酒米の暴れ馬「強力」とは:雄町のルーツって本当?鳥取を代表する酒米の特徴と歴史

2025.08

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酒米の暴れ馬「強力」とは:雄町のルーツって本当?鳥取を代表する酒米の特徴と歴史

新井 勇貴  |  日本酒を学ぶ

「強力(ごうりき)」は、今では鳥取を代表する酒米となっていますが、実は時代の流れとともにその姿を消してしまったことがあります。

大正時代に鳥取県に存在した21の在来品種より選抜、純系分離されることで開発された強力ですが、一時は幻の酒米と呼ばれる存在になっていました。そんな強力を使った日本酒を現代の我々が楽しめる背景には、鳥取県内の酒蔵、そして関係者たちの尽力があったのです。

本記事では強力がなぜ途絶え、そして復活したのかを振り返ると同時に、その特徴と現在にまで続く取り組みを解説します。

強力とは? - 大粒で長稈、熟成酒に向く酒米

強力は大正時代に鳥取県で誕生した酒米であり、現在も同県を中心に栽培されています。

収穫時期が遅い晩稲で、お米の大きさを示す「千粒重」は26.9gと大粒の米が実ります。大きく重い穂をつける一方、稲の高さは150cmにまで成長する長稈でもあるため、倒伏しやすく栽培の難易度は高い品種です。

「熟成させると旨味のある酒になる」(※1)とされており、実際、強力を使用した日本酒は酒蔵で一定期間の熟成期間を経て販売されることも多いです。その円熟味のある味わいの魅力は、多くの飲み手を惹きつけています。

(※1)参考:副島 顕子『酒米ハンドブック』(文一総合出版, 2017)

強力の歴史 - 酒米の中でも長い歴史を持つ

強力は1891年(明治24年)、鳥取県東伯郡(とうはくぐん)の渡邉信平氏が21種類の在来種より選抜することで誕生しました。

1915年(大正4年)に鳥取県立農事試験場が在来種の強力を原種に指定し育種を開始。その結果、1921年(大正13年)には「強力1号」と「強力2号」を原種に指定しました。この2種のうち、現在「強力」として使われている品種は強力2号だとされています。

当時は酒米としての用途だけではなく、寿司飯としての評価も高かったことから、一躍鳥取県の特産品として注目を集めました。最盛期には6,000ヘクタールにものぼる作付面積を誇り、同県を代表する品種として県外へ出荷されるほどの人気を確立します。

しかし、戦争の影響から増産力のある他品種に置き換えられ、1945年(昭和20年)には奨励品種からも除外されました。戦後には収穫量の少なさに加え、倒伏しやすいといった面から「暴れ馬を乗りこなすよう」とまで称された強力は、徐々にその姿を消していきました。

時代は下り、1983年(昭和58年)に地酒ブームの流れを受け、鳥取県内の蔵元が中心となり強力復活へと動き出します。1986年(昭和62年)、鳥取大学農学部に保存されていた1kgにも満たない種籾を譲り受け、そこから日本酒醸造に必要となる収量まで栽培することになったのです。そして1989年(平成元年)、4,200kgの強力を収穫し、同年11月に仕込みを開始。1990年(平成2年)2月に強力は純米大吟醸酒として現代に再び姿を表しました。

1998年(平成10年)には強力の保全を目的にした「強力をはぐくむ会」 が発足、2001年(平成13年)には醸造用玄米の産地品種銘柄として指定されるなど、名実ともに鳥取県を代表する酒米として数多くの銘酒を生み出しています。

強力の系譜 - 「雄町」のルーツって本当?

交配による品種改良で誕生する酒米が多い中、強力は在来品種より選抜されることで生まれました。強力という名称は、太く力強い稲の姿に由来すると言われています。

強力は「雄町」のルーツと言われることもあります。ともに鳥取、岡山の県境にある大山(だいせん)に縁があること、晩稲・長稈・収穫量の低さといった特徴が共通していることから、こうした説が生まれたようですが、現在のところはっきりとした証拠は見つかっていません。

鳥取県では2007年(平成19年)、強力が持つ倒伏リスクの克服を目的にγ線を照射した強力2号を自然交配させ、2011年(平成23年)に「鳥系酒105号(仮称)」を誕生させています。2016年(平成28年)に試験醸造を開始、2018年(平成30年)には県内酒蔵が新商品としてリリースし、県内の新たな酒米として注目を集めました。

県外では、山田錦を生んだ兵庫県において1921年(大正10年)に、鳥取県から強力を取り寄せて育種、選抜を行っています。1928年(昭和3年)には「但馬強力」として県の奨励品種に採用されました。この但馬強力も、その後姿を消してしまいますが、1998年(平成10年)に復活を遂げています。

強力の主な産地と収穫量

現在、強力は大山町、八頭町、若狭町といった鳥取県内の山間部を中心に栽培されています。これらの地域では、強力は化学肥料がなかった時代から育つ品種であるため、近代農法に当てはめると特徴が活かせないという考えのもと、栽培はできる限り有機農法で行われています(※2)。

(※2)参考:「酒米 強力 伝説の酒米によって醸し出される白滴の妙趣」(JR西日本 Blue Signal 2015年11月号)

鳥取県における2022年(令和4年)の生産実績は、山田錦の381トンに次ぐ75トンと第2位。県内生産量の約13%を占めています。

「強力をはぐくむ会」を通して純度を守る

1998年(平成10年)、強力復活に尽力した「いなば鶴」の中川酒造の呼びかけによって「強力をはぐくむ会」が発足されました。本会は強力の原種保全と種子管理を目的に運営されています。

水稲は年に1%程度、他品種と交雑することでその種子の純度を失っていきます。種子の純度の低い強力が出回ることを防ぐために、最低3年に1度の種子更新を義務付けると同時に、生産農家と酒造家を中心にした研究会なども実施しています。

また、中川酒造は強力という名を商標登録し、本会員の酒蔵にのみ使用を許可しています。ラベルに記された強力の文字は、正真正銘鳥取県の地酒を意味しているのです。

まとめ

本記事では鳥取県を代表する酒米である強力の特徴から、現在まで続く取り組みを解説しました。

一時は姿を消しましたが、地元酒蔵の熱意、大学、地域の精力的な活動によって復活した強力。在来種より選抜され、現在もなお鳥取県でしか栽培されない品種で、まさに鳥取の地酒のための酒米と言えるでしょう。

強力を使用した日本酒は高精米の大吟醸から旨味たっぷりの純米酒、円熟味を増した熟成酒まで幅広い味わいがそろっています。鳥取県が育んできた歴史とともに、正真正銘の地酒を楽しんでみてください!

参考文献

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