
2021.08
26
日本酒のラベルでよく見かける「生酛(きもと)」や「生酛造り」という言葉。特別な製法を指すことはわかっても、具体的にどういう製法なのか、味わいにどう関わるのかを詳しく説明するのは意外と難しいかもしれません。
今回の記事では、「生酛とは何か」を解説します。ほかの製法との違いや詳しい製造工程はもちろん、生酛造りの酒の味わいや飲み方もご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
「生酛(生酛造り)」は、酒母の造り方の一種です。酒母とは、アルコールを生成する酵母を育てるための液体で、日本酒のベースになります。
酒母の主要な造り方には「生酛」「山廃」「速醸」の3種類がありますが、このうち最も伝統的なものが生酛です。この方法では自然の力を借りながら、手作業で時間をかけて酒母を造ります。
この手法は江戸時代の初期から使われていた「寒仕込み酛」をベースにして、江戸時代後期に灘で大規模な酒造りが行われるまでの間に、「丹波杜氏」によって確立されたと言われています。

生酛には、大きな特徴が2つあります。
1つめの特徴は、酒蔵に生息する乳酸菌を酒母の中で増殖させ、その乳酸菌が生成する乳酸で雑菌が繁殖しにくい環境を作る(酒母を酸性にする)ことです。自然の乳酸菌を利用するので、時間と手間がかかります。これに対して、人工的に作られた乳酸を酒母に直接投入し、酒母造りの期間を短縮する方法が「速醸」です。現在では、ほとんどの日本酒が速醸系酒母で造られており、自然の乳酸菌を使って造られる日本酒は全体の1割程度しかありません。
関連記事:速醸の酒母づくり、速醸酒母の酒を学ぶ生酛の2つめの特徴は、「山卸(やまおろし)」という作業を行うことです。山卸とは、酒母の中の米をすりつぶし、米を溶けやすくする 作業のこと。米が溶けるまでに雑菌が繁殖するリスクをなるべく低くするためにおこなわれてきました。昔は、酒米の品質や精米技術が今ほど発達していなかったため、米が溶けるのに時間がかかり、溶けるまでの間に雑菌汚染が発生するリスクが高かったのです。
その後、酒造りに適した米の普及、精米技術の向上などの進歩が起こりました。さらに「水麹」という、麹の持つ酵素を仕込み水に溶け込ませる工程を経ることで、山卸を行わなくても酒質が保てるようになりました。そこで、生酛と同様に自然の乳酸菌を使いつつも「山卸を廃止」した製法が「山廃」です。この手法が開発された際に行われた分析では、生酛の酒と山廃の酒では成分的な違いが見られないという結果が出ています。
関連記事:山廃の酒母づくり、山廃酒母の酒を学ぶしかし山卸の有無が味わいや香りに影響すると考え、生酛での酒造りにこだわり続ける酒蔵もあります。現在、生酛造りの酒は全体の2%程度だといわれています。
生酛での酒母造りは1ヶ月にも渡って続きます。工程も複雑ですが、日数ごとの作業内容を順番に見ていきましょう。

【埋け飯(いけめし)】
蒸米を30〜40℃程度まで冷ましたあと、半切り桶に入れるかむしろに包み、むしろなどで覆って保温しながら、12〜16時間かけて少しずつ冷却していきます。長い時間をかけて冷却することで、生酛に適した芯の硬い蒸米が出来上がります。
【仕込み(酛立て)】
冷却した蒸米・麹・水を「半切り」と呼ばれる、たらいのような形の浅い桶に入れて混ぜ合わせます。半切りは容量が小さいため、仕込みのサイズにより異なりますが5〜20枚程度に分けて仕込みます。
【手酛】
仕込みから数時間経ち、米がじゅうぶん水を吸収して膨らんだら、手や木の板で全体を混ぜ合わせます。この作業によって成分を均一にし、米を軟らかくします。
【酛摺(山卸)】
仕込みから半日ほど経過したら、櫂(かい)を使って半切り桶の中身を混ぜ合わせます。ポイントは、 「櫂で潰すな麹で溶かせ」という格言のとおり、すりつぶさずに「摺る」こと。これによって、米の溶解を促進させます。
2〜3人が一組となって作業を行い、すべての半切り桶について、時間を空けて計3〜5回程度の酛摺を行います。1回の作業時間は、最初の酛摺(一番櫂)で10〜15分程度、2回目以降は5〜10分程度になります。冬季の極寒のなか、1日中続く重労働です。

【酛寄せ】
酛摺のあと、半切り桶2枚分を1枚にまとめ、翌日・翌々日もさらに2枚を1枚にまとめていき(「折り込み」という)、最後にすべてを酒母タンクに投入します。
酒母を5〜6℃程度の低温に保ったまま、3日間ほど攪拌を続け、麹の力で米を溶かします。米が溶けると、微生物の食料になる糖分が生成されますが、低温でも活動できる硝酸還元菌が亜硝酸を作り出し、雑菌の繁殖を防ぎます。乳酸菌は亜硝酸に強いため、糖分を利用して少しずつ増えていきます。
「暖気樽」という湯たんぽのような器具で酒母を攪拌し、温度を徐々に上げて、米の溶解(糖化)を促進させます。糖を栄養分として乳酸菌が増殖し、乳酸を作り出します。
硝酸還元菌と乳酸の相乗作用によって、野生酵母や産膜酵母など酒質を低下させる微生物が死滅。その後、乳酸がさらに増えて酸度が上がると、硝酸還元菌も死滅していきます。
この期間の温度操作は、暖気入れによって1日に2〜3度上げて、翌日の暖気入れまでに2〜2.5度下げる「鋸歯状」の温度経過を辿るように行います。
