永続させるためとはいえ、ここまでの大幅な設備投資をするには、かなりの勇気が必要だったと嘉一郎さんは振り返ります。

「息子が蔵を継ぐと決意してくれたから『このタイミングでの設備投資が必要だ』と思い切った決断ができました。後継者がいることで中長期的な事業計画を提示できましたし、息子が蔵に戻ってすぐに成果を出していたことで、金融機関も融資に応じてくれました。息子が蔵に戻ってきたタイミングがもっと遅かったら、今回の移転話は実現しなかったでしょう」

土地探しから始まり足かけ4年半、角星の白山製造場は2021年10月に竣工。コロナ禍で世界中の物流が乱れ、建築資材の高騰や調達難が始まるギリギリのタイミングで新天地となる蔵が完成しました。

ワイン造りに挑戦。業務の平準化を目指す

角星では以前の蔵でも気仙沼市の上水道の水を使って酒を造っていましたが、移転によって取水する浄水場が変わりました。そこで水質を調べてみると、移転先の水のほうがマグネシウムとカリウムの含有量が多いことが判明します。

「酒造りの発酵に良い水だとわかり、安心して移転できました。設備が新品なので変な香りがつかないようにと、細心の注意を払って2021年秋から酒造りを始めましたが、できあがった酒は旧蔵で造った酒よりも明らかに洗練された味わいになってホッとしました」

新天地は空調の整備や新規投入した設備によって、一年のうち11ヶ月、酒造りができます。さらにワイン造りにも参入することで仕事を通年で平準化させる予定です。新規事業として始めるワイン製造について大介さんは「清酒屋が造る日本食に合うワイン」をコンセプトにしていると話します。

「使う酵母に清酒用酵母を採用して試験醸造をしてみました。白ワイン・赤ワインともに納得のいく仕上がりになったので、多くの方々にサンプルとして送って感想を集めたところ、期待以上の反応でした。この夏からはワインも本格的にデビューさせます」

気仙沼が誇る、海の幸と山の幸に寄り添う酒を

気仙沼の港には一年中、新鮮な海の幸が上がり、春や秋には山菜やキノコなどの山の幸にも恵まれます。そんな食材に寄り添う美酒を造り続けるため、10年かけて復興を果たした角星。嘉一郎さんは「未来に向けた蔵の道筋をつけることはできました。数年以内に息子にバトンを渡し、角星の新しい時代を切り拓く役目を果たしてもらいます」と言い切っていました。

ゆず酒のヒットや既存商品の販売戦略で角星を盛り立て、新規参入するワイン事業にも精力的に取り組む大介さん。気仙沼の地で受け継がれてきた歴史と誇りを礎に、新時代を見据えた挑戦は続きます。

酒蔵情報

株式会社角星
住所:宮城県気仙沼市魚町二丁目1番17号
電話番号:0226-22-0007
創業:1906年
代表者:斉藤嘉一郎
杜氏:鈴木肇
Webサイト:http://kakuboshi.co.jp/

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