2025.01
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全国新酒鑑評会で金賞を10回連続獲得。蔵元杜氏が語る受賞の秘訣とは - 栃木県・辻善兵衛商店(桜川・辻善兵衛)
栃木県真岡市で「桜川」「辻善兵衛」を醸している辻善兵衛商店は、2024年5月の全国新酒鑑評会において金賞を獲得したことで、金賞獲得の連続記録を10回まで伸ばしています。鑑評会には800蔵あまりが出品していますが、現在10回以上の連続記録を更新中なのは、辻善兵衛商店を含めてわずか7蔵です。
1996年から杜氏に就いて30年弱の蔵元、辻寛之さんは大記録達成の背景について「金賞を目指すのではなく、金賞を獲得した酒の中でもトップグループに入る酒を造るべく、入念な作戦を練った結果です」と話しています。そんな辻さんの酒造りに迫ります。
吟醸酒の香りに惚れた「武勇」での修行時代
辻さんは1976年7月生まれ。15代目蔵元の長男に生まれ、小さいころから漠然と蔵を継ぐものだと思っていたそうです。しかし、子どものころは冬場になると杜氏と蔵人が来て忙しく酒造りをしていたため、蔵の中に遊びに入ったりする雰囲気ではなく、酒蔵とはほとんど無縁でした。
高校を卒業後、1993年には茨城県結城市の武勇(ぶゆう)へ修業に入ります。 武勇は当時すでに出稼ぎ杜氏たちを招くのではなく、社員蔵人達で三季醸造をする蔵だったので、「1シーズンの造りで他の蔵の2~3倍の経験ができ、 2シーズンで卒業しましたが十分な内容でした」と辻さん。ただ、まったくの素人からの修業だったので、最初はひたすら洗浄や掃除がメイン。その後も、補佐の仕事が中心でしたが、「酒造りは微生物に頼ってやるもので、有用な微生物以外の雑菌を少しでも排除しなければいい酒はできない。だから、清掃や洗浄が酒造りで最も大切な仕事であることを体に染みつけるいい修業でした」と振り返っています。
また、武勇では吟醸酒造りも盛んで、蔵の中は常に馨しい香りが漂っており、「でんぷんでできた米から、こんなに素晴らしい香りと味わいのお酒ができるんだ」と驚いたそうです。
「このころは全国新酒鑑評会で金賞を取るのが当たり前と言われた能登杜氏の農口尚彦さんが注目された時代で、自分もいつか、ああいう人のように美酒を造りたいなと思ったものです」
栃木県の若手杜氏として頭角を表す
修業後、実家の蔵に戻りましたが、すでに南部杜氏は高齢で引退を望んでいました。拝み倒して1シーズンだけ残ってもらい、辻さんはみっちりと酒造りのコツや技術を学びました。
当時、辻善兵衛商店は市販向けには普通酒と本醸造をメインで製造していましたが、鑑評会に出品するため仕込み1本だけ大吟醸を造っていました。1960年代に名杜氏が来て、3年連続して金賞を取ったこともあり、出品酒用には兵庫県から高価な山田錦を仕入れ続けていて、「その気になればいい酒は造れる」というムードが蔵全体にあったようです。
辻さんは1996BYから蔵元杜氏になり、以後、ひたすら酒造りに向き合っていきます。「酒造りは、大変さよりも面白さが上回る」と感じていた辻さんは、杜氏2年目に、栃木県酒造組合が主催する清酒鑑評会で出品したお酒が2位になる快挙を果たします。
その時、1位を獲得した井上清吉商店(宇都宮市)の蔵元杜氏・井上裕史さんも20代であったことから、「すごい若手が二人も現れたぞ」と県内の酒造業界では話題になりました。辻さんは喜ぶ一方で「美味しい吟醸酒を造ることに関して同世代には負けたくない」という競争意識も芽生え、吟醸酒造りへの情熱をさらに高めていきました。
近年では、素晴らしい香りを出す能力に優れた酵母が開発され、また、上質な甘味を創り出す麹菌も登場するようになり、デビューしたての若手杜氏でも金賞を狙える時代になりましたが、2000年前後は優れた大吟醸酒を造るには杜氏の技術の蓄積が必要でした。
「僕が杜氏になったころは出品酒に使う酵母はきょうかい9号しかなく、香り高い大吟醸を造るのは至難の技でした。指導をしてくれた南部杜氏にも『金賞を取れるような香りを9号酵母で出せるようになって初めて、腕のいい杜氏と評価されるんだ』と言われました。
麹菌が米の内部に伸びて行く理想的な突き破精の麹を造ることが絶対条件と言われ、試行錯誤の積み重ねでした。麹造りにしても、酒母造りにしても、微妙な操作や工夫をノウハウとして積み上げられたのが、いまでは貴重な財産になっています」
出品酒を全部利き、自分の酒のポジションを知る
平成15(2003)BYには、「桜川」が全国新酒鑑評会で初入賞。翌々年の平成18(2006)BYに初めて金賞を獲得しました。以後、予審落ち(※1)することはなく、入賞か金賞の年が続き、平成25(2013)BYからはすべて金賞を獲得(2019BYはコロナ禍で予審だけだったのでカウントせず)。令和5(2023)BYで10回連続金賞を果たし、記録を更新中です。
(※1)予審で出品酒の半分が決審に進み、決審では4割が金賞、残りが入賞になる。
