2023.12
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酒蔵を守る知恵 - 経験者と専門家に聞く火災予防の重要性
酒蔵が火災に見舞われたというニュースを聞くのは、酒造関係者だけではなく、日本酒を飲む消費者にとっても心が痛むものです。SAKE Streetでは、以前、酒蔵の防災対策として、国の有形文化財として登録されている建築物を中心に、制度の解説や公的な取り組みに対する提案をおこないました。
しかし、酒蔵の中には、文化財に登録されていない建物や、対策になかなか予算を確保できない蔵もたくさん存在します。公的な対策を提案した前回の記事に対して、今回の記事では、「個々の酒蔵ではどのような対策ができるのか」を考えていきます。2012年に火災を経験した長野県・湯川酒造店代表の湯川尚子さんに体験談をお聞きし、さらに、総合防災メーカー初田製作所の初田智之さんから、具体的な対策についてアドバイスをいただきました。
小さな不安を見逃さない職場を作る──湯川酒造店
経年劣化した電熱線が出火の原因に
長野県木曽エリアに酒蔵を構える湯川酒造店が火災に見舞われたのは、湯川尚子さんが16代目蔵元に就任した翌年の2012年2月のことでした。
「出火元は、2階にある甘酒の製造スペースでした。糖化用のホーロータンクを温めるため、周りに電熱線を巻きつけて、保温性を高めるためにウレタンマットを巻いていたんです。長年使っているうちに、電熱線を保護するチューブが剥がれたり、線が切れかけたりしていたのですが、お金をかけずに済むよう、ビニールテープで巻いて補修していました」
そんなある日の夜、誰もいなかった設備内で電熱線がショート。保温用のウレタンマットに延焼し、タンクごと燃えてしまったのです。
延焼規模は20平米ほど。甘酒の製造スペースの隣にある麹室に差し掛かる手前で火災を食い止めることができましたが、煤や煙が充満して消火後も臭いが取れず、2階の壁や床をすべて洗浄し、光触媒で消臭したうえで、さらに上塗りをする結果になりました。
酒蔵ならではの注意ポイント
湯川さんは、酒蔵の火災の要因として最も大きいのは電気関係ではないかと分析します。
「火を使う作業は、『火を使っているから気をつけないと』と注意しながらおこなえますが、意識が向かないようなことにこそリスクがあります。例えば、延長コードを複数つなげたり、古いコードを『まだ使えるから』と補修しながら使ったりすることは危険です。
私たちの蔵でも、かつてはコタツの熱源を改造して酒母を温めるのに使っていました。酒蔵はDIYをしたり、自分たちで機材をメンテナンスしたりするケースが多いですが、目立った設備よりもついでに使っているような機材が見落とされやすいのではないかと感じます」
もちろん、酒蔵を代表する火元として、造りの期間に常に作動しているボイラー室も大きなリスクが潜んでいます。
「ボイラー室は人が行き来しないデッドスペースなので、段ボールやいつか捨てようと思っているゴミなどを保管するのに使ってしまいがちですが、何かあったときに大きなリスクになりかねません。弊社では昼休みの間はバルブだけ止めたり、その日の当番を決めて最後に止めることを徹底しています」
そのほか、注意したいのは、深夜などの人がいない時間帯に「ほったらかし」にされてしまうものたちです。
「タンクを温めるためにアンカを当てっぱなしにしたり、洗濯物を乾かすために扇風機を回しっぱなしにしたまま蔵を離れてしまうといったことは、ありがちですがリスクが高いことです。人がいれば対処できたかもしれないことが、深夜の人がいない時間に起きてしまうと大惨事につながってしまう。弊社の火災も、人がいる時間だったら初期消火で抑えることができたかもしれないと思っています」
声を上げやすい環境が防災につながる
一度火災を経験してから、湯川さんは経営陣を含めた従業員の意識改革を始めました。
「経営者にとって大切なのは、一人ひとりの従業員が、気になることがあったら躊躇せず伝えられる環境を作ること。まず、古いものはどんどん更新していくことを会社全体で意識するよう呼びかけました。社長がお金を払えないという態度を取っていると、社員は『古いものも大事に使わなきゃいけない』と思ってしまう。社長みずから『これはもう使えないので、捨てて交換しましょう』と積極的に言っていくことで、ほかの従業員からも声が上がりやすくなりました」
