素材を活かし、酒を「育てる」 - 石川県・西出酒造(春心)

2020.03

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素材を活かし、酒を「育てる」 - 石川県・西出酒造(春心)

二戸 浩平  |  酒蔵情報

「春心」は力強い旨味と個性的な酸で飲み手に強烈なインパクトを与えるお酒、しかしそれと同時に幅広い食事に寄り添う包容力のあるお酒です。

この酒を醸す西出酒造があるのは石川県小松市。石川県南側の空の玄関口・小松空港から蔵までは車で20分弱。1300年以上の歴史を持つ粟津温泉への入口となる、JR粟津駅からも歩いて行ける距離にあります。

今回はこの西出酒造の蔵元 兼 杜氏である西出 裕恒さんに、この個性的なお酒がどのようにして造られているのか、伺ってきました。

農口杜氏への師事と蔵の買い戻し

1913年創業の西出酒造、そして「春心」の銘柄は一度その歴史が途絶えています。西出さんの青年時代である1996年、経営難に陥っていた西出酒造は商号を金紋酒造に変更し、銘柄も「金紋」に。代表者も西出さんのお父様から別の経営者に移りました。

西出さん「蔵で働くことは意識しつつも、高校卒業後は大学に進学し情報系の学科で学ぶことにしました。当時は”IT革命”という言葉が盛んに叫ばれていた時代で、学んだことを蔵の経営に役立てたいという思いもありました。

でも、そこでC言語などのプログラミングをしばらく学んでいて、『これは違うな』と思うようになりました。当時から蔵人さんたちの仕事を近くで見ていて、まずは現場で職人の世界を肌で感じたいという思いが日に日に強くなったんです。結局大学は19歳で中退し、酒造りの修業に入ることにしました」

西出さんが2001年に酒造りの修業に入ったのは、のちに「現代の名工」にも選ばれる能登杜氏、農口尚彦さんが杜氏を務めていた鹿野酒造 (銘柄は「常きげん」)でした。修業に入る際の面接でも、農口杜氏は西出さんの経歴を「面白がってくれた」といい、ここで農口杜氏の愛弟子として5年間の修業を積みます。そして2006年、金紋酒造でお父様と一緒に酒造りを始めます。

しかし6年後の2012年にお父様が亡くなり、さらに当時の経営者から酒造りを廃業する意向を打ち明けられます。実家の蔵での酒造り、そして「春心」の銘柄復活をあきらめきれなかった西出さんは資金を集め、2年後の 2014年に蔵を買い戻し代表に就任、商号も西出酒造に戻し「春心」を造りはじめた のです。

現在、蔵の仕事は西出さんと奥様、奥様の弟さんとお母様の4人だけでこなしており、文字通り「家族経営」の蔵になっています。蔵内の居住スペースには3人のお子さんと、3匹の猫の姿も。双子の白猫、もろちゃんとみーちゃん(白い「醪(もろみ)」から命名)は商品のラベルモチーフにもなっており、Instagram上で人気を集めています

「素材」を活かす

蔵の案内をしてもらいながら酒造りの説明を受けていたとき、印象的だったのは西出さんが使っていた 「昔の家づくりみたいに」 という言葉でした。

地元の大工さんが地元の材料で家を作っていた時代には、「作りたい家に合わせて材料を集める」のではなく、「集めた材料に合わせて家を作る」方法 をとっていました。そこで棟梁に求められたのは、材料の性質を見極める技術、そして材料を適切な方法で用い、組み合わせる技術。

西出さんは酒造りに使う米を、実際に圃場に足を運んで仕入れています。 そのようにして選んだ素材を活かす酒造りを指す言葉が「昔の家づくり」だったのです。そして素材を最大限に活かすために、原料処理は丁寧に行います。

洗米では、水温だけでなく米の温度も測定し、管理。米と水の温度差がある場合は米が割れやすいためです。また蒸きょう前には吸水量を測定しつつ、数字だけでなく米の手触りも重視することで、最深の注意を払って状態を確認します。米を蒸すために使うのは、アルマイトの甑の中に、さらに木の甑が入った設備。

西出さん「木がクッションとなって蒸気を吸ってくれること、アルマイト部分と木の部分の間が空気断熱層になることで、米に水分が均質に行き渡るんです。木の部分にしか米を入れられないので、一度に200kgまでの米しか蒸すことができないのですが、それでもこの方法をとっています」