金賞が続いていることについて辻さんは「高い目標設定と、それを達成させるための設計が鍵。これらがなければ金賞は取れません。そのために絶対に必要なのは、造りの技術よりも先に、鑑評会の結果発表直後に開かれる製造技術研究会に必ず参加することです」ときっぱりと言い切っています。
辻さんは、金賞獲得の秘訣を以下のように語ります。
「杜氏になって以来、広島県東広島市で開かれる製造技術研究会を欠席したことはありません。この会ではすべての出品酒の利き酒ができるので、選漏れ(予審落ち)、入賞、金賞になったお酒の違いが明快にわかります。年を重ねて行くにつれて、金賞の中でも圧倒的にすごいレベルのお酒がわかるようになっていきますし、自分が金賞酒の中のどの辺にいるのかが明確になります。
自分の酒が金賞を取った年に、『こちらよりも上位にあるな』とわかるすごみのある酒に出会ったときは、そのお酒を試飲カップに注いで、自分の蔵の酒がある場所まで戻って、自分の酒と交互に利いて、細かな違いを徹底的に体感します。そうするとどうすれば、この酒に追いつけるかが見えてきます。
もうひとつ重要なのは、評価のトレンドを見逃さないこと。審査委員も人間なので、時代の流れとともに評価する酒質に微妙な変化があると感じます。以前は香りの高い酒の評価が上がった時期がありましたが、近年は甘いお酒の評価が高くなっています。でも、甘すぎればいいというものではありません。評価のトレンドを見極めて、来年はこの辺が落としどころだなと推測するのが勝負の鍵です」
製造技術研究会の会場で来年の作戦を練り上げ、帰るときには狙う酒質と造り方などもすべて頭の中で決めてしまってから帰るという辻さんは、金賞受賞よりもさらに上の目標を掲げています。
「目指しているのは決審の4割の金賞に入ることではなく、金賞の上位1割、すなわちベスト20に入ることです。こうした目標の高さの結果、10回連続で金賞を取れましたし、出品する前にも、『今年は金賞間違いない』と確信できる年が増えました」
理想的な麹を追求してたどり着いた長期製麹
実際に出品酒を造るときは、持ちうる技術をすべて投入するのはもちろんですが、年々工夫や修正も重ねているといいます。
「目指すのは以前と変わらず理想的な突き破精麹を作ることですが、試行錯誤の結果、たどりついたのが製麹時間を一般的な48~50時間に対して68時間まで延ばすという長期製麹でした。蒸した米に麹菌を振る量を極力少なくする手法は他の蔵でもやっているところがありますが、うちでは種切りした翌朝(24時間後)の盛りの段階で、醸造教本よりも5℃も低い26℃まで下げています。温度を低くし、どんどん乾かすため、盛りから10時間程度で始めるのが一般的な仕舞仕事まで、倍以上の24時間かけています」
出麹するのは引き込んでから3日目の朝ですが、結果としてより理想的な突き破精になり、糖化力の目安となるG/α比(※2)を高くできると話す辻さん。最初は酒母用の麹から手探りで始め、よりよい結果になったので、すべての麹造りにこれを採用しました。2016年辺りから切り替えて、金賞の連続記録にも貢献していると見ています。
(※2)グルコアミラーゼ力価をαアミラーゼ価で割った値
こうした技術の積み上げの成果は別の鑑評会にも出てきており、2024年11月に開かれた第95回関東信越国税局の酒類鑑評会の吟醸酒の部(出品数131点)で第1位となる最優秀賞を「桜川」が受賞しました。
辻さんはイメージした酒質を実現するために、麹造り、酒母造り、醪操作などのテクニックを自在に行使できるようになるにつれ、市販酒のレベルもこの20年で着実に引き上げることができたといいます。
「出品酒である大吟醸はひとくち飲んで『わあ、すごい』と思ってもらえる酒。対する市販酒は、ひと口目が美味しくても飲み疲れるのではいけない。すっきり感があって、飲み疲れせず、かつ美味しくて飲みやすい酒であるべきだと思っています。そういう酒質をイメージして出品酒とは違う操作をして造っているので、市販酒の看板商品である『辻善兵衛』は多くのファンに認めてもらっています」
そんな辻さんは、連続記録が10回を超えたことで、次のステージに入ったことを実感しているそうです。これまでは精米歩合40%の山田錦を使ったの大吟醸酒にスペックを固定してきましたが、「やればずっと金賞を続けることができることをアピールできたので、そろそろ別のことにも挑戦したうえで、金賞を取ってみたい。まずは、山廃か生酛の酒母でしょうか」とやる気を見せる辻さん。次回の全国新酒鑑評会には、どんなチャレンジングなお酒が登場するのでしょうか。
酒蔵情報
辻善兵衛商店
住所:栃木県真岡市田町1041-1
電話番号:0285-82-2059
創業:1754年
社長:辻寛之
杜氏:辻寛之
Webサイト:https://www.nextftp.com/dotcom/sakuragawa/
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