「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録。日本酒のPRで注意すべき点は?

2024.12

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「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録。日本酒のPRで注意すべき点は?

木村 咲貴  |  日本酒を学ぶ

12月5日、パラグアイのアスンシオンにて開催された政府間委員会にて、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。

これに先立ち、11月に評価機関からの登録勧告が公表されたことを受け、業界やメディアからは、日本酒が世界に普及するにあたり大きな足掛かりとなることを期待する声が多く聞かれています。

一方、無形文化遺産はその性格上、プロモーション(商業的な宣伝)への利用に制限があるほか、「伝統的酒造り」が指す内容が必ずしも自明ではないことから、「どんな日本酒が該当するのかわからない」という声も聞かれます。今回の無形文化遺産に登録された「伝統的酒造り」とは、具体的に何が該当するのでしょうか。そのほか、この登録によって、日本酒の海外普及にどんなことが期待できるのでしょうか。

この記事では、ユネスコ無形文化遺産をプロモーションに活用する際の注意点も含めて、文化庁へのインタビューをあわせてお届けします。

ユネスコ無形文化遺産とは?

ユネスコ無形文化遺産とは、国際連合教育科学文化機関(UNESCO:ユネスコ)が実施している事業です。同じユネスコの「世界遺産」の中に「自然遺産」と並んで「文化遺産」があり、しばしば混同されることがありますが、無形文化遺産と世界遺産(うち文化遺産)は定義がまったく異なります。

世界遺産は自然遺産や遺跡などの有形の文化遺産を対象にしていますが、無形文化遺産は形のないものが対象で、技術や慣習、知識、行事などが対象となります。世界遺産は、顕著な普遍的価値を証明できることなどが登録条件となりますが、無形文化遺産は価値の優劣を問うものではありません。遺産として残すことで、多様な文化を相互に尊重し、理解を深めることを目的としています」

そうお話してくれたのは、文化庁参事官付専門官の清水大樹(しみず・たいき)さん。無形文化遺産は2003年に採択された「無形文化遺産の保護に関する条約」に基づいて定められますが、世界遺産は1972年に採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づくなど、根本的に異なる事業である点に注意が必要です。

ユネスコ無形文化遺産についての詳細は、以下の記事をご覧ください。

日本酒の登録ではなく「技術」の登録である

繰り返しになりますが、無形文化遺産とは形のないものが対象となります。そのため、今回の登録は、日本酒や焼酎という実態のあるものではなく、形のない酒造りの技術を対象としています。

まず、無形文化遺産は

  1.  口承による伝統や表現
  2.  芸能
  3.  社会的慣習、儀式や祭礼行事
  4.  自然や万物に関する知識や慣習
  5.  伝統工芸技術

という5つのカテゴリーのいずれかに該当する必要があります。今回の伝統的酒造りは、⑤伝統工芸技術に当てはまるほか、日本の社会的行事に欠かせないなどの社会的役割や文化的な意味からは、③社会的慣習、儀式や祭礼行事にも当てはまると考えられます。

そのうえで、審査機関は

  •  国の保護リストに掲載されている
  •  国内で適切な保護措置が取られている
  •  登録に関する関係者間の合意が得られている
  •  SDGs(持続可能な開発目標)に貢献する内容である

という条件を満たしているかを審査していきます。

「今回の『伝統的酒造り』については、2021年12月に日本の登録無形文化財に登録されたことで、『国の保護リストに掲載されている』『国内で適切な保護措置が取られている』という点を満たすことができました」と清水さん。

このように、日本国内にも文化財保護法に基づいた「登録無形文化財」というものがあり、ユネスコ無形文化遺産への登録の前提条件となることがあります。同じ「無形文化」と名はつくものの、異なるものである点を理解しておきましょう。

「伝統的な酒造り」とはなんなのか?

