2020.08

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一度は休造を決意、執念で掴んだ継続の道「生まれ変わるつもりで」 - 千葉・東灘醸造(鳴海)

二戸 浩平  |  酒蔵情報

千葉県勝浦市の東灘醸造。1867年に創業した歴史ある酒蔵で、2006年にスタートした県外向け銘柄「鳴海」は多くのファンを獲得しています。しかし実は、つい先日「休造」を一度は決意する状況に追い込まれました。東灘醸造・君塚 敦社長に、休造を判断した経緯、そして土壇場で繋がった製造継続に向けた思いをお聞きしました。

地元に愛され150年、手間のかかる「直詰め」でファンを獲得した「鳴海」

千葉県勝浦市。美しい砂浜の海水浴場、そして勝浦湾とリアス式海岸がもたらす豊富な水産資源が多くの観光客を惹きつける房総半島のリゾート地です。

東灘醸造は江戸時代末期の創業以来、ここ勝浦の海岸からわずか300mほどの土地に蔵を構えています。創業時から続く銘柄「東灘」は、当時栄華を極めていた銘醸地・灘(兵庫県)を目指し「東の灘」になる、という目標を掲げ名付けられたものです。地元の魚介と良く合う淡麗でキレのよい酒質は、150年以上にわたって勝浦の人々に愛され続けてきました。

2006年には県外向け銘柄「鳴海」をリリース。その芳醇でフレッシュな味わいは徐々に注目を集め、近年では雑誌や新聞に取り上げられるなど、日本酒ファンには良く知られる人気銘柄に成長しました。

手造りで丁寧に醸される鳴海のこだわりの一つは、手間のかかる「直詰め」商品をメインにしていること。通常、日本酒は発酵させたもろみを搾ったあと、一度タンクに搾ったお酒を貯めてから瓶詰め作業を行います。しかしこの間にお酒に残っていた発酵由来の炭酸ガスが抜けていきます。

君塚さん「炭酸ガスはお酒の味わいを邪魔する存在と思われていました。しかしそれを逆手に取り、炭酸感を楽しんでしまおうという発想が『直詰め』(直汲み)です」

鳴海の「直詰め」では、搾り機をそのまま瓶詰め機につなぎ、多い時では3人がかりと人手を掛けて、お酒が搾られたそばから瓶に詰めていきます。

君塚さん「搾り始めから搾り終わりまで、人手をかけて作業をしています。通常、酒造りで一番人手がかかるのは米を洗って、蒸して、もろみや酒母にする、という仕込み工程です。しかし鳴海の場合には上槽工程(お酒を搾る作業)にもこれだけ人手がかかるので、全てのお酒の仕込みの日程と、上槽の日程を別の日に設定しないといけない。しかも仕込みと違って上槽は、発酵の進み方次第で日程がズレることも多いので予備日も作る必要があります。醸造の計画を立てる杜氏は、本当にパズルのようで大変です」

造るなら、納得のいく品質で造りたい-「休造」という苦渋の決断

こうしたこだわりの酒造りで人気を集める東灘醸造ですが、一度は今期(2020年〜2021年)の酒造りを休造する決断をしたと君塚さんは言います。いったいなぜだったのでしょうかーー。

君塚さん「これまで酒造りの中心だった中島杜氏が、7月末までで退職することが決まったのです。後を引き継いでくれる杜氏もすぐに探し始めたのですが、7月末近くになってもまだ見つかっていない、という状況でした。そこからも諦めず探し続けるつもりではありましたが、冬季に開始する酒造りの計画も立てなければならない時期に差し掛かっていました」

近年では、蔵元自身が杜氏を務める酒蔵も増えています。君塚さんも、実は大学で微生物化学を専攻し、酒蔵に入る前は醸造系の研究職を務めた経歴の持ち主。これまでの酒造りでも、重要な工程である麹造りを担当していました。蔵元杜氏として、酒造りを継続する選択肢はなかったのでしょうか。

君塚さん「もちろん無理にやろうと思えば、杜氏抜きの体制で酒造りをすること自体はできると思います。しかし、ただお酒が造れればいいというわけではないんです。これまで鳴海を応援してくれた特約店さんやファンの皆様のことを考えると、納得できる品質のものを造らなければいけない。造り手が変わればお酒の味が変わるというのは当然で、それを否定するつもりはありません。でも、現在の体制、手造りの作業工程では、これまで通りの品質で酒造りを続けるのは難しい。品質の水準を保つため、一度は休造という判断をして、取引先への案内をしたのです

