2020.08

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味噌用麹で独自の日本酒造りに挑む森川貴之杜氏 - 長野県・笑亀酒造

山本 浩司(空太郎)  |  酒蔵情報

味噌を作るのに使う「味噌用麹」をあえて日本酒造りに利用して、日本酒の新境地を切り開こうとしている杜氏が長野県にいます。塩尻市にある笑亀酒造の森川貴之杜氏です。日本酒用の麹よりも、タンパク質分解酵素を多く生成する味噌用麹を利用することで、従来の日本酒よりもさらに押し味(強い後味、太くて長い余韻)のある酒質を目指しています。3造り目となる令和1(2019)BYでは1つだった味噌麹酒のラインナップを増やし、ラベルも話題性に富んだものを採用することで、味噌麹酒の世界をさらに広げようと目論んでいます。森川さんの挑戦の軌跡を追いました。

押し味を求めて行き着いた地元長野の米味噌

発酵食品には多彩な麹が使われています。日本酒用の黄麹はデンプンを分解する糖化酵素を多く生成する特徴があります。対する焼酎用の白麹と黒麹は糖化酵素を生成するだけでなく、クエン酸も生成することから、近年は日本酒の酒母造りに人工乳酸を投入する代わりに白麹や黒麹を使う地酒蔵も増えています。しかし、味噌麹や醤油麹を日本酒に応用するという例はこれまでになく、2017BYに笑亀酒造が味噌麹を使ったのが日本酒としては本邦初でした。森川さんは味噌麹に目を付けたいきさつについて、次のように語っています。

「数年前から日本酒のラインナップ拡充の一環として生酛(きもと)酒母での酒造りを始めました。当初の目的は天然の乳酸菌が造る乳酸を際立たせることでしたが、造ってみて驚いたのは、乳酸の個性的な酸味以上に、乳酸菌を初めとした天然の菌が作用してできる独特の押し味の素晴らしさでした。生酛・山廃系のお酒を造る時は、お米をあまり磨かないようにしているので、精米後の米にもタンパク質が多く残っており、それが分解されてペプチドやアミノ酸に変わって、より押し味のある酒に仕上がったのです。ワイルドで魅力的な酒質に興味が深まり、『もっと旨味の多い、押し味の素晴らしい酒を造るにはどうしたらいいのか』と思案した矢先に、ふと頭に浮かんだのが、地元長野の特産品である信州味噌でした」。

味噌には麹造りに米・麦・豆のどれかを使うことが一般的ですが、信州味噌は米を使う「米味噌」であり、米に麹菌を繁殖させるという点で日本酒と共通点があります。しかも味噌麹はその役割から、タンパク質分解酵素を日本酒用の黄麹よりもたくさん生成します。森川さんは「強いタンパク質分解酵素でアミノ酸を多く作り出せる味噌麹を、自分の追求する押し味の素晴らしい酒を造るのに応用できるのではないか」と考えました。早速、取引しているもやし(麹菌)メーカーに問い合わせてみると、「面白いんじゃないですか。こちらで味噌用麹と清酒用麹をブレンドして差し上げますので、挑戦してみてください」と快諾を得たのでした。

繁殖力旺盛な味噌麹を慎重に温度管理

そこで森川さんは、他の清酒造りへの影響がないようにと、一旦清酒造りを休む年末年始を利用して2017年12月末に初めて味噌用麹による造りに挑戦しました。森川さんは振り返ります。

「味噌麹は清酒麹よりも繁殖力が旺盛だろうという前提で、洗米後の吸水も少なめにしたうえで蒸し、室への引き込み温度は23~24度にしました。清酒麹では27~30度ぐらいなのでかなり低い温度でのスタートです。最初の数時間は静かでしたが、その後、順調に温度が上昇し、14時間経過した段階で30度近くになりました。清酒麹は42度前後を保つことで糖化酵素を多く造らせますが、味噌麹にタンパク質分解酵素を造らせるには35~37度の温度帯を出麹まで維持しなければなりません。行き過ぎた温度上昇を防ぐにはこまめに手入れをする必要があるのですが、手入れが増えると乾燥が進んで菌の増殖が鈍くなります。その辺のバランスが難しかったですね。麹造りの後半になって麹米を食べてみたんですが、味乗りの深さに驚きました。清酒麹では感じたことのないほどのしつこい味なんです。ここまで違うものかと感動ですよ。食べた後もしばらく舌にそのしつこい味の余韻が残るので、これは間違いなく、異色の酒ができるなとその段階で確信しました」

結局、出麹までの所要時間は55時間と、比較的長めになりました。麹は酒母用、三段仕込みの添え、仲、留めの計4回に必要ですが、1年目は留め麹だけに味噌麹を使って、仕込みを開始。醪は順調に発酵が進んだようで、その途中に醪を食べた感触を森川さんは「もともと生酛酒母のお酒は野性味があるんですが、そのワイルドな雰囲気が強くなり、さらに味が舌にまとわりつくようなイメージでした」と話しています。

