お燗番の流儀:お客様にこだわりを押し付けない。燗酒を“ゆるく”楽しませる大阪「燗の美穂」

2024.03

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お燗番の流儀:お客様にこだわりを押し付けない。燗酒を“ゆるく”楽しませる大阪「燗の美穂」

木村 咲貴  |  お燗番の流儀

飲食店やイベントで日本酒を提供するプロフェッショナルの中でも、燗酒をつけることを専門にしている「お燗番(おかんばん)」という人々がいます。

日本酒は、ほんのわずかな温度の違いでも味わいが変わるもの。それぞれのお酒の個性を見極め、料理やシチュエーションに合わせて最適な温度に温め、最もおいしく味わえる状態で提供するのがお燗番の役割です。温める道具や合わせる酒器、提供タイミングなどによって絶妙な調整を加えるテクニックは、まさに職人技といえるでしょう。

そんなお燗のプロフェッショナルに、燗酒の魅力やこだわりの燗つけメソッドについて語ってもらう不定期連載「お燗番の流儀」。第3回目は、大阪で日本酒居酒屋「燗の美穂」を営む中村美穂さんにお話を聞きました。

疲れているときも、燗酒なら飲める

広島県安芸郡熊野町にて、料理やお酒が好きなご両親のもとに生まれた美穂さん。自然と料理人の道を志し、辻調理師専門学校に進学するため、大阪へ移りました。卒業後は一度広島の和食店に就職しましたが、学生時代に仲良くしていた居酒屋の店主から誘いがあり、再び大阪へ戻ります。

料理人の世界は厳しく、一度は諦めかけたこともあったと話す美穂さん。そんな彼女を日本酒の世界へ誘ったのが、大阪で1970年から営業を続ける地酒専門店「山中酒の店」でした。

「両親が日本酒好きで、地元・広島のお酒やそのころ流行していた新潟のお酒などを飲むのを眺めて育ったので、日本酒には昔から馴染みがありました。でも、本格的にハマったのは、山中酒の店が経営する飲食店で働き始めてから。それまで“いろいろ飲むお酒のうちのひとつ”だった日本酒が、特別なお酒になっていきました」

社長が「どんな日本酒でも燗にする人」だったため、燗酒を飲む機会が増えるにつれ、ふと、その魅力に目覚めたのだそう。

「仕事柄、お酒を飲む機会が多く、飲み疲れてしまうことがありました。そんなときでも、燗酒はおいしく感じられたんですよね。疲れてお酒を飲む気がしないときでも、燗酒なら飲める。『お燗って優しいんだ』と気づいてから、お客さんに積極的に勧めるようになりました」

なんでも燗にできる”燗酒の百貨店”

当時の勤務先が、ビールと日本酒しか扱いがないにもかかわらず繁盛しているのを目の当たりにして、「日本酒でお店ができるのかもしれない」とひらめいた美穂さんは、6年半勤めた山中酒の店を卒業し、2010年、大阪市内の長堀橋に「燗の美穂」をオープンします。

「最近は燗酒を飲めるお店が増えていますが、当時はまだ少なかったんです。居酒屋へ行っても、燗酒にできるのは決まった銘柄だけで、『このお酒を温めてもらえますか』と頼むと、『それは冷酒で飲んだほうがいい』と言われてしまう。『どうぞ、なんでも燗にします』と答えられる、開けたお店にしたいというコンセプトで始めました

2020年には、谷町六丁目へ移転。常時60〜70種類そろう日本酒の選別基準は、燗にすると美味しいお酒。関西や山陰など、西日本のお酒を中心にラインナップしています。

奈良県・油長酒造さんの『風の森』は、冷たくして飲むのが一般的だと思いますが、うちでは熱めのお燗が鉄板です。最近、特におすすめしているのは、私の地元・熊野町の『大号令』(馬上酒造場)。実家から徒歩7分のところに酒蔵があるんですが、昔は地元でしか飲まれていなかったお酒が全国に出ていることがうれしくて応援しています。『竹鶴』などで修行した方が杜氏を務めていて、生酛造りが特に美味しいんです」

燗酒を推しているお店としては日本酒のラインナップが幅広いため、「燗酒の百貨店みたい」と言われたことがあるのだとか。

「こだわっているお店からすれば、『なんでもかんでも温めている』と思われてしまうかもしれませんが、ゆるい雰囲気でやっていますね。普段から日本酒を飲む人や、マニアックな人だけじゃなくて、燗酒を飲んだことがない人や、これから飲んでみたい人のための入口の店だと思っています」

料理は山中酒の店の教えを受け継ぎ、砂糖や化学調味料を使わないスタイルを踏襲。「日本酒の旨みが強いので、料理は素材の味を引き出すような味付けにして、 お酒と一緒に楽しんだときに口の中で完成するようなバランスにしています」と美穂さん。野菜をふんだんに使った3種類の突き出しや、大阪の河内鴨が看板メニューとして特に好評です。