「特約店への恩返しと地元への貢献」執念で繋いだ継続の道

私たちも7月某日、運営する店舗を訪れた君塚さんから休造の決意を知らされました。「製造体制が整わず、経営上も苦しい状況にある」と判断の理由を説明する君塚さんは、それでも製造の継続・再開への道を諦めてはいませんでした。

その熱意に動かされ、私たちも共に、製造継続に向けた喫緊の課題である「今期の造りを務める杜氏探し」をお手伝いさせていただくことになりました。筆者のもう一つの勤め先である「地酒屋こだま」店主であり、従来から君塚さん・中島杜氏とも交流がある、児玉 武也さんにも相談するなかで、候補として浮かび上がったのが菊池 譲杜氏でした。これまで大矢孝酒造(「残草蓬莱」)、明利酒類(「水府自慢」)などで杜氏を務めてきた確かな実力、そして多くのファンを持つ職人杜氏です。

こうして休造の判断から1ヶ月ほどたった8月中旬、君塚さんと菊池杜氏との面談が実現。製造再開に向けた土壇場の時期でしたが、今期以降の酒造りを担ってもらうことが決まったのです。

毎年いくつもの酒蔵が「廃業」を選択することからも分かるように、決して楽ではない酒蔵の経営。東灘醸造の製造継続への道を繋げたのは、それでも強い意志を持って酒造りを続けようとした君塚さんの想いでした。

君塚さん「やはり、これまで応援してくれた特約店さんに申し訳がないという気持ちが一番大きかったです。この15年、一緒に鳴海を盛り上げてくれた特約店さんに報いるためにも、この銘柄をまだまだ育てていきたい

多くの酒屋や日本酒ファンに愛されてきた鳴海。それだけでなく地元である千葉、そして勝浦の人々にとっても東灘醸造のお酒は重要な存在です。

君塚さん「千葉県産日本酒の知名度アップに貢献したい、という気持ちもあります。2015年に千葉県内の3蔵でスタートした千葉日本酒活性化プロジェクト『アク千葉』も、昨期から参加蔵が5蔵に増え、盛り上がってきたところです

千葉県には実は約40軒もの酒蔵があり、全国8位の米どころでもあります。それにも関わらず知名度が低い千葉県産の日本酒を盛り上げよう、という千葉日本酒活性化プロジェクト「アク千葉」。5つの参加蔵が千葉県産の同じ品種の米を使って酒を醸し、共通デザインのラベルで商品化しています。

君塚さん「また、ここ勝浦は観光産業が重要な土地です。『地元の酒蔵』として観光資源の一端を担えればと思います。酒蔵見学も、設備や体制の都合もあって、いつも受け付けるわけにはいかないのですが、事前にご連絡をいただいた際には可能な限り対応しています

わずか2万人の人口に対して、年間に勝浦市を訪れる観光客は100万人程度。地元の産業にとっても重要な観光業を支えるべく取り組んできた君塚さんは「地元漁協とのコラボレーション企画も、ちょうど休造を決める前に進め始めたところでした」と教えてくれました。

「生まれ変わるつもり」で、さらなる発展を目指す

特約店への恩返し、千葉県産日本酒の知名向上、そして地元勝浦の観光資源としての役割ーーこれら3つの強い想いが繋いだ継続への道。今期以降の酒造りについても、君塚さんは意欲を燃やしています。

君塚さん「一度は休造を判断しましたし、『もう再開できないかもしれない』という可能性まで視野に入れていました。そんななか決まった製造継続ですから、生まれ変わるつもりで今後の酒造りに臨んでいくつもりです。

鳴海もこれまでの酒質を踏襲しつつも、それに捉われない形で発展を目指したいと考えています。これまでの鳴海とは異なる、菊池杜氏が目指す酒質の方向性もちょうど聞いているところなので、徐々にそうしたアイデアも取り入れていきたいですね」

明治時代の重税、戦時中から戦後の米不足、そして近年の日本酒需要低迷・・・。150年以上もの間、様々な困難を乗り越えながらこの地で酒造りが続いてきたのは、紛れもなく人の意志、人の力によるものでした。「休造の判断」というギリギリの状況も乗り越えて、発展を続ける東灘醸造の酒。今後の「生まれ変わり」にも期待と注目が集まります。

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