舌にまとわりつく旨味と、苦味と渋味の強い余韻

搾ったお酒は日本酒度が+3、酸度が2.8、アミノ酸度が2.8という結果に。数値から見れば、旨味たっぷりで酸味も多い、非常にごつい味わいを連想しますが、森川さんも「舌の回りにまとわりつくような粘り強い旨味と、その後に残る苦味と渋味が印象的な仕上がりで、納得の結果になりました」と話していました。筆者も1年目にいただきましたが、ヘビー級の複層的な旨味にパワフルな酸味と渋味が絡まり、熱帯のカーニバルのような味わいだと受け止めました。日本酒として初めての挑戦という話題性もあり、お酒は評判を呼びました。

自信を深めた森川さんは、「すべてを味噌(ブレンド)麹にしても、発酵に問題はない」と確信して、2年目(2018BY)には酒母、添え、仲、留め仕込みのすべてに味噌麹を使うことに。「野性味がさらに増して、目的に近づいたと感じました。ただ、そのワイルドさについて来られない飲み手もいるだろうなとも思いましたが」と森川さんは笑っていました。

味噌麹酒の可能性をさらに広げようと次のステップへ

そして、3年目(2019BY)。味噌麹酒の可能性をさらに広げてみたいと考えた森川さんは、ラインナップを増やすことを決意します。当初からの生酛(きもと)酒母造りのお酒(愛称「次女きもと」)以外に、同じように味噌麹を使うものの、酒母は速醸酒母にしたうえで麹の使用量をぐっと増やし、さらに味噌麹で造った甘酒を四段仕込みに使うお酒(愛称「長女どみそ」)と、速醸酒母で味噌麹を使い、コハク酸をたくさん生成する長野県秘蔵の酵母を使ったお酒(愛称「三女こはく」)の3種類を造ることにしました。

仕込みはほぼ同時並行で進めたそうですが、「三者三様の発酵で、醪の表面のツラ(状貌)もまったく違っていました。搾ったお酒は押し味の強い野性味があるという点では共通していますが、それぞれ微妙に味わいが違って、飲み比べたら非常に面白いと思います」と森川さんは納得の表情でした。筆者も飲み比べて見ましたが、「きもと」は濃醇な甘旨味とヨーグルトやチーズ由来の酸味によるモダンな味わいに、「どみそ」はとろりとした甘味と円やかさの増した旨味が印象的、「こはく」はさらに濃さの増した旨味が複雑に重なり合った味わいだと感じました。

ラベルを一新、詳細な解説も

また、3年目に大きく変化したのはラベルです。森川さんが述懐します。

「僕は日頃から、お酒は先入観を持たずに、まっさらな気持ちで飲んでほしいと思っています。スペックを読んでしまうと、自らの感覚を自己規制してしまう気がするためです。そこで当初、味噌麹酒を造った時にも、『味噌麹で造ったのだから、味噌の味がするのではないか』といった先入観を持つだろうから、一切何の説明もないまま売り出そうと決めました。そこで漫画家をしている高校時代の友人に絵を描いてもらい、ラベルにはその絵だけを載せることにしたんです。彼の得意とする女の子の絵で、こちらから指定した条件は唯一、生酛造りの必須作業である酛摺りに使う櫂棒を持たせることでした」。こうして誕生したのが初代(1,2年目)のラベルです。

しかし、今回種類を増やすにあたって、3つとも説明書きゼロではさすがに酒販店も売りにくいし、飲み手も買いづらいだろうと考えた森川さんは、これまでとは真逆の作戦に切り替えました。スペックだけでなく、それぞれに丁寧な「味解説」と「吞み方」を提案することに。さらに、それぞれお酒の味わいのイメージに合った女忍者の絵を同じ友人に依頼しました。注文したのは酒造りの道具を持たせることのみ。長女どみそには暖気樽、次女きもとには櫂棒、三女こはくにはぶんじを指定。その結果動きのある絵が出来上がり、面白くなった森川さんは三人の性格(「スーパー天然女子」、「男勝り」、「リアクション女王」など……)も考えて、紹介しています。

そして、最後に決まったのが商品名です。ラベルの絵もくノ一だし、お酒の味もクセがたっぷりあるので、「曲者(くせもの)」にしようかとまずは考えたそうですが、もっと動きのある言葉にしようとたどりついたのが「くせものじゃ」でした。

味噌の濃い料理と相性抜群

森川さんは、「3つのお酒はそれぞれ微妙に違いがあって、飲み比べると最高に楽しいです」と話しています。また、相性の良い料理については、「やっぱり、酒のコクやワイルドさに負けない味の濃い、味噌料理が一番合う気がします。朴葉みそとか、味噌の貝焼きとか、味噌田楽、野菜の酢味噌和えなどがお勧めです。僕は個人的には味噌をそのまま舐めながら、このお酒を楽しんでいます」。

このほかにも森川さんは杜氏就任以来、日本酒の味を構成する4種類の有機酸(乳酸、リンゴ酸、クエン酸、コハク酸)それぞれの味わいを強調した個性的なお酒「貴魂」を開発したほか、従来からの笑亀酒造の定番酒も、その旨味のしっかりした力強い酒質を保ちながら造り続けています。味噌麹酒についても、来期以降も3種類のお酒を造り、さらに酒質に磨きを掛けていくそうです。今後も森川さんの個性的な酒造りが、楽しみでなりません。

酒蔵情報

笑亀酒造
住所:長野県塩尻市塩尻町140番地
電話番号: 0263-52-0302
創業:1883年(明治16年)
社長:丸山大輔
杜氏:森川貴之
Web&ネットショップ:http://www.syoki.com/

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