北海道ナンバーワン酒米「吟風」とは? - 道外でも使われる高コスパな酒米の特徴、歴史、生産地を解説!

2025.10

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北海道ナンバーワン酒米「吟風」とは? - 道外でも使われる高コスパな酒米の特徴、歴史、生産地を解説!

新井 勇貴  |  日本酒を学ぶ

「吟風(ぎんぷう)」は北海道内のオリジナル酒米の第二号として2000年に誕生しました。開発にはおよそ10年の歳月を要し、現在では道内を代表する酒米として全国各地の酒蔵で使用されています。

本記事では、吟風の概要から歴史、特徴、そして系譜や産地を解説します。

吟風とは?

精米した酒米。透明度が低く、他より白く見える部分が心白。

北海道のオリジナル酒米の歴史は、1998年に登場した「初雫(はつしずく)」から始まります。それまで、寒冷地の北海道での稲作は冷害により生産品質が不安定であったことから、酒造好適米の栽培は行われていませんでした。

しかし、1980年代より起こった地酒ブームに対応するべく、道産原料を用いた本格的な地酒を造るために、道内で栽培できる酒米品種の開発が進められることになります。

酒造好適米の特徴としては、「心白(※ 1)」を有することがあげられますが、初雫はこの心白をほとんど持たなかったことから、心白発現率の高い品種の開発が望まれました。

こうした状況を背景に開発された酒米が吟風です。心白発現率は、全国を代表する酒米品種である山田錦、五百万石、美山錦とほぼ類似。さわやかな風のような吟醸酒向けの酒造好適米になることを願い、吟風と名付けられました。

耐冷性は初雫に劣りますが、いもち病(※2)には強く、中生の早(なかてのわせ)(※3)で倒伏耐性も強い特徴をもちます。北海道産の酒造好適米を全国に広めるきっかけになった品種であり、芳醇な香りを持つお酒を生み出します。

※1:米の中心にあるデンプンの塊を指す。内部は隙間が多く、光が乱反射するため白く濁って見える。
※2:稲の全生育期間を通じて発生する、菌類による病害の一つ。
※3:早生(わせ)と晩生(おくて)の中間の収穫時期。おおよそ9月〜10月頃となる。

吟風の歴史

従来、北海道産米は東北よりも南の地域と比較して、酒米の栽培適性が低いとされていました。しかし、1990年代前半より「ゆきひかり」「きらら397」といった道産食用米のレベルが向上するにつれ状況は一変します。

北海道産の酒米を使用した地酒を生み出すため、1998年には初の道産オリジナル品種となる初雫が開発されました。しかし、初雫に心白の出現がほとんどなかったために、北海道立中央農業試験場(以下、中央試験場)は心白を有する酒造好適品種の育成を目標に研究を続けました。

吟風の開発は1990年に始まりました。広島県の酒造好適米「八反錦2号」と、北海道の食用米「上育404号」を掛け合わせ、さらに「きらら397」を組み合わせることで誕生した品種です。

その後、6年間の育種の結果、「中生の酒造好適米系統として有望」と認められ、「空育158号」として配布を開始。1998年より地域の適応性を検討すると同時に、道内酒造会社3社の協力のもと、同年に産米を使用した大規模醸造試験を実施しました。

そして、2000年1月の北海道農業試験会議、2月の北海道種苗審議会を経て、北海道の奨励品種に決定。2002年に品種登録が行われ、吟風と命名されるに至ったのです。

高い心白発現率を持つ吟風は、本州を産地とする従来の酒米に匹敵する高い酒造適性を持ちます。2003(平成15)酒造年度の全国新酒鑑評会では、札幌市の日本清酒と夕張郡の小林酒造が全量吟風を使用した出品酒で金賞を受賞。全国にその高いポテンシャルを示しました。

2020年代に入ると、北海道内の酒蔵が使用する酒米の道産率は高まり、令和5酒造年度は8割を超える割合を占めるほどに。

道産酒米の約4割は道外へ出荷されており、27都府県51の酒蔵が北海道産の酒米を使用しています(2020年3月時点 ホクレン調べ)。収量と品質が安定していることに加え、毎年の新酒鑑評会で高い評価を受けている点が普及につながっています。

吟風の特徴

吟風の出穂期はきらら397よりも早く、初雫よりも成熟期は遅い中生の早です。やや太い稈を持っているため倒伏耐性は両品種より優れ、「やや強〜強」というレベルに分類されています。いもち病にも強いなど、比較的育てやすい特徴を持ち、耐冷性にも優れているため北海道での栽培に適しています。

玄米の粒形はやや円状であり、千粒重は25.1gときらら397より重く、初雫と同程度。心白発現率は酒米を代表する山田錦や五百万石に匹敵するレベルとなっています。

酒造適性について、精米時の砕米率はやや低く、吸水速度も早く消化性にも優れます。酒母やもろみにおける溶解性が良いため、力強い発酵が実現します。製麹作業性にも優れており、まさに北海道の地酒を生み出すことに優れた特徴を持つといえるでしょう。

