2021.10
07
IWC チャンピオン・サケに輝いた「御湖鶴」の最新の日本酒造り- 長野県・諏訪御湖鶴酒造場
長野県下諏訪町の諏訪御湖鶴酒造場(磐栄運送株式会社)が醸した「御湖鶴 純米吟醸 山恵錦」が2021年のIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)のSAKE(日本酒)部門で、No.1である「チャンピオン・サケ」に選ばれました。老朽化した蔵を取り壊してまったく新しい酒蔵に生まれ変わってから2造り目の快挙でした。
蔵の酒造りを主導する杜氏で、磐栄運送の常務・酒造本部長の竹内重彦さんに新しい酒蔵での酒造りの真髄について伺うため、真新しい蔵を訪れました。
酒蔵を買収した運送会社の会長が探し出した竹内杜氏
しかし運輸サービス業が中心で物作りは水耕栽培の野菜工場程度だった磐栄運送に日本酒造りのことがわかる人はいません。このため、村田裕之会長は酒造りを主導できる人材を探します。その結果、出会ったのが竹内さんでした。
竹内さんは外食産業などに勤めた後、長野県千曲市の酒蔵で事業全体を統括、醸造責任者としても実績のあった人ですが、家庭の事情などがあって2017年6月に退社、しばらくして今回のきっかけとなる出会いがありました。村田会長に会った竹内さんは次のように持論をぶつけます。
「日本酒に興味を持つ若い人たちがじわりと増えて、緩やかな追い風が吹いているのは確かです。しかし、長い目で見た場合、厳しい競争の下で生き残るには中途半端な覚悟では駄目だと思うのです。業界を代表する、世界に評価される高品質の日本酒ブランドにするくらいの決意を持って、取り組まなければ参入する意味はありません」
村田会長に異論はなく、新生・御湖鶴酒造場の杜氏に竹内さんが決まりました。
老朽化した蔵を全面建て直しへ
2018年1月に初めて破産した蔵を訪れた竹内さんは、設備の老朽化にも驚きましたが、建物自体が古く、安全上・衛生上の観点から抜本的に改修を行う必要性を感じました。その旨を伝えた村田会長も同じ考えでしたが、2017年春の廃業で姿を消した「御湖鶴」のファンからは「少しでも早く復活してほしい」との声も多くありました。そこで、2018年度は既存の古い建物を改修、酒質を左右する設備を先行導入し、試験醸造に近い規模で酒造りを実施。2018年12月末、「御湖鶴」の復活を宣言しました。
試験醸造終了後、新しい酒蔵建設プロジェクトが始動しました。その時、竹内さんは「せっかくゼロから酒蔵を作るのだから、理想的な酒造りを目指そう」と考えます。最大のポイントは「美味しい酒を造るために一切妥協はしない。機械化やICT技術の導入はするが、手間暇をかけた方がよい作業はとことん人手に頼る」というものでした。
機械、ICTを活用し杜氏に依存しない酒造りを目指す
機械とICT技術を導入する狙いは「杜氏(製造責任者)をはじめとする一部の職人に依存しない酒造り」です。麹の温度、醪の品温、それぞれの部屋の室温などを10分おきに計測したデータをインターネット経由で集め、竹内さんだけでなく蔵人全員がいつでもどこでもスマートフォン等で閲覧できるようにしました。
しかも時間の経過による温度推移だけでなく、日々の醪分析データも組み合わせ、グラフでひと目でわかるようなソフトウェアを県内の企業と共同開発。それを活用して発酵を管理し、それぞれのタンク毎に品質のブレが無いように調整しています。
「うちの蔵は大半が純米吟醸なので、0.1℃単位の温度コントロールが重要です。同じ米ならタンクが異なってもほぼ同じ酒質になる再現性を重視しています。データが蓄積されていけば、責任者である私でなくても、醪温度操作や、追い水の判断などができるようになります。すでに蔵人が私に逆提案してくることもあります。それが最終的には蔵の酒のレベルアップにつながり、ブランド価値が上がると信じています」
ICT技術を駆使するだけでなく、蒸したお米を放冷する機械は最新鋭。麹室も木製ではなく、クリーンルームに使われている樹脂系の素材を壁と天井に採用し、拭き上げや殺菌が自在にできるように配慮しました。仕込み部屋は冷蔵庫仕様で、しかも個別の温度調整が素早く出来るサーマルタンクが16本びっしりと並んでいます。醪の搾り機もゼロ度設定の冷蔵庫の中といった具合です。
要所ごとに、人手にこだわる作業も残す
そのうえで、人手をかけた方が酒質に良いと判断した作業は残しています。洗米の大半は気泡で洗う「MJP方式」で10㎏ごとに処理しますが、麹用の米は全て手洗いにこだわっています。
蒸したお米は麹室に運ぶ米だけでなく、掛米用に仕込みタンクへ運ぶ米もすべて手運びで、エアシューターは使いません。これも、「仕込み温度の精度や衛生面でどうしても気になるから」とのこと。
麹造りにおいても、作業台全体の重量を測定できるようにして、リアルタイムで米の水分量を把握して目標とする水分に持っていくなど、緻密で手のかかる作業を行っています。