西出さん「なるべく、菌と人が平等な造りをしたい と思っているんです。でも日本酒造りの場合はワインのように素材をそのまま使うのではなく、発酵を進めるために麹を作ります。麹を作る時点で、そこに人の意思が入る

西出さんが酒造りの工程の中で「一番得意」だと言う麹作り。50時間以上を費やす工程で、西出さんの言葉どおり造り手の意思が明確に反映されます。麹のデータを記録していた数年前のノートには時間ごとの温度経過やその時々の麹の状態、できあがった麹に関するコメントがびっしりと書き込まれていました。

「でも、最近は楽をしていますね。今年のノートは書き込みが少ないんです」と言う西出さんに、この日一緒に見学させていただいた地酒屋こだま店主・児玉さんが「楽をしているんじゃなくて、成長したんじゃない?」と言うと、「そうか、成長。成長しました」と笑う西出さん。これまでの経験の蓄積により、理想的な麹作りに近付いてきたことが、書き込みが減った理由なのかもしれません。

原料処理から引き続き、緻密な温度・水分管理を通して作られた麹。最後にしっかりと乾かすことで、「ゆっくり溶ける」麹を目指します。

酒を「育てる」

家づくりと違って、酒造りの場合には材料を組み合わせて醪となった後も、日々その状態が変化します。素材を活かしながら、狙った酒質を実現するためにどのような工夫をしているのか尋ねると、西出さんは「春心の場合には『目指す酒質』というのを決めていない んです」と言います。

「酒母は予定品温を設定せずに寄り添って育て、醪も行きたいところに行かせる」というその言葉が意味するところが、すぐには理解できずにいました。

しかしその後、西出さんが醸造に関する豊富な技術や知識を持ちながらも、「過去の経験や感触」を科学的な知見と同じぐらい重視していること。そして「たとえば発酵が進まず、アルコール度数が十分あがらない醪があったとします。そのとき、無理に発酵を進めようとするのではなく、実はその状態に魅力があるのかもしれないと考えてみる」という言葉を聞いていくなかで、次第に先ほどの言葉が少し理解できたように思い、もう一度質問してみました。

ーー「行きたいところに行かせる」というのも、そのときの醪の状態と、過去に見てきた醪の例から「こういう風になっていくといいんじゃない?」と方向性を示してあげるようなイメージなんでしょうか?

西出さん「そうだと思います。醪の状態は、発酵が進むことで常に変わっています。醪もそうですし、特に酵母無添加の酒母などでは、その後の操作を瞬時に判断することが必要なんです。分析の数字は濾液を採取して数時間後に出ますが、その時には既に状態が変わっているので、あくまでも答え合わせになります。

その時の状態と向かう先を、過去の経験から見極めて、一瞬の閃きで決心してやるべきことをやる。『やればよかった』という後悔は辛いですから。行きたいところに行かせながらも、その方向でより良いところに着地させる、という感じですね。」

放任とも違う、管理とも違う。一つ一つの醪と向き合い、その時の状態や向かう先を見極め、自然に向かうべき場所に向かわせてあげること。それは、子供や生徒を育てるように、酒を「育てる」アプローチ なのではないかと感じました。

発酵の未知の世界を楽しむ、春心の魅力

西出さん「泡なし酵母というと、きょうかい酵母として開発されたものをイメージしますよね。でも、野性酵母にも泡を出さないものがいると分かってきました。分析に出して遺伝的な性質を調べることもできるんですが、面白くないのでやらないようにしています」

科学的な研究が進むにつれて、酒造りには狙った酒質を実現するための「正解」となる理論が徐々に構築されつつあるように感じます。しかし発酵の世界は、どこかで「100%理解しきることはできないのではないか」と思わせることに魅力があるのも事実です。

ここ数年、「山廃・生酛・水酛」「酵母無添加」などの伝統的な製法が注目を浴びるようになってきています。その背景には「ナチュラルなもの」を求める消費者の嗜好と同時に、このような「発酵のロマン」への関心もあるのではないでしょうか。春心も前述の製法を取り入れた商品構成になっていますが、西出さんは理論の先にあるものを見ようと、敢えて自然に任せる部分を多く残しているのではないか、と感じました。

西出さんのお話を聞いた後にも、まだまだ分からないことがたくさん残りましたが、同時に 「分からないからこそ面白い」という感情が強く残りました。 酒造りをするなかで新たな発見があること、未知の結果が得られること。そうした「遊び」が残っていることが、春心のお酒の魅力なのかもしれません。

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