北海道は日本国内でも高緯度に位置するため、夏の日照時間が長く、感光性の強い本州の酒米品種が育ちにくい地域です。そのため、山田錦や五百万石といった品種を栽培すると、出穂期が大きく遅れて未成熟となるか、未出穂のまま秋を迎えることになります。そのため、北海道の自然環境に適応する、感温性と耐冷性に強い早生品種を独自に育成する必要がありました。

また、北海道では食用米の育種に長年注力してきたため、酒米開発の面では他県に比べて大きく出遅れました。初雫が抱えていた課題を解決した吟風は、まさに北海道を代表する酒米といえます。

2003年以降、道産酒米を使用した日本酒が全国新酒鑑評会にて金賞を受賞しています。さらに、北海道の酒米生産量の約4割が道外の酒造会社へ販売され、その高いコストパフォーマンスなどを評価されています。こうした特徴から、新しい酒米が登場した今でも道内ナンバーワンの生産量を誇っており、北海道でつくられる酒米の概ね半分以上を吟風が占めています。

吟風で仕込んだ日本酒は味わい深く、芳醇になる傾向があります。北海道で本格的に栽培された酒造好適米のさきがけとして、2025年現在も各地の酒蔵で活躍しています。

吟風の系譜

吟風は母本に八反錦2号と上育404号、父本にきらら397を持っています。

八反錦2号は広島県で育成された酒造好適米であり、心白が大きく良質な酒造りに適しています。吟風が持つ大きな心白は、八反錦2号から受け継いでいるのです。

上育404号は北海道で育成された品種であり、耐冷性や耐倒伏性に優れた特徴をもちます。北海道の環境に適応するために、こうした上育404号の特徴を受け継ぐ必要がありました。

そして、父本のきらら397は北海道で育成された食用米。1988年のリリース以来、北海道米のイメージを一新させた存在として不動の人気を誇っています。

このように、酒造適性に優れた品種と北海道の環境に適した食用米品種をかけ合わせることで、吟風は生まれました。

吟風は2006年、北海道発のオリジナル酒米である初雫とかけ合わせることで「彗星(すいせい)」を生み出しています。北の空にまたたく満点の星をイメージして名付けられた彗星で醸すお酒は、タンパク含有量が低く、淡麗な味わいになります。

さらに2014年には吟風と「ほしのゆめ」「雄町」をかけ合わせた「きたしずく」が誕生。吟風と同じく心白発現率が高く、耐冷性が高く安定した生産が可能です。雑味が少なく、柔らかなお酒が醸されることから人気を集めています。

2024年には「空育酒200号」として開発されたお米が「北冴(きたさえ)」と命名されました。吟風、きたしずく、そして山田錦を系譜に持っており、現在は試験醸造が進められています。北海道日本酒をさらに盛り上げる存在として注目される、新しい酒米です。

吟風の産地

吟風が多く生産されているのは北海道の新十津川町です。北海道空知地方中部に位置する新十津川町は、北海道内で最も広い酒米作付面積を誇ります。

2018年に公表されたホクレンのデータでは、新十津川村の吟風作付面積は100.3ha。2位の旭川市の36.5haを大幅に上回っています。

新十津川町は道内トップの良質米を生産する地域であるため、酒米だけではなく食用米でも高品質な産地として確立されています。水はけがよく肥沃な大地を持ち、清らかな水と昼夜の寒暖さがある環境は米作りに最適です。

こうした優れた環境を最大限活かすため、新十津川町は2001年に「ピンネ酒米生産組合」を結成。「ピンネ」とは、新十津川町と浦臼町にまたがる名峰「ピンネシリ(アイヌ語で男山の意味)」に由来し、勇壮で地域の人達に愛される存在を目指して名付けられました。

同組合は清酒の雑味を抑えるため、低たんぱくで粒揃いの酒米生産に注力しています。そのために重要となるのが、田んぼの土づくりです。生産者は土を土壌分析センターへ持ち込み、計測データを基に肥料の量を設計するなど、高品質の酒米づくりに余念がありません。

このような活動が評価され、2011年には全国新酒鑑評会において、新十津川町に蔵を構える金滴酒造が吟風を使用した日本酒で金賞を受賞するなど、華々しい結果を残しています。

まとめ

本記事では北海道を代表する酒米である吟風の歴史や特徴、系譜や産地について解説しました。

厳しい環境から酒米開発は出遅れてしまった北海道ですが、1998年には待望のオリジナル酒米初雫が誕生。しかし、初雫は酒造好適米に重要である心白をほとんど持たなかったことから、第二弾となる吟風が開発されました。味わい深く、芳醇なお酒を生み出す傾向があり、これまで数々の銘酒が造られてきています。

北海道の酒造レベル全体の向上に大きく寄与した吟風。現在ではその系譜を持つ彗星、きたしずく、そして現在試験醸造が進められている北冴などが生まれ、道内の酒米はますます充実しつつあります。

これからも進化を続ける北海道の酒米。吟風をはじめとする道産酒米が、どんな日本酒を生み出していくのか、ぜひ味わいながら確かめてみてください。

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