お客様のリクエストには最大限応える

営業は基本3人体制。美穂さんは料理を担当し、一人がお燗番を担当、もう一人がサポートにつきます。

「私がつけなければいけない、という風にはせず、誰がつけても美味しい燗酒を目指しています。スタッフは初めから日本酒や燗酒に興味があるわけではなく、飲んだことがなかったという人もいるほど。それが、実際に燗をつけさせて、味の変化を知ったり、お客さんが美味しそうに飲んでくれるのを見たりするうちに、だんだん興味を持っていくんですよね。面接のときに『私、冷酒しか飲まないんです』と言って入ってきた子が、ここで働くうちに燗しか飲まなくなったこともありました

「燗の美穂」という店名を掲げてはいるものの、リクエストに応じて冷酒や常温も出すのだそう。

「大事にしているのは、お客さんの好みに応えること。お客さんが『ぬる燗で』とリクエストしてくれたら、『このお酒は熱い方がいいんだけどな』と思ってもぬる燗で出します。冷酒しか飲まない人も多いですよ。結局は好みですからね。お燗を頼むハードルを下げたいだけで、強制はしたくないので、シンプルにいろいろな温度帯が楽しめることを売りにしています」

そんな美穂さんが考えるお燗の魅力とはなんなのでしょうか。

「お客さんによく勧めるのは、悪酔いしづらいということ。体に入ってくるときの温度が体温と同じなので、すぐに吸収されるから、自分がどれくらい酔っているかがわかりやすいんです。

あとは、料理との相性です。ペアリングというよりは、お燗のほうが全般的に料理と合わせやすい。例えば、お造りはよく冷酒がいいと言われますが、燗酒を合わせると、口の中でしゃぶしゃぶをするみたいな感じで、 魚のうまみもふくらむんですよ」

スピード命の美穂流・燗つけメソッド

新しいお酒を仕入れたら、必ず温めて味わいを確認。香りが華やかな吟醸系のお酒は40℃前後のぬるめ、時間が経って熟れたお酒は65〜70℃まで熱くするなど、タイプによって適温を考えます。しかし、すべてのスタッフが燗をつけられるようにするため、大まかに「このお酒はXX℃くらいで」と指示するだけで、そこまで細かくは決め込まないようにしているそう。

「湯煎には『かんすけ』を使いますが、温度はいつもMAXの90℃に設定しています。段階的に温度を設定してじっくり浸けるお店もありますが、うちではいかに待たせず出すかが重要。大阪のお客さんは、待たせると怒られてしまいますから(笑)。酒器も、1合のときは錫のちろりのまま提供します。スピード重視ですね。2合注文されたときだけ徳利に入れ替えます」

始めてスタッフでもすぐに対応できるよう、温度はタニタのデジタル温度計で計ります。「ほかのオペレーションをしながらでも、パッと見たときに温度がわかるのがデジタルのいいところです」と、ここからも大阪らしい合理性が見えてきます。

酒器は平杯で統一しています。燗酒はアルコールのツンとしたにおいがするから苦手という人も多いですが、平杯は香りがこもらないので。燗酒を飲むのに最適な盃だと思っています」

そのほか、アルコール感を和らげるため、度数が高い原酒は少し加水してから温めます。「加水をしたものは、65℃くらいの温度まで温めたほうが、味がよく馴染みます」。

全体的に熱燗との相性がよいメニューが並びますが、おすすめのペアリングは生原酒の熱燗とチーズ。メニューは日々変わりますが、チーズを素材とした一品は常に取り入れているそうです。

2010年に「燗の美穂」をオープンしてから14年。「昔よりも、燗酒が飲めるお店が増えてきた」と美穂さんは顔をほころばせます。

「これからさらに燗酒が一般的な飲み物になっていくためには、居酒屋だけではなく、焼肉店や中華料理店、お寿司屋さんなどの専門店が燗酒を取り入れてくれるようになる必要があります。お客さんが美味しいと思う前に、まずはそこで働いてる人たちに、『燗酒は美味しい』と思ってもらう必要がある。険しい道のりではあるけれど、その方法を考えていきたいですね」

お客さんにこだわりを押し付けることなく、ゆるやかな雰囲気で燗酒へのハードルを下げてくれる「燗の美穂」。一人ひとりの「好き」に温かく寄り添うことで、多くの人を燗酒の世界へ誘います。

項目中村美穂さんのスタイル
レシピの作り方70〜80℃のお湯にちろりをつけて、40℃くらいまで温めてから徐々に温度を上げていく
燗つけ設備かんすけ
燗つけ用酒器錫のちろり
温度計タニタ スティック温度計
イチオシの酒器(注ぐ用)ちろりのまま(多い時は徳利)
イチオシの酒器(飲用)平杯
鉄板ペアリング生原酒×チーズ

【シリーズ:お燗番の流儀】
第一回:熱燗DJ つけたろうさん

第二回:酒番・日本酒とうつわの案内人 多田正樹さん

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