「私たちの酒造りは、工程の要所ごとに、状態を人の手で補正する仕組みを入れています。そうすることで、発酵が安定し、最終的に出来上がったお酒の品質も良いものになります」と竹内さんは話しています。
最大のこだわりは瓶火入れ
さらに手間をかけているのが火入れです。搾ったままの生酒をマイナス3℃で瓶詰めし、密栓した後、熱湯の入った水槽に瓶を入れたプラスチックコンテナごと漬け、63度まで上げて4分間保持。その後、冷水シャワーをかけて一気に25度まで下げ、すぐにマイナス5度の冷蔵庫に保管しています。
密栓したまま火入れするのは搾りたての香りと味わい、ガス感が抜けないようにするためですが、熱膨張により瓶が割れるリスクも高まります。当初は5%もの割れが発生したこともあり難儀したようですが、さまざまな工夫をすることで割れは減ったのだそう。
パストライザーという温水シャワーによる最新の火入れ装置もありますが、「すべてのお酒を均質に火入れするには、プラスチックコンテナを移動させながら熱を加えていく方式の方がブレがなく望ましいと思います。一番高い大吟醸から普段呑みのレギュラー純米酒まですべてのお酒をこの方法で火入れします。手作業なので火入れは一日に500~600本しかできないため、搾った生酒は火入れを待つ間、マイナス5度の冷蔵庫に保管しています」と竹内さんは話しています。
1造り目から華々しい成果
竹内さんの理想の酒造りへの挑戦は新蔵稼働1年目から認められます。長野県が2020年9月に主催した第67回長野県清酒品評会(対象は2019年度の酒)において、100点余りが出品された純米吟醸酒部門において、「御湖鶴」がナンバーワンとなる首席に輝いたのです。
そして、2造り目となる2020BYの純米吟醸酒がIWCで「チャンピオン・サケ」に。竹内さんは「50%精米の純米吟醸酒は6つの酒米で6種類造っており、どれも同水準の出来でしたが、今年のIWCには長野県が開発して間もない山恵錦を、世界的視野での評価を確かめるために選びました。冷蔵庫に保管していた中から無作為に選んだ市販用のお酒です。ですからトップになれたのは青天の霹靂でした。受賞後は山恵錦のお酒への注文が殺到して在庫がすぐに空になり、急遽この夏、追加で2本仕込みました」と嬉しそうな表情でした。山恵錦はこれから長野県の酒蔵が力をいれていこうとしている酒米だけに、県内の多くの酒蔵が快哉を上げました。
目標は世界の一流レストランのメニューに載ること
竹内さんの目指す御湖鶴のお酒は、「食事と一緒に楽しむと、知らず知らずのうちに心がときめくような優しいお酒」。造りは複雑な手法に頼るのではなく、基礎をベースにしたオーソドックスな手法で酒母も速醸のみ、麹も3種類に限定しています。
竹内さんが御湖鶴酒造の再興を行うにあたって、スタッフに掲げた目標の中には、「2025年までに日本を代表する酒蔵の一つになる」こと、「2035年までに世界の一流レストランのSAKE(日本酒)のメニューに御湖鶴が載る」ことがあります。
「だから販売量を増やすのではなく、ひたすら品質を重視した酒造りをして、SAKEの価値を高めることに集中していきます。まずは4年後の目標達成に向けて、蔵人たちと全力で走り続けます」と締めくくっていました。
酒蔵情報
磐栄運送株式会社 諏訪御湖鶴酒造場
住所:長野県下諏訪町3205-17
電話番号:0266-75-1172
創業:2018年
会長:村田裕之
杜氏:竹内重彦
Webサイト:https://www.mikotsuru.com
IWC SAKE部門とは
世界最大規模のワインの品評会「IWC」は毎年、英ロンドンで開かれる世界でも影響力のあるワインのコンテスト。これに2007年から日本酒を対象とする「SAKE部門」が創設された。
初年度は「純米酒」「純米吟醸・純米大吟醸」「本醸造」「吟醸・大吟醸」「古酒」の5部門に分けて品評して、そのなかから最も優れた酒に「チャンピオン・サケ」を選出。以後、徐々に部門が増えて、現在は9部門に分かれて評価。2007年に200点余りだった出品数は年々増えて2021年は1500点になっており、注目度は年々高まっている。これまでのチャンピオン・サケは以下の通り。
2020「紀土 無量山 純米吟醸」
2019「勝山 献 純米吟醸」
2018「奥の松 あだたら吟醸」
2017「南部美人 特別純米」
2016「出羽桜 出羽の里 純米」
2015「会津ほまれ 純米大吟醸」
2014「熟成古酒 飛騨の華 酔翁」
2013「大吟醸 極醸 喜多」
2012「大吟醸 福小町」
2011「鍋島 大吟醸」
2010 *選出せず
2009「山吹 1995」
2008「出羽桜 一路」
2007「鶴乃里」
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