2021年に日本の登録無形文化財に登録された「伝統的酒造り」には、日本酒、焼酎・泡盛、みりんなどの造り方が該当し、以下のような技術がまとめられています。

一. 原料を酒造りに適した状態に前処理すること。

  1. こうじにする原料の状態を見極め、手作業により水分調整すること。
  2. 蒸きょうを行うこと。

二. 酒造りに適したバラこうじをつくること。

  1. こうじにする原料は、米又は麦とすること。
  2. こうじ菌は伝統的なアスペルギルス属の菌を用いること。
  3. 木蓋、木箱又はこれに準じた機能を有する器具を用いること。
  4. こうじ菌の生育状態を見極め、手作業により製麴管理すること。

三. もろみを発酵させ、目的の酒質にすること。

  1. 発酵はこうじを用いた並行複発酵によること。
  2. 水以外の物品を添加しないこと。
  3. もろみの状態を見極め、手作業により発酵管理すること。

参考:https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/93480101_01.pdf

ユネスコ無形文化遺産において登録された「伝統的酒造り」もこれが基準となっていますが、清水さんは、「この内容は、個々の製品について、それが伝統的とみなされるかどうかという基準を定めているわけではない」と注意します。

「たとえば二-3『木蓋、木箱又はこれに準じた機能を有する器具を用いること』については、自然蒸散・放熱などの面で、木蓋や木箱と同様の原理で温度や水分量を調整しつつ、麹を製造するために使用する器具全体を指していると考えられます。ただ、『麹蓋を使っている日本酒のほうが、自動製麹機を使っている日本酒よりもすごい』といった器具の優位差を示すものではありません。

三-2『水以外の物品を添加しないこと』も同様に、『伝統的酒造り』として保護・継承する技術を特定するうえで、特に歴史上価値の高い技術や重要な要素に焦点を当てたものです。このため、日本酒への醸造アルコール添加といった現代的な製法を否定する意図はまったくありません。

現代のサーマルタンクや温度管理の自動化技術といった新しい技術が発展してきたのは、ここに挙げられているような伝統的な技術の基盤があってこそ。そうした技術を保護し、次世代へ継承していくというのが、今回の登録の重要な観点です」

つまり、登録無形文化財およびユネスコ無形文化遺産は「何が伝統的であるか」を定めてはいるものの、「何が伝統的でないか」を規定するものではないということです。

登録は通過点でありゴールではない

2013年に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されてから、日本食は以前にも増して世界中に普及しました。今回の登録も、日本酒の輸出の際などにプロモーションに使われることが考えられますが、その際に注意すべきことは何でしょうか。

「繰り返しになりますが、登録されたのはあくまで酒造りの『技術』であり、特定の商品が評価されるわけではありません。そもそも、ユネスコ無形文化遺産は『優れている』からといって登録されるものではありません。特定の文化を優劣で評価するのではなく、多様な文化の理解を促進することが本事業の目的だからです。

ですので、『日本酒はユネスコに登録されたから、あの国のビールやワインよりも優れている』『並行複発酵の技術は日本こそがオリジナルであることがユネスコに認められた』というような比較は適当ではありません。審査のときには、むしろ優劣を主張することで逆に登録が見送られる可能性さえあるほどです」

また、ユネスコ無形文化遺産の「運用指示書」には「商業的乱用を回避すべき」という記載があり、過去には実際に「フランスの美食術」が過度なプロモーションから登録抹消の警告が発せられたというケースもあります。商業利用は禁じられてはいませんが、文化の保護という本質から逸れてはならないことに留意をする必要があります。

清水さんはそのうえで、「ユネスコ無形文化遺産への登録は”ゴールではない”」と強調します。

「和食の登録をきっかけに和食文化が世界で注目されたように、今回の登録は、日本の伝統的酒造りの素晴らしさを伝えるための契機になるはずです。文化庁としても『登録されれば終わり』という考えはまったくなく、国内外に向け発信をおこなっていく予定です。登録を契機として、伝統技術の保存・活用はもちろん、日本のお酒の魅力をさらに世界に伝えていくことが重要になっていきます

日本酒の大きな認知向上が期待される今回の登録。「ユネスコに登録されたから日本酒が売れる」ではなく、その内容を正しく理解して、適切に活用していきましょう。

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