
酒蔵を守る知恵 - 経験者と専門家に聞く火災予防の重要性
- 木村 咲貴
- SAKE業界の新潮流
- 2023/12/19
酒蔵が火災に見舞われたというニュースを聞くのは、酒造関係者だけではなく、日本酒を飲む消費者にとっても心が痛むものです。SAKE Streetでは、以前、酒蔵の防災対策として、国の有形文化財として登録されている建築物を中心に、制度の解説や公的な取り組みに対する提案をおこないました。
しかし、酒蔵の中には、文化財に登録されていない建物や、対策になかなか予算を確保できない蔵もたくさん存在します。公的な対策を提案した前回の記事に対して、今回の記事では、「個々の酒蔵ではどのような対策ができるのか」を考えていきます。2012年に火災を経験した長野県・湯川酒造店代表の湯川尚子さんに体験談をお聞きし、さらに、総合防災メーカー初田製作所の初田智之さんから、具体的な対策についてアドバイスをいただきました。
小さな不安を見逃さない職場を作る──湯川酒造店
経年劣化した電熱線が出火の原因に

長野県木曽エリアに酒蔵を構える湯川酒造店が火災に見舞われたのは、湯川尚子さんが16代目蔵元に就任した翌年の2012年2月のことでした。
「出火元は、2階にある甘酒の製造スペースでした。糖化用のホーロータンクを温めるため、周りに電熱線を巻きつけて、保温性を高めるためにウレタンマットを巻いていたんです。長年使っているうちに、電熱線を保護するチューブが剥がれたり、線が切れかけたりしていたのですが、お金をかけずに済むよう、ビ ニールテープで巻いて補修していました」
そんなある日の夜、誰もいなかった設備内で電熱線がショート。保温用のウレタンマットに延焼し、タンクごと燃えてしまったのです。
延焼規模は20平米ほど。甘酒の製造スペースの隣にある麹室に差し掛かる手前で火災を食い止めることができましたが、煤や煙が充満して消火後も臭いが取れず、2階の壁や床をすべて洗浄し、光触媒で消臭したうえで、さらに上塗りをする結果になりました。
酒蔵ならではの注意ポイント
湯川さんは、酒蔵の火災の要因として最も大きいのは電気関係ではないかと分析します。
「火を使う作業は、『火を使っているから気をつけないと』と注意しながらおこなえますが、意識が向かないようなことにこそリスクがあります。例えば、延長コードを複数つなげたり、古いコードを『まだ使えるから』と補修しながら使ったりすることは危険です。
私たちの蔵でも、かつてはコタツの熱源を改造して酒母を温めるのに使っていました。酒蔵はDIYをしたり、自分たちで機材をメンテナンスしたりするケースが多いですが、目立った設備よりもついでに使っているような機材が見落とされやすいのではないかと感じます」

もちろん、酒蔵を代表する火元として、 造りの期間に常に作動しているボイラー室も大きなリスクが潜んでいます。
「ボイラー室は人が行き来しないデッドスペースなので、段ボールやいつか捨てようと思っているゴミなどを保管するのに使ってしまいがちですが、何かあったときに大きなリスクになりかねません。弊社では昼休みの間はバルブだけ止めたり、その日の当番を決めて最後に止めることを徹底しています」
そのほか、注意したいのは、深夜などの人がいない時間帯に「ほったらかし」にされてしまうものたちです。
「タンクを温めるためにアンカを当てっぱなしにしたり、洗濯物を乾かすために扇風機を回しっぱなしにしたまま蔵を離れてしまうといったことは、ありがちですがリスクが高いことです。人がいれば対処できたかもしれないことが、深夜の人がいない時間に起きてしまうと大惨事につながってしまう。弊社の火災も、人がいる時間だったら初期消火で抑えることができたかもしれないと思っています」
声を上げやすい環境が防災につながる

一度火災を経験してから、湯川さんは経営陣を含めた従業員の意識改革を始めました。
「経営者にとって大切なのは、一人ひとりの従業員が、気になることがあったら躊躇せず伝えられる環境を作ること。ま ず、古いものはどんどん更新していくことを会社全体で意識するよう呼びかけました。社長がお金を払えないという態度を取っていると、社員は『古いものも大事に使わなきゃいけない』と思ってしまう。社長みずから『これはもう使えないので、捨てて交換しましょう』と積極的に言っていくことで、ほかの従業員からも声が上がりやすくなりました」
メンテナンスを積極的にしていくように切り替えたことで、防災面以外にも良い効果があったと湯川さんは話します。
「定期的にメンテナンスをすることで、酒造りの繁忙期に機械が壊れて作業が中断してしまうようなことがほとんど起こらなくなりました。あとは、片付けが上手くなりましたね。いざという時に火が燃え移りそうなものは処分し、通路を塞がないようにして、無駄なものを減らす。『いつか使うだろう』と思って取っていたものも処分することで、皆造後の片付けで出るゴミが格段に減りました」
「設備を変えるなどのハード面を対策しようとするとお金の話になってしまうが、ソフト面で対策できることも多い」と強調する湯川さん。
「考え方ひとつで、それまであたりまえにやっていた作業でもなくすことはできます。火災に遭ってから、タンクを温めるためにアンカを使うのをやめました。酒母やもろみにアンカを使わなくなると、冷え込んだ日にも発酵がしっかり継続するだけの発酵力が必要になります。
その視点から、山廃・生酛仕込へのシフトが加速し、速醸でも仕込配合や仕込温度の考え方に工夫をできるようになりました。それらのこと が、私たちがいま理想としている『できるだけ環境を補正しない酒造り』という副次的な効果につながったと思っています」
防災はものづくりを続けるために必要なこと──初田製作所
小さな原因の積み重ねが火災を引き起こす
酒蔵をはじめとする製造現場ならではの火災の原因と対策にはどのようなものがあるのでしょうか。京都の寺社を守るために1902年に誕生し、製造現場はもちろん、さまざまな建物に防災設備を提供している防災メーカー・初田製作所の初田智之さんにお話を聞きました。
初田智之さん
1902年に京都で創業した総合防災メーカー・株式会社初田製作所(本社:大阪府枚方市)メンテナンス事業部 防災アドバイザー室所属。同社は消火器が国内シェア約4分の1を持つほか、「火災発生リスク簡易診断サービス」でこれまで1500社の診断をおこなっている。火災リスクに対するお悩みや素朴な疑問まで、防災のプロ集団が最適な解決策へナビゲートする防災WEBサイト「Bosai Navit」を運営。