メンテナンスを積極的にしていくように切り替えたことで、防災面以外にも良い効果があったと湯川さんは話します。
「定期的にメンテナンスをすることで、酒造りの繁忙期に機械が壊れて作業が中断してしまうようなことがほとんど起こらなくなりました。あとは、片付けが上手くなりましたね。いざという時に火が燃え移りそうなものは処分し、通路を塞がないようにして、無駄なものを減らす。『いつか使うだろう』と思って取っていたものも処分することで、皆造後の片付けで出るゴミが格段に減りました」
「設備を変えるなどのハード面を対策しようとするとお金の話になってしまうが、ソフト面で対策できることも多い」と強調する湯川さん。
「考え方ひとつで、それまであたりまえにやっていた作業でもなくすことはできます。火災に遭ってから、タンクを温めるためにアンカを使うのをやめました。酒母やもろみにアンカを使わなくなると、冷え込んだ日にも発酵がしっかり継続するだけの発酵力が必要になります。
その視点から、山廃・生酛仕込へのシフトが加速し、速醸でも仕込配合や仕込温度の考え方に工夫をできるようになりました。それらのことが、私たちがいま理想としている『できるだけ環境を補正しない酒造り』という副次的な効果につながったと思っています」
防災はものづくりを続けるために必要なこと──初田製作所
小さな原因の積み重ねが火災を引き起こす
酒蔵をはじめとする製造現場ならではの火災の原因と対策にはどのようなものがあるのでしょうか。京都の寺社を守るために1902年に誕生し、製造現場はもちろん、さまざまな建物に防災設備を提供している防災メーカー・初田製作所の初田智之さんにお話を聞きました。
初田智之さん
1902年に京都で創業した総合防災メーカー・株式会社初田製作所(本社:大阪府枚方市)メンテナンス事業部 防災アドバイザー室所属。同社は消火器が国内シェア約4分の1を持つほか、「火災発生リスク簡易診断サービス」でこれまで1500社の診断をおこなっている。火災リスクに対するお悩みや素朴な疑問まで、防災のプロ集団が最適な解決策へナビゲートする防災WEBサイト「Bosai Navit」を運営。
「いろいろな製造現場を見てきて思うのは、いざ火災が起こるときというのは、その現場特有の明らかに危ない設備や工程ではなく、本当にどこにでもあることが原因になっているということ。小さな原因の積み重ねが、結果として大きな火災になってしまうんです」
初田さんは、火事の原因となる「火災の3要素」は火源・可燃物・酸素であると解説します。例えば上記の湯川酒造店のケースでは、電熱線が火源、ウレタンマットが可燃物にあたります。
「通常は問題なくても、機器が経年劣化したり、故障したり、汚れたりすることで異常発熱し発火に至るケースは多くあります。それだけでは火事にはならないのですが、そこに紙や木、布などの可燃物があることで燃え広がってしまう。酒蔵さんの場合は、段ボールなどの梱包材や、事務書類、そして木造の建物自体も可燃物に該当します」
そのほか、人数が少ない蔵では、「ながら作業」が増えるほか、すぐに火災に気付けないというリスクもあると言います。
「今、火災が起きたら」を想像する
それでは、火災を防ぐためには日ごろからどのような対策をする必要があるのでしょうか。
「火源と可燃物の距離をあけることです。建物や部屋のスペースが小さいと、火源と可燃物の距離がどうしても近くなってしまったり接触してしまったりというネックがありますが、熱源の周りに可燃物をなるべく置かない、または距離を取るということで効果が出ます。
また、普段使っている電気製品のメンテナンスも欠かせません。電気製品には耐用年数があるので、超えたものは使わないこと。埃などが溜まるとトラッキング現象(※)が起きて発火してしまうこともあるため、こまめな清掃も必要になります」
※差しっぱなしになったコンセントと電源プラグの間に埃が溜まり、湿気が加わることで放電、発火が起きる現象のこと。
