2020.04
28
自宅でお酒のことを学ぼう!日本酒・お酒の書籍紹介 -「日本酒の歴史・専門書」編
日本酒や他のお酒に関係した書評企画の第3回は「日本酒の歴史・専門書」編です。第2回の「日本酒の歴史・入門書」編でご紹介した書籍を楽しんだうえで、「さらに詳しく日本酒の歴史を知りたい」という方を意識して、読み応えのある3冊の専門書をご紹介します。 学校の授業などでは、歴史を「古い順番」で学ぶことが多いのですが、日本酒は長い歴史に中で製法や味わいが大きく変化しているため、いきなり古い時代の書籍を読むと「ピンと来ない」方が多いと思います。そこで、本記事では敢えて「近い歴史」から遡る読み方を提案します。
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現在の日本酒から遡って知識が広がる『近代日本の酒づくり』
吉田元著『近代日本の酒づくり』(岩波書店)は、明治時代以降という「近い過去」に焦点を当て、時代背景を踏まえた日本酒の醸造技術の解明・改良の歴史と、それに携わった技術者や研究者たちの足跡を記した書籍です。 技術の専門書ではありますが、現在広く知られている日本酒製造技術のルーツや、現在も有名な酒蔵の名称とその企業努力のエピソードなどの親しみやすい情報も出てくるので、現在から過去に興味を広げるきっかけとして最適な書籍だと思います。
例えば、日本酒の味わいに大きな影響を与える「酒母」について、江戸時代以前から存在した「生酛」や「菩提酛」などの仕組みの解明と、それを踏まえた明治時代末期の「山廃酛」、「速醸酛」などの開発のプロセスが丁寧に解説されており、現在の日本酒における「造りの違い」のルーツを知ることができます。この他にも、酒造家を悩ませてきた「火落ち」対策の努力、今日の「吟醸酒」につながる技術の改良、日本酒の産地の変遷など、いま私たちが飲んでいるお酒への理解がますます深まる情報が随所に掲載されています。
また、当時の社会背景を踏まえた技術開発として、戦前~戦後の米不足を契機とした「合成清酒の開発」、日本人の海外移住を契機としたハワイ、台湾での酒造りと、これらに端を発する「四季醸造技術の開発」など、入門書には見られない深い話題も取り上げられており、マニア心がくすぐられます。
そして、この書籍の大きな特徴は、技術史を主題としつつも、その背景となった世相、国の政策、消費者のニーズなどの記述も豊富なことです。 私自身、この一冊を読むことで「酒は世につれ」という言葉を実感し、日本酒への興味を広げることができました。
日本酒の壮大な歴史が凝縮されている『日本酒の来た道』
続いて紹介する堀江修二著『日本酒の来た道』(今井出版)は、日本酒の起源から現代までの技術的変遷を、文献に残された製法を実際に再現しながら丹念に追った大著です。 その内容は酒造技術の解説が中心ではあるものの、決して難しい化学式や計算式が出てくる訳ではなく、文系の方でも専門用語を調べながらゆっくり読めば十分に楽しむことができます(ちなみに、私も文系人間です)。
著者が実際に復元した酒は、出雲神話のヤマタノオロチの伝説に出てくる「ヤシオリノ酒」に始まり、奈良時代の「長屋王の酒」、安土桃山時代の「多門院日記の酒」、江戸時代中期の「宝暦のころの酒」など多岐にわたります。このような実験の結果を、日本から中国・韓国にまで及ぶ膨大な量の文献と対比させることにより、各時代の酒造りの様子や製品の味わいを生き生きと記しています。 また、各時代の酒について、「製造工程」はもとより、「仕込み配合」や「製造スケジュール」といった具体的なレシピ、さらには「日本酒度」「アルコール度数」「酸度」などの分析値(推計を含む)が記載されており、製造プロセスの知識が豊富な人であれば、様々な観点から現代の日本酒と比較しながら楽しむことができます。
この書籍は、圧倒的な情報量を誇りながらも、目次構成が非常にかりやすく検索性に優れています。また、一般的には入手が困難な文献や、値段が張る文献の引用・要約が豊富であり、「酒の古文書入門」としても大きな価値を持っています。 このため、必ずしも一気に読む必要はなく、「日本酒の歴史事典」として常備し、興味のある部分から読んだり、他の書籍を読んで気になった部分を参照したりするという楽しみ方も良いと思います。
ミステリー小説のごとく古代日本酒の謎に迫る『日本酒の起源』
「近現代史」、そして「通史」と続いて、最後は「先史時代~古代」を取り扱った書籍です。上田誠之助著『日本酒の起源』(八坂書房)は、日本酒の原料である米の「糖化」のプロセスに着目し、古代以前の日本に存在したと考えられる数々の技術の中から、なぜ「米バラ麹」(蒸した米粒にカビを生やした麹)の利用に行き着いたのかを研究した書籍です。
米の糖化の方法には、日本酒のような「バラ麹」の利用のほか、中国で広く行われている「餅麹」(粉砕した穀物を水で練り固めてカビを生やした麹)の利用、唾液中の糖化酵素を利用する「口嚙み」、活性化した糖化酵素を含む「米芽」の利用があります。 著者は、先人の研究を踏まえ、日本における酒造りは「口嚙み酒」に始まり、後に海外から「餅麹酒」や「米芽酒」がもたらされ、これらが「バラ麹酒」に変遷し、日本の気候風土に適したものとして生き残ったという仮説を構築します。 そして、仮説を証明するため、文献調査、アンケート、フィールドワーク、そして専門である応用生物学(バイオテクノロジー)の実験を積み重ねていきます。
本書の結論はここには書けませんが、そこに至るまでの大胆かつ緻密な展開は、まるで名探偵が難事件の解決に挑むドラマのようであり、素晴らしい知的興奮を味わうことができます。 また、日本酒の起源を探る中で、中国、朝鮮、東南アジアからの酒造技術の伝播についても言及されており、「アジアの酒造り」に視野が広がる楽しみもあります。 この時空を超えたロマンに溢れる一冊は、ぜひお酒を傾けながら楽しんでいただきたいと思います。
まとめ
これらの書籍の内容は、最初はなかなか取っ付きにくいかもしれません。私自身、購入して暫くは「積ん読」の状態であり、読み始めてからも挫折がありました。それ故、読み終えた時の感動は大きく、現在はすっかり愛読書となっています。 いずれも一旦ハマると長い付き合いになる良書だと思いますので、本記事をきっかけに手に取っていただける方が一人でもいらっしゃれば、とても嬉しく思います。
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