リスクの例 |
---|
切れかけのコードをビニールテープで補修して使っている |
電気製品を耐用年数を超えて使用している |
コンセントや電源プラグに埃が溜まっている |
電源ケーブルを束ねる・折り曲げる・踏みつけるなどしている |
電源タップの上限ワット数を守っていない |
消火器の前にいろいろなものが置かれている |
避難経路が塞がっている |
しかし、「これをすると絶対火災が起きないという万能薬のような方法はありません」と初田さんは話します。
「結局は、リスクを洗い出して一つひとつ潰していくという地道な作業の積み重ねになります。しかし、その障害になるのが『まさか自分のところに起こるはずがない』という考え方です。酒蔵さんに限らず、ものづくりにこだわっている産業の人ほど、『防災対策は利益を生まないし、品質の向上につながらない』と優先順位を下げてしまう傾向にあります」
「現場の人だからこそ、『ヒーターの横にこの荷物を置いておかないと効率が悪い』などの事情があるでしょうし、私たち防災アドバイザーが事情を知らずに指摘しても、なかなか聞き入れづらい部分もあるとは思います」と理解を示す初田さん。リスクを冷静に見極めるためには、第三者の目線が必要だとアドバイスします。
「最もわかりやすいのは、『今ここで火災が起きたらどうか』と想像してみること。目の前の小さな電気機器が発火してしまったら、周りに燃え移るものがあるか。消火器やバケツはきちんと取りに行ける場所にあるか。『起こってないからいいや』ではなく、実際に起きた場合を想定してリスクを洗い出すのがおすすめです」
文化を継承していくためにも防災を
もちろん、火災の規模によっては、ご自身の命を守るために避難することを優先しなければなりません。「自分の身長を超えるような火は、消火器などでは手に負えません」と初田さんも注意します。
最後に、なかなか防災対策に踏み切れない人のために、初田さんがアドバイスをしてくれました。
「例えば、みなさんはスマートフォンにカバーをしていると思いますが、これは過去に落として割れてしまったことがあったり、画面が割れたまま使っている人を見たりしているからこそ、対策しなければならないと思ってあえてお金をかけているのだと思います。防災も同じで、『いつか自分にも起きるかもしれない』と思うことが大切です。
また、酒蔵さんにとっては、文化の継承がキーワードになると思います。火災が起こると、商業的な損失があるだけでなく、日本酒という文化が途切れてしまう。かけがえのないものを守るためと思って、防災対策を心がけていただければと思います」
できることをしながら、文化財以外の補償の拡充を望む
前回の記事では、国の登録文化財としての酒蔵を中心に、共助体制を充実させる必要性を説きました。しかし、日本酒の酒蔵のほとんどは文化財として登録はされておらず、歴史的な資産を守る中で、自社の予算の範囲内での対策が求められています。
湯川さんの現場の視点、そして初田さんの客観的な視点から見える火災対策のポイントは、下記のようにまとめることができます。
- 従業員が気になること(機器の更新など)を共有しやすい環境を、経営者が主導して整備する
- 可燃物をなるべく減らし、整理整頓を行うことで、避難経路を確保するとともに、可燃物(建物含む)と火源の距離を開けやすくする
- 火災は「いつか自分にも起きる」前提で、第三者の視点を入れる、社内で話し合うなどして、リスクを地道に洗い出す
もちろん、これらのことを理解しつつも、個々のできることには限界があり、「今まで大丈夫だったから」「予算が足りないから」と対策に着手できずにいる酒蔵は多いことでしょう。そのためにも、公的な補償の拡充を含め、業界全体で防災を考えていく必要があります。
酒造りがピークを迎える冬の時期は、空気が乾燥し、電熱機器の使用も増えるため、火災のリスクが一層高まります。まずは周りを見つめ、できることから一歩踏み出してみる。SAKE Streetも、引き続き業界全体が次の一手を考えられるよう、声を上